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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
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番外編 こんな苦労もしてました2


 その日、高橋は、ガラにも無く少し緊張していた。

 これから、新しい部下 (若い女の天使←ここ重要)との初顔合わせになる。

 恐怖心は無いが、どう接すればいいのか分からないという戸惑いが、緊張感を生む。

 高橋は、自分の部屋の自席で椅子にふんぞり返って座りながら、白木から渡された新しい部下に関する事が記載されている数枚のA4用紙の資料に目を通す。

 資料には、この後来る天使の顔写真をはじめ、持っている資格、白木や天使としてのアレコレを教える立場にある所謂学校教員からの評価、自己PRなどが載っている。

「『負けん気が強く、自分に足りないモノを補おうと努力する』『少々思慮に欠ける所もあるが、ヤル気は感じられる』。自己PR『アタシに出来ることなら、全力でやります』ねぇ」

 高橋は、資料に記載されている事項を何の気なしに読み上げた。

 そうしてから、その天使の顔を見る。

 そこには、写真越しにこちらを睨みつけていると思ってしまう様な強い眼差しの、どこか不機嫌そうな女性天使が映っている。

――こいつと上手くやっていけるのかね、俺は?

 高橋はそう不安に思い、新しく部下となる、今から来る女性天使の名前を呟いた。

「柊、ねぇ…」


 午前八時過ぎ。

 本日の顔合わせの集合時間を午前九時と指定した高橋だが、集合時間を決めた本人は一時間も前に来ていた。少し早く来すぎたな、と後悔しながら資料を読んで待っていると、約束の時間の数分前、コンコンッとドアをノックする音が聞こえた。

 まさかな、そう思いながら高橋は「開いているぞ」と声を掛ける。

「失礼します」

 その一言が先に部屋に入り、次いでドアが開いた。

 まさかとは思ったが、そのまさかだった。

 肩よりも高い位置で切り揃えられた黒い髪。少々攻撃的な印象もあるが、端正な目鼻立ち。一目見ただけで解る、余分な脂肪の無い肉体。『服装は自由』と事前に言ってあったから動き易さを優先したのだろうと思われるそれは、肩や脚を出していて、雪のように白い肌が露わになっている。

 写真の人相と一致する目の前の天使を見て、しかし高橋は顔をしかめ、思った。

――こいつ、本当に女か?

 と。

――美人と言われても否定はしないが、美少年の方がしっくりくるぞ…

 高橋は、戸惑った。

 が、そんな美少年のような美人が、自分の方に向かって歩いてくる。これはまずい、あいつは女だ、そう自分に言い聞かせ、高橋は気を引き締めた。

 そうこうしているうちに、その天使は、高橋のデスクの前に背筋を伸ばして立っていた。

「柊と言います。本日付でこちらに配属になりました。これから一天使として自覚と責任、誇りを胸に職務に臨むつもりですので、御指導御鞭撻のほどをよろしくお願いします」

 柊はそう言うと、軽く頭を下げた。

 高橋は、「教科書通りの腐れ挨拶を覚えてきたな」と心の中で思った。別にそれをどうこう言うつもりもないし、咎める気も無い。だが、言っておかなければ、と高橋は口を開く。

「よろしく。で、一つ先んじて言っておくが、俺は、お前にアレコレとやかく言うつもりはない」そう言われ、眉がピクッと動いた柊の顔色を窺いながら、高橋は続ける。「ここに来る前に、お前も、天使としてのイロハを叩きこまれたはずだ。だから俺は、お前を『何も出来ないやつ』とは思わない。もちろん、一人前と呼べるかと言えば話は別だがな」

「はい…」

「『正義』という曖昧なモノを扱う以上、俺は、俺の価値観を押し付ける気は更々ない。お前は、お前の価値観で正しいと思ったことをすればいい。お前のやり方を最大限尊重した上で、もしそれが明らかに間違っていたら、俺が正してやる。もし、迷うことがあれば、その時は一緒に悩んで答えを出す手伝いをしてやる。アドバイスが欲しいなら、微力ながらしてやる。お前が仮に間違いを犯した時は、俺がお前を全力で守ってやる。ま、多少叱りはすると思うがな」

「………」

「落胆されることを覚悟でハッキリ言わせてもらうと、俺は、ロクでもない腐れ天使で、ロクでもない腐れ上司だ。出来ることと言えば、お前が仕事をする上でのサポート程度だろう。が、俺はこのスタンスを変えるつもりはない。もし、不満があるなら遠慮せず言っていいし、俺のやり方が気にくわないなら遠慮せずに言ってくれ。俺から、上のヤツに言ってお前の配属を変えるよう手続させる」

 高橋は言った。

 これで柊が自分から離れるのならば仕方ない、そう覚悟をして言った。

 だから、柊の口から「なら…」と切り出された時、戸惑いはなかった。

 やはりな、そう思いながら高橋は柊の言葉を聞く。

「アタシ、『お前』って呼ばれるの嫌です」

「……ん?」

 高橋は、肩透かしを食らった。

 そこ? と意外に思うが、柊の心底嫌そうな顔を見て、冗談ではないと知る。

「『お前』って呼ばれると、正直イラッとします。差支えなければ『柊』とで構いません、名前で呼んで頂けないでしょうか?」

「お、おう…」

 柊の迫力に押され、高橋は頷いた。

「えっと…仕事の方については、特に意見なしか…?」

「はい。呼び方さえ気に掛けて頂ければ、それで」

 柊は、応えた。

――ホントに俺、こいつと上手くやっていけるのか?

 高橋は、心底不安に思った。



 柊が高橋の部下となって、数週間経った。

 高橋の不安をよそに、柊はちゃんと仕事した。

 困っている人がいれば、それとなく手を差し伸べる。過ちを犯した人がいれば、それ相応の罰を与える。不意に悪魔と遭遇することがあっても、恐れることなく、高橋も感心する程の持ち前の戦闘能力の高さで返り討ちにする事さえあった。

 上司として、仕事の出来る部下を持ち、不満に思うことなど一つも無い。

 だが、部下と良好な関係を築けているかといえば、話はまた別だ。

 高橋は、柊との間に距離を感じていた。

 慣れ合いの関係を望んでいるワケではないのだが、高橋は、上司として部下が困っている時は助けたいという思いもあり、悩んでいる部下の機微に気付ける程度の関係は気付きたいと思っている。また、いざという時は頼ってもらえるような、そんな関係を。

 つまり、今のよそよそしい関係が続くことを、高橋は心のどこかで不安に感じている。

――どうしたものかな…

 そう思いながら天使の館内の廊下を歩いていたところ、高橋は、声を掛けられた。

「高橋さん」

「違います」

「何バカ言っているのですか!あなた、高橋さんじゃなかったら誰ですか!」

 そう声を荒げて怒るので、高橋は面倒くさそうに顔を歪めた。

「何か用か?雛罌粟」

「ふふっ。今回は、愛想尽かされずにやっていますか?」雛罌粟と呼ばれた、薄ピンク色のナース服に身を包む女天使は、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。「今度新しく入った子、女の子なのですってね。高橋さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫も何も、俺なんて居ても居なくても変わらないって感じだな。俺には過ぎた部下だ、報告書を見る限りでは十分良くやっているよ」

 高橋は、半ば自棄になって応えた。

 そんな高橋を責めるような目で雛罌粟は「本気で、そう思っているのです?」と訊いた。

「あ?」

「女の子は、時として無茶も平然としますよ。どんなに辛いと思っても、それを自分の中に閉じ込めるのです。それも、頼りなさそうな呑兵衛のカスが上司となれば、尚更です」

「おい、今さらっと『カス』って言ったな、お前…」

 高橋は、後輩の失言を咎めるつもりで言ったのだが、雛罌粟は「何度も健康診断を平気でサボる様な人、カスじゃなくなんなのです?」と毅然と言い返した。

 不満そうに顔を歪めるが、それだけで高橋が何も言い返せずにいると、雛罌粟は続けた。

「高橋さんは、職務遂行能力はあっても普段に問題があるのですよ。今みたく、仕事をしている姿を見せずに信頼を得るのはかなり難しいと思います。ほとんど放任主義なやり方を変えるおつもりがないのでしたら、時にはもっと踏み込んで、寄り添ったサポートをする姿勢を見せることも、大切だと思いますよ」

 雛罌粟は、だらしない先輩にアドバイスした。

 だらしない先輩は、素直に頷き難い所もあったが、思う所もあり「ん」とだけ応えた。



 雛罌粟と話した日の夕方。

 自室に戻った高橋は、柊からの報告書を受け取る時、いつもならそこで「お疲れ」程度しか言わないのだが、不本意ながらも雛罌粟のアドバイスを思い出し、「柊」と声を掛けた。

「なんていうか、その…大丈夫か? 困ったこととかないか?」

 突然名前を呼ばれ、報告書に何か不備があったのではと構えた柊は、予想もしていなかった質問をぶつけられ、若干困惑の色を顔に浮かべた。

「あ、はい。特に問題ありません」

「そうか」


「問題無いってよ」

 高橋は、柊と交わした二言三言の会話の内容を、雛罌粟に報告した。

 話が違う、何の解決にも繋がらなかったじゃないか、そう不満に思う高橋に対し、雛罌粟は怒りを通り越して呆れていた。

「だからって、そう言われたからって簡単に引き下がったのですか?」

「あ?」

「いきなり『困ったことはないか?』と訊かれ、それで悩み相談すると思うのですか?」

「は?」

「あーもう、こんな人が上司って、柊ちゃんが不憫でしょうがないです」

 雛罌粟は、柊のことを思い嘆いた。

 しかし、

――意味が分からん。これだから、女ってやつは…

 と高橋には、反省の色が微塵も無かった。 


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