番外編 座ったままで
石楠花は、座っていた。
石楠花の座っている、大通りに面している喫茶店の窓側の長席は、右から左へ、左から右へと窓の外を人が絶えず流れる様が良く見える。
石楠花は、変わり続ける景色を映すことで眼を愉しませ、カフェラテとガトーショコラの甘みで口を愉しませていた。店内には有線放送の音楽、最近人気の女性アイドルグループの曲が流れている。その音楽では耳を愉しませることはできないのだが、まあいい。
「やっぱり。石楠花じゃん」
耳が不快と感じる自分を呼ぶ声を聞く位なら、愉しくも無い音楽をヘッドフォンつけて大音量で聞いていた方が幾分いい。そんなことを思いながら、不快感を少しでも中和させる為、フォークで一口大に切ったガトーショコラを口に運ぶ。
「何してんの?石楠花」
友好的な笑みを浮かべた楸は、立ったまま、石楠花に訊いた。
「あんたこそ、相棒のニット帽も連れず一人で何を?」
石楠花は、視線を窓の外に向けたまま、楸に訊いた。
「別に、俺 椿が居ないと何も出来ないワケじゃないから」不愉快そうにムッとした楸は、「俺は、石楠花の姿が見えたから何となく声を掛けてみただけだよ。それで、石楠花は何をしてるの?」と質問を繰り返した。
「仕事中」
「仕事中?」楸は、平然と応える石楠花に、懐疑的な眼差しを向けた。「喫茶店でケーキ食べるだけの仕事なの?」
「そんな仕事があるのなら俺は今すぐ転職する」
「いや、石楠花が今している事がそれだって言ってんの!」
声を荒げてつっこむ楸だが、「ききっ」と笑う石楠花の、口の前に人差し指を立てる仕草を見て、喫茶店内だということを思い出した。
バツが悪そうに髪の毛をグシャグシャかきむしり、石楠花の隣の席に座る。
「で、石楠花の仕事って何? てか、何で隠すの?」
「隠しているつもりはない。あまり自分のことを話すのが好きじゃないだけだ。だから、どうしても知りたいと思うのであれば、俺の意思を無視すれば、後は勝手にどうとでも知る手立てはあるだろう」
石楠花は答えた。
その、「知ったら負け」とでも言うような石楠花の言い方が気に障り、楸は「別に、そこまでして知りたくないし…」とそっぽを向いた。
「どうせアレでしょ?雷趙に言った『暗殺を生業にしている』っていうのも嘘なんでしょ?」
「…あぁ、そんなことも言ったかな…」石楠花は、興味なさげに過去を思い出した。「あんな突拍子もない嘘でも、『空は青い』と当然のことを言うような自然さで言えば信じさせることが出来るのかと、驚いたな。それとも、あの変人が存外マヌケだっただけか…?」
「どっちでもいいよ」
と、無表情で言う楸に、「ああ、どうでもいいな」と石楠花は応える。
「そんなコトより、『どうしてあの男との会話の内容を知っている?』と訊いた方が、この不毛な会話を早く終わらせる近道になるのかな?」
石楠花は、いつもの快楽を悦ぶような笑みではなく、挑発するような、意味深な笑みを口元に浮かべて そう言った。
その笑みが意味することを何となくではあれ察した楸は、「こいつ、〝先読み″や〝読心術″の資格でも持っているのかよ」と心の中で不気味に思うと、浴衣の袖口に手を入れ、そこから一枚の便箋を取り出した。
それを石楠花に渡す。
それは、手紙だった。
『拝啓 楸さんへ
突然のお手紙、すみません。先日とても嬉しい事があり、気付けば筆をとっていました。
それというのも、私が個人的に強い興味を持っている人間・石楠花さんのことです。先日、私が石楠花さんを遊びに誘った際のことです、手土産を持参してまで臨んだのですが、にべも無く見事にフラれてしまいました。石楠花さんが言うには、自分は暗殺を生業とする人間だから、私が望む様な遊びは出来ない、ということでした。さらに折角用意した手土産まで突き返される始末。
ここまで聞けば、それの何処が嬉しいのだ、と思うかもしれませんが、嬉しいのはこの後です。
遊びの誘いを断られた私は、魔界に返って、突き返された土産 (魔界にある果実を焼いたもの。ちなみに、私の手作りです。頑張りました (笑))を食べました。すると、なんということでしょう、私は口から血を流しました。詳細は省きますが、実は、私の土産を突き返す直前、石楠花さんは、私の目を盗んで果実に針を混入させていたのです。そして、まんまと罠にはまった私は、血を流すことになるのです。
私は、歓喜しました。
悪魔や天使であっても私に怪我一つ負わせることが出来ないというのに、ただの人間に、一度ならず二度までも負傷させられた。これを悦ばず、何を悦べというのでしょうか?
知り合いの風琳君には「バカじゃねぇの?」と一蹴されてしまいました(彼は頭がおかしいので仕方ありません)が、どうしてもこの悦びを誰かに伝えたく、気付けば楸さんに手紙を書いていました。
この手紙に、返事は特に必要ありません。
私の悦びが伝わっている事を信じ、これを結びの言葉と代えさせて頂きます。
敬具
雷趙より』
雷趙の手紙を読み、石楠花はまず思った。
「キャラ違くないか?」
物腰柔らかな文面に違和感を覚え、引いた目をして、手紙を楸に返す。
返された手紙を浴衣の袖口に入れると、楸は「それで…」と口を開いた。
しかし、話に入ってすぐ石楠花に待ったを掛ける様な仕草をされ、楸は口をつぐむ。
「手紙の文面は予想外だったが、それ以外は想定内だな」
「ん?」
戸惑い、懐疑的な目を向けてくる楸に「ききっ」と笑い掛けると、石楠花は続けた。
「まず、最初から振り返ろうか。あんたは、俺に違和感を覚えさせるくらい不自然なほどの友好的な笑みを浮かべて近付いて来た。それは、知人との偶然の出会いを喜ぶというよりは、嫌悪感や警戒心を与えることなく相手の懐に上手く入ろうとしているようだった。その後、ニット帽やネコ猿よりも冷静であるはずのあんたが、俺の発言で簡単に平静を崩した。あれは、その場で急にカッとなったというよりは、消したつもりの燻りがまた勢いを取り戻すかのようだった。それらの情報を基に、俺はひとつの仮説を立てた。『こいつは、俺に不満がある。しかし、接してきた時の様子からして、ただ不満があるというよりは、注意や説得に近い思惑を持って来たのだろう』と。そして、あんたは、あの変人の名前を出した。その瞬間、俺は全てを理解出来たよ。おそらく、あのまま俺が何も言わずにいたら、あんたは俺にこう警告するつもりだったのだろう。『あいつの誘いは無視しろ』と」
言い終わり、石楠花は「どうだ?」と言いたそうな笑みを楸に向けた。
楸は、「そうだよ」と応えた。
何から何まで、それこそ心を見透かされているかのような不気味さを覚える程に石楠花の言う通りで、楸は不貞腐れるように口を曲げ、不気味なモノを見る眼を石楠花に向けた。
「それで、俺の口からは出なかった忠告に、石楠花はどう応えるの?」
楸は訊いた。
「もちろん、断る」
薄く笑いを浮かべ、だが、はっきりと石楠花は応えた。
その返答に納得いかない楸は「あのね!」と眉間に皺を寄せ、語気を強くした。
「解ってないみたいだから言うけど、雷趙って男は、本物の化け物なんだよ。さっきの手紙に書いてあった風琳って悪魔も、その残虐さと強さで、名前を聞くだけで震えあがり腰を抜かす天使がいるほどだ。でも、その風琳でさえ、雷趙からすれば『頭のおかしいバカ』で終わる存在だ。あいつは、ホントに化け物なんだ。今は大人しいからって、気に入られているからって、油断しちゃいけない。万が一に備え、あいつの意識から自分を消すくらいしないと、いつか本当に殺されるよ」
石楠花の身を案じ、本気の説得を試みるつもりで、楸は言った。
しかし、楸の想いを踏み躙る様に、石楠花は「ききっ」と笑ってみせた。
「確かに、殺されるのはゴメンだ。けどな、あいつも言ってただろ…」
「え…?」
「これは〝遊び″だ」そう言った石楠花は、自分の命を何処か別の所にあると思い嬉々として戦場に飛び込むような、そんな危うさを持った笑みを浮かべていた。「危険を伴わない遊びに興じたとして、それのどこに快楽を求める?遊びとは常に危険が隣にあり、それでこそ面白くなる」
「……死ぬかもしれないんだよ?」
「それも、一つの結末の形に過ぎない」心配する楸をよそに、それでも石楠花は笑みを絶やすこと無く応える。「あんたの相棒が言いそうな言葉を借りて言うと、『ゲームオーバーが怖いからといって、それがゲームを降りる理由にはならない』。俺は、あの変人を満足させる為じゃなく、あの変人を殺すつもりで〝遊び″に興じるつもりだ」
石楠花は言い切った。
その顔は不気味に笑っているが、自分の口から発した言葉を冗談だと片付けるような、そんな軽薄さは感じられない。
それは、楸も解っていた。
だから、これ以上何を言っても無駄だと悟った楸は、静かに言う。
「警告はしたからね」
「ああ。人間を護るなんて職務に就いてしまった天使さんに、喫茶店でケーキを食べているだけで『仕事している』なんて言う人間は、極力迷惑をかけないように努力しますよ」
石楠花が皮肉を込めて応えると、楸は、その場から立ち去った。
石楠花は、また一人、座ったままで外を見る。
「よお、石楠花」
そう声を掛けられ、石楠花は、顔を動かさず眼だけを動かして相手を確認した。
そこには、カイが居た。
「店の前通ったら石楠花の姿が見えたからよぉ、なんとなく来たぜ」
「『なんとなく』で来るな。帰れ」
石楠花に冷たくあしらわれ、カイは「んだよ」と機嫌を悪くした。
「なんか邪魔でもしたかよ?」
「ああ、仕事中だ。迷惑この上ない」
「仕事中って、こんなトコで何仕事してんだよ?てゆうか、お前って何してんの?」
カイにそう訊かれ、石楠花はメニューを手にした。各テーブルに一つずつ、カウンター席にもいくつか適当な間隔で置かれている、立て置きのメニュー表だ。そこに、カイの質問の答えを求めたのでは、もちろんない。さっきのガトーショコラ美味しかったな、と思いながら他のデザートメニューを見ていた。
「保父さん」チーズケーキもいいな、そう思いながら石楠花は言った。
「絶対嘘だろ!」
カイの店中に響くその怒鳴り声を呼び鈴代わりにし、店員の気を引いた石楠花は、チーズケーキを注文した。
イイ様に弄ばれたことに憤慨したカイが居なくなり、石楠花はまた一人、座ってチーズケーキを食べながら、外を見ていた。
そこに、「石楠花」と自分を呼ぶ声がする。
嫌な予感がする、そう思いながら声のした方を見る。
見ると、そこには柊が立っていた。
石楠花の嫌な予感は、当たっていた。結構簡単に拳が飛んでくる柊相手にどの程度の挑発ならセーフとなるか、前に一度殴られたこともあり、その境界線を石楠花はまだ上手く見極められないでいる。
柊は、石楠花の苦手な相手だった。
しかし、そんなことは悟らせまいと、両手をポケットに入れて足を組み、椅子を回転させて柊に向き、石楠花は「ききっ」と笑ってみせる。
「気安く俺の名前を呼ぶヤツが居るなと思えば、あんたか。何の用だ?」
「別に…。偶然見かけたし、前から言っておきたい事もあったからいい機会だと思って」
柊の放つ 責める様な空気を感じ、石楠花は微笑した。
「ほう…。何かな?」
「終わったことをグチグチ言いたくないけど…」と前置きをしてから、柊は話す。「アンタは、ヒトを死に追いやる様な事をしていた。その動機や目的をアタシは詳しく知らない。けど、どんな理由があれ、それは許されることではない。人間のルールでも、もちろん許されるようなことじゃないはずだ。でも、楸と椿は、アンタに罰を一つ与え、それ以上のことはしない。この意味、アンタに解る?」
「…さあ?」
と、とぼける石楠花に、柊は苦い顔をして、「アンタを信じてんのよ」と言った。
尚もとぼけた表情を変えない石楠花に苛立ちを募らせながら、柊は続ける。
「前、楸が自分の裁量で罰を下すことから逃げているだけだと思ってアタシ、アイツを問い詰めたの。『自分でやるのが怖いなら、警察に突き出せばいい』っても言った。でも、アイツは言ってた」
柊は、楸とした会話を思い出しながら話した。
「自分で罰を下すのは怖いとか、まだ昔を引きずってんの?」
柊に軽蔑の眼差しを向けられながらも、楸は、微笑を浮かべながら応えた。
「石楠花はさ、不気味過ぎて吐き気がするくらい、頭がいいんだよ。学は無いとか、専門的な知識は持ってないって言ってたけど、話していれば嫌でも『知能が高いな』って思わされる位に」
「だから?」
「あんなに頭がいいヤツが、あんな面倒な方法をとってまで〝死の恐怖″を知ろうとしたのには、きっと何か理由があると思うんだ。だって、ただ単に〝死の恐怖″を知ろうと思うなら、見ず知らずの人を捕まえて目隠しした上で手足を拘束し、死ぬ寸前まで痛めつければ、そいつから〝死の恐怖″を聞き出すことが出来るかもしれないんだから」
この料理には塩をもう一つまみ足した方が良くなると評するような、そんな自然さで楸の口から出る残虐的な言葉に動じもしたが、柊は「確かに…」と理解して頷いた。
「でしょ? きっと、あの方法じゃなきゃダメだったんだ。あの罰は椿の発案だからただの偶然なんだけど、アレで、石楠花の中の狂気は止まった。椿も似た所があったんだけど、ふらふらと揺れる想いは危うさを持つ凶器になる。けど、その揺らぎを止めてあげれば、その想いは、何かを護ることが出来る強靭な刃になる。俺は、そう信じる」
「『けど、もし野放しにして危険だと判断したら、その時は考える。でも俺は、石楠花は根っからの悪人じゃないと信じている』って、アイツは言ってた。楸には『言うな』って言われてるけど…」
柊は、言った。
つまらなそうに話を聞いていた石楠花に、柊は「でもアタシは、楸達ほどアンタを信用出来ない。楸の意思は尊重するけど、アンタが危険だと思ったら、アタシはアンタを斬るよ」と警告し、それで話を終えた。
そして、柊の話が終わると、石楠花は笑みを浮かべる。
口の端をニヤァっと上げ、いつものように「ききっ」と不気味に笑う。
この場に笑いは相応しくない、そう思って責めるような視線を向ける柊に、「いや、なに」と石楠花は飄々として応える。
「あんたの話で合点がいったから、つい、な」
「ハ?」
「ずっと疑問に思っていた。『何故こいつらは俺に慣れ慣れしく 接してくるのだ?』と。浴衣ののことは評価していたんだが、とんだ見当違いだ。犬がエサを前にして食いつくのと同じ、俺は、心そそられるような面白い事に飛びつく。そこに、ややこしい理由は無い、あるのは、善も悪も無い〝本能″だ」
「なっ…!」
「今はそそられる様な事が何も無いから鳴りを潜めているだけ。面白い事があれば、俺は、嬉々としてそれに飛びつくだろう。俺は善悪に頓着しないから、つまり、いつでもまたあんたたちの前に敵として現れる可能性があるワケだ」そう言うと、石楠花は辟易したように首を振った。「なのに、浴衣のたちときたら、何を勘違いしているのか…。悪意に取り憑かれた犯罪者は改心するかもしれないが、本能に従う俺に、改心など有り得ない」
石楠花は「だから、あんたの判断は正しい」と柊に言うと、「俺を危険視するのなら、何か被害が出る前に斬り捨てるのもいいだろう」と自分をチーズケーキに見立てるかのように、フォークを使って皿の上のケーキをスーッと二つに割った。
「アンタねぇ!」
石楠花のその挑発行為に、柊は激昂した。反省の色がまるでない石楠花の態度もそうだが、石楠花を信じようとする楸の想いを踏み躙る様な言動で、頭に血が上っていた。
怒りをぶちまける。その為にもまず、胸倉を掴み上げよう。
そう思い、石楠花に掴みかかろうとした柊だが、「はい、ストーップ」と背後から伸びた腕に首を巻くようにして身体を抑えられた。
眼だけを動かしてみると、そこには楸が居た。
「ききっ。いいタイミングで御到着だ」
と、石楠花が言うと、「よく言うよ」と呆れ顔の楸は応えた。
「『そういえば、あの変人のことで訊きたい事があったから、戻ってくれないか』ってメール寄こしたくせに」そう言うと、楸は、ポケットに両手を入れたままの石楠花の姿勢を見て「まさか、ポッケにケータイ入れたままメール打ったの?」と訊いた。
「まあな」何でもないかのように石楠花は言う。「文字変換のパターンや電話帳の登録を憶えていれば、そう難しい事じゃない」
「流石だね。けど、あんまり柊をからかうと痛い目見るよ」
「そこは、一種の賭けだ。さっきも言ったろ?遊びは危ないから面白い」
満足そうに笑みを浮かべる石楠花を見て、楸と柊は声を揃えて言った。
「「変態…」」
「てか、いつまでアタシに触ってんのよ!離れろ!」
柊は、楸の腹に肘を思いっきり入れた。
「ぅぐっ!」楸は、ダメージを受けた腹を抱える様にして苦しみながら、柊を睨む。「元はと言えば、柊が俺との約束を破って話したり暴れようとしたりするからじゃん。俺が止めなきゃ、この辺 ちょっとした騒ぎになってたよ!」
「うっさい!黙れ!」
「まぁまぁ。店や俺の迷惑も考えろ。じゃれ合いの続きは、どっか遠くでやれ」
石楠花が面倒くさそうに言うと、「全てはお前の所為だろ!」と二人は怒鳴った。
久しぶりがこんな話ですみません。
石楠花を知らない人は、テキトーに振り返ってください。
ちなみに石楠花は『しゃくなげ』と読みます。
これを書いた時のイメージでは、石楠花のケータイは折りたたみ式のやつでした。




