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天使に願いを (仮)  作者: タロ
春夏秋冬の半分(仮)
11/105

第七話 天使の夏合宿(後篇)

     椿 合宿二日目(昼)


 合宿二日目の朝。朝と言っても早朝ではなく、今は九時過ぎである。

 昨日の夜、天使の部屋から戻って来た後も酒を呑んでいたので、若干気分がすぐれない。

 俺は、ブレックファーストというよりもブランチに近い朝食を食べようと思い、食堂へ行った。

 そこには面白い、というか不思議な光景があった。

「ゴメン榎ちゃん!ホンッットォにゴメン!」

 柊が、ひたすら榎に謝っていた。

「いいって。気にしないで柊さん。ほら頭上げてよ。あっ、おはよう椿君」

「おう」

「二日酔いは大丈夫?」

「別に二日酔いじゃねぇよ。ただ寝てただけだ」

「朝ごはん食べるでしょ。待ってて、今準備するから」

 そう言って榎は、キッチンに行った。

 柊は頭を上げ、定位置の椅子に座る。座るとすぐに、テーブルに突っ伏してしまった。

 俺も昨日の自分の席に座り、榎が朝食を準備してくれているのを待つ。

「よう。おはよう椿」

 一人だけプレーンオムレツと食パンにコーヒーという洋風の朝食を優雅に食べている天使が、俺に挨拶した。昨日酔い潰れたはずだが、存外いつも通りに元気そうだ。

「おう。つーか、柊はどうしたんだ?」

 俺は、柊の方に声がいかないよう手でカーテンを作り、天使に訊いた。

「ん?なんか良く分かんないけど、榎ちゃんに迷惑かけたらしいよ」

 天使は、コーヒーをすすりながら答えた。迷惑とはどの程度のモノなのか分からないが、昨日の柊の酔い方と、今の柊の謝罪態度を見ると、相当のことをしたらしい。

 天使が食後のコーヒーも飲み終えた頃、榎が二人分の朝食を運んできた。

「おっ待たせ。はい、椿君。柊さんも食べて、元気出して。ねっ」

「おう。サンキュ」

「うぅ…ありがと、榎ちゃん」

 榎が作ってくれた朝食は、食パンにハムエッグとコーンスープだった。それはモロ洋風で、朝からパンでは力が出ないから米が食べたかったが、ここで文句を言ってはいけない、榎どころか柊にも激しく非難される気がしたので、出された物を有難く頂く。

「榎は朝食わねぇのか?」

「ううん。私は天使さんと一緒に先に食べちゃったから」

「おいしいよ、榎ちゃん」

「ありがと。って言っても、私が作ったのはハムエッグだけだけどね」

 やたら美味しいと思ったコーンスープはインスタントだった。



 食後のコーヒー付きの朝食を食べ終えた。

 キッチンに自分が食べた食器を片付けに行くと、天使と榎の分もまだ洗われてなく、流しに置かれていた。榎が「あとで洗うから置いておいていいよ」と言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。が、柊が「いいよ。アタシがやるから榎ちゃんは休んでて。ほらっ椿。アンタもやるよ」と俺を巻き込んだので、俺も朝食の片付けをすることになった。

 全ての食器を洗い終えた後で、天使がコーヒーカップを持ってきた。

「ほい。これも頼む」

「遅ぇ!つーか、お前も片付け手伝えよ」

「無理。楸さんは手荒れが酷いんだ」

 そう言って、天使はキレイな手を振った。



 朝食の時間が終わり、食堂に集まった。

 食堂では、先に天使と榎が座っていて、後片付けを終えた俺と柊が全員分のコーヒーを持ってきた。

「今日は何すんだ?」

 コーヒーを配り、自席についてから、俺は天使に訊いた。

「ん?決めてないけど」

「はぁ?」

 今日の予定を確認するために集まったはずなのだが、確認すべき予定は無かった。予定は未定。天使の考えた合宿の予定は一日目のモノだけだった。だったら一泊二日の合宿でいいと思ったが、どうしても二泊三日、今日という日が必要だと天使は言う。

「今日の予定はないって言ったけど、正確には日中することが決まってないだけなんだ」

「じゃあ、夜は決まってるのか?」

「うん、一応ね。バーベキューしようかなって」

 決まっているのは、予定というよりは夕食のメニューだった。

 ということで、夕飯までの時間することを決める為、柊を交えては初となる作戦会議が開かれた。

 俺の予定の案

俺「昨日できなかったから、海で浮き輪に乗っていたい」

天使「海でイルカと漂流したい?」

俺「違ぇよ!お前の耳はどうなってんだ」

榎「私は絶対いや!」

俺「それはお前がバカみたいに溺れたからだろ」

柊「アタシもいや」

俺「……いや、理由言えよ」

 反対多数で却下された。

 柊の予定の案

柊「謝罪」

俺「誰にだよ」

柊「榎ちゃん」

榎「もういいよ。私気にしてないから」

俺「つーか、それだと柊以外やることなくね?」

 ということで、却下。

 天使の予定の案

天使「謝罪」

俺「カブせんな!真面目に考えろ」

 却下。

 榎の予定の案

榎「えーと…あっ!そろそろお昼ご飯作る?」

俺「話聞いてた?夜まですることだぞ」

柊「榎ちゃん何食べたい?アタシ作るよ」

榎「じゃあパスタ一緒に作ろっ」

天使「ついに出ますかカペッリーニ!」

 終了。



 驚くことに、まともに予定の案を出したのは俺だけというグダグダっぷりで作戦会議は終了した。

 しかし、いつの間にか正午を回っていたので、榎の言う通り、お昼ご飯の準備に入った。昼ご飯は榎と柊の二人でパスタを作ってくれるらしく、二人はキッチンに行った。俺と天使は食堂に残った。結局、あの作戦会議で出た案のうち、榎の案のみが通ったことになる。

 俺と天使は待ち時間、昨日使ったトランプでトランプタワーを各々作った。料理が運ばれる頃には、俺のタワーはてっぺんの四段目を残すのみとなっていたのだが、料理が来たということで天使の息吹 (暴風)によって壊された。

「何しやがんだ!あと少しだったんだぞ!」

「なーに言ってんの。自然災害だったでしょうが」

「っざけんな!どう考えても人災だわ!」

「ほら!料理にホコリ入るからケンカしないで」

 榎に怒られた。

 俺はしぶしぶトランプタワーの再建築を諦め、トランプをしまった。

 榎の運んできた料理は、ナポリタンスパゲティだった。それは俺が最もよく知るパスタであり、天使が言うカペではないはずだ。

 スパゲティを運んできた榎の後から、柊がサラダを持ってきた。サラダを持ってきた柊の顔は、先ほどまでの落ち込んで泣きそうな顔ではなく、いつも通りのどこか不機嫌そうな顔に戻っていた。おそらく料理中に問題を解決したのだろう。しかし、果たしてその問題とは、なんであったのか?

 ま、なんにせよ、料理も出揃ったことで、いただくことにした。

 昼食を食べながら次やることを話し合おうと思ったのだが、話し合うまでもなく、意外にも天使が真面目に予定を考えていた

「考えたんだけどさ。うん、この後は、今日の夜やるバーベキューのさ、材料をね、とりに行こう」

 ケチャップで汚れた口の周りをティッシュで拭きながら、天使が言った。

 みんながスパゲティで口を塞いでいたので、特に異論は出なかった。



 昼ご飯を食べ終え、片付けは俺と天使がした。鼻歌交じりでやる天使は、食器用洗剤を使って皿を洗っていた。もう手荒れは気にしていないようだ。

 片付けも終わり、再び食堂に集まって、昨日の夕飯作りペアを決める時に使ったクジで、夕飯の材料をとりに行くペア決めをした。

 その結果、俺と柊ペア、天使と榎ペアに分かれた。

 その結果を見て、天使は喜ぶというよりも安堵していた。よっぽど俺か柊とは組みたくなかったらしい。

 食材を獲りに行く場所については、先が赤い紐を引いた俺と柊は海、なにもついてない紐を引いた天使と榎はペンションの裏にある森で採ることになった。



 俺と柊は、浜辺に来た。

 昨日 着ることは無いと思っていたダイビング用の水着を、俺も柊も着ている。

 ある程度 沖までは倉庫に眠っていたゴムボートでいき、そこから素潜りの要領で魚や貝を狙った。一回潜ってから気付いたことだが、肝心の銛を忘れてきていたので、漁は成功しそうにない。貝を採ろうにも、底まで息が持たない。

 一時間ほど無意味な素潜りを繰り返した後、疲れたから休憩にすることにして一度浜辺に戻った。ついでにペンションに戻り、倉庫から銛とシュノーケルを見つけて持ってきた。

 浜辺で休憩中、訊いていいのか悩んだが、もう解決したことのようだしイイだろう、ということで「なぁ。榎と何があったんだ?」と柊に訊いてみた。

「いや。何もなかった」

 柊は答えた。

「何にもないってことはないだろ。何にも無かったら、何をあんなに謝ってたんだよ?」

「うっさいね」と面倒くさそうに柊は言う。「あの時は何かあったと思ったから謝ってたけど、実際は何もなかったんだよ。榎ちゃんがそう言ってくれた」

 せっかく訊いてみたのに、何も分からないまま終わった。

 そして、その後の会話はないまま休憩は終わり、再びゴムボートに乗って沖へ出た。

 今度はしっかりと銛を持ってきたから大漁を見込めると思ったのだが、銛を持っていても漁は難しい。柊に至っては、銛ではなく〝悪魔の剣″を持って来ていた。海の中で魚を捌くつもりらしいが、魚も必死に逃げるので捌くこともできない。

 結局、三時間かけた漁の成果は、俺が突いた体長五十センチ弱の魚一匹だけだった。

 しかし、それでもまだいい方だ。

 俺たちがペンションに帰った時には、既に天使と榎ペアは戻ってきていた。そして、そっちペアの成果はゼロ。一体何をしていたのだよ、と呆れるしかない。

 その後は、シャワーを浴びて着替え、夕飯のバーベキューの時間まで食堂でトランプタワーの再建築に勤しんでいた。

 柊はシャワーの後、剣の手入れをして少し寝ると言って、自室に籠ってしまった。


     楸 合宿二日目(夜)


 あっれ~?また終わった。

 問題が起こるのはこの後、バーベキュー直前の時間だって言うのに、何も原因が分からないままここまで来ちゃったよ。

 おっかしいな?結局どこで俺は間違ったんだ?

 良く分かんないけど、とりあえずこのまま夜までいってみるか…。


     椿 合宿二日目(夜)


 日が暮れ始めてきた。

 漁の疲れも完全に取れたとは言えないが、動けないほどではない。

 俺達は今、倉庫から見つけたバーベキューに必要なグリルや金串、炭などを持って、ペンション前でバーベキューの準備をしている。俺が主に倉庫から物を運び出す役、榎はキッチンで食材を切ったりする下ごしらえ役、天使は現場監督役だ。現場監督が何をするのか訊いてみたら、バーベキューをしたことが無い俺達の指揮をするそうだ。ちなみに、柊は部屋からまだ出てこない。

「柊のヤツはどうしたんだ?」俺は現場監督の天使に訊いた。「具合でも悪いのか?つーか、見てないで少しは手伝え」

「ん?柊は、たぶん能力の使い過ぎで体力切れだろ。メシ食えば復活するよ」

「能力の使い過ぎって、あいつ今日 能力使って無いだろ。つーか手伝えって!」

 俺が覚えている限りでは〝悪魔の剣″を振り回していた位だ。何も斬ってはいない。

「知らないよ。昼ごはんを少ししか食べなかったとかじゃない?柊、基礎代謝も多そうだし、燃費悪いから」

「いや、昼も結構食ってたぞ、見てるこっちが胸やけするくらい。つーか手伝えって言ってんだろ!」

 天使はその後も手伝わなかった。その代わり、口だけは出した。俺の置き方が悪いとか、やっぱり浜辺でやろうとか、砂浜は脚がグラつきやすいからしっかり置けとか、炭に火を点けるのは難しいからイライラして椿の頭に火がつかないようにね、とか。

 しぶしぶ天使の指示に従い、なんとか浜辺にバーベキューをする会場の準備だけはできた。バーベキューそのものと言えるグリルなどの調理器具はもちろん、座って食べるようにビニルシート、物を置けるようにテーブルまで。

 バーベキューの準備をする途中、せっかくだから実験してみようという天使の提案で、昨日貰ったDグローブをつけて、火のついた炭を持たされた。たしかに熱くは無かったが、これだけなら軍手でもできそうだ。

 本当にただの軍手じゃないよな、と少し不安に感じた。



 準備を全て終え、榎が食材を運んでくるのをビニルシートの上に寝転がって待っていた。

 すると、突然ペンションの方から「キャアァーッ!」という悲鳴が聞こえた。

 俺達は反射的に身体を起こした。

「おい、今の声って…」

 嫌な予感がした。俺達の間に、緊張感が走る。

「ああ。榎ちゃんだ。行くぞ 椿!」

 天使の動きだしは速かった。榎の声だと確認すると、すぐにペンションに向かって飛んで行った。俺も飛び起き、走ってペンションに向かう。

 榎の声が尋常ではなかったので、念のためにDグローブを走りながら着けた。

 ペンションに着くと、榎が、見知らぬ謎の男に拉致されそうになっていた。

 昨夜、柊に特訓してもらったペンション前の芝生の庭で、榎は首に腕をまわされて捕まっていた。

「待てっ!」

 男は、俺たちに気付くと足を止めた。

 踵を返し 俺達と向き合った男の顔は見たことの無いもので、その背格好は少年の様にも見えた。ゴッツイ大男という感じではなく、細身のどちらかと言えば華奢に見える体格だ。

「助けてぇ!椿君!」

「黙ってろ!」

 榎は助けを求めて叫んだが、すぐに男に口を塞がれた。

「クッソやろ…」

 榎を助けなければ、その焦りが俺の足を動かした。が、すかさず天使に止められた。

『待てよ、椿』

 天使の止め方は乱暴で、俺のおでこを逆手打ちした。

 何をするのだと思ったら、テレパシーを繋がれた。

『うっせぇよ!つーか痛ぇよ!』

『いいから、落ち着け。あいつのもう片方の手、どこにあるか見えるか?』

 天使にそう言われて、相手のことを注視する。

 榎の首に回していた右腕は 今は解かれ、榎の口を塞いでいるので右手は確認出来るが、左手は榎の身体に隠れて見えない。榎が手を後ろに回しているので、両手を縛られた所を、あいつが左手で掴んでいる。そう予想は出来るがしかし、確認は出来ない。

『右手は見える。左は見えない』

『だろ。俺も見えない。だから迂闊に動くなって言ってんの』

『…ああ。分かった。わりぃ』

 激情のままに動き出そうとしていた俺とは対照的に、天使は冷静だった。

 天使の言う通り、相手の手の内が分からないし、榎が捕まっている以上、軽率な行動は避けるべきだ。もしかしたら、見えない左手にはナイフが握られていて、榎はそれで脅されているかもしれない。それぐらい慎重に考えて動くべきだ。

 天使は冷静だが、相手も冷静だった。俺たちが駆け付けても、特に動揺することなく、今も黙って俺たちを観察しているようだ。もしかしたら逃げる隙を窺っているのかもしれない。男の目的が何かは分からないが、とりあえず榎をこの場で傷つけることも、ましてや解放してくれる気も無いらしい。

 お互いの出方を窺っていて、場は硬直していた。

『どうする?どうすれば榎を助けれると思う?』

『なんだよ。俺に訊いてくれるのか?椿』

『っせぇ!一応だよ』

 俺が一応訊くと、天使は考え始めた。

 天使はここまで、特に怒っている様子は見られない。もしかしたら、俺を落ち着かせるために、自分だけでも平静を装おうとしてくれているのかもしれない。

 俺も榎を安全に助ける方法を考えていたのだが、天使の方が早かった。

『なぁ椿。俺に考えがある』

『何だよ?』

『俺が囮になる』

 天使の声は、動揺や自棄による震えも無く、クリアだった。

『はぁ!何言ってんだ』

『何って言葉通りだよ。俺が一旦姿を消して、あいつの背後に回り込む。そして姿を見せて、あいつの気を引く。突然消えたり現れたりする俺を見たら、あいつも怯むだろ。左手に武器を持っていたら、それを俺に向けるかもしれない。その隙をついて、椿は榎ちゃんを助け出せ』

『っざけんな!それだとお前が危ないだろ。もし、アイツが持ってる武器が銃とかだったらどうすんだよ』

『あら?楸さんの心配をしてくれるの?』

『あ?別にそんなんじゃ…』

『ははっ。俺のことは気にすんな。心配ご無用。その代わり、あいつを殴ろうとか考えるなよ。我が身の危機となれば、あいつの攻撃が椿に向くかもしれない』

『フンッ。んなの軽くかわして見せんよ』

『いいから。椿は、一旦榎ちゃんを助けることだけに全力を注げ。それから、あいつを殴るなりすりゃいいだろ』

『……ああ。分かった』

 俺は、天使の策を呑んだ。それ以外に打開策が思い浮かばなかったからだ。

『んじゃ行くか。頼むから、今だけは俺を信頼してくれよ』

『っせぇよ。俺はお前のこと嫌いだけど、信頼はしてんだ。お前こそ俺を信頼しろ』

『……あら、ビックリ』

『真面目にやれよ!』

『ゴメン。じゃ、改めて』

『おう』

『『いくぞ!』』

 天使はアメの棒を吐き捨てると、羽は出していないが、飛びあがった。

 俺には見えるが、男には見えないはずだ。

「おい!もう一人の浴衣バカはどこに消えた!」

 やはり見えていない。天使は男の頭上を飛んでいるのに、男は首を回して横ばかりを気にしている。

 天使はそのまま男の背後に回り込み、OKの合図として黙って手を上げた。そして、地面に降りる。

「ヘイ!。俺はコッチよ」

 姿を見せた天使が声を出し、男を呼んだ。

 天使の作戦通り、突然消え、そしていきなり背後から聞こえた天使の声に男は驚いた。そして、驚きそのままに慌てて天使の方を振り返り、左手に持っていたナイフを向けた。

 その隙をついて、俺は地面を蹴り、一気に相手との距離を詰める。

『わりぃ』

 天使のことを信頼しているというのは嘘じゃないけど、どうしても俺には我慢できなかった。あのナイフが俺に向いたとしても構わない。斬られたとしても、まあ仕方ない。

 榎を助ける為、天使にあのナイフを向けさせない為、俺はわざと声を上げながら、拳を振りかぶる。

「よせっ!椿ぃ!」

『だから、わりい』

「やめろぉぉ!」

 俺は、天使の制止を振り切り、思いっきり殴った。


    楸 合宿二日目(夜)


 あれれ~のれ~?

 結局何も分かんないまま、ここまで来ちゃったんだけど。

 ………あっ!

 分かったよ!何で分からないのか分かったよ。そりゃそうだ。俺の問題を探すっていうのに、椿パートで進んでいたら分かるワケ無いよ。

 てことで、今度は俺パートで合宿を振り返ろう。

 振り返るって言っても、俺と椿が一緒にいる辺りは別に飛ばしていいよね。

 それじゃあテンポ良くいこう。

 プレイバック、プレイバック。


     楸 合宿一日目


 今日から二泊三日の合宿が始まる。

 榎ちゃんと柊には事前にお知らせして、予定を合わせてもらっていたから大丈夫。榎ちゃんの送迎は柊がしてくれるって言うし。

 俺は今から面倒だけど、椿を誘わなきゃいけない。

 だから、椿のいそうな場所を彷徨っていた。

「みーっけた」

 空から椿のことを探していたら、椿は公園にいた。アホ面満載でベンチにいる。

 見つけたのはいいけど、何て誘えば合宿に参加してくれるか分かんない。椿のことだ、「いやだ」と断られる可能性が大きい。ということで、ちょっと強硬手段に出させてもらおう。

 俺は、以前椿に使ったことがある、五十嵐さん特製の『ぶつけた人間を眠らせることができる』紫色のボールを取り出した。このボールは、前に使った時は名前が無かったが、五十嵐さんが個人的に『ねんねこ玉』と名付けた。

「あ、ヤベ。椿、どっか行っちゃう」

 椿が何処かへ行ってしまう前に、俺は行動を起こした。

 空から椿の顔 目掛け、ねんねこ玉を投げた。見事命中し、椿はいとも簡単に眠った。

 俺は寝てしまった椿を担ぎ、高橋さんに調べてもらった椿の家に行く。椿を担ぎながら住所の書いてある紙を見て歩くのはしんどかったが、なんとか着いた。

 椿の家は、メシ屋みたいだった。

「こんちは~」

 準備中と書かれた札が扉に掛かっていたが、店の入り口から入ると、女の人が出迎えてくれた。

「はーい。あら? それウチのじゃない?どしたの?」

 女の人の正体は、椿の母親みたいだ。

 年は、四十ちょいといった感じだ。高橋さん達と同じか、少し上に見える。

 椿の母親は、溌溂としていた。そして、自分の息子が見知らぬ男の肩に担がれているのに、あまり動じていないようだった。

「あーこれは、あれです。遠足前で緊張して眠れなくて今、みたいな」

 俺は、即興の言い訳を考えた。

「遠足?」

「いや、遠足というか……合宿でもしようかなって…」

「あら、そうなの。つーか、アナタ、これの友達?見ない顔だけど…」

「あーはい。そんな感じです。なんていうか、天使的な存在…です」

「ふっ…はっはっはぁ!アナタ面白いね」椿の母は、大口開けて笑った。ピュアだから疑わなかった榎ちゃんとは違う感じで、何故か疑わない、それどころか笑われた。「ちょっと待ってなさい。今 椿の荷物持って来てあげるから」

 そう言うと、椿の母親は店の奥へと消えてしまった。

 椿の母親が戻ってくるのを待つ間、俺は店内を観察して回った。普通の食堂のようだが、大きな本棚の中にはいろんなジャンルのマンガ本が大量に置いてあり、窓や棚などの至る所にゴッツイ感じからカワイイ系のモノまで様々なフィギュアがあった。

「ごめんなさいね、待たせて。うちの子、全く準備してなかったみたいだから、あたしがテキトーに今やったのよ」

 椿の母親は、俺に、椿の荷物が入ったカバンを預けた。

「ありがとうございます。………てゆうか、疑わないんですか?俺が誰か、とか?」

 店を出て行く前に、どうしても気になったので訊いてみた。

 本来なら俺が椿の部屋にこっそり侵入して椿の荷物を準備しようと思っていた位なのに、こうも簡単にいったことで、疑問をそのままにしておく気になれなかった。

 椿の母親は少し考えた風だったが、「あなた、さっき自分で天使だって言ったじゃない」と明るく言った。

「いや、そうですけど…。それも含めて疑わないんですか?俺、コイツのこと誘拐するのかもしれないですよ」

「誘拐は困るわね…。でも、あなたのことは知ってるわ」

 俺に誘拐する気は無いが、椿の母親に困惑の色も無い。

「俺、どこかで会いましたっけ?」

「会ったことは無いけど、うちの子が言ってたわ。よく分かんないけど、あのクソ天使がどうとか。一人で楽しそうに怒ってたわよ。その天使ってのが、あなたなんでしょ?」

「あーたぶん…。てか、楽しそうに怒ってたって何ですか?」

 独り言で『天使』という単語を躊躇いなく口にする椿に呆れたが、それ以上に気になった。楽しそうに怒る?

「言葉通りよ。この子、ちょっと前まではしょっちゅう不安そうに怒ったり、たまに笑ったかと思えばやっぱり不安そうだったりしたの。泣き出すんじゃないかって心配になる位。でも、最近はそっちしなくなったのよね。その代り、楽しそうに怒ることが増えたのよ」

「俺には良く分かんないんですけど……あなたには分かるんですか?」

「分かるわよ。この子の母親ですから」

「はぁ…」

「この子があんな顔するようになったのは、あなたのお陰かしらね?」

 椿の母親は、微笑を浮かべながら、小首を傾げた。

「……だと嬉しいです」俺は答えた。「それじゃ、合宿は二泊三日なんで、三日後に椿返します。荷物、ありがとうございました」

 なんか話していると調子が狂うから、椿の母親に挨拶してすぐ、俺は逃げる様に店を出てしまった。

 今度、ちゃんとゆっくり話をしに行こうかな。少しだけ、そう思った。



 椿の家を出てから、椿を連れて島に来た。

 どうやって来たのかというと、ドアをくぐって来た。

 ペンション前にはちょうど今来たところの榎ちゃんがいたので、椿と荷物を置いておく。

「榎ちゃん。椿が起きたら、この建物の中に入るように言ってちょうだい。俺は、部屋の準備とか、ちょっと中ですることがあるから」

「うん。任せて」



 こっからは少し早送り。

 俺が合宿開始宣言をした。ペンションの案内をした。榎ちゃんの水着はカワイかった。柊の胸が無くて怒られた。2着目の榎ちゃんの水着は見逃した。

 早送りストップ。

 次はキッチンか。一日目の夕飯を柊と作った時だな。

 ここは飛ばしてもイイ気もするけど、やるか。



「別に時間制限はないけど、あんまり長過ぎるのはダメね。あと、最初に言ったけど、そこの冷蔵庫の中だけじゃなく、隣の倉庫にあるモノも好きに使っていいから」

 そう言うと、椿と榎ちゃんはお米を炊き始めた。それを真似して、俺たちも米を炊くことから始める。柊が「腹減った」って言うから、お米を一升炊いた。

「それで、何作る?」

 長い髪をいつものように上げて結び、エプロンを付けた柊が訊いてきた。

「んー?とりあえず、卵でも焼く?」

「ハッ。それだけ」

「いや、それだけってあなたねぇ。プレーンオムレツはシンプルなだけに誤魔化の効かない、基本だけど難しい料理なのよ」

 前にテレビで見た料理家のおばさんを思い出し、言った。

「何気持ち悪い言い方してんのさ。それで、アンタはその難しいプレーンオムレツを上手に出来るっての?」

「いーや。それとこれとは話が別でしょ」

「アンタねぇ。ちょっとは真面目に考えな」

 怒られました。

 何を作るか考えてみたんだけど、そういえば俺ってあんまり料理しないなってことくらいしかわからなかった。だから、「そう言う柊は料理できんの?」と訊き、柊に主導権を渡すことにした。

「ハ?アタシ?アタシは…まぁちょっとは。でも、ほとんどは酒のツマミとかそういう感じのだから、あんま夕飯って感じじゃないかも」

「酒のツマミって、柊ってそんなに酒呑むっけ?」

「いやアタシじゃなく……たまに高橋さんが、何かツマミ作ってくれって言うから…」

「あらそう」

 柊が大人しくなっちゃった。

 それでも、主導権は渡せたっぽい。結局、柊の作れるモノの中で、夕飯っぽいモノのオムライスを作ることになった。柊がチキンライスを、俺が卵焼きを作って、柊の作ったチキンライスに乗せる。

「アンタ、それじゃあスクランブルエッグでしょ!」

「え?卵焼けば何でもいいんじゃないの?」

「いいワケ無いでしょ!あ、ほら、手を止めるな!焦げる!」

「そういえば、『料理はスピード勝負』的なことをあのおばちゃんも言ってたよ」

「呑気な事言ってんな!口じゃなく手を動かせ!」

 そうして、苦難の末、でっかいオムライスが出来た。

「で、どうする?ケチャップでハートでも描いちゃう?」

 柊を茶化したら、熱を残したフライパンで叩かれそうだったので、すぐに謝った。

 椿チームはまだ作っている途中みたいだから、先に食堂にオムライスを運んで、皿とかの食器を準備した後、席に座り二人の方の完成を待った。



 こっからまた早送り。

 夕飯を食べ終えた。この旅行を合宿とすべく特訓した。椿のせいで痛い思いをした。風呂は気持ち良かった。のぞきに行くのは断腸の思いで諦めた。トランプをした。椿が日本酒がイイと言うので、カップ酒探すのに時間かかった。お酒を呑んだ。いつの間にか寝た。

 チャプター変更。


     楸 合宿二日目(昼)


 朝が来て、目が覚めて、楸さんぼんやり考えた。鏡に映ったイイ顔見て、そうだここはペンションだ、と気付いた。良かったなぁ。

 顔を洗って、昨日はトランプ中に酔い潰れたことまで思い出せた。

 部屋を出ると、取り乱した柊が、榎ちゃんの部屋から出て自分の部屋に逃げ込むように入って行くところに遭遇した。その後に、榎ちゃんが部屋から出てきた。

「あ、おはよう天使さん」

「おはよう、榎ちゃん」

 早朝の榎ちゃんも可愛かった。

 朝ごはんは榎ちゃんが作ってくれると言うので、柊のことはどうでもよくなった。

「何がいいかな?」

 顔を洗うなど身支度を整えた榎ちゃんが、食堂で、俺に訊いた。

「俺は、榎ちゃんが作ってくれるものなら何でも嬉しいよ」

「ありがと天使さん」

 榎ちゃんは、プレーンオムレツとウィンナー、食パンを焼いてくれた。

 さすが榎ちゃん、プレーンオムレツをチョイスしてくるなんて。

「椿君はまだ起きないのかな?」

「ああ。もしかしたら昨日酔い潰れるまで呑んで、しばらくは起きないんじゃない?起きて来ても二日酔いかもよ」

「柊さんも部屋に戻っちゃったし、二度寝かな?……じゃあ、先に食べちゃおっか」

 朝から幸せだ。

 榎ちゃんの作ってくれた朝食を、榎ちゃんと一緒に食べれる。

 まるで新婚さんみたい。

 でも、そんな幸せな時間も長くはない。

 柊が来た。

 幸せな時間を壊したことに文句でも言ってやろうと思ったんだけど、柊がひたすら榎ちゃんに謝り始めた。謝ってはいるけど、当の榎ちゃんは心当たりがなさそう。それでも柊は謝り続けている。この光景はなかなか面白い。

 俺は、何も文句を言わず、面白い光景を見ながら、優雅にコーヒーを飲んだ。



 こっからまたまた早送りか…。

 朝食終わり。作戦会議はグダグダだった。椿のトランプタワーだけ高く建設されていた。暴風でトランプタワーが崩れた。昼食はカペッリーニじゃなかったけど、美味しかった。

 早送りストップ。

 次は、榎ちゃんとバーベキューの食材採りか。この時のペア決めは運が良かった。合宿中にどっかで榎ちゃんと二人っきりになりたかったから。朝のチャンスを逃したから、ここでペアになれてホントに良かったよ。



 ダイビング用の水着に着替えた椿と柊が、海へ行った。

「それじゃあ、私たちも森に行こう」

 これから探検にでも行くの? と、俺は言いそうになった。

 榎ちゃんは、ポッケの多い迷彩柄のベストを着て、長靴とリュック、帽子を身に付け、虫取り網を装備していた。

「はい。これ、天使さんの分の網ね」

「ちょっと待って、榎ちゃん。一回食堂に行こっ」

 俺はそう言って、榎ちゃんを食堂に連れて行った。

 食堂に入るとリュックと虫取り網を置き、定位置に座る。

 何から榎ちゃんに説明しようかと考えたけど、取り敢えず先に気になったことがあるから、それから訊くことにした。

「ねぇ榎ちゃん。柊と何があったの?」

 柊の謝り方は、いつものアイツからは想像もできないほどに必死だった。アイツだったら、多少自分に非がある位なら開き直って、むしろ相手を謝らせる気がするから。

「いや、ホントに何もなかったんだよ。柊さんの勘違いっていうか、気のせいなの」

 榎ちゃんは、迷惑に感じているというより、むしろ柊のことを弁護している様に言う。

「勘違い?」

「うん。昨日の夜、柊さん お酒呑んで酔っ払ったんだけど、天使さんの部屋から出た後に私の部屋で少し恋バナして、すぐに寝ちゃったから。だから迷惑って言うより、私も楽しかったんだよ」

「それだけ?」

「うん」

「でも、朝 榎ちゃんの部屋から出てった柊は、尋常じゃない感じだったけど…?」

「あーうん。朝起きた時に私に抱きついていたことが驚きだったみたい」

「あら、そう…」

 柊は、一体全体 何を勘違いしてたんでしょ?

 てことで、柊の問題は、予想以上にくだらない結果でした。

 ここからは話題を変えて本題に入りたいんだけど、やっぱりどう説明したらいいか?

 考えた結果、作戦の全貌は話せないから、少しずつボカしながら説明することにした。

「あのさ、話は変わるんだけど、この後のバーベキューの前に、少しドッキリみたいなことしたいんだよね」

「ドッキリ?」と榎ちゃんは小首を傾げた。

「そ。椿をターゲットにしたドッキリ。それで、榎ちゃんにも協力してもらいたいんだけど、いいかな?」

「うん!」榎ちゃんは、即決した。「いいよ、面白そう。私は何すればいい?」

 榎ちゃんはノリノリだ。とりあえず一安心。

「うーん…何をするっていうか…。あの、榎ちゃんはバーベキューの準備をしている時に、ある人物に捕まる役をやってもらいたいんだ。だから、特に何もしなくていいんだけど、捕まっても怖くないように事前のお知らせって感じかな」

「わっかりました!」

「お願いします」

 榎ちゃんが了解してくれたので、俺は頭を下げた。

「でも、それで椿君にどうドッキリするの?」榎ちゃんは訊いた。

「ああ。別にリアクションを見たいとかじゃなく、ピンチの榎ちゃんを救うっていう状況が欲しいんだよ。俺と椿でタッグ組んで闘うのは昨日見たと思うけど、柊相手だからか、いまいち調子悪かったでしょ?だから、椿を本気にさせるような状況が欲しいんだ。そこで、俺と椿の信頼を確かめられればいいなって思って」

「……天使さん、椿君のこと好きなんだね?」

 榎ちゃんが微笑みながら穏やかな声で、とんでもないことを口走った。

「…やだよ、気持ち悪い」俺は、自然と苦い顔になる。「俺はゲイじゃないから」

 最後 後味が気持ち悪く残ったが、ともかくこれで、榎ちゃんとの打ち合わせは終了。なんとか腹案を隠し通したまま説明できた。

 あとは夜が来るのを待つだけだ。楽しみだなぁ!

「じゃあ、そろそろ行こっ。私たちも食材探さないと」

 榎ちゃんは立ち上がり、虫取り網に手をかけた。

「ああ。それなら大丈夫。あの森にまともな食糧なんて無いと思うし、あっても森は危険だから行かない方がいいよ。なにより、食材ならまだ冷蔵庫にいっぱいあるし。俺はこの打ち合わせがしたくて、食材採りを提案しただけだから」

「あっそうだったの?でもさ、せっかくだし行こうよ。クワガタとか獲れるかもよ」

 榎ちゃんは、森へ行きたくてウズウズしてた。

「いいけど…。クワガタ獲るんだったら早朝とかの方がいいんじゃない?」

「いいの。椿君たちが帰ってくるまで暇なんだし、探検しよ」

「…そうだね。探検しよう」

 そういうことで、俺と榎ちゃんは森に探検に行くことになった。自分の分の長靴を倉庫で見つけて、探検の準備をしてからペンションを出た。ペンションを出たら、何故か椿がペンションに戻ってくるのが見えた。気付かれる前に、俺と榎ちゃんは森へ逃げた。

 森の中では、何も獲れなかった。だいたい、虫取り網で獲れる食材って何なんだろう。

 榎ちゃんと一緒にいれるのは嬉しいけど、森の中では気持ち悪い虫も一緒にいる気がして、幸せ半分って感じだった。

 それでもやっぱ、楽しかった。


     楸 合宿二日目(夜)


 はい。これで、ここに至ります。

 椿が殴ったのを、俺は茫然と見ているワケなのよ。

 結局、原因っぽい原因は、椿の勝手な個人プレーだけじゃん。俺の唯一の不安要素が当たっちゃったよ。

 椿の責任だから、この後どうなっても、俺は知~らない。


     椿 合宿二日目(夜)


 俺は思いっきり相手を殴った。殴るとすぐに榎を抱き寄せる。

 これで万事解決した。榎は取り返し、天使にナイフが向けられる危険も、俺が斬られる危険もない。

 殴った相手は顔を歪めながら…。あれっ?顔が変りながら、倒れる?

 俺が殴り倒した相手の顔はみるみる変わり、知らない男の顔から、部屋で寝ているはずのヤツの顔になった。変ったのは顔だけで、良く考え、良く見てみたら、少年のような身体は元からだった。

「おい!何やってんだよ 椿!これ柊だぞ」コレヒイラギダゾ?

 駆け寄って来た天使が言った。どうやら、これは本当に柊らしい。

 俺が殴ってしまい気絶した柊を、榎が急いで濡れタオルを持って来て介抱し始めた。

「柊だぞ、ってどういうことだ?つーかなんだ?お前はこれが柊だって知ってたのか?」

「うん、まぁね。ぶっちゃけ、楸さんは知ってた」

「はあ?どういうことだ?」

「話せば長くなるって言うか、話せないこともあるんだけど、分かりやすく一言で言うと、これはドッキリ!みたいな?」

 天使の説明は歯切れが悪い。

「あーもういいよ!話せることを長くてもいいから、教えろ」

「いや、あのですね。椿が本気出せるシチュエーションが欲しくて、榎ちゃんと柊に頼んでドッキリ仕掛けたのよ。さっきまで柊は、悪魔の能力〝擬態″で変身していた。柊は顔と声だけしか変えられないって言ってたけど、俺がそれだけ男に変えてくれれば問題無いからって言って。それで本当なら、椿が榎ちゃんを助けたら、柊には俺を追いかけてもらって無傷のまま退場してもらうことになってたんだけど…。あ、榎ちゃんに向けられてたナイフは偽物だったから、その辺は安心して」

 下手な説明だが、俺には全貌が見えてきた。

 そして、全貌が見えて来ると同時に、この場から逃げたくなったが、遅かった。

「っく…。アンタら……覚悟は出来てんだろうね」

 柊の復活。それは、悪魔の復活。

 全身から怒りがほとばしっている。不意打ちの一撃で、一瞬だけとはいえ、この柊を気絶させることができたのが奇跡に思えるほど、今の柊は怖い。

 俺と天使は、とっさに柊から距離を取った。

 幸いなことに柊は〝悪魔の剣″を持っていないが、ブチ切れている。

『やばいぞ、椿。どうする?』

 天使はテレパシーをまだ切っていなかったらしく、頭に声が届いた。

『知るかよ!とにかくこの場は何とかして逃げるぞ。つーか、お前が犠牲になれ』

『やだよ!さっき楸さんが囮になったんだから、今度は椿が犠牲になれよ』

「アンタらぁ!ごちゃごちゃ言ってんじゃないよ!」

 テレパシーを使った無言の会話をごちゃごちゃ言うと言えるのは、柊が〝読心術″を使っているからだろう。

『ヤバいな…』

『なぁ。逃げるのは諦めよう、椿』天使は、とんでもないことを言った。『アイツが〝読心術″使った今、逃げるのは不可能だ。それより、特訓の成果を出すんだ。柊を倒そう』

 それは無謀に思えた。しかし、

『…そうだな。今の弱った柊なら、なんとかなるかもな』

 それしか道はなさそうだ。

『いくぞ!』

『おう!』



 勝負は一瞬だったという。

 柊は、強すぎた。

 柊は、最初に俺を殴り倒した。勝ち目が無いと早々に諦めた天使は、羽を出して本気で逃げようとしたが、一瞬一撃で蹴り飛ばされたそうだ。その後、榎が止めに入ってくれなかったら、柊の怒りを鎮めてくれなかったらと思うとゾッとする。

 俺は人生初の合宿で、人生初のバーベキューをする前に、人生初の吊るし上げの刑を食らった。俺の横には、俺と同じく逆さに吊られた天使がいる。

「「すいませんでした!」」

 森の中の高い木に吊るし上げられ、そこから柊に謝り続けた。

「悪かった。ホントにスマン。つーか、俺は何も知らなかったんだよ。全部天使の責任だ」

「ゴメン柊。俺の計画は完璧だったんだけど、椿のバカが勝手に先走って」

「っざけんな!テメェのせいだろが」

「楸さんは何にも悪くない!」

「アンタらどっちもだよ!」

 大木の高くに吊り上げた俺たちと同じ高さに飛び、柊は俺たちを蹴った。

 しばらくはドSな堕天使のお仕置きが続く。

 半分気絶しかけている天使は、何を考えているのだろうか?そして、コイツの言う計画は本当に完璧だったのか?

 いろいろ裏があったこの合宿の全貌が気になるが、それよりも今は、生きてこのお仕置きを切り抜けることができるよう、耐えるしかない。


     楸 合宿前


 合宿を数日後に控えたある日、俺は、柊と一緒に喫茶店に来ていた。いつも椿と来ている喫茶店に。

 柊と二人でこの店に来ているのは、ある目的があったからだ。それは合宿の裏の目的ともいえる作戦の打ち合わせ。俺は密かに柊を使って、ある作戦を実行しようと考えていた。

 その作戦とは、俺の立ち位置を確認するとともに、榎ちゃんとの関係を確認、あわよくば発展させようと言うものだ。今回の俺は、チョイ悪なのだ。

 詳しく作戦の内容を説明すると、ある危険な状況下で椿が榎ちゃんを助け出す。たぶん榎ちゃんは椿のことが、認めたくは無いが、有り得ないことだとも思うが、たぶん…好きだと思う。俺の勘違いなら、ここで作戦は終わり。でも勘違いじゃなかったら、助けてもらってイイ雰囲気になると椿に告白するかもしれない。だけど、椿に女心は分からない。こっちはほぼ百パー、乙女心を知らない椿は、榎ちゃんをフる。そこで、俺が榎ちゃんを慰める。傷ついたところを支えられ、いつしか榎ちゃんは俺のことを好きに…!

 完璧だ。この、ドラマで言うと二番手の男のような立ち居振る舞い。ドラマだと大概、二番手の男の方がカッコいいんだけど、話しの都合上、ヒロインとは結ばれない。だが、どうだ?この完璧な作戦は。俺は二番手かもしれない。だが、二番手には二番手のカッコ良さがあり、作戦次第では一番手・主人公に勝つこともできるんだよ!

 そう!それこそ、この作戦『ドラマとかって二番手の男の方がカッコイイのに、最終的には主人公が華を持っていくよね。だったら俺の力で二番手を本物の男にしちゃうぜ 大作戦』だ!

 この作戦のメリットは、椿が主人公を自称するバカだから成り立つのだが、二番手に甘んじている俺がカッコ良くなれること。そして、もし二番手のように行かないとしても、その場に男は二人。それなら俺が一番ってことになる。さらにそして、なにより作戦がどこかで万一失敗しても、主人公だけ、椿だけは幸せになることができない。

 完っ璧だ!

 不安要素を敢えて上げるとしたら、予想もつかないバカの個人プレーくらいだけど、ま、なんとかなるだろ。



 俺はこの腹案を持ち、柊に合宿の表の目的と裏の計画の一部を話した。

「だいたいの話は分かった。二日目の夜に榎ちゃんを連れ去らう悪党役を、アタシにやれってんだね。椿に本気を出させるために」

「ああ。頼む」

「引き受けるけど、アタシに少しでも何か計画とは違うことしたら、たたっ斬るからね。あと…報酬の方は絶対よ」

「ああ。分かってる」

 柊は、合宿に参加することは二つ返事でOKしたが、俺の裏計画の協力を仰いだら、そっちには乗り気ではなかった。仕方なく報酬を提示したら、引き受けてくれた。報酬は、食いしん坊の柊らしく、食事になった。いつか俺が高橋さんも呼んでの食事をセッティングすることが報酬になった。

 これで柊との打ち合わせは終わったんだけど、まだコーヒーも残っていたから居座っていた。そしたら、柊がおもむろに口を開いた。

「なぁ。アンタらの闘い方ってのをさっき聞かされてから考えてたんだけど、アンタはそれでいいと思ってんの?」

「ん?どゆこと?」

「アタシが思うに、アンタらの闘い方で一番重要なのは互いの信頼だ。それがなきゃ、むしろ危険な闘い方になる。………信頼なんてできんの?」

「さあ?椿はたぶん俺のこと嫌ってるから、難しいかもね」

「バーカ。アタシが訊いてんのは、アンタが人間を信頼できんのかってことよ」

 ああ、そっちね。

 柊の眼は、真っ直ぐ俺を見ている。どうやら、逃げられそうもない。

「……さあ?俺は、したいって思ってる」

「ふーん」

 納得したワケじゃないだろうに、柊はそれ以上問い詰めてくることはなかった。

 だけど、いやだからかな、俺はどうしても言っておくことがある。

「あのさ、柊。あいつらの前で余計ことは言わないでよ。言ったら俺…怒る」

「ハッ。アタシは言わないよ。アンタがいつか自分で言うんでしょ?」

「ああ。……あ、でもどうだろ?言ったとしても、信じてもらえないかもよ。俺って結構嘘つきだから」

 俺は、自虐的に笑ってみせた。

「ハッ!そうだったね」

「でしょ」

 それからはしばらく、何も会話は無かった。

 コーヒーに入れていたアメも、いつの間にか溶けていた。

 そのアメが溶けたコーヒーも無くなって、もう帰ろうと思った。でも、柊はまだ帰るそぶりを見せない。それどころか、「なんで合宿なんて回りくどいことをする?」って訊いてきた。

「親睦はともかく、特訓程度ならその辺でできるだろ?」

 俺は少し考えて、裏の作戦の目的じゃないからいいやってことで、表の計画の目的を教えることにした。

「だってさ、ただの旅行ですって言っても、椿が納得しないかもしれないだろ。それだったら、仕事につながるような特訓目的の合宿って方がいいかなって」

「それだけ…?」

「ああ」本当だった。「あの島だったら前みたいに急に仕事になるようなこともないだろ。俺は、今度こそ仕事とか抜きで遊びたいんだ。ただでさえ俺達とあいつらじゃ生きられる時間の長さも違う。別れの時ってのは必ず来る。もしかしたら…結構早く」

「ああ。でも、それはしょうがないことだって割り切りなよ」

 柊が、心配そうな眼差しを俺に向けてくる。

「分かってるよ。分かってるからさ。そのいつかの時に、あいつらとどういう形で別れることになるか分かんないし、その時にあいつらの中で、俺がどういう存在になるかも分からない。……たぶん、最悪な印象になるんだろうけど」

「それで、合宿?」

「ああ。いつかの別れが来る前に、今のうちに、楽しい思い出が欲しいんだよ。もちろん普段の仕事でも楽しいことはあるけどさ、そういうのとは別に。あいつらと、バカみたいに過ごしたっていう、バカみたいに楽しい思い出を、俺は欲しいんだ」

「そ。まぁ、それだったらアタシも欲しいかもね」

「だろ?」


     椿 合宿二日目(夜)


 柊に謝り続け、榎の弁護もあり、俺と天使は許しを貰った。

 そして、今は夕食。

 バーベキューに使う材料のほとんどは、冷蔵庫と倉庫から出した。大量の食材があったから、俺の獲って来た魚が霞んで見えた。その俺が海に潜って捕まえた魚は、柊が捌いてくれた。「アタシに任せな」とか言って〝悪魔の剣″を構えた時にはどうするのかと不安だったが、見事にその大剣で捌いてくれた。一瞬で中の骨を全て切り取るという離れ業で。

 バーベキューが始まった。

「椿君。ちゃんとお野菜も食べてる」

「食ってるよ。ったく、お前は俺の母ちゃんか」

「そういえばこの前、椿の母親に会ったぞ、俺」

「は?いつ、どこで?」

「さあ?忘れた」

「ひ~さぎちゃ~ん。アタシ、椿に殴られて手ぇ痛いから食べさせて」

「う、うん。はい、あーん」

「おい…お前、柊に酒呑ませただろ?」

「うん。面白そうだから、楸さんが柊の飲み物をチューハイにすり替えちゃった」

 バーベキューの間、柊は榎に甘え続けた。ガキみたいに甘えるくせに、食欲だけは一人前以上で、大量にあった食材のほとんどは柊が食べた。



「私、柊さんを寝かせて来るから、ここの片付けしててちょうだい」

 榎は、散々飲み食いして眠りについた柊を連れて、先にペンションに行った。

 散らかった空き缶や使った紙の皿、箸などをゴミ袋に入れたりビニルシートを畳んだりするなど、会場の片付けの一切は、俺と天使でやっている。

「なあ。明日また、柊は朝から謝罪し続けるんじゃねぇか?」俺は言った。

「ははっ。かもな」

「そしたら、酒を飲ませたお前は、また吊るし上げか?」

「え、マジ?」

 キッチンで洗い物をしている榎に網などを届けたり、倉庫にビニルシートやテーブルをしまいに行ったり、浜辺とペンションを往復しなければいけない後片付けは大変だったが、あらかた終わった。

「なあ椿。合宿、楽しかった?」

 最後の荷物をペンションに運んでいる時、天使に訊かれた。

「まぁ、楽しかったか楽しくなかったかって訊かれたら、楽しかったかな」

「そかそか。そりゃ良かった」

「でも、楽しかったけどよ、昨日の特訓とか、今日のドッキリは要らなかった。特訓だけだったら別の時にやろうぜ」

「え?」天使は、意外そうだった。「だってそれだったら、ただの旅行になるよ?」

「いや、いいだろ。むしろただの旅行にしろよ」

「んだよ、人の気も知らないで。そんなこと言いやがって」と天使はむくれた。

「知るかよ」

「なるほどね。椿は、ただの旅行でもいいと」

「ああ。だから、次やるとしたらただの旅行にしてくれ」

「次…ねぇ…」

 天使は顔を背けてしまった。

「おい、聞いてんのか。余計なこと考えんなよ」

 天使はそのまま黙ってしまった。

 次にこいつが旅行を計画するとしたら、今回以上に面倒な旅行になりそうだ。


     楸 合宿後日談


「ねぇ五十嵐さん。この前あのペンションに行ったんだけど、五十嵐さんの言ってた部屋ってホントにあるんですか?」

「部屋?……ああ、『精神の時と部屋』のことか?」

「はい。合宿の前や二日目の夜に調べたんだけど、どこにも見つけられなかったですよ」

「ホントにちゃんと探したのか?」

「いや、ちゃんとって言っても、半信半疑だったから見落とした可能性はありますけど」

「あ~それじゃダメだ。そんなんだと、あの部屋は絶対見つかんねぇよ」

「え?」

「あの部屋はな、信じる者の前にしか現れねんだよ」

「うそぉ!」

「ホント」




     ○


 この数週間後、天使は、俺達の前から消える。

 消えないよ。ただ、投獄されるだけ。

 けど、実際、俺達の前からいなくなるよな。

 まぁ、そうね。

 俺は、天使との最後になるかもしれない日、その瞬間をどう別れたのか憶えていない。長年のツレといつものようにバカしたあと別れるみたく、また明日、それが当然のことと思っていたから。

 だと思った。だから俺は、椿も特別に思えるような、そんな思い出を残したかったんだ。


この話は、遊んでいるだけです。

ムリヤリ榎がさらわれるという展開をねじ込みましたが、それすらもグダグダなものになっています。

遊んでいるだけの退屈な話になってしまいましたが、どうしても必要な話であることをご理解ください。


少しだけ、楸について触れました。

ここが一番書きたかった部分です。


最後のモノローグは、椿と楸の二人が交互にやっています。

会話の様になっていますが、どうなのでしょう、次話への繋がりにと書いただけなので、ただの蛇足でしたでしょうか。



たしか第一話で触れたような気がしますが、人間より天使の方が長命ということで、楸や柊の見た目年齢は二十歳前後と設定していますが、すでに椿の何倍も生きています。


どうでもいいことだけど、個人的こだわり。

椿は、早生まれ。

榎が二十歳となったあとでも、椿は十九。

ちなみに、この時点で椿は未成年。

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