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天使に願いを (仮)  作者: タロ
春夏秋冬の半分(仮)
12/105

第八話 天使・イン・牢獄(前篇)


     楸 Ⅰ


 俺は今、高橋さんの部屋にいる。いるのは今だけで、すぐに出て行くんだけど。

 部屋には今、高橋さんと俺と、あともう一人天使がいる。もう一人の天使の名前は知らない。けど、知っている人ではあった。

 高橋さんは、自分のデスクの椅子に座っていた。珍しくふんぞり返るような姿勢ではなく、椅子に深く座っている。窓を背負う位置にあるデスクから、部屋の入口に立っている俺のことを見ている。

しゅうも…これでいいな」

 高橋さんは、ゆっくりと確認するように、俺のことを心配して訊いてくれた。

「はい」高橋さんに心配掛けてはいけない、その一心から笑顔を作った。「俺もこれがいいって思いますから」

 俺の意思を確認すると、高橋さんは、部屋にいるもう一人の天使に顎をしゃくった。

 ガチャッ。

 高橋さんの指示に従い、その天使は俺に手錠をかけた。身体の正面、手錠の掛かる瞬間がよく見えた。なんか、冷たい。

 一気に力が抜けた。全身の力が、フッと消えた。

 高橋さんは苦い顔で俺のことを見ている。もしかしたら、腹ん中では笑っているのかもしれないけど。

「それにほら、今度は冤罪なワケだし、すぐに戻ってきますよ」

 俺は、手錠の掛けられた手を見せ、明るく言った。

「くくっ」と高橋さんは微笑した。「しばらくは牢獄の中でゆっくりしたらどうだ?」

「いやですよ。あそこ暇だから、すぐに戻って来たい。戻って来たら、また頑張って仕事サボりますから」

「くくっ。戻って来たら、今まで以上にこき使ってやるよ」

「だったら牢獄にいよっかな…」

 冗談めかして言うと、高橋さんはまた「くくっ」と笑った。

 俺が戻ってこないと高橋さん一人になる部屋を見回す。高橋さんが一人で使うには広すぎる。たまに柊が来るって言っても、やっぱり俺がこの部屋にいないとな。広い部屋で一人ぼっちで寂しくて泣く高橋さんのことは、どうやっても想像できなかった。

「なあ、楸」

「ん。何です?」

「椿、あいつは来ると思うか?」

 高橋さんは俺に訊いた。

 都合上、俺が牢獄に入れられることは椿に知らされることになっている。だけど、それで椿がここに来るか来ないかは、椿の自由。別に俺のことを助けに来てくれって言いに行くワケじゃない。ただ俺が牢獄に入るっていう事実のみ、椿には知らされる。

「さあ、どうでしょうね? あいつ、俺のことだいぶ嫌ってたし」

「くくっ。そうだったな。あいつ、お前のこと『クソ天使』って呼んでたしな」

「クソ天使、ねぇ…」

 椿が俺のことを罵倒しているのが思い出される。

 たった半年だけど、椿とはいろんな仕事をした。思い返すと、よくケンカしたな、ということが真っ先に思い浮かんだ。楽しかったなぁ、とつい笑みが零れた。

「……あいつは来るな」

 高橋さんはそう言うと、ニヤッと笑った。

 高橋さんの言葉に、俺は頷く。

「…はい。たぶん、来ます。俺は来なくていいって思っても、あいつ…椿は俺の思い通りにはならないし。俺が来てくれって仮に頼んでも、面倒だとか言いながら、自分のためにだとかカッコつけて、結局来る。だから、あいつは来ちゃいますよ」

「くくっ。随分とあいつのこと分かってる風に言うな」

「ダメ?」

「いや。俺もそう思う」

 高橋さんは、静かに頷いた。

 そして、また顎をしゃくって指示を出した。

「行くぞ」

 俺に手錠をかけた天使が、そう言った。

 俺が逃げないって確信でもあるのか、その人は、俺のことや手錠を掴まず、先導するように部屋のドアを開けた。

 俺が出て行く時、高橋さんはずっとこっちを見ていたけど、最後に顔を伏せた。

 笑いでも堪えきれなくなったのかな?

 そうとでも思わないと、涙が出そうだった。


     椿 Ⅰ


 季節は秋。

 ダークヒーローとしてのトレードマークに選んだニット帽を暑さによって封じられていた夏が終わり、日中もニット帽を被れるようになった。

 俺は、今年の春からダークヒーローになることを目指し、ある日 突然出会った天使と一緒に天使の仕事をしている。そんな日々も半年が過ぎ、だいぶ慣れてきていたのだが…。

「楸が牢獄に入れられた」

 俺の仕事のパートナーが牢獄に入れられたという知らせが入った。

 仕事の性質上、俺は天使がいないと仕事ができない。それなのに、その天使が牢獄に入れられたらしい。いやいや、そんなこと今はどうでもいいっつーか、え?

「はあ?」

 俺は、天使投獄の知らせを持ってきた柊の言葉を一度で受け入れられず、訊き返した。

 柊は〝聖なる堕天使″という変な異名を名乗る天使だ。悪魔の能力を手に入れたことで一度天使を止めたが、今はフリーで天使業をしているらしい。たしか前は天使と同僚だったはずだ。

「大声出すな。他の客に迷惑だろ」

 そう俺に注意し、柊はコーヒーをすする。

 柊にメールで呼び出され、俺たちは今、いつもの喫茶店にいる。

 喫茶店の中は相変わらず空いていて、柊の言う迷惑がかかる客が少ない。しかし、少なくても客は客だし、騒ぐとここの店のマスターに怒られかねない。だから、俺は黙る。

 俺は、一度冷静に落ち着くためにもコーヒーを飲んだ。

 コーヒーを飲みながら、天使がやらかしそうな罪を考えてみた。あいつは、のぞきとかならするだろうが、牢獄に入れられる位の罪はしそうに思えない。

「牢獄って、あいつ何やらかしたんだよ?」俺は訊いた。冷静に、を心掛けているが、つい早口になる。

「今回は何もやってないよ」

「今回は?」

 柊の言い方が気にかかり、眉根を寄せた。

「ああ。楸に口止めされているから詳しくは言えないけどね、アイツには前科があんの」

 柊の衝撃発言に、俺は目を丸くした。

「前科って、前に何か犯罪を犯したってことか?何やったんだ?」

「だから、それは口止めされてるから言えないっての」

 だったら気になるような言い方は控えて欲しいと思ったが、口には出さない。その代わりに「じゃあ、何で今は牢獄に入れられてるんだよ?」と問い詰める様に訊いた。

 今までは淡々と答えてくれていた柊は、そこで一度考え込んだ。

「…まあ、冤罪なんだけど、前科があるからだね」

「は?」

「楸には、前科があって、上の連中には目を付けられていた。その楸が、人間のアンタと何かしているという情報が入った。もし、人間に天使の力を譲渡すればそれだけで罪だし、そうじゃなくても、人間と共謀して何かするかもって疑われてもいる。不穏分子は早めに摘み取ろうって、そんなとこよ」

 柊は、明らかに言葉を選びながら、そう言った。

 柊の言うことで投獄されているなら、確かに冤罪だ。

 どんな前科があって上の連中ってのに目を付けられていたのかは知らない。だが、俺についてのことは分かる。俺と天使がしていることは、何かじゃない。天使の仕事だ。そして、天使と共謀して何かをするつもりなんてない。

 あと、俺に天使の力なんて譲渡されていない。俺には確かに〝願いを叶えやすくする力″というモノがある。この力は、イメージしたことを強く願うことでそれを可能にする。可能にすると言っても全てができるワケではなく、物理的に不可能なことはできない。さらに、イメージが曖昧だったり、願う気持ちが弱かったりすると力は半減する。

 この力は元から俺のモノで、天使から貰ったモノでは決してない。

 不愉快なことにイライラしながら、俺は考えた。

 そして、ある決断をし、コーヒーを一気に飲み干す。

「どこだ?」俺は訊いた。

「なにが?」

「クソ天使のいる場所だよ。その牢獄ってのはどこにある?」

 俺は立ち上がり、柊に訊いた。

 しかし、柊は立ち上がらずに座ったまま、俺のことを見上げている。

「そんなもん、聞いてどうすんのさ?」柊の声は、平静そのものだった。

「あいつのことを出しに行く」

「ハッ。アンタはまだ色々訊きたいんじゃないの?どんな刑で、どのくらい捕まるんだとか。俺にも罪があるのか、とか」

 柊が試すような眼で俺を見る。

 俺はそれを真っ直ぐ見返す。

「んなもん、聞く必要ねぇよ。俺に罪は無い。あいつにも罪は無い。だから、あいつを出しに行く」

「どうやって?」

 俺は一瞬考えたが、すぐに閃いた。つーか、それ以外の手段を俺は知らない。

 俺は、その答えに自信を持って答える。

「こういう時、俺が見てきたマンガでは強硬手段って決まってんだよ。どうせ上の連中ってのは頭がカッチカチの融通利かないヤツなんだろ?だったら無理矢理にでも出して、逃げて、あとは柊みたいにフリーで天使業でも何でもすりゃあいい」

「ハッ!」柊は、笑った。「アンタがバカで助かるよ」

「うるせぇよ」

 俺がニット帽越しに頭を掻いていたら、柊が立ち上がった。

「アタシが連れて行ってやるよ」

 そう言うと、柊は椅子に掛けていた黒いロングコートを羽織り、置いていた剣を背中に掛けた。

「は?」

「アタシがアンタを楸のところまで連れてってやるって言ってんの」

「…どうしたんだよ、突然?」

 柊の冷めた態度から、てっきりこの件には無関心なのだと思っていた。

「アタシがただの伝言役でくるワケ無いだろ。アンタが楸を助けに行くって言ったら、その場合に限り、その先導役諸々になるってことで、アタシは来たのよ」

 柊はそう言うと、伝票を俺に押し付け、店を出て行こうとする。その背中に「助けるとは言ってねぇ。出すだけだ」と俺が言っても、柊は気にも留めず、店を出た。

 俺は会計を済ませ、すぐに柊を追った。



 喫茶店を出て、今は徒歩で移動している。

 てっきり天使のいる場所は遠い、最悪空の上ということも覚悟していたので、徒歩での移動は拍子抜けした。

 住所の書いてある紙を見て、柊は俺の前を歩く。

 柊は立ち止まり、「ここか」と言った。

「ここかって、ここは榎ん家じゃねえか!」

 俺たちは、榎の部屋があるアパートの前の駐車場に着いた。

 柊が案内した先は、俺の知っている場所だった。このアパートの一室に榎が住んでいることしか知らないが、どの部屋も牢獄にはなってはいないはずだ。

「そうよ。さっさと榎ちゃんの部屋に行くよ」

「ちょっと待てよ!」と俺は、歩き出した柊を止めた。「榎まで巻き込むつもりか?天使のいる場所ってのは安全なのか?」

「安全なワケ無いだろ」

「だったら尚更だ。アイツを危険なことに巻き込めない」そんなこと、論外だ。

「アタシだってできることなら榎ちゃんは巻き込みたくないよ。でも仕方ないんだよ」

 柊も不本意なのだろう、苦い顔をしていた。

「仕方ないって…」

「それに、榎ちゃんに強制はしない。事情を話して榎ちゃんが自分の意思で来てくれるって言ったら、その時はついて来てもらう」

「事情を話してって、そんなの聞いたらあいつ来るだろ!」

 だから嫌なのに、だから怖いのに、柊は「だったらそん時はアンタが守んな!」と俺を一喝した。

「それに、アタシだっている。絶対とは言えないけど、榎ちゃんに怖い思いはさせない。怪我なんて、絶対させない!」

 柊の勢いに押され、俺はそれ以上何も言えなくなった。

 先にアパートへと向かって歩き出す柊に、しぶしぶついて行く。

 柊に導かれ、榎の住む部屋の前に来た。

 インターフォンを鳴らすと、榎はすぐに出た。

「あれ、どうしたの?珍しい組み合わせだね。天使さんは?」

「ちょっとそのことで聞いて欲しいことがあってね。今ちょっといい?」

「うん。今日は何も予定ないから大丈夫だよ」

 それを聞いた柊は安心し、榎の部屋に上がった。俺もそれに続く。

「待ってて。今お茶淹れるから」

「あ、いいよ。今はゆっくりしてる場合じゃないから、お茶はまた今度もらうね」

 そして柊は、先ほど俺にしたような説明を榎にもする。

「驚かないで聞いて欲しいんだけど、実は今、楸は牢獄に入れられているの」

「え?……何かしたの天使さん」

 榎は目を丸くして驚いた。やはり榎も、あいつが何か罪を犯すとは信じられないらしい。

「アイツは何も悪くない。でも、ある疑いを掛けられていて、それで捕まっている」

 それを聞くと、榎は何かを考え始めた。

「……椿君たちはこれからどうするの?」

「あ?別にどうもしねぇよ」

 榎が来ないようにと思いそう言ったのに、榎は「なんで?天使さんのこと助けに行こうよ!」と俺が望んでいないことを言った。

 俺は思わず溜め息を吐き、頭を掻く。

 榎を誘うことを提案はしたが、本心としては柊も来て欲しくなかったのだろう。榎の発言を聞いて、うな垂れた。

「いい、榎ちゃん。たしかにアタシと椿は、今から楸のとこに行く。そこは決して安全な場所じゃないの。だから榎ちゃんは、来なくてもいいんだよ?ううん、はっきり言うと来ない方がいい」

「大丈夫。私も行きたい」

 榎の意思は固そうだ。

 もう一度大きく溜め息を吐き、俺は「怖くないのか?」と榎に訊いた。

「ちょっとは怖いけど、柊さんは強いから心強いし。椿君も守ってくれるんでしょ?」

 榎はそう言うと、俺を見て微笑んだ。

 前に夏合宿をした時、たしかに仕事の時について来たら守ってやるとは言ったかもしれないが、こうもハッキリ、しかも守られる立場のヤツに言われると反応に困る。だから、俺は何も答えず、目を逸らして頭を掻いた。今日はなんだか頭がかゆい。

「じゃあ、今からすぐに行くけどいい?」

 柊が榎に訊くと、榎は頷いた。

「すぐに準備するから待てって」と榎が言うので、俺と柊は部屋を出て、アパート前の駐車場で待つ。

 榎は言った通り、すぐに来た。動きやすい服装に着替えただけで、準備はできたらしい。

「ハッ。それじゃ行くよ」



 俺たち三人は、今度こそ天使の入れられた牢獄があると言う場所へ移動している。

「なあ。まだ着かないのか?」

「別に楸は死刑じゃないから、焦んなくても死にゃしないよ」

「いや、あいつが死ななくても俺が死にそうなんだけどぉ!」

 俺は今、空を飛んでいる柊に脚首を持たれ、逆さの状態で空を移動中。

 頭に血が上って死にそうだ。

「大丈夫、椿君?」

 柊の背中から、榎の声がする。榎は、柊が背中にいつも背負っている大剣〝悪魔の剣″の幅の広い腹の部分に乗せてもらっている。

 柊は、移動を開始する時に、榎の位置は乗り易い剣の上と指定し、俺は柊に掴まれての移動っつーか移送を決めた。掴んでの移動だったら手でもいいと俺は提案したのだが、「それだと気持ち悪い」と柊に一蹴され、持つ場所は足首に決まった。足首がいやだったら首と言われたので、俺は素直に足首を差し出した。

「あーダメかも…」

 何故空を移動中かと言うと、クソ天使の入れられている牢獄があるのは雲の中だからだ。最悪空の上は覚悟していたのだが、できれば地上が良かった。

 柊曰く、クソ天使は空にある『天使の館』なる建物の地下にいるとのことだ。

 天使は世界中至る場所にいて、至る所に支部として使われる建物がある。その支部として使われている建物の名前が『天使の館』ということらしい。俺たちが今向かっているのはその支部の中の一つで、クソ天使が所属している所。柊が元所属していた所。

「ねえ。なんで椿君は何もしないってウソついたの?」

 俺が置かれている状況を気にせず、榎は暢気な質問をしてきた。

「あーなんででもいいだろー」

「そういや、椿。アンタにはまだ訊いてなかったね。アンタはなんで楸を助けに行くって決めた?」

「あーなんででもいいだろー。つーか榎も言ってねー」

 だんだん意識が遠くなる…。

 ここで気絶は出来ない。腹筋の要領で身体を一度持ち上げ、少しの回復を図る。しかし、こっちは気絶しないようにと必死なのに、「暴れるな!」と柊に怒られた。

「私は天使さんが心配だからだよ」榎が言った。

「ほら。次はアンタの番だよ。ホントのコト言わないと、この手放すよ」

 冗談ではない。すでに地上数百メートルの高さにいる。この高さから落ちたら、間違いなく死ぬ。

 頭に血が上って爆発して死ぬ恐怖と、落下して死ぬ恐怖。二つの恐怖に挟まれながら、天使のところへ行く理由を考えた。

「あれだー、あれ。俺がダークヒーローになるにはあのクソ天使がいないと困るからー。俺自身のためー」

「ハッ。アンタも楸が心配だから、ね」

「違ぇよー。耳ついてんのかー」

 俺の必死の抗議も無視し、柊は背中の榎と笑いあっている。今の状態では抗議するにも力が入らないのが残念だ。

 あー、マジでダメかも…。


     楸 Ⅱ


 手錠をされたまま、一度 お偉いさん方のいる部屋へ行った。

 俺が手錠をはめ、牢獄へ入ることなどを確認するために。

 それも単なる形式のような確認作業だから、すぐに終わった。

 お偉いさん方、上のヤツ等のほとんどは好きじゃない。だから、そいつらがいる部屋から出られて、今は気分がイイ。まぁこれから牢獄に行くんだけど…。

「よお。楸」

 地下の牢獄へと続く階段に足をかけた時、高橋さんに呼び止められた。

「何しに来た?」

 俺に付きっきりで移送をしてくれている天使が、高橋さんに訊いた。この天使は、今回の俺の看守役だから、高橋さんが来たことに警戒しているのだろう。

「別に何でもねぇよ。ただの報告だ」

「そうか…」

 そう納得するように言うと、看守さんは警戒を解いた。

 看守さんは、話の分かる人だ。というか、どこか抜けている人でもある。ただの報告だとしても普通は警戒し、事によっては許してくれないと思うが、この人は強制して俺を連れて行こうとはせず、止まってくれた。

「で、報告って何ですか?」俺は高橋さんに訊く。

「おお。あいつらな、やっぱり来るぞ。今、柊が二人を連れて移動中だ」

「二人って、榎ちゃんも?」

 椿には知らせると聞いていたが、榎ちゃんも巻き込むとは聞いていなかった。

「ああ。俺が柊に指示したんだよ。あの嬢ちゃんにも声掛けろって。声を掛けたら、あとは嬢ちゃんの選択に任せろ、ってな」

「なんでそんなこと…?」理解出来ず、俺は訊いた。

「あの嬢ちゃんが必要だからだよ」

「だからって…」

 榎ちゃんが危ない目に合うかもしれない、そう思うととてもじゃないが納得できない。

 俺が高橋さんに詰め寄ろうとしたら、看守さんに掴まれ止められた。全くの自由を許してくれるワケではないらしい。

「安心しろ。嬢ちゃんには椿だけじゃなく柊もついてる。それに、最悪の場合は俺が出ばっからよ。」

「……頼みますよ」

 高橋さんは踵を返し「くくっ」と笑いながら手を上げて帰って行った。

「もういいか?」

「はい」

 看守さんに訊かれ、俺は頷いた。

 地下への階段を降り始める。



 看守さんは相変わらず、俺のことを掴みもせずに前を歩く。もしここで俺が逃げ出したら、この人はどんな顔して驚くのかな?

「逃げようなんて、バカなことは考えるな」

 看守さんは、振り返らずに前を向いたまま言った。

 どうやら天使の資格の一つ〝読心術″を持っているらしい。

「おう」やはり俺の思考を読み、看守さんは言う。「俺は一級を持ってるぞ。だから看守役にされてんだ。囚人がバカな考えを起こした時に動きを先読みできるからな」

「いちいち人の考え読まないでよ」

「バカなことしないって約束したら〝読心術″を切ってもいいぞ」

「逃げませんよ。てゆうか、心配なら俺の後ろに回ればいいでしょ。俺は前に一度監獄に入れられてるから、道案内は必要ないですよ」

 看守さんは一度足を止め、何かを考え始めた。

 そして、黙って俺の後ろに回る。

「ね。これなら安心でしょ?」俺は言った。

「たしかにな…」

「これで〝読心術″はオフにしてくれますよね」

「おう」

〝読心術″一級を持っているのは凄いが、やっぱりこの看守さんはどこか抜けている。俺がこんなことを考えているのに何も言ってこないってことは、本当に読心術をオフにしたらしい。

 やっぱり抜けている。



 地下への階段を下りて行き、牢獄の前に来た。

 牢獄があるこの空間は、掘られた土がむき出しになっていて、そこに看守用のテーブルとイスと別室にトイレがあり、あとは洞穴のように掘られた場所を鉄柵が囲む牢獄が二人分あるだけの、つまらない場所だ。

「ねえ。俺、ここにトラウマあるんだけど。別の場所に変えれませんかね?」

「バカ言うなよ。牢獄はここにしかない。代えは無い」

「ですよね」

 看守さんに背中を押され、手錠を付けたまま、俺は牢獄に入った。


     椿 Ⅱ


 父さん…ラ〇ュタは本当にあったんだ。

 柊に連れられて着いた場所は、雲の中に浮かぶ巨大な島だった。

 柊に足を掴まれていたせいで頭に血が上り、意識が朦朧としていたからか、島の至近距離にくるまで、その存在には気が付かなかった。そして、突然目の前に現れたその島を見て、俺は思わず、鉱山で働いている少年のような感想を持ってしまった。

 俺達は、その空に浮かぶ島に上陸した。

「すっごいねー。なにここ?」

 と榎は、柊の背中に乗って来ただけだから、はしゃぐ余裕がある。

 しかし俺は、頭に上った血を下げる為、グダッと横になっている。このままの状態では天使のところへ行けそうもない。その前に、俺がさらに高い場所へと逝ってしまう。

「ほら。何ボケッとしてんだ」

 俺たち二人を運んでくれた柊は、まだ体力に充分な余裕があるらしい。休む俺の尻を叩く、つーか蹴った。

「ちょ、ちょっとタンマ。少し休憩させて」俺は言った。

「ハッ。だらしないね」誰のせいだよ!

 一応俺たちは侵入者ということになるので、目立つ所で休憩は出来ない。隠れる場所を探した結果、休憩は茂みの中でとなった。ほっといたらその辺に探検に行きそうな榎も呼び、三人で移動の疲れを取ることにする。

 茂みの中に入り、深呼吸した。

 この島には緑が多い。建物だけを支える島、というわけではないらしく普通に草木がある。そのおかげで空高いこの場所でも空気に困らないのだろう。全くと言っていいほど息苦しさは感じない。

 俺はまだグダッと横になる。

「なあ。なんでこんな所があるんだ?」

 休憩中のお喋りタイム。

 クソ天使は一分一秒を争う状況ではないらしいから、ゆっくりしていても大丈夫だろう。そういうことにして、俺は、柊にこの空に浮かぶ島について訊いてみた。

「俺はてっきり雲の上に浮いた建物とか、これとは別のファンタジーな物を想像してたんだけど」

「ハッ。そんなのだったら、アンタらは立つこともできないだろうが」

 柊も休憩するため、木に剣を立てかけ、座った。

「そうだよ 椿君。地面があって助かったでしょ」

「いや、そうだけどよ…」

「つっても、昔は椿の言うような感じだった時期もあるらしいし、別の場所にある天使の館はこことは違う。たまたまこの支部があるのが、こういう感じなだけ」

 柊の言うことが本当だとしたら、俺は非常にツイている。足場の無い場所だったら何もできない。さすが主人公、ご都合主義万歳だ。

「じゃあ何で、ここはこういう風にしたんだ?」

「アタシも詳しくは知らないんだけど、ここの支部長が『地に足の着いた生活がしたい』って言ったかららしい。それを聞いたある科学者の主導でここを作ったって、高橋さんからは聞いてる。ちなみに特殊な防壁とかで周りを囲っていて、ただの人間がこの島を見つける心配は無いんだってさ」

「…そのある科学者って五十嵐さんか?」まさか、と思い訊いた。

「ん?アンタ、五十嵐のこと知ってたっけ?」

「ああ」

 五十嵐さんの名前を聞いて思い出し、俺は自分の尻ポケットに入れたDグローブがあるか確認する。幸い、逆さでの移動中に落としてはいなかった。たぶんこの先は戦闘になるだろうから、俺はこのDグローブが無いと困る。

 このDグローブは、着けると何かを殴っても手にダメージがいかなくなる。その上、高温低温にも耐えられて、刃物にも強い。刃物にどの程度強いのか検証はしていないが、クソ天使曰く「五十嵐さん曰く、天使の資格の一つ〝天使の矢″の二級までなら防げるって」とのことだ。恐らく俺達侵入者に対しての攻撃は、その矢によるものと思われる。だから俺はこのDグローブが無いと本当に困る。一級の資格を持つ天使には遭遇しないことを祈る。

 それにしても、五十嵐さんの技術力には驚かされる。五十嵐さんは開発課というトコに所属する天使で、俺のDグローブもその人の作品だ。五十嵐さんの作る物は変な物が多く、役に立たないような物がほとんどだと思っていた。クソ天使もそれに近いことを言っていた気がする。しかし、まさか空に浮かぶ島まで作れる人だとは思っていなかった。

 五十嵐さんもここの島にいるのなら一度挨拶しておきたいなと、そう思った。そう思ったら、そろそろ動きたくなった。

「それで、この後はどうする?」

 俺は、柊に訊いた。自分で考えるよりも、この先の状況などを知っている柊に訊く方が得策だと考えたからだ。

 俺が訊くと、柊は考え込んだ。

 柊の思考を遮らないよう、俺と榎は黙って待つ。

 しばらくして、柊は口を開いた。

「榎ちゃん。ちょっとそこの木の棒取ってちょうだい」

 柊に頼まれ、拾った木の棒を榎が柊に渡す。柊はその棒を使い、地図のような物を地面に描き始めた。

 柊の描いた図は、大きな円の中に小さい円があるだけの、非常にシンプルなものだった。

「いい。この図が大体の『天使の館』周辺の地図だ」

 図を描き終えた柊が言った。大体過ぎて伝わらない、とは言わない。

 柊はその粗末の図に更に描き込みを入れる。

「これが入口だ。ここに通常は門番が二人いる。たぶん今もそうだろう。これはアタシと椿で一人ずつ倒す。そして敷地内に入る」

 柊は大きい円の外側一か所に線二本で門を、丸二つで門番を表現した。そして、門番をグチャグチャにかき消した。どうやら、倒したらしい。

「分かった。それで、この円と円の間はどうなっているんだ?」

 俺は図を指さしながら訊く。

「ここは…簡単にいえば広場ってトコね。天使の館の敷地内で、外には運動場やら弓道場なんてのがある。ここ以外にも館の中に訓練設備が揃った部屋は多数あるが、そのへんは、武闘派の連中がトレーニングする場所と思えばいい」

「天使がそんなに力つける必要あんのかよ」

 俺は思わず口を挟んだ。天使が軍隊のようなトレーニングを積んでいるとは思えなかったからだ。

 天使の仕事は大きく分けて人を幸せにするようなモノと、人に罰を与えるようなモノの二つに分かれている。人に罰を与えるのだとしても、それは様々な資格を用いてやるモノと俺は思っているので、トレーニングは必要ない気がする。

「ハッ。アンタと楸だって戦闘訓練してるじゃないか」

「いや、そりゃそうだけど…」

 柊の言う通り、俺と天使は戦闘訓練をしている。していると言っても夏から初めて二回くらいしかやっていない。夏合宿の後に一回だけ、柊に相手をしてもらって痛い目にあって以降、天使が嫌がったからだ。ちなみに二回くらいとぼかしたのは、天使とテレパシーで繋がっての簡易トレーニングは仕事上、数回やっているから。

 俺と天使の闘い方は、天使の持つ資格〝テレパシー″二級で繋がり、天使のサポートを受けながら、俺が動くというモノだ。俺が自由に動くのに合わせて、天使が指示を出す。それをする上で必要な物は信頼関係だと柊に言われたので、たまにテレパシーで繋がってみたりする。まぁ説明したとしても、今回は天使が側にいないのでその闘い方は出来ないが。

「それにしたって、必要か?天使なんだから、人を助ける方に力注げよ」

「ハッ。何も分かってないね、アンタ」

「ん?」どういうこと?

「人間を助ける為に訓練してるんだよ。ソイツらも」

「どういうこと?柊さん」

 榎が訊くと、柊は一度口を閉ざした。天使としての秘密のようなモノがあるからなのか、何かを考えているようだ。しばらく考えた後、「ま、いっか」と再び説明を始めた。

「椿たちと同じで、仕事上のトラブルを避ける為ってヤツもいるが、そんなのは一握りだ。ここにいるヤツ等が訓練を積む目的は、悪魔との接触に備えてだよ」

「悪魔ぁ?」

 悪魔の能力を持った堕天使が天使の説明を続ける。ややこしいが、しっかり聞こう。

 それにしても、悪魔って…話が無駄に大きくなったな。

「ああ。天使の仕事の基本は、悪魔の性質とは逆ってのは分かる?」

「まぁ何となくは」

 柊に訊かれ、頷いた。

 俺のイメージでしかないが、天使が人を幸せにする存在であれば、悪魔は人を不幸にする存在って感じだと思う。

「仕事上、悪魔との接触ってのは少なくないんだが、戦闘となるのは稀だ。悪魔は面白半分で人間を不幸にしようとしているから、天使とわざわざ戦おうとはしない。でも、悪魔の中には稀に気性の荒いヤツがいたり、どうしても互いに引けない状況ってのがある。そんな時に戦闘になるから、それに備えての戦闘訓練よ」

「へー」

 悪魔についての説明はそれっきりで終わった。元々、今の俺たちにとって悪魔の存在なんてどうでもいい。ただ、悪魔がいるせいで、戦闘訓練を積んだ天使が待ち構えているということだけが分かればいい。

「それで話は戻るが、そういう訓練を積んだ厄介な連中がいる」

 柊はまた図を木の棒で差す。

「なるほどな。それじゃあ、ここを気付かれないように切り抜けさえすればいいんだな?」

 俺が図の大きな円を小さな円まで真っ直ぐ突っ切るように指で線を引いたが、柊にかき消された。

「違う。敢えてここで目立つように暴れる!」

 柊が力強く言う。

「はぁ?」

「連中は外だけじゃなく、中にもいんのよ。中の狭く真っ直ぐな廊下は、弓矢にとっては都合がイイ。だから敢えてここで暴れて、中にいる連中もおびき出す」

 柊は言いながら、大きな円の中に無数の点をうつ。

「外で全員倒すってのか?」

「ハッ。違うよ、バーカ」

「んじゃ、どうすんだよ?」

「外である程度暴れたら、隙をついて館内に入る」大きな円の中でグシャグシャ暴れていた木の棒の先端が、いきなり小さな円の中に入った。「それで扉を閉めりゃあ厄介な連中を外に閉め出せんだろ。入口は一個じゃないし窓とかからも入ってくるかもしれないけど、時間稼ぎにはなる」

「……なるほど」

 俺は腕を組み、柊の作戦をイメージしてみた。たしかに最良の策に思える。

「そして、この小さい円。これが天使の館だ。コレの地下に楸はいる」

 大きな円の中の小さい円が天使の館らしい。やっと出番が来たその小さい円の中心を、柊は棒でグリグリほじる。

「牢獄への階段は一つだから、それさえ見つければいい」

 これで柊の考える作戦の説明は終わった。

 もはや最初のシンプルだった図から、何が何だか分からなくなったグチャグチャの図を見て、俺は作戦を頭から振り返る。振り返っていて、門番を倒した時、榎が「ちょっといい…」と小さく挙手をした。

「勝手についてきといてなんだけど、私って足手まといじゃないかな?」

 榎は、心配そうな顔で訊いてきた。

 俺は最初っからそう思っていたので「んなの分かってるよ。だから来るなって言ったんだ」と言おうとした。しかし「んなのわか…」とまで言ったところで、柊に殴られた。

「なにすんだよ!」

 俺は柊に怒鳴りつけたが、柊の耳には届いていないようだ。

 俺の声を無視して柊は、榎のもとに歩み寄る。そして、榎の肩に手を置いた。

「大丈夫。榎ちゃんは足手まといなんかじゃないよ」

「でも…」

「榎ちゃんに比べたら、よっぽど椿の方が役立たずだからね」

 役立たずのレッテルをはられた俺は、自分が役立たずなんかではないと信じているので、「どういう意味だよ?」と訊くが、やはり届かない。空気が薄い高所では声が届かないのか?あ、でもここ空気は充分にあるしな…。

「最初はアタシも榎ちゃんが来ることには反対だったんだけど、今考えたら榎ちゃんの力が必要なの」

「私の…力…?」

 榎に訊き返された柊は、微笑み返した。

「こっから先、アタシが側にいない時は、榎ちゃんが椿の眼になってあげてね」

 俺はそれを聞いて、榎を連れてきた理由がやっと分かった。

 榎には俺と同じ〝願いを叶えやすくする力″がある。同じとは言っても、厳密にはかなり違う。

 俺の力は主に、自分のイメージによって自分の身体能力を向上させるようなものだ。しかし、榎は力を持ってはいるが、身体能力の向上は一切できない。

 榎の力で出来ることは、普通の人間には目には見えないモノを見ることや、聞こえない動物の声などを聞くようなことだ。この力の前では、天使たちの使う〝視覚防壁″は無意味だ。事実、前に榎は視覚防壁で隠れている天使を見つけたことがある。普段の仕事で榎の力が使われることが無かったので忘れていた。

 つまり、ここから先の戦いで、相手の天使が視覚防壁を使って姿を隠すようなことがあれば、相手の姿が見えない俺は無力になる。悔しいが柊の言う通り、どうやら俺は役立たずになりそうだ。

「アタシは〝テレパシー″二級を持ってないから、椿と繋がって戦うスタイルはできない。だから、少しでも榎ちゃんがこのバカのサポートをしてあげてね」バカって俺か?

「うんっ!」あれっ?バカで返事するの?

 榎は大きく頷いた。バカな俺のサポートをしてくれるらしい。

「ほらっ。アンタからもよろしく言いな」柊に命令された。

「……あの、よろしく…です」

「うん!」

 俺がしぶしぶ言うと、心配を吹き飛ばせた榎は、満面の笑みを顔に浮かべた。

 俺は自分の立場が弱くなった気がして落ち込み、うな垂れた。

「今言った通り、ただの人間だとバレたら一気に立場が悪くなる。まったく、足手まといは誰だよってね」と柊は、細めた眼で、責める様な視線を俺に送った。

「……すんません」

「だから闘い方も普通にやってちゃダメ。こっちも同じ天使、もしくは悪魔だと錯覚させて、視覚防壁が意味ないと思わせ、張らせないようにする」

「どうやるんだ…?」

 精神的に弱った俺が弱々しく訊ねると、柊がニヤッと笑った。

「アタシが派手に戦う。アタシが羽を出して飛んで見せたり、この剣を使って斬りまくれば、相手もただの人間じゃないって思うだろうよ」

「そっスね…。よろしく」

 なんかもう帰りたい…。俺、いいとこ無い。

 そんな弱った俺の回復を待たず、柊は「んじゃ、そろそろ行くか!」と立ち上がった。

「うん。行こっ!」

「おー」

 俺が投げやりに拳を上げると、先に立ち上がっていた柊に頭を叩かれた。その後、すぐに榎にも叩かれた。

「ってえな!」

「ハッ。なにウジウジしてんの」

「そうだよ、椿君。天使さんのトコへは私たちじゃなく、天使さんのパートナーの椿君が行かないと」

「……分ぁってるよ!」

 俺は二人の叱咤激励を受け立ち上がる。

 気持ちの切り替えと、気合の入れ直しのため、俺はニット帽をかぶり直す。



 茂みの中から、おそらく天使達も通るのだろう両脇を木々に囲まれた通りに出た。島の奥へと時間にして十分弱歩くと、草木の途切れが見えた。そしてその先に、大きな敷地を囲む壁と、その入口の門が見えた。

 門は、両脇が四角い石柱になっていて、木で出来た扉は 左右に押し開くもののようだ。門も塀と同じく大体三メートル弱 高さがあり、それを乗り越えていくのは面倒そうだ。

 しかし、門の観察をしていてあることに気付く。

 問題が発生した。

 作戦の説明の時に柊が描いた図では敷地は丸くなっていたが、どう見ても壁はまっすぐに建てられている。広くて真っ直ぐに見えるのではなく、全くカーブしていないのだ。

「おい。全然図と違ぇじゃねえか」

 門が見える位置まで来て再び茂みに隠れ、柊に言った。

「ハ?合ってんだろ。門番は二人だ」

 たしかに門の前には門番らしき天使が二人いるが…。

「いや、門番の話じゃねぇよ。敷地の形のことだよ」

「うっさいね。んなちっさいこと気にすんな」

 後ろ髪を高い位置で縛った柊は、うなじを撫で、面倒くさいと顔で語った。

 気にするなと言われた以上、気にはしない。あまりこれ以上文句を言うと、怒られ、殴られるかもしれない。

 茂みの中を移動して、門の近くまで進んだ。

「いい。あの門をたたっ斬って中に入り、アタシの存在を強調する。そのためにも門番は、連絡を取られる前に一瞬で倒すよ」

「おう」

 了解の返事し、Dグローブを装着する。

 茂みから飛び出したら、一瞬で門番を倒さなければいけない。そのため、今のうちに力を使うためのイメージをする。

 イメージをしながら、秘策を思いついた。

 もし万が一、どうしようもないくらいのピンチに陥ったら、あの『滅びの呪文』を叫ぼう。ここならもしかすれば、俺でも発動できるかもしれない。

 奥の手も出来た。準備は万端。気分は上々。

「ハッ!それじゃいくよ!」

 柊の声で、俺と柊は茂みから飛び出した。


     楸 Ⅲ


「か~んっしゅさ~ん」

 牢獄の中に入れられて暇を持て余していた俺は、看守用のデスクの椅子に座っている看守さんに声をかけた。

「なんだ?」

 看守さんは立ち上がらず、椅子を回転させて俺の方を向いた。

「ずっと気になってたんだけどさ、看守さん、前にも俺の看守役してくれましたよね?」

「おお、そうだぞ」

「やっぱり」

 看守さんの顔には見覚えがあった。俺の思った通り、以前 牢獄に入れられた時の看守だった人だった。

 看守さんは俺との会話に不思議そうな顔はするが、嫌なそぶりは見せない。

「じゃあさ、その時の服はどうしたの?てゆうか、何でボーダー着てるんです?」

 以前の看守さんは、人間の看守から真似たという服を着ていた。具体的なことは思い出せないが、ジャケットにはポッケが多くあり、胸には勲章のようなモノも付いていた気がする。しかし、今の看守さんは、厳格そうな以前の服装とはまるで違う、かなりラフな格好だ。ジーパンにスニーカー、黒と白のボーダーのトレーナーを着ている。どちらかというと、看守さんの服の方が囚人に近い。

 まあ服装が違うと言うなら、俺も看守さんのことは言えない。

 俺はいつも浴衣を着ている。浴衣を着て、下駄履きというのがいつものスタイルだ。だが、今は違う。今の俺は、白装束のような服を着ていた。

 牢獄に入れられることが決まり、それに応じて服も着替えることとなった。俺が「和服がイイ」とごねたら、白装束に草履を渡された。これは俺の言う和服とは違う。

「似合わないか?」

 看守さんは立ち上がり、自分の服装を確認するように見ている。

「いや似合わないっていう意味じゃないですよ。ただ、前の服の方が看守って感じがしたなぁって思って」

 正直なことを言うと、あまり似合っているとは思えないが、気を利かせてみた。

「俺もよぉ、あっちの服の方が看守って感じするなってのは思ってたんだよ」

「じゃあ、何で?」

「いやよぉ、看守役ってのがここんとこ、すっかりご無沙汰だったんだよ。そしたら、あっちの服をどこにしまったか思い出せなくなっちまってな」

 看守さんは恥ずかしそうに頭を掻きながら、そう言った。

「看守役、ご無沙汰なんですか?」

「おお。ここ十数年は人間も天使も入れられてなかったからな」

「へ~」

 人間が何か罪を犯して、それが人間の世界で裁かれないことってのは結構多い。そういう時、天使個人の裁量でどうこうできるケースではなく、だからといってその罪を見過ごせないとなったら、その罪を犯した人間は、この牢獄に入れられる。その間にその人間の罪を審理して、罰を与える。その罰の多くは死罪で、人間の方では神隠しとか謎の失踪として処理されることが多いらしい。もし死罪は免れたとしても、罰を受けた後、ここにいた記憶は消される。

 俺は、いつも直接人間に会いに行って、その場で仕事をする。だから、詳しい審理の内容や罰について、看守さんが言うような牢獄の使用状況などについては知らないことがほとんどだ。

「じゃあ、見つからなかった看守服の代わりに、そのボーダーってことですか?」

 俺は訊いた。

「おう。なんか人間の監獄ではこういう服の方がメジャーらしいしな」

「メジャーだとしても、それは入れられる方の、囚人のメジャーだと思うんですけど…」

 俺がそう言うと、看守さんは「ホントか?」と驚いたようだった。しかし、すぐに「革新的でいいだろ」とワケの分からないことを言って自分で納得した。

「なんか、赤と白のボーダー着た人を探す絵本もありますよね?」

「おお!それ知ってるぞ」予想以上に看守さんは食いついてきた。「あれなぁ。あいつ、いっつも小癪な隠れ方しやがるんだよな。よく見ればいる、っていうような」

「俺も少しだけど、やったことありますよ」

 そう言うと、看守さんは一層嬉しそうな顔をした。まるで同士を見つけたとでもいった感じだ。

「そうか。面白いよな、アレ。俺はいっつも見つけられないと、こう、定規を左からずらしていって、少しずつ隙間を大きくして探してたよ」

 看守さんは探す真似をエアーでやってくれた。

「知ってます?アイツって脱獄囚らしいですよ。色は違うけど、今の看守さんみたいな服装してるでしょ?」

 俺が前に聞いたことがある気がする曖昧な情報を口にしたら、看守さんは眉間に皺を寄せ、目に見えて不機嫌になった。そして、「そりゃ、都市伝説みたいな眉つばの情報だろ?アイツはそんな悪いことするヤツじゃないと俺は信じている」と会ったこともない絵本の住人の肩を持った。

「あ、そうなんですか。スンマセン、適当なこと言って」

「気にするな。分かればいい」

 俺が念のために謝ると、看守さんは深い懐で許してくれた。



「話は変わるが、あの服はどうなってんだ?」

「いや、話変わってませんよ。ずっと服の話してたでしょ」

 看守さんの話題は、まだ服についてだった。

「いや、今度は俺のじゃなく、お前さんの服についてだよ」

「あ、すみません」と俺は、看守さんの話を遮った。「俺の名前、楸って言います。出来ればそっちで呼んでくれると嬉しいです」

「おお、すまん」

 看守さんはイイ人だ。以前 名前を聞かれた時に教えなかったのは俺だし、今回もずっと名乗ってなかったのに、俺を責めるどころか何故か謝ってくれた。

 それともやっぱり抜けているだけなのかな?

「で、楸の服ってのはどうなってんだ?」

 早速、名前で呼んでくれた。

 些細なことだけど、やっぱり嬉しい。椿のバカは何回言っても一度しか名前を呼んでくれない。まあ「天使」って呼ばれるのも嫌いじゃないからいいけど…。

「ああ…俺の服?この白装束みたいなのですか?」

 いちいち感傷に浸ってられない。気持ちを切り替え、俺は看守さんとの話に集中する。

 俺は、自分の今の服を見ながら訊ね返した。もしそうだったら何とも答えられない。俺もこの服はさっき初めて着たばかりだし、着るのにも手間取ったくらいだ。

「違う違う。いつも着ているあっちの浴衣の方だよ」

「ああ。あっちですか」良かった。あっちの服なら答えられる。「あの服の何が気になるんです?」

「あの袖口、あれは一体どこに繋がってんだ?服をしまう時に手が入ったんだが、服の中っていうより別の空間に手が行っちまったのかと思ったぞ」

 看守さんは言いながら、自分の服の袖口に手を入れた。

 入れた手が抜け辛そうにつっかえていた。

「うーん…まぁいっか」俺は言っていいのか考えたが、看守さんは面白くてイイ人だし、別に口止めされているワケでもないから教えることにした。「あの浴衣の袖口には仕掛けがあって、俺のおもちゃ箱っていうか色んな物を置いている場所に繋がっているんですよ」

 俺がそう言うと、看守さんは「ほーっ」と驚き、感心した。

「それも五十嵐のやつの発明か?」

「いや。浴衣は基本的には五十嵐さんと高橋さんの合作です」

「なるほどな」

 何がなるほどかは分からないが、看守さんはそれで納得してしまった。


     椿 Ⅲ


 門番は一瞬で倒した。

 柊の方が一瞬速く攻撃を仕掛けた。俺は、もう一人の門番が柊に気を取られて隙が出来たとこをついて、殴り倒した。

「峰打ちか?」

 俺は柊に訊いた。

 柊の倒した相手は、どこにも斬られた跡が無い。

 柊の〝悪魔の剣″は外傷無く相手の内にある理性や感情なども斬り取ることができるらしいのだが、明らかに柊は剣の刃を向けてはいなかった。

「ああ。別にコイツらが何かしたワケじゃないしね。悪いコトしてんのはむしろアタシらだよ」

 と柊は、剣を肩に担いで答えた。

 柊の言うことは分かる。たしかに悪いことをしているのは俺たちだって自覚は、俺にもある。だが「そんな中途半端な覚悟で大丈夫なのか?」と、敢えて俺は訊いた。

「ハ?どこが中途半端なのよ?アタシはコレで戦うって覚悟して来てんのよ。別に『斬ること』がイコール『覚悟』とは言わないだろ?」

 柊は怪訝そうな顔で言った。

「そういうモンなのか?」

「そういうモンよ。ま、向かってくるヤツや人以外なら容赦なく斬ってやるから、大船に乗ったつもりでいな」

「柊さん、カッコいい~」

 茂みの中から出てきた榎が、柊を褒めた。

 榎に褒められた柊は、少し照れながら「ハ。まぁね」と誇らしげに胸を張った。

 俺は、榎と一緒に、気絶させた門番を壁に寄り掛からせた。何も知らない状態で気絶させたせめてものお詫びとして、倒れたままにしておくのは申し訳ない気がしたから。

 柊を真ん中に、俺と榎はその後ろに三角形を作るように立った。

「いい?こっから先は戦場になる。今のうちに覚悟決めな」

「おう!」

「はい!」

 柊の言葉に、俺と榎は応えた。

 俺は応えながら、こういうのは男で、主人公の俺がやるべきなのでは、と思った。が、口には出さず、男らしい柊の後ろに構える。

「榎ちゃんはあくまでもサポート。必要以上に前には出ないでね」

「はい!」

「椿!アンタは榎ちゃんを守ることを最優先しな」

「は?」闘う気満々の俺は、肩透かしを食らった。

「アンタから攻撃仕掛ける必要は無いって言ってんの。向かってきたヤツだけを相手にして、あとは命かけて榎ちゃんを守んな」

 柊に言われ、俺は、榎の事を見た。榎は顔をうっすら赤くし、俺に笑みを向けた。

「向かってきたらって、そんなヤツいるのか?」再び柊の方に向き直り、納得がいかない俺は訊ねた。「遠くから矢で狙って来るんじゃ?」

「それはないね」

 全てを見通せるかのように、柊はハッキリと断言した。

「どういう意味だ?」

「理由は二つ。まず、全ての天使が〝天使の矢″の資格を持っているワケじゃないから。あの資格は、矢に力を込めることで、階級にあった特殊効果を付加できる。実在する矢に力を込めることも出来るけど、特殊効果を持った矢を具現化することも可能で、巧いヤツは大概そうする。結構強い資格だから、取るのも難しいってこと。二級はおろか、三級、持ってないヤツも結構いるのよ」

「もう一つは?」

「アタシが全て斬り落とすから。そうすりゃ矢で勝ち目はないと悟って接近戦を仕掛けて来るでしょ」

 そう言ってくれる柊は頼もしいが、「そんなこと出来るのか?相手だって雑魚ばかりじゃないだろ」という不安は残る。

「ハッ。問題無いね。ここにいる連中で、一級の資格を持っているのは一人だけ。二級程度の矢なら、敵じゃない」

 やはり柊は頼もしい。先ほどの心配はどうやら杞憂らしい。

 俺が感心して柊を見ていたら、「そういうアンタは大丈夫なの?」と柊に訊かれた。

「俺?」

「ああ。万が一アタシが斬り落とせず、アンタに矢が向かうことがあったら、アンタ大丈夫?」

「問題ねぇよ。俺は主人公だぜ。矢でもピストルでも向こうから勝手に外れてく」

 俺がそう言うと、柊は呆れ、わざとらしく大きくうな垂れた。

「はぁ…。何言ってるか分かんないけど、榎ちゃんがいるんだよ。アンタに矢がいくらぶっ刺さっても構わないが、榎ちゃんは別だ」

「それも問題ねぇよ。二級の矢なら、俺のDグローブでも落とせる。それに、俺は今まで見てきたんだ」

「何を?」

「マンガやアニメの中で、矢でも何でも攻撃をはじいて色んな大切なモノを守っている漢たちの姿を」

 俺はそう言って不敵に笑ってみせ、今回守らないといけないヤツの頭に手を乗せた。

「ハッ…ハハッ!アンタはどこまでもバカだね」

 柊が、珍しく声を上げて可笑しそうに笑った。

 それにつられ、顔を赤くしていた榎も笑う。

「何がおかしいんだよ?」

「いや……気を付けな。二級の矢が当たっても死にゃしないが、大怪我は間違いないよ」

「上等!」

 俺は両拳をぶつける。痛みは無い。Dグローブの性能に問題はなさそうだ。

「ん…?」俺は不意に、あることが気になった。

「どした?」

「そういや、一級の矢を持ったヤツもいるんだよな。そいつに狙われたらヤバいんじゃないか?」

 自分は強いという確信が自信となって表れている柊も、二級程度なら敵じゃない、と言っていた。俺のDグローブも、二級程度なら防げるらしいが、一級はどうなるか判らない。

 よくよく考えてみると、ほってはおけない問題だ。

 しかし、柊は平然としていた。

「あ~、それなら問題無い。敵じゃないから安心しな」

「敵じゃない?」

「ああ。一級の矢を持っているのは、アンタが知ってるようで実は知らない天使だから」

 柊は曖昧な言い方をした。

 俺は、柊の言った天使が誰かを考えてみる。クソ天使の持つ資格はテレパシーだけだから、真っ先に除外する。あと、俺が知っている天使となると、五十嵐さんか高橋さんだけだ。どちらも知っている人物ではあるが、面識は無い。天使からの話でしか知らないから、全然知らない天使と言っていいだろう。

 俺は二人の中から、高橋さんだろうと確信した。五十嵐さんは科学者で、矢を射ると言うよりも矢を作る人だ。それになにより、天使の話に出て来る高橋さんのイメージでは、一級の矢くらい持っていても全く不思議は無い。

「スゲェな、高橋さん」

 俺がボソッと呟くのを、柊は聞いていた。

 そして、ニヤッと笑う。どうやら俺の予想は当たったらしい。



 門番を倒してから、数分経った。

 いくら急いでいないとはいえ、ここでゆっくりもしていられない。

「そろそろ行くよ、覚悟を決めな」

 柊もゆっくりしていられないと気付いたらしい。しかし、「それさっきも言った」とつい俺が揚げ足を取る様なマネをするから、「アンタがごちゃごちゃ訊いて来るからだろ!」と柊に怒られた。

 謝った。

 柊に言われ、覚悟を決め直し、俺たちは門に向き直る。

 俺はニット帽の位置を確認する。

「いいね。いくよ!」

 柊は、大剣を斜めに振り降ろし、門を斬った。

 斬られた門は、ややあってからまず斬られた上半分が向こう側に倒れてドダーンと大きな音を上げ、残った下半分も、その音で自らの最後を知ったかのように前のめりに倒れた。

 門の向こう側には、たくさんの天使がいた。様々な服装の、羽を生やした天使が。その中には俺のイメージしたことのある白いローブに身を包む天使もいた。

「なっ…何者だ!」「誰だ!」

 と方々から声が上がる。その声は一つたりとも俺たちを歓迎するモノではない。戸惑いや怒り、疑問を含んだ声が聞こえる。その声の中の一つに、柊の剣や広げている羽を見て話題にしているモノもある。どうやら作戦通り、視覚防壁を張られなくて済みそうだ。

 俺たちは天使たちの声を浴びながら、今はなき門を通る。

 どこからか騒ぎを聞き付けてきた天使も集まり、俺達の前にはざっと見 五十を超える天使がいた。そいつらが、俺達と十メートル以上の距離を置き、半円状に俺達を囲む。

「ホラッ。何者かだってよ。アンタが答えな」

 門を斬り倒した柊が、そう言って俺に先陣を譲る。

 主人公らしく先頭に立てたことには満足するが、なんと答えたらいいものか悩む。

 俺は、頭を掻き考えながら前に出た。

「俺たちは…あれだ!あの…侵入者っつーか、略奪者っつーか…」

「何をワケの分からないことを言っている!」

 自分でもよく分からないことを言っている自覚はあるのだが、それを正面切って相手方に怒られると結構恥ずかしい。

「ハッ。目的だけ言えばいいんだよ」

 後ろに下がった柊がアドバイスをくれた。

「おお…。アレだ!俺たちはここの地下の牢獄に入れられたっつー、クソ天使を出しに来た!これでいいかぁ!」

「いいワケあるかぁ!」

 今度はしっかり言えたのに、やはり怒られた。次々と罵声を浴びせられる。

「構えっ!」

 天使達のうち、偉そうなヤツが指示を出した。それに従い、十人近い天使が矢を構える。光を纏うと言うよりも、光で出来ている様な矢、恐らくアレが〝天使の矢″だろう。

「射てぇ!」

 号令と同時に、矢が放たれた。

 号令よりも一瞬早く、柊は動き出していた。柊は、俺たちの前に飛び出し、剣の一振りで、相手の矢を全て斬り落とした。

「ハッ。ちょろいね」

 剣を肩にかけ、柊が言う。今日の柊は、黒いロングコートを着ていて、それが今の動きによりはためいて、癪だがカッコイイ。

「椿!左!」

「おう!」

 俺は自分の左側から飛んできた矢を拳ではじき落とした。若干の衝撃は感じるが、特に痛みは無い。Dグローブを見て、俺は「やれる」と安堵した。

 今の矢の攻撃が何級のモノで、どういう力が込められていたかは知らない。が、矢を放った天使は、まさか拳で弾き落とされるとは思いもしなかったのだろう、戸惑っていた。

 柊の言っていた通り、矢を持つ天使ばかりではなく、素手で構えを取っている天使や、木刀や警棒のような武器を構えている天使も出てきた。

 そろそろ乱戦必死の戦闘が開始しそうな気はするが、どちらも相手の出方を窺い、矢による攻撃の後、場は硬直していた。

「おい。俺、アイツのコト知ってるぞ」矢を持つ天使の一人が言った。「あの、白髪の男は見たことがある。アイツは高橋の元部下だったヤツで、たしか悪魔の能力を持っている」

「ほ、本当ですか?」

 どうやら、敵である俺達の情報を共有して有利に事を運ぼうと考えたらしい。

 だが、情報を間違えると大変なことになる。どういう風に大変かというと…。

「男?」

 柊の眉が、ピクッと動いた。

 天使達の言う情報は、柊のことであろう。たしかに柊は高橋さんの元部下で、悪魔の能力を持っているが…。

「男ってアタシのことか…?」柊が、静かに呟いた。

「ひ、柊…?」

 俺は、隣にいる爆弾が爆発しそうな気がして、恐る恐るそちらの方に視線を向けた。

 情報は正確でなければ意味が無い、むしろ危険なのだ。

 静かに怒りを燃やし、その怒りで震えている柊は、女だ。

「ぶっ殺す!」

「お…おい、柊!」

「アタシは女だ!」

 柊は、天使の集団に飛びかかり、剣を振った。ギリギリのところで自分のルールは覚えているらしい。柊の攻撃で斬られた天使はいない。その代わり、峰打ちを食らった天使達が次々とふっ飛ばされている。

 俺は、柊を男と間違った天使に僅かだが同情する。今日の柊は、前を閉じていないが、黒のロングコートを羽織っている。ただでさえ柊なのに、ロングコートで身体を覆っていれば、その身体つきから男と間違えても仕方ない。

 柊は飛び回り、相手を倒しまくる。その行動自体は頼もしいが、少し俺らと離れすぎだ。

「うらぁ!」

 柊相手に勝ち目は無いと踏んだ天使が、俺と榎の方に来た。

「ったくよぉ…」

 俺は『榎を護ることを最優先して極力前線に出ない』はずではなかったのか、と呆れるしかない。柊が俺達と離れたら、俺が前に出て闘うしかないではないか。

 俺は、榎を自分の背中に隠し、向かってきた天使を殴り倒す。

 天使達は、派手に暴れる悪魔のような柊がいるから無駄だと悟った(視覚防壁は〝対人間″にしか効果が無いから)ようで視覚防壁を張っておらず、俺にもまだ見える。たとえ天使が数名で一斉に掛かってきても、相手が見えれば、さして問題は無い。

「椿君、上!」

 榎に言われ、上を見た。

 棒状の武器を持った二人の天使が、頭上からの攻撃を狙っていた。

「はいよ!」

 榎を抱え、斜め後方に引く。相手の攻撃が外れた隙をつき、確実に蹴り倒す。

「サンキュ、榎」

「うん!」

 榎のサポートもあり、充分に闘える。

 しかし、劣勢とは言わないが、いかんせん相手が多い。

 広場で暴れて館内にいる天使をおびき出すのが作戦なのだが、ここでやられてしまっては元も子もない。

「柊ぃ!」

 俺が声をかけると、柊はすぐに気付いた。さんざん暴れて、怒りは発散できたようだ。

 俺は榎の手を引き、広場の中央にいる柊に近付く。天使達の多くは柊にかかっていたが、柊が剣を振って障害物を除いてくれたので、容易に辿りつけた。

「まさか、柊とこうやって戦うとはな」

「ハッ!足引っ張ったらアンタから斬るよ」

 俺と柊は、榎を挟んで背中を合わせる。

「いい?あくまで、ここは時間稼ぎだ。榎ちゃんを守ることを優先しな」

「おう」

「無理しないでね。椿君。柊さん」

「「ああ」」

 俺と柊は、俺達を囲っている天使達の中から、向かって来る天使を倒し続ける。時折飛んで来る矢は、確実に弾き落とした。矢を射つ天使は、柊が飛びかかって優先的に倒した。



 柊は超強いし、俺も強い。榎に攻撃が届くことは無い。

 しかし、少しずつ押され始めた。

 倒しても倒しても減るどころか、どんどん数が増えて来る天使の波に押され、壁際にまで追い込まれた。

「どうするよ、柊?」

「どうするも何も、そろそろ行くよ」

 柊のその発言は、作戦を次の段階に移すということを意味している。

 次の段階、つまりこの場にいる天使達を閉め出して、館内への侵入だ。

 天使の館の入口の扉に目を向ける。背の高い洋館然とした館の正面入り口らしく、数段の階段を上がった先に、木造の押し開きの扉がある。

 遠くは無いが、行くとなると、立ちはだかる天使達が邪魔だ。

 この天使の大軍をどうしようか考えていた時、一人の天使が集団の中から出て来た。

 その天使は大柄で、体格に合わせた大きな弓を持っている。

 大柄な天使に前を譲り、他の天使は数歩引いた位置に下がる。つーか、「ワシに任せろ」と大柄な天使が言ったから、下がった。

「ふっ…賊めぇ!よくもここまで暴れたものだ」

 大柄の天使は、偉そうな口調で喋る。

「ア…アンタは!」

 大柄の天使を見て、柊が驚いた顔になった。

「なんだ?ヤバいヤツなのか?」

「ああ」

 俺が小声で訊ねると、深刻そうに柊が頷いた。化け物じみた強さの柊がここまで警戒する相手とはどんなヤツなのかと不安になり、その通り「どんなヤツなんだ?」と訊いた。

 俺の疑問に答えたのは、大柄の天使だった。

「ふっふっふ。教えてやろう。そう!我こそは…」

「いや、知らない」

「………え?」

 大柄の天使の、ある意味最高の見せ場とも言える自己紹介を遮ったのは、他でもない柊だった。

 大柄の天使も、柊の思いがけない反応に戸惑い、硬直している。

「いや、知らないって…」俺は、まるで関心の無い冷静そのものの表情を浮かべる柊に言った。「さっきヤバいヤツなのかって訊いたら、『ああ』って答えてたじゃねぇか」

「ヤバいヤツだろ、見た感じ。暑苦しそうだしさ」

「それだけかよ」

「それに、当たってるじゃない」

「何が?」

「アタシたちは誰もアイツのこと知らないのにさ、『そう!我こそは!』ってどんだけ自意識過剰で恥ずかしいヤツだよ。充分ヤバいヤツじゃない」

「いいだろ、それぐらい。大目に見てやれよ。つーか柊のせいだろ」

「……ったく。悪かったよ。ホラッ、アンタ!我こそは…はい!」

 と、柊は、大柄の天使に振るが…。

「いやいや、もう無理だろ。アイツ、そんなんで自己紹介しても恥の上塗りだって」

「大丈夫だって、ヤバいヤツなんだし。ほら、我こそは…?」

 柊が問いかけても、顔を赤くした大柄の天使は答えない。

 俺が大柄の天使に同情して溜め息をついていると、大柄の天使が「きっさまらぁあ!」と怒鳴り声を上げた。

「いや、貴様らって。悪いのは柊だけだぞ」

 俺が親切に教えても、怒り狂った大柄の天使の耳には届かない。

 大柄の天使は、持っていた弓を構え、矢を引き放つ。

 俺の知っているパターンだと、怒りで我を忘れたヤツの攻撃は果てしなく弱い。特に目の前の大柄の天使のような、明らかに雑魚臭漂うヤツの攻撃は弱い。

 大柄の天使が射った矢は、柊に止められた。今までのように斬り捨てられたのではなく、素手で掴んで止められた。

「なっ?」

 大柄の天使は驚いていた。つーか、俺を含め、その場にいた柊以外の全てのヤツは驚いていた。

 柊は、掴んだ矢を捨てず、相手に返した。大柄の天使の足元めがけ、投げ返した。

「ひぃっ!」

 と、柄にもなく、大柄の天使は委縮した。

「椿!榎ちゃんを抱きかかえな」流れを無視して、柊が声を張り上げた。

「は?」

「いいから早く!」

 相手の天使達が動揺している中で、柊に指示された。

 その剣幕に押され、俺はしぶしぶ嫌がる榎を右腕に抱え込む。

「ちょ…ちょっと椿君!やめて、降ろしてよ!」

「暴れんな、こら!」

 俺たちの姿を見て、柊は「よし」とニヤッと笑う。

 柊は、無言で左手を出してきた。一瞬考えたが、どうやら掴めということらしい。そう察した俺は、榎を抱えながら柊の出した左手を握る。

「いくよ!」

 そう言うと、柊はいきなり飛び上がった。

「ぅぉお!」

「きゃーっ!」

 落ちないよう柊の手を強く握り、落とさないよう榎を強く抱いた。

 柊はそのまま天使の大軍の頭上を飛び越え、天使の館の扉前まで来た。そこで、俺の手を放し、降ろす。

「よし、いくか!」

 館の扉に手をかけ、俺は言った。

 作戦通り、大勢の天使を外におびき出し、この扉から出て来る天使はいなくなった。このまま、天使の大軍を外に閉め出せれば完璧だ。

「先に行きな!」

 扉を開いた俺に背を向け、柊が言う。

 柊は、剣を構え、天使の大軍を牽制していた。

「柊さん?」

「は?何言ってんだよ 柊!」

 俺は後ろを振り返り、柊に言った。

 柊の前には、大勢の天使がいた。

 柊は振り返らず、天使の大軍に向いたまま「アタシがここで、こいつらを食い止める!この扉を閉めるだけじゃ、こいつらは止められないからね」と応えた。

「柊さん…最初っからそのつもりで…?」

 柊の身を案じる様に、心配そうに榎が訊いた。

「ああ。榎ちゃんが来てくれて、ホントに助かったよ。こっから先、椿のコトよろしくね」

「…うん!」

 榎は強く頷いた。

「ほら!ここはアタシに任せて、とっとと行きな!」

「ちょっと待て!それは俺が言いたいセリ…!」

 俺が柊に詰め寄ったら、殴られた。思いっきり殴られ、館の中にまで飛ばされた。

「気をつけてね。柊さん」

 榎はそう言い残し、館の中に入る。

 俺たち二人が中に入ると、柊は扉を閉めた。

 前からずっと言いたかったセリフを柊に言われ、悔しさのあまり戻ってやろうかと思った。が、榎に「行くよ、椿君」と言われ、俺はしぶしぶ館の奥へと走り始めた。



「ハッ!これでやっと思う存分、自由に暴れられる!」

 外に残った柊は、天使の大軍を前にしてもなお、笑っていた。

「ふんっ!我ら大勢を前に余裕だな」先ほど柊にバカにされ、戦意喪失したかに見えた大柄の天使が前線に復帰し、言う。「あまり調子に乗るなよ!」

「ハッ!アンタらこそ、あんま調子こいて油断してたら……たたっ斬るよ」

 柊は、剣の柄に口付けし、切先を大柄の天使に向けた。

 この後、柊は扉を守り、体力が尽きるまで闘い続けた。


少し駆け足で書いたので、描写が不十分な所があるかもしれません。

ご容赦ください。



どうでもいい話。

・椿の言いたかったセリフは、「ここは俺に任せて、先に行け」です。



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