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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
100/105

番外編 アナザーワールドでやりたい放題


「はっ…はっ…」

 グラウンドを走る椿は、息を弾ませていた。

 もう随分と走りっぱなしである。何周走ったのか、それを数えることすら面倒に思う位、ひたすら走っている。

 しかし、さすがにそろそろ疲れが見えてきた。

 椿は、徐々にスピードを落とし、走るのをやめた。

 ゆっくり歩いてクールダウンをし、そのまま校舎の方へと進む。

 椿達の通う学校・円是流エンゼル高校の校舎へと。

 しかし、校舎までは来ず、校舎とグラウンドの間にある石階段の下段に腰を降ろした。

「あっちぃ~」

 走ったからというのももちろんだが、頭上で元気に燃えている太陽が暑さを感じさせる。

 呼吸を整えながら、未だ止まる気配の無い汗を拭う。

「お疲れ」

 その声よりも一瞬早く、椿の頬に飲料缶がピトッと当てられた。

 いきなりのことに、椿は驚く。

 こっそりと背後に近付かれ、アッツアツのコーンポタージュの缶を頬に当てられたのだ。それはもう「あっつ!」と飛び跳ねるほど驚いても仕方ない。

「熱いわ、ボケぇ!何すんだよ、十六夜!」

 火傷しそうになった頬をさすりながら、椿は、笑顔でコーンポタージュを差し出してくる十六夜に怒鳴りかかった。

「何って、差し入れですよ、差し入れ」十六夜は、当然と言った面持ちで応える。「朝早くから熱心に頑張る椿君に、幼馴染として何かしてあげたくって」

「だったら冷たいスポーツドリンク持ってこい!何処の世界に『運動後の差し入れです』

って熱いコンポタもらって喜ぶヤツいるよ?」

「椿君…」

「あ?」

「『熱い』じゃなくて『あったか~い』ですよ」

「どうでもいい!心底!つーか、『あったか~い』っつー温もりレベル超えてたぞ」

 十六夜は、親切に教えてあげたのだが、椿に一蹴された。

「つーか、こういうのは普通女子だろ。同じ幼馴染でも、ここは榎だろ」

 椿としては当然の主張なのだが、十六夜は「はぁ~」と呆れて首を振った。

「そうはいかねんだよ、このドスケベド変態野郎」

「ぶっ飛ばすぞ」

「このシチュエーションはですね、僕がやってみたいことなのヨン様」

「あ?」



 朝のHR前の教室。

「つまりね、今回は『高校生の時にやってみたかったこと』をやってみようってことになったの。で、十六夜は『運動部で頑張っている幼馴染に、休憩中にドリンクの差し入れ』をしたいと願ったら、それが見事採用されたってワケ」

 不機嫌になって意味が分からないと文句を垂れ、不思議がる椿に、楸が現状説明をした。

 楸の説明で大体の事情は呑み込めた椿だが、どうしても理解できない事もある。

「採用って、誰がすんだよ?」

「大いなる意思」

「伝説の帰宅部員だったはずの俺が、無意識のうちに朝から汗を流していたのは何でだ?」

「大いなる意思の力。 汗臭いし、もう帰れば?椿」

「ざけんな!」いろんな理不尽に耐え切れず、椿は、楸に掴みかかった。「ワケも分からず汗だくになるまで走らされた俺の身にもなれ!つーか、大いなる意思って何だ!」

「大いなる意思は、大いなる意思だよ!」椿に対抗し、楸も自然とケンカ腰になる。「あんまグチグチ言ってっと、椿 消されるよ!大いなる意思は絶対だからね。嫌なら、帰れば?伝説の帰宅部員さんらしく、鍛え抜かれたその俊足で早退しなよ。さっさと逃げ帰れ」

「んだとぉ、こら!」

 そのまま、椿と楸は殴り合いのケンカを始めた。

 だが、二人のケンカはいつもの何気ない光景となっているので、誰も気にも留めない。

 そんなことより、自らも巻き込まれる可能性のある今の状況の方が、よっぽど気になる。

「高校生の時にやりたかったこと、かぁ…」柊が、思案顔で何か言っている。「もしかして、今朝アタシの下駄箱に入っていた手紙も、それに関係するのか…?」

「うえっ!」カイは、驚いた。これは一大事だ、下手したら地球爆破規模の大事件だ、それ位の勢いで、カイは驚いた。「柊さん、もしかして告白されたんですか?ラブレターっすか?」

「いや、ちょっと違うけどね…。後輩の女の子からで、よく分かんないけど、憧れます的な内容だったのよ。アレも、『先輩に伝えたい事を伝える』って意味では、今回のことに関係しているのかな?」

「さ…さすが柊さん…」相手が男ではないと知って一安心し、カイは言う。「後輩の女子に尊敬されるって、しかも手紙まで貰うってすごいっすね」

 カイに言われ、それまで特に何も思わなかった柊は、急に気恥しく感じた。

「いや、でもさ…」と口を挟むのは、椿とのケンカを一時中断した楸だった。「勉強も人並み以下で部活動での活躍もない柊に憧れる後輩ってのもおかしな話じゃん。だったらむしろ、男らしい柊の見た目に一目惚れしたってな方が自然じゃない? うん、そうだよ。柊、『私、実は女です。この制服はコスプレじゃありません』ってちゃんと説明した方がイイよ」

 そんなことを言った楸は、当然の様に柊にリンチされる。

 何で怒られるって分かるのに、そんなことを言うのだろう? そんなクラスメイトからの疑問の視線を浴びながら、楸は傷を増やしていく。

「それにしても、『高校生の時にやってみたかったこと』かぁ。それが叶うってな、おい。まさかそんなことになっているとは、油断したぜ」

今現在自分も置かれている状況を理解し、カイは真剣に考えた。

――ってこたぁ、アレか…?よく言う、野球部のエースが美人マネージャーに「甲子園に連れていくぜ」的な約束を交わすような展開を、俺と柊さんで出来るってことか?

 そんな夢の様な展開を、カイは想像した。

「カイ。明日はいよいよ、県大会決勝戦だね」「ああ。ずっと夢だと思っていた舞台まで、あと扉一枚だ」「甲子園に連れていくって約束…守ってくれるよね?」「必ず」「じゃあ、必勝のおまじない…」

 チュッ。

「っ!うおぉぉぉおお!」

 カイは、妄想の世界から帰って来ること無く、気を失った。

 突然卒倒したカイに周りは驚いたが、倒れたカイが幸せそうな笑みを浮かべていたので、誰も心配することはなかった。

「おい、保健委員。このバカ、保健室に連れてけよ」

 椿にそう言われ、保健委員のレイラは「ヤダ」と即答した。

「だって、願いが叶うんでしょ?そんな時に、保健委員の仕事なんてアホらしくてやってられますか」小学生のような幼い外見をしたレイラは、その溢れ出る邪気を隠すことなく晒し出し、言う。「俺は、ラブコメの主人公みたくモッテモテの学園生活を送って、女子をとっかえひっかえ…」

「女子をとっかえひっかえするようなヤツは、ラブコメの主人公になれねぇよ」と椿。

「今日の放課後、西棟の非常階段には誰も近寄らないでね」

「何する気だよ?」

「俺はそこで、大人の階段を上る」

「何する気だよ!」

 椿は、声を大にしてつっこんだ。

 それに怯むことなくレイラは「非常階段だけに」と言ったが、「っせぇバカ!なんも上手くねぇからな。いいから早くカイ連れてけ」と椿に怒鳴られ、しぶしぶそれに従った。

「『高校生の時にやってみたかったこと』ねぇ」溜め息を吐き出すのと一緒に、表情の暗い篝火は言った。「どこかの財閥の御曹司、学年一のイケメン、優しいスポーツマン…いろんなイケメンから奪い合われる様な展開ならやってみたいけど、このメンツじゃねぇ…」

「さらっと傷つくような事言うね…」

 クラスの男子を代表して、楸は言った。

「もう、こうなったら私、石楠花さんに甘えてくる」

 そう言うと、篝火は、職員室に居るだろう石楠花に会う為に教室から飛び出した。

 高校生の時にやってみたかったこと、それを願えば叶うかもしれない。

 そんな状況で、みんなが、内に秘める欲望を覗き込みながら、色んな事を思っている。

――もしかしたら、もっとデートっぽいデートが出来るんじゃないかな?ただの友達との遊びって感じじゃなく。 放課後にマンガを読んだりテレビゲームをしたりするだけじゃなく、カラオケに行ったりゲームセンターでプリクラを撮ったりなんかも出来るのかな?

 榎は、思った。

 だが、十六夜が自分の肩に手を置き、首を横に振っている。

 その顔は、「諦めろ」と言っていた。

 どういうことだろう、と考える必要もなかった。

「ふっふっふ。つーことは、異空間から現れた使者が俺を別世界に呼び、俺を中心とした争いが起こるようなことも無きにしも非ずってことか」

 椿が、アホな妄想に花を咲かせている。

 それを見て榎は、甘い妄想を諦めた。



「お~い、席に付け」

 気だるそうな声と一緒に、社会科教師兼担任である高橋が教室に入ってきた。

 やりたい事を考えていたら、いつの間にか一時限目の開始時間となっていたのだ。

「起立。そして、礼。からの~着席」

 十六夜の号令がふざけていても、何の支障も無く授業は始まった。

 やばい、まだ授業の準備してない。と楸は、慌てて机の中に手を入れた。 が、「楸」と高橋に声を掛けられ、「ん?」顔を上げる。

「何ですか?」

「バケツ持って廊下立ってろ」

「ええぇっ!」突然の宣告に、楸は思わず立ち上がった。「いくらなんでも、授業の準備してなかっただけで、それは厳しすぎませんかっ?」

「いや、授業の準備なんてどうでもいい」教師らしからぬことを、高橋はさらっと言い切った。「そもそも、俺の社会科担当ってざっくりしすぎじゃないか?小学校じゃないんだ、地理・歴史・世界史・現社・経済・公民って、これ全部俺にやらせる気か?」

「いや、知りませんよ…」

「俺だって知りませんよ。授業の準備なんて、俺もやってないからな。くくっ。楸は、慌てて何を出そうとしたんだ?」

 そう訊かれ、楸は言葉を詰まらせた。

 実際、机の中が物で散乱している事を差し引いても、出すべき物が分からない。

「……じゃあ、何で俺が廊下に立ってないといけないんですか?」

「言ってみたかったから」

「…それだけ?」

 冗談ではないと言った面持ちの楸だが、「それだけ」なのだ。

「なんでも、今回は『やってみたいことをしてもいい』という話だと聞いてな。だったら、教師になったことだし、一度是非『廊下に立ってろ』というセリフを言ってみたくて」

「やりたいことをやってもいいってのは、俺達生徒側の特権ですよ!」

「ケチくさい事言わず、試しに廊下に立ってみろ。水を張ったバケツも用意しておいた」

「嫌ですよ!授業の準備もしてこないで、あんた、何を用意してんですか? てか、いいんですか?」楸は、問い詰めるような強い口調で言う。「教師の体罰とか結構な社会問題になってましたよ!」

「いいんだよ」高橋は、平然と返した。「楸は、何も悪い事をしてない。だから、今この場にあって『罰』はない。つまり、これはただの嫌がらせだ」

「十分タチ悪いですよ!」

 楸は、一際声を高くした。

 その時、「先生」と一人の女生徒が挙手した。

「アタシでよかったら、廊下に立ってます」

 高橋の為になるのなら、そう思い、柊は言った。

 しかし、高橋はその申し出に「いや」と首を横に振る。

「そんなことをする必要はない。そんなこと、学業に支障をきたす」

「俺は? 俺はいいのかよ?」楸は、ブスッと不貞腐れて頬杖をつき、呟いた。「てか、学業も何も、授業する気ないくせに、このオヤジ…」

 結局高橋のやりたいことは出来ず、一時限目の『自習』が始まった。



 一時限目が終わり、次の授業の為に教室を移動している生徒たちは、ある不安を抱えていた。楸を廊下に立たせようとした、高橋があんな調子だったのだ、この後の授業がどうなるかを考えると気が気ではない。

――先生によってはもっと滅茶苦茶な要求を言って来るかもしれない

 そんなモヤモヤを抱え、みんなは理科室に来た。

 次の授業は、ここ、理科室で行われる。

 つまり、授業をするのは五十嵐だ。

「ハッ。あのクズがこんな機会に何もしないワケ無いでしょ」

 柊を筆頭に、みんなが不安になる。

――どんな授業になるのだろう?

――無傷で次の英語の授業を受けられるのか?

 そんな不安を感じながら、二時限目の始業ベルを聞く。

 5~6人ずつで一つの机を囲みながら、正面の黒板横にある扉が開くのを待つ。

 その扉は、理科室の隣にある理科準備室へと通じている。

 理科準備室、通称『五十嵐の隠れ部屋』だ。五十嵐が他の教員と違って職員室よりも理科準備室にいる頻度が高い為、人によっては『五十嵐の家』とも呼ぶ、理科準備室だ。

 そこから五十嵐が出てくるのを、待つ。

 ドキドキしながら、待つ。

 どんな無茶を言われるのだろうと想像しながら、待つ。

 もう、待つ。

 待つ。

「……あんのクズ!何してんのよ!」

 始業ベルが鳴ってから数十分した頃、待つことにしびれを切らした柊が立ち上がった。

「もしかして、授業があること忘れてるんじゃないかしら?」「いや、ひょっとしたら、とんでもない実験の用意をしているのかも」「有り得るな。校庭に火薬を集めているとか」

 みんなが、それぞれの思う悪い展開を口にする。

 そんな中、「こうなったら、直接確認してやる」と柊が動いた。

 本来であれば『生徒立ち入り禁止』の部屋である理科準備室へ、柊は向かう。

 この先に、みんなが不安に思うモノの答えがある。

 もしかしたら、とんでもない兵器があるかもしれない。未知の毒ガスが部屋に充満しているかもしれない。

 柊は、みんなの不安と期待を背負い、ゴクッと唾を呑んだ。

「五十嵐、いる?」

 柊は、扉を開けた。

 待ちうけるのは科学兵器か、毒ガスか…。

 それ相応の覚悟を持って、柊は、扉を開けた。

 しかし、待ち受けるのは、五十嵐ただ一人だった。おかきをお茶受けに緑茶をすすり、テレビを見ている五十嵐。

 五十嵐の自宅リビングに来てしまったのか? 柊がそう勘違いする程の光景だった。

「アンタ、何してんの?」

 柊は、目の前の光景に一瞬拍子抜けしたが、その後にふつふつと湧き出てくる怒りをぶつけるようにして訊いた。

「何って、今は休憩中だ」五十嵐は、当然のように言う。「今日は自由にしていいと聞いたからな。実験や研究をして、疲れたら休む。俺ぁ、手前ぇの好き勝手自由気ままにやらせてもらう」

「アンタ、それでいいと思ってんの?」

 プルプルと怒りに震えながら、柊は訊く。

 それに対し、ズズズズッとお茶をすすりながら、五十嵐は応える。

「ったりめぇだ」

「いいワケ無いだろ!教師として最低限、授業はしろよ!」

 そう言われても暫し渋った五十嵐だが、「仕方ねぇな」と重い腰を上げた。

 それは、始業ベルが鳴ってから三十分以上も経ってのことだった。



 二時限目の授業が終わり、生徒たちは、教室に戻ってきた。

 やっぱりとんでもない授業になったねと、そんなとんでもない状況から解放されたと思い安心し切った生徒たちは、教室に帰って来て、黒板に書かれた文字を見て、言葉を失う。

『校庭にカモン!』

 黒板にでっかく、そう書かれていた。

 次の授業は、英語のはずだ。

――英語の授業で、何故校庭に集合しなければならない?

 みんなが等しく思う疑問だ。

 次が体育なら、何の疑問もない。今日は校庭か、暑いな。この程度にしか感じない。

 次が理科でも、あまり疑問は無い。今日は何を爆発させる気だ。この程度だろう。

 だが、次は英語だ。

――英語の時間に校庭に行って何をする?

 そう戸惑う面々ではあったが、とりあえず校舎から出て校庭へと足を運ぶ。

「やっぱ結構今日暑いね」と榎。

「こんな日に朝から校庭走るとか、ホントご苦労なことするよね、椿は」

「っせぇな、クソ天使!」

「ホント、こんな日までコンポタ愛飲とか、どぉんだけ~」

「っせえ、バカ!コンポタはお前の嫌がらせだろうが、十六夜!」

 なんて会話をしていたら、校庭に着いた。

 校庭には、英語教師・神崎が待ち構えていた。

「よく来た!待っていたぞ」

 と嬉しそうに笑う神崎は、持参したジャージに身を包み、腕を組んで仁王立ちしていた。いや、よく見ると、片方の足が上がっている。その足下にあるのは、缶だ。

「あの、先生…何となく解るんすけどイチオウ、何するか教えてくれません?」

 恐る恐る、椿は訊ねた。

「缶けりだ!」神崎は、これが唯一無二の正解だ、とでも言うかのような威勢の良さで応えた。「今日は学生時代に戻って好きにしていいと聞いたのでな、折角だから缶けりでもしようじゃないかと思ったらもう居ても立ってもいられず、こうしてお前らにも来てもらったワケだ。ようこそ」

「ようこそじゃねぇッスよ!つーか、あんたの場合、高校生っつーより小学生にまで遡ってやりたい事じゃないっすか!」

 椿はそうツッコんだが、神崎は不敵な笑みを浮かべる。

「そう言われると思ってな、こちらもちゃんと手を打っておいた」

「えっ?」

 もしかして、ただの子供の遊びじゃなく、俺達でも楽しめる様な要素を加えているのか?

 椿がそう思っていると、「見よ!」と自信満々な神崎の声がする。

「缶が、桃缶だ!」

「知らねぇよ!だから何だ?」

 この時ばかりは先生と生徒という立場を忘れて、椿はつっこんだ。

「ただの缶けりだと幼稚な感じがするかと思ってな、缶を桃缶にしてみた」

「だから?それで大人の雰囲気漂う高貴な遊びになるとでも思ってんのか?」

「少なくとも、缶コーヒーよりは高級感は出たな」

「要らねぇよ、そんな高級感!」

 声を荒げた椿が肩で息をしていると、「まあ、待てよ」と声を掛けられた。

 椿が声のした方を見ると、そこには、学ランの上着とワイシャツを脱いでタンクトップ姿になってストレッチをしているカイが居た。

「面白そうじゃねぇか。やろうぜ」

「なに?お前、やる気満々?」

「缶蹴りゃいんだろ?アルファベットより楽勝だぜ」

 そんなやる気満々なカイに、「そうだよ」という声が乗っかる。

 言ったのは、いつの間にか学校指定の運動着に着替えてウルトラに紅白帽を被る十六夜。

 その隣にはブルマ姿の篝火と、篝火に「ウチに帰ればあるから、今度ブルマ貸す?」と誘われている、学校指定運動着の長袖とハーフパンツを着用して紅白帽をウルトラにしている榎がいた。

「ディュア!えへへ」

 榎は、奇声を発した。

 十六夜たちに触発された榎だけではなく、椿以外、意外と皆 缶けりにノリノリだった。

 これはもう、缶けりの流れだな。そう察した椿は、言うべきことだけ言っておく。

「篝火。榎にあんま変な事吹き込むな」



〝陽動作戦″や〝変わり身の術″なども出て白熱した缶けりも、どんなに楽しくても授業の終わりを告げるベルが鳴ると、終了となった。

 生徒達も「楽しかったね」「たまにはこんな英語の授業もイイね」と充実感を覚えながら、教室に戻る。

 しかし、彼等は、教室に戻って来てようやく、現実を知る。

――午前の授業、まだあった…!

 次は、四時限目だ。

 昼休みには、まだ早い。

 しかも、である。次の授業は、現代文なのだ。それを担当する教師は、最近「教育委員会の存在がネックだな」と呟いていたとかいないとか噂が立っている、石楠花だ。

 生徒たちには、当然、嫌な緊張が走る。

 先生たちの間にはどうやら程度の差はあれども、「今日は自由にしていい」という認識が広まっているようだ。そんな空気の中であの石楠花が何もしないワケが無い、生徒の誰しもがそう思い、身構えている。

 キィーン、コーンッ、カァーン!

 授業の開始を告げる鐘が鳴る。

 ベルが鳴ると、石楠花は「それじゃあ、今日は前回の続きから…」と授業を始めた。

「えっ?」

 普通に授業が始まる。そんな当然なことに、誰もが戸惑った。

「石楠花…どうした?」

 普通な事を不気味に感じる生徒たちを代表して、椿は訊いた。

「ん?何か問題あるか?」

「いや、問題とかじゃなく…」戸惑いながら、椿は言う。「今日は好き勝手していいと黙認されている所があるだろ?なのに、そんな状況でお前は何もしないのか?」

 何を言っているのだ、コイツは? と、そんな呆れた目をして石楠花は応える。

「お前は、『今日の朝食は自由にしてください』と言われて喜ぶか?そんなの、メニューはもちろん、取る取らないも好きにやってきただろう? それと同じだ。俺は、いつだって好き勝手生きている。今更好きな事やれと言われても、そんなのとっくにやっているという話になるワケだ。今日という日をなんら特別に思うことは無い」

 石楠花のその至極当然のことを言うかのような口ぶりに、思わず皆が納得した。

 なるほど、いつもはそれなりに教師らしくしている人たちが自由奔放に振る舞えば違和感を覚えるのだろうが、そんな状況にあって常に自由奔放としている者(石楠花)が普通にしていると、今度はその当り前を違和感と思ってしまうのか、と。

 だが、理解できても納得できない事もある。

 高橋、五十嵐、神崎という前例もあり、今の当然な事を当然だと思えない。肩透かしを食らったような、そんなモヤモヤ感がある。

「あのさ、無理にとは言わないが、なんかしたらどうだ?つーか、この状況にあって石楠花だけ普通だと、逆に気味悪ぃし」

 苦い顔をして椿はそう言う。

 他の生徒達も、椿と同じ気持ちになっているので、反論する者はいない。

 しかし、石楠花は「とは言うが、やりたい事を言ったとして、それが本当に出来るワケでもあるまい」と言って、気持ちが乗り切らない。

「言うだけ言えよ。こっちも出来る事なら、なるべく付き合ってやるからよ」

「……浴衣を着てないが、浴衣の。そいつはそう言っているが、あんたは?」

 しゃーねぇから、付き合うよ。そう応えようと思って「し…」と口を開けた楸だが、直感的に危険を察し、首を横に振って応えた。

 その反応を見て、石楠花は「ききっ」と笑う。

「やっぱり、一筋縄じゃいかないな、あんたは…」

 そう言うと、石楠花は、後ろ手に隠していた機械を掲げて見せた。

 旧式のケータイ電話の様な掌サイズのそれが何なのか、分からず首をかしげる面々ではあったが、次第に気付き始めた。

 生徒たちの「やばい」といった顔色を見て、ニヤリと口角を上げ、石楠花は話す。

「実はこの間、理科室の前を通った時、ふと好奇心が疼いてな。誰もいないのを確認して理科準備室の方に入ると、そこにはなにやら多種多様な心そそられる薬品があるじゃないか。俺は、理系知識はさっぱりだが、あの薬品を混ぜる実験には興味があってな。一度やってみたいと常々思っていたから、やってみた」

「やってみた、じゃねぇよ!」「てか五十嵐、こういうヤツもいるんだから戸締りは厳重にしろよ! 管理雑っ!」「本能のままに生きすぎだろ、こいつ!」

 などなど、生徒たちから非難の声が上がるが、気にせず石楠花は続ける。

「もし毒ガスが出たらどうしよう、爆発してもコントみたいな被害で済むよな、そんな事を思いながら童心に帰って薬品を混ぜた。我ながら、あのはしゃぎっぷりったらなかった」

「揮発性の猛毒が出来てしまえば良かったのに…」と呟く柊。

「それで、直感に任せて混ぜていたら、それっぽい紫色の液体が出来た」そう言うと石楠花は、足下に置いて教卓の影に隠しておいた丸底フラスコを持ち出した。「それが、これだ」

 毒かな、それとも猛毒かな。

 みんながそれを見てその二択で悩んでいると、石楠花は言った。

「てことで約束通り、飲め」

「はぁっ?」

 椿は、驚愕した。思わず立ち上がり、「ざけんな!誰が飲むか、んなもん!」と言い返す。

 しかし、そんな椿の声に混じって、椿の声が聞こえた。

『言うだけ言えよ。こっちも出来る事なら、なるべく付き合ってやるからよ』

 椿は、自分の口からではなく発せられた自分の声に驚き、目を丸くする。

 その声の出所は、石楠花の手元にあった。

「ききっ。普通に言っても断られるだけだからな。先に〝協力の手続″をさせてもらい、それをちゃんとボイスレコーダーに録音してある。ま、浴衣のには勘付かれたがな」

「なっ…!」あまりにも用意周到。その手際に椿は、一瞬言葉に窮した。が、すぐに「いやつーか、『出来る事なら』ってんだろ。出来るか、んなこと!」と反論の隙を見付けた。

「出来るだろ。ただ『飲む』だけだ」

「飲む『もの』が問題なんだよ!」

「椿。約束を反故にしちゃいけないよ」石楠花の罠に間一髪で気付いた楸は、安全地帯から椿を攻撃する。「それに、飲んでみたら案外ただの栄養ドリンクかもよ」

「あんな禍々しい色した栄養ドリンク、あってたまるか!」

「椿君」面白そうだと思った十六夜は、嘘の涙を流しながら言う。「僕、ちゃんと椿君のお母さんに伝えるからね。『僕は止めたんですけど、椿君が聞かなくて』って」

「だから飲まねぇよ!勝手に殺すな!つーかお前、これっぽっちも止めてないだろうが!」

 椿が肩を怒らせてツッコムのを見て、石楠花は「はぁ~」と肩を落とす。

 思い通りにはいかないな、そう残念に思う。

 せっかく作った薬品を飲んでもらえない事を、残念に思う。

 だから石楠花は、三時限目の缶けりを全力でやり、今は疲れて寝ているカイの席へ近づいた。

「おい、起きろ。授業中だぞ」

「んぁ、おぉわりぃ…」

「ったく、これでも飲んで少しは目を覚ませ」

「覚めねぇよ!目の覚める様な苦しみがあって、すぐまた永い眠りにつくことになるわ!」

 椿がつっこんだことで、一瞬手を伸ばしかけたカイも、石楠花特製の薬品を飲むことはなかった。

 そして結局、石楠花の作った薬品が何なのか解ることなく、授業は終わった。



 昼休み。三時限目の缶けりがあまりにも白熱し過ぎた為に、この日の教職員の自由過ぎる振る舞いが白木校長の耳にも届き、白木校長から教職員一同に「元気なのはいいけど、最低限、ちゃんと授業はしてください」と厳重注意が言い渡された。

 その為、午後の授業は何事も無く進む。

 しかし、何事も無く済ませられない位に心中穏やかではない生徒が居た。

――よく考えたら、これってチャンスじゃない?『高校生の時にやってみたかったこと』って、それ、恋愛絡みでもいいってことでしょ?しかも、やってみたいことをやってもいいってことは、どこか禁断な感じの『生徒と先生の恋愛』でもいいんでしょ?あ、でも…いくらなんでも迷惑かな?生徒にいきなり『好きです』って言われても、迷惑よね…?いや、でも…今朝の後輩みたく、憧れています的な意味合いで行けば…。でも、憧れてますってじゃなく、ちゃんと好きですって言いたい気もするし…。あ、でもでも、いくら何してもOKみたいな空気でも、それ=告白成功、なワケじゃないし…

 こうして、授業に身が入らないまま「でも、でも…」と悶々とした思考を繰り返し、結局は何事も無く、柊の一日は終わるのであった。


なんか、教師陣がやりたいほうだいしてしまいました…。



番外編だけでは70話ですが、全部ひっくるめると百話になりました。

読んでくださっている方に、感謝申し上げます。




サッカー楽しみです。

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