番外編 レッツ・クッキン
今日は、卵が安い日だ。
例えば学生の様に一人暮らしをする者ならば節約を意識することもあるだろう。一円でも安い食材を買ったり、タイムセールに飛びついたり、閉店間際のスーパーで値引きシールが貼られる瞬間を今か今かと待ったり、その浮いた分でコンビニのスイーツを買っちゃったり。小難しい節約技は知らなくとも、出来ることはやっておこうとするものだ。
そんな節約を意識する二人の若者が、スーパーの卵特売に導かれて出会う。
「あ、カイ君」
「榎さん」
榎とカイは、スーパーで出会った。
「カイ君も自炊するんだね」
榎は、カイの持つ買い物かごを覗き込み、言った。
「自炊なんて言える程、立派なもんは作れませんけどね」
自嘲気味に笑って、カイは応えた。
カイの持つ買い物かごの中には、安さが魅力のモヤシ、いろんな野菜が摂れて便利な袋詰めのカット野菜、冷凍の豚肉 (カナダ産)、味付けを一手に引き受けてくれる焼肉のタレ、味のアクセントに欠かせない豆板醤、長身への憧れを叶えてくれると勝手に希望を託される牛乳 等々が入っている。
基本的に『強火でガッと炒める』以外の調理法をしないカイは、これを「自炊をしている」と誉められるようなことではないと謙遜した。
「そういう榎さんこそ…」
そう言いカイは、榎の買い物かごを覗いた。
――榎さんも女性だし、きっと蒸したりオリーブオイル使ったり、いろいろオシャレな料理をしているんだろうな
そう思ったカイは、榎の買い物かごの中を見て、我が目を疑う。
ホットケーキを作るのに最適なホットケーキミックス、お好み焼きを作るのに最適なお好み焼き粉、最近値下がりして今日もお値打ち価格で提供されていたキャベツ一玉、三玉入って98円のタマネギ、二丁入って98円の豆腐、とろけてこそ真価を発揮するチーズ、ただ焼いただけなのに何故か美味しいウィンナー、もちろんカラシは入れるし混ぜれば混ぜる程美味しいと信じている納豆 (三パック入り)、最強・なめ茸 等々が入っていた。
「榎さん…それで、何作るんスか?」
「えへへ、美味しいモノ」
カイは、揺るぎ無い自信を感じさせるような榎の笑みに、恐怖に似た感情を覚えた。
榎とカイの二人は、特に示し合わせたワケでもなかったのだが偶然にも同じタイミングで会計を済ませたので、そのまま一緒にスーパーから出た。
だが、ただ並んで歩いているだけで、自然と会話が生まれるなんてことは、ない。
沈黙がしばらく続くなか、
――やべぇ!
とカイは、この状況を危機的に感じた。
――こういう時、何話しゃいいか全くわかんねぇ
いい天気ですねとだけは絶対に言うまい、そう心に誓うカイは、この気まずい沈黙を破る方法を必死に考えた。
「あ、あの榎さん…」そう声を掛けたものの、カイは未だ何も話題を考えていなかった。ただ沈黙を破る為、その先は行き当たりばったりの出たとこ勝負で行こうと、声を掛けたのだ。「…っと、その……荷物、買ったヤツ、それ俺持ちましょうか?」
「え?」
「いや、なんか方向同じみたいだし、迷惑じゃなきゃ途中まででも…」
カイは、考えること無く思ったことを口にした。
必死にこの場を繋ごうとするカイの想いは、その声の持つ動揺から、榎に伝わっていた。
「ありがとう。でも、大丈夫」榎は微笑を浮かべて応えた。
「あ、そうすか…」
「うん」これじゃなかったかと会話の選択ミスに焦るカイの顔を覗き込み、榎は言う。「カイ君は、優しいね」
「ぁえっ?」突然掛けられた予想外の言葉に、カイは面食らった。「いや、俺はそんなんじゃないッスよ。ただ、なんとなく…」
「沈黙が気まずかったりした?」
「はい!」ハッキリと返事をしてからすぐ失言に気付いて、「あ、いえ…」とカイは取り繕った。が、榎には、その様すらも微笑ましく思えた。
「いいよ、変に肩肘張らないで、もっと自然にしてよ。私、沈黙って別に嫌いじゃないから、こうやって並んで歩くだけで楽しいよ」
「そうなんすか?」
カイは信じられなかったが、屈託のない笑みで榎は「うん」と頷く。
その笑みは裏表のないモノなのだと直感し、カイは、
――榎さんの隣、なんか落ち着くな…
と、そう思った。
「あっ…」何かを思い出したかの様に、カイは口を開いた。「喋ったり黙ったり、すいません。あの、ちょっと質問いッスか?」
無礼を申し訳なく感じ取り乱すカイに、榎は「うん」と微笑を浮かべて応える。
「質問って言うか、相談なんスけど……」
「はい。全力でお答えするから、ドーンと来て」
榎は言った。その胸を張る姿は頼もしさを覚えさせ、カイは「では…」と口を開いた。
「恥ずかしながら……料理できる男って今人気あるじゃないですか。俺ほとんど出来ないんスけど、やっぱり出来ないとダメっすかね?……って、俺のダチが言ってたんです…」
カイは言った。
友人の為にとは言っているがまるで自分のことの様に言うカイのその気持ちに、榎は真剣に答える。
「そんなことないよ」
榎は、自分の思うことをはっきりと言った。
「そうなんすか?」
「うん。あのね、私の友達がね、前に『料理が出来る』ってことを証明したくて、意地張って作ったことも無いお味噌汁を作ったの。でも、そのお味噌汁ってのが、ただ豆腐の入ったお湯に味噌を溶かしただけだったんだって。えへへ、いつも飲むのはインスタントで作ったことも無いから、出汁を入れることも知らなかったの」
「てことは、失敗だったんスか?」
「うん」カイの問い掛けに、榎は頷いた。「食べてもらった人が定食屋の息子だってことを差し引いても、というか誰が食べても美味しくないものだったんだって」
「へ~」定食屋の息子って椿みたいだな、と思いながらカイは話の続きに集中する。
「でもね、そんな美味しくないモノでも、その人は食べてくれた。『食えない程は悪くない』って、出された物を全部食べてくれたの。それがね、すごく嬉しかった」榎は嬉しそうに思い出に浸りながら、口を動かした。「食べる方からすれば、もちろん美味しい方がイイに決まってるんけど、でも、誰かの為にと想い何かを成す、たとえそれが完璧じゃないとしても、それを受け止めてくれる人がいる、それが幸せなんだと思うの。だから、『今度こそは』ともっと努力しようと思える力も湧いてくる。上手いか下手かじゃない、誰かの幸せを願って何かをする、そういうのが幸せの第一歩なんだと思うよ」
「……なるほど」――なんか、榎さん幸せそうだな
話の内容を理解したかどうかは置いといて、カイはそう思った。
「えへへ。となんか、偉そうに言ってみました」口では自虐するように、でも顔は嬉しそうに言う榎は、「けど、ふにゃふにゃと色々言ったけど、女の立場から言わせてもらうと、『あんまり男の人の方が料理上手だと複雑というか、女として立つ瀬が無い』ってことかな」と言って、話を締めた。
「カイ君…の友達の為になるちゃんとしたアドバイスは出来なかったかもだけど、そうやって不安に思う気持ちがあるだけで十分なんだと、私は思うよ」
榎は、カイを励まそうと、そう言った。
そしてまた、励まされれば自信を持てる、というふうに単純に出来ているのがカイだ。
「ありがとうございます!榎さんのおかげで、なんか自信出たッス」
その日、カイは、初めて焼肉のタレに頼らないでチャーハンを作った。
「ということで私も、椿君が喜んでくれるかなと思って料理に挑戦してみました」
榎は、どやぁっと自信を持った笑みを浮かべて、言った。
場所は、公園。榎に呼ばれて来た椿の目の前には、榎の手製の料理が置かれている。
しかし、女子の手料理を披露されているというのに、椿はしかめっ面していた。
「ということでって、どういうことだよ?」
あ、これ、怒ってる。誰もがそう思う椿のその雰囲気に、しかし負けず、榎は笑みを浮かべて「細かいことは気にしないで。私ね、椿君がこの前『粉物 食べたい』って言ってたから、作ってみたの」と答えた。
――あー、そういえば、そんなことを言ったかも…
そんなことを思いながら怒りを鎮め、椿は、目の前に置かれたそれを見る。
それは、タッパーに入れられていた。
「榎…。一応訊くけど、これ、何?」
「これは、お好み焼き。色々入れたけど、普通だとつまらないかなと思って、具材に納豆を入れてみたの。それで、納豆の食感に寄せる為に豚肉じゃなくウィンナーを入れました」
――危険を知らせるような変な臭いの正体は納豆か。つーか、何故食感を寄せにいった?
そう思いながら、椿は「じゃあ、こっちは?」と訊く。
タッパーは、二つあった。
「こっちは、粉物が食べたいってことだったから、ホットケーキも作ってみたの。それでね、パンケーキをおやつ感覚じゃなく食事として食べることもあるって聞いたから、なめ茸ベースのソースを掛けてみました」
――食事としてって、こういうことじゃないだろ。なめ茸ソース、絶対ナイ!
椿は、心の中でそう叫んだ。
だが、待て、と自分に言い聞かせる。
――榎は、俺の為に作ったと言っていた。なら、それを一口も食べないうちから罵倒しては、榎を傷つける。であれば、とりあえず我慢してでもまず食べて、その上で「これはない」と言わせてもらうしかない
そう思った椿は、「榎。箸は?」と食べる意欲を見せた。
「あ、忘れた」
うっかり、と笑う榎に、懇願するように椿は言う。
「榎…頑張ってくれるのは良いけど、食べる方の気持ちも少しは考えて。マジで」
納豆は、山芋の代わりです。山芋を入れたらフワッとするらしいけど、山芋ないし、ねばねばしているから納豆で代用しよう、みたいな。




