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天使に願いを (仮)  作者: タロ
春夏秋冬の半分(仮)
1/105

第一話 天使とはじめまして

世界は、大体今と同じか、少し先の未来(ほぼ現代)だと思ってください。


初の連載物です。温かい目で見守ってください。

「ダークヒーローになっちゃいなよ」

 突然俺の前に現れた、自称「天使」は、そんなことを言いやがった。

 何故こんな胡散臭い奴が、俺の前に現れたのか。



 時間的にちょっと前。

 俺はいつものようにロマンを求めて、ふらついていた。「俺の」街を。ここ重要。

 その日はいつにも増して、愛とお金にも飢えていた。さらに言うなら腹も減っていたので、善意あるコンビニエンスストアから、ほんの少し腹を満たすための食料と心を満たすための週刊誌を貰ってきた。無断で。たぶん「これとこれ貰うわ」と言っても「おう、いいぜ。ついでにこれも持ってけよ」と言って、気前よく商品をくれそうになかったし、店のおっさんも怖そうだったから、黙って、貰ってきた。

 たぶんばれていない。つーか、ばれるわけがない。何故なら、俺は自分が盗みの天才になったつもりで行動したからだ。俺は元々天才だけど、その俺が具体的に、マンガで見た「盗みの天才」をイメージして行動したんだ。ばれたんじゃ天才とはいえない。

 何故、俺にはこんなことができるのか。

 それは、俺が天才だから。あと少しの別の理由。



 時間的に結構前。俺が生まれるよりももっと前。

 世間には、インターネットや漫画、アニメなどの娯楽が溢れ返っていた。いつの時代に流行ったのだろうか、「おにごっこ」や「かくれんぼ」なる遊びをする奴なんかは、もう滅びたんじゃないかと思うくらいに、みんながインターネットや漫画、アニメに夢中になっていた。

 そんな時、一部の奴らに異変が生じ始めていた。

 そいつらは、自分が最強だと思ったり、自分がアニメのキャラクターであるかのように振る舞ったりしたのだ。モブキャラ達の勘違いである。とても恥ずかしい。

 そういう奴らの状態のことを「中二病」と言って笑う奴もいた。

 だが、笑う奴、これは元々いい年をした大人なヤツや、自分には常識があるということを自負しているヤツがほとんどだが、そんなヤツの数が減っていった。

 そいつらも、一度なんかのきっかけで、インターネットや漫画、アニメに触れて、すっかり「中二病」に罹ってしまったのである。馬鹿である。

 そんなこんなで、「中二病」は蔓延した。

 日本の漫画やアニメは元々のレベルも高く、それが時代の後押しもあって、社会に広がり、次々と「中二病」患者を増やしていった。

 もちろん、全く罹ることもない人や、罹ったとしても、どこかで区切りをつけて大人になる人もいた。

 だが逆に、「中二病」に感染したヤツの中には、更なる異変を起こすヤツもいた。

 それが、「思ったことを実現できちゃうヤツ」である。

 「中二病」が広がっても、最初、社会では特に何の反応もなかった。たまに夕方のニュースかなんかで十五分程度の特集を組み、良識あるらしい大人たちが、今の日本に嘆き、「古き良き時代よ、いつの日にかカムバック」と言うくらいであった。

 そうして、「中二病」患者を野放しにしてしまい、「彼らもいつか大人になるだろう」等と甘い考えを持ってしまったが故に、厄介な連中を生み出した。

 そいつらは、世間の持つ甘い期待とは裏腹に、大人になっても現役の「中二」だったのだ。

 そいつらは、独自で進化、又は男女が寄り添い、子をなし、遺伝レベルで進化を促してきたのである。

 その進化した奴らは〝強く思ったことを実現する力″を身に着けていた。

 例えば、忍者みたいに速く走りたいと思い続けたヤツの足が実際に早くなったり、超人的なパワーに憧れていたいじめられっ子が、急に強くなって喧嘩に勝ったりといった具合だ。腕が伸びたり、翼が生えたり、なんてことはないらしいが、なんか脳のリミッターが外れやすいだとかそんな理由でなるらしい。俺も生物や化学の授業を履修した記憶はないので詳しくは知らないが、キリンの首が伸びたように、深海魚が環境に適応したように、思い続けることで進化したらしい。 なんか違うか?例が良くないのかな。

 まぁ、とにかく、馬鹿がバカなことを考え続け、突然変異を起こし、バカみたいな〝力″を身につけてしまったということだ。

 最初のうちは、そんな力に目覚めるヤツもほとんどいなかったし、いてもなんかのきっかけで力を失う奴も多かったから表立ったことはなかった。だけど何年か前、なんかの事件を起こしたヤツがこの力を持っていて、その力を事件に利用したことがわかったらしい。捜査の結果だか精神鑑定だかしらないが、とにかく、これを機に力のことが広くに知られるようにもなり、そういう力を持つヤツも少しずつ増えた。

 そして、俺もそういう〝力″を持つ一人。

 両親とも純粋な「中二」で、真偽のほどは確かではないが力も持っている、もしくは持っていたらしい。つまり俺はサラブレッドになるわけだ。

 だが、俺は決して「中二病」なんかではない。ここも重要。

 確かに俺は天才だし、思ったことは実現させてきた。

 小学校の時は、運動会の徒競争で一位をとった。中学の時は、部活動でレギュラーかつ部長、そして期末試験でも学年トップクラスという、文武両道ぶりを発揮した。大学にも現役合格、自動車運転免許も一瞬で取得するなどなど。

 これらは全て、俺の元々持つ天才的才能と、少しの努力から得られたものであろう。

 だから、自分は世界一喧嘩が強いと妄信したり、天才だと誤解したりするようなヤツが二次元メディアに憧れてなる「中二病」なんかではない。

 俺は本当に天才なだけだ。

 だからたぶん、この力も両親からの遺伝かなにか、偶発的なものなのだろう。何はともあれ、便利で面白い力を持てていることはラッキーだ。

 ということで、俺は偶然に得たこの〝力〟を、何とかして世のため人のために役立てようと思うが、俺の街はいつも平和であるために力を使うことはない。だから、来るべくその日までは自分のために、ひいては世界のためにと力を磨いているわけだ。



 かくして、俺は今日も力を磨くためのトレーニングをして、街をふらついていた。そんな俺の前に、そいつは現れた。浴衣を着て下駄をはいた男は、壁に寄りかかり立っていた。最近では、なんかのアニメのキャラクターの格好をしていたり、気ぐるみのような格好したりして歩いているヤツもいるから、そこまで変な格好ではない。すらっとした体つきで、顔立ちも、まぁ普通よりはいい感じの男が、タバコを咥えて、違う、あれはたぶん棒付きのキャンディを咥えて立っていた。俺の方を見ている。

 いつ俺の前に現れたのかは知らないが、この手のヤツとは関わりたくないと思ったので、その男を無視して避けて行こうとした。しかし、「おい、お前」と呼び止められてしまった。その瞬間、この道を通ったことを後悔する。

 めんどくさいので、適当にあしらって先を行こうとすると、そいつはいきなり「私は、天使なんだが」と、言ってきた。ヤバい。

「私は、天使なんだが、キミの力を貸してほしい。実は……」

 かしこまった話し方だが、まずい。コイツは頭がおかしいに違いない。白昼堂々天使を名乗るなんてどうかしている。たとえ夜中であったとしても酔っ払いであれば見逃すが、そうでなければやっぱり頭がおかしい。

 このままだと妙なことに巻き込まれる気がしたので、自称「天使」の話をすぐに止めた。変なことになる前に、早くここを立ち去ろう。

「ちょっと待て、自称天使。お前何言ってんだよ?天使ごっこならほかでやってくれ」

「『ごっこ』じゃないって。本当に天使なの」

 自称「天使」は口を尖らせて言った。引き下がるつもりはないらしい。

「嘘つけよ。確かに俺は力もあるし、人に頼られるような男だ」

「自分で言うなよ…」

 と呆れた顔してるが、俺もだよ。天使を名乗る変人が目の前にいるんだ。

「だけどな、天使ごっこに付き合うほど暇でもなければ、お人好しでもないんだ。お前が天使だって言うなら、証拠を見せてみろよ」

 ここまで言えば、この自称「天使」男も何も言えずに何処か行くだろうと思った。もっと別の、同レベルの脳味噌を持つ変人仲間を探しに行くはずだと。しかし、天使は髪をかきむしりながら、「しゃーねーなぁ。羽でいいか?」と言う。

「…え?」

 俺が反論もできずにただ驚いていると、自称「天使」男は、浴衣の上をはだけて背中を見せてきた。そして、肩甲骨あたりか、そこには確かに羽が生えていた。白い、ふわふわの羽。

「お前ら人間は生えないだろ、これ。あっ、ちなみに作りものでもないぞ。ちゃんと動くし、引っ張れば痛い」

 そう言って笑うと、自称「天使」男はバサッと羽を動かした。俺は驚きから何も言えなくなっていた。頭が働かないので身体を動かすことにして、ためしに羽を引っ張ってみると、「痛っ!」と言って天使は痛がり、俺を叩いた。

「お前、バカじゃねぇの!さっき言っただろうが、引っ張れば痛いって。それなのに引っ張るなんて、お前はドSなの?それとも聞いた先から忘れるくらいバカなの?それとも、ドSバカなの?」と想像以上のリアクションを見せてくれた。

「悪い、ちょっといきなり現実感がないものを見せられたから」

 俺が謝ると、落ち着きを取り戻したのか、天使は羽をしまい、浴衣の乱れも整えた。

 どうやら、あの羽はかなりの弱点らしい。本格的にやばくなったら羽を引っ張って逃げようと思いながら、話を続けることにした。ここまで手の込んだ変人とする会話なら自身の成長につながらなくとも話のネタくらいならできるだろう。

「羽が生えていることは認めよう。それで、自称天使のお前は……」

「だから、自称じゃなくて天使なの。羽も見せただろ。それにな、『お前』って言うな。俺は、しゅうって名前なんだよ。だから、『楸さん』って呼べ」

「あっそ、つーか一人称も変ってんぞ」それに話し方もだいぶ砕けている。

 ここで、俺はこいつに名乗るか考えた。が、相手が名乗ってきたのに自分は名乗らないのは、いくら相手が天使を自称する変人でも失礼かと思い、名乗ろうとすると、「ちなみにお前の名前は椿つばきだ」と、俺の許可も得ず、俺の代わりに名乗ってくれた。

「ハハッ。ビビったか」

「なっ、なんで?」

「ちなみに、名前は覚えたんだが、高橋さんからもらった、他のお前の情報が書いてある紙はさっき無くしちゃったんだ。だから他のことはあんまり聞くなよ。答えられないから」天使に重大な罪の告白をさらっと言われた。

「高橋さんって誰だよ?つーか人の個人情報を書いた紙落とすなよ!」

「だから、謝ってるだろ」

「謝ってないだろ!」

「アメやるから許せよ」

 天使は口からアメを取り出して言った。

「いらねぇよ!」

「あっ、高橋さんは俺の上司な。すげー怖いんだよ。この前もさ…」

「もういいよ…」

 実際はよくないのだが、話も逸れてきたし、個人情報を書いた紙のことは誰にも見られずに消滅することを願って、一度会話を止めた。しかしどうしても気になる。

「つーか、お前天使なんだろ?」

「楸さん、な」

「ならなんでそんな格好なんだよ。天使っていうくせに浴衣って。あとそのアメも。見たところ俺と同じくらい、少なくとも二十歳超えてんだろ。子供じゃねぇんだから、タバコでも咥えてろよ」

「ぺちゃくちゃ五月蝿いやつだな。面倒だが、初めましてということで、いい印象を残したいから、一つずつ答えてやろう。サービスだぞ」偉そうに天使は言った。

 うざいとは思ったが、自分から訊いたことではあるので黙って聞いていることにした。

「まず、俺は天使だから年齢なんて関係ない。かなり長いこと生きているのは確かだ。だからもちろんタバコも吸える。実際、アメよりもタバコの方がいい。だけど、最近タバコ高いじゃん。それで、この際禁煙しようかどうか悩んでたら、高橋さんが『天使のイメージが悪くなる』とか言って、タバコをやめるように言ってきたんだよ。自分も天使より悪魔みたいなくせにさ。んで、タバコやめたのはいいけど、口がさみしいから代用として棒付きキャンディにしたわけ。それと、浴衣は俺が好きだからだ」だいぶフランクな感じで答えてくれた。一番最初の自己紹介だけ真面目な雰囲気を出していたが、それ以降、天使の顔はずっと緩んだままで話し方も軽い。つーか、浴衣の理由短っ。高橋さんも天使のイメージ云々言うなら浴衣をまずやめさせろよ。そしてついでに、人のことを五月蝿いと言っておきながら、五月蝿くぺらぺらしゃべるこいつの首を切ってくれ。そういえば、こいつ俺の個人情報書いた紙落としてたぞ、高橋さん。

「満足か、椿?」

 うるせぇ。



「さて、そろそろ本題に入るぞ」咥えていたアメの棒を、プッと吐き捨て、天使は一度手を叩いて、切り出してきた。天使がポイ捨てかよ、おい。

「そうだよ、結局のところ、天使のお前がなんで俺の所に来たんだよ」

「楸さんな。それにしてもやっと天使だって認めたか」嬉しそうにするな。

「一応だよ」怒りも抑えて、半ば呆れながら言った。

「一応だろうがなんだろうが、認めてくれてよかったよ。今日は忘れてきたけど、今度来た時には、ちゃんと天使のライセンスも見せるから」

「ライセンスなんてあんのかよ?」天使にライセンス?

「当たり前だろ。試験に受かったヤツにライセンスが与えられて、そっからいろんな資格をとったり経験を積んだりしてより優秀な天使になっていくんだよ」

「資格もあんのか?」

「当たり前じゃん。資格もないヤツが千里眼持ってたり、読心術使えたりしたら危ないだろ」

「いや、よくわかんないけど。じゃあお前もなんか資格持ってんのかよ?」

「楸さんだってば」

 少しイラッとして、天使は答えた。

「ったく。俺は資格ほとんど持ってないよ。ライセンスは当然持ってるけど、あとはテレパシー三級くらいかな。あ、高橋さんはけっこう資格持ってるよ。ライセンスも確か中一級くらいだったかな」

 高橋さんがすごいことくらいしか分からなかった。しかし、天使の社会にそこまで興味もなかったし、何よりこの天使との会話を早く切り上げたかったので、外れかけた会話のレールを元に戻そうとしたら、「ちなみに」と天使はさらにレールを外す。もう、放り投げる勢いで。

「ライセンスはわかるだろ。天使の証だよ。俺たち天使も人を裁いたりすることがあるんだけど、ライセンスの級が高くなればなるほど、より難しいケースを扱えたり、より厳しい罰を人に与えたりすることができるわけ。あと、テレパシーくらいはわかるだろ。念じることでできる会話みたいなやつだよ。これも級が高ければ、より長距離での会話が可能で、感度も良くなるわけ。一級だと常に、どこでもバリ三だってよ」

 こいつ、ホントうるさいな。一回羽を引っ張ってやろうか。

「さて」とまた手を叩き、天使は「また話が逸れてしまったが、本題に入るか。いいか、椿。もう話を脱線させるなよ」と言った。まるで、自分には非がないといった感じで、口うるさい生徒を相手に授業する先生にでもなったかのように言う。

 話し終わったら、絶対こいつの羽を引っ張ってやろうと決意しながら、「話を逸らしたのはお前だろ」と、一応、聞こえないよう囁く程度に小さくに反論してみた。

 すると、「お前がライセンスに食いつくからだろ!」と反応してきた。なんなんだ、天使ってのは地獄耳で口うるさいのか?

「俺は、本題に入るって宣言したのに、椿、お前がいちいちライセンスや資格に食いついてきたんだ。お前の生きる世界にも、ライセンスや資格ぐらいあるだろう。それなのに、お前は食いついて来た。お前は好奇心の塊か。だいたい人間ってのは好奇心が強すぎる。確かに、強い好奇心は進化の糧ともなるだろう。けどな、……」

「わかった、俺が悪かった」これ以上、こいつの講釈を聞くのも耐えきれなかったので、「もう話を脱線させないから、本題に入ってくれ」と自分から謝って、話を先に進めさせた。あとで、羽を引き千切ることを決意して。

「自分の非を認めたか。えらいぞ、椿」我慢だ。耐えろよ、俺。「俺も早く本題に入りたいんだ」

「なぁ、できれば簡潔にまとめて話してくれよ」俺は無理を承知で言う。

「もちろんだ」天使は自信があるのか、ハッキリとそう言う。だが、俺は悟っていた。この十分くらいのやり取りだけでも、こいつにそれを望むのが無理であることを。話し好きなのか、それとも、天使にとっては簡潔に話すことにも資格が必要で、こいつがそれを取得できないのかは分からないが、こいつは話が長くなりやすいようだ。

「じゃ、簡潔に言うぞ。椿、お前は今、ヤバい」

 いや、簡潔すぎる。全然わからない。



 どうやら、このままだと、俺は、天使か悪魔に殺されるらしい。ちゃんと話すように頼んだ後、長々と無駄をはさみながら天使が説明してくれた。

 こいつの話だと、天使側は、例のライセンスの上級を持ったヤツが、俺のしているトレーニングは有害だと判断し、いずれ裁きにくるそうだ。それで、悪魔側は、俺の天才的才能に目を付け、ボロ雑巾のようになるまでこき使い、利用した後、処分。つまり殺そうとしているそうだ。ちなみに、この情報は高橋さんがこいつに教えたらしい。マジかよ、高橋さん?

「んで、天使側は、今のお前は『中二』みたいなものだから、まだ自分たちが裁くまでもない、このままお前が改心せず犯罪行為を続けるなら、その時にきつい罰を与えよう、と考えているわけ。で、悪魔側は、お前のやっているトレーニングなる犯罪行為を楽しみながら、さらに力をつけるのを待ってるわけよ。ちなみに、高橋さんは先読みの資格を持ってるらしいんだけど、このままだとお前は殺されるってことだけは言ってた」マジですか、高橋さん!

「そこで、俺よ」天使は、ここが見せ場だとでも言うように高らかに言った。「俺が、お前を助けてやるよ」

「はぁ?」

「だから、お前がその〝力″を使って、俺の仕事を手伝うんだよ。俺はお前のサポートをして、『中二』のお前を正しい方に導いてやるってワケだ。」ニッと笑い、親指を突き出してきた。

「俺は『中二』じゃねぇ。それに、それでどうやって俺を助けるんだよ」と出された親指を折るのを我慢して聞く。

「バカだなぁ。そうすれば、天使はお前が改心したと認めるし、悪魔も改心した奴には興味無くすだろ。それに、俺も仕事のノルマも減らせるし、みんなハッピーだ、って高橋さんが言ってた」

「俺以外はな」つーか、ハッピーはお前だけじゃないか。それに、また高橋さんかよ。こいつ、自分の考えでは動かないんじゃないか。

「おや、乗り気じゃない?」

「当たり前だろ。お前の仕事を手伝うなんてやってられるかよ。だいたい、俺は『中二病』じゃないけど、その話だと改心させられるんだろ?つまり、力もない、カッコ悪い大人になるんだ。知らないかもしれないけどな、この〝力″ってのは、大人になったら消えるんだよ」

 この力も起源は『中二病』であるため、悪い言い方をすると大人になれば、想像力が貧困になれば、思うことをやめれば、力がだんだん弱まり、最後は消える。そして、一度力を失くしたら二度と手に入れることはできない。どうやら、子供から大人になることはできても、その逆はないことと同じらしい。

「知ってるよ、それくらい」天使は平然と言った。

「だったら分かるだろ。俺はこの〝力″を手放すのはごめんなんだよ。つまんねぇ大人になんかなりたくねぇんだ」

「大人にはなりたくないけど『中二』でもない。ややこしいな。『中三』?」

「うるせぇよ」

「ごめんごめん。てゆうか、俺としても仕事上、お前には〝力″を持っててほしいし」

「ならっ、」

 そこまで言ったところで、天使がニヤッと笑った。

「ダークヒーローになっちゃいなよ」と言ってきた。

「はぁ?」

「だから、ダークヒーローだって。ただのヒーローじゃないぞ。どこか影のある、普通には人助けをしない、だけど結果から見たら人助けをしている、みんなに好かれる、ダークヒーローだ」いや、よく分からん。

「これなら、お前の力もなくならないだろう。お前みたいな『中二」』はヒーロー好きだろうからな。それに、ひねくれてるお前に合わせて、ダークヒーローだ」だから、俺は「中二」じゃねぇ。

でもヒーローか。いいな。

「さぁ、どうする?このまま生きて、天使か悪魔かに殺されるだけの未来を待つか。それとも、死を待つだけの未来を変えるために、ダークヒーローになるか」

 人が考えているのに、その思考を邪魔するように、天使が煽ってくる。

 ダークヒーローがぴんと来なかったが、ヒーローには少なからず憧れたこともあり、俺の気持ちは揺れ動いていた。

「どうするんだよ、椿」天使がせかしてくる。

「なぁ、一つだけ教えてくれ」

「何だ?」

「このダークヒーローになるって案を考えたのはお前か?」

「だから楸さんだって。この案を考えたのは俺じゃない」

「じゃあ誰だよ?」

「高橋さんだ」

 なら、いいかな。ダークヒーローになっても。



「んで結局、ダークヒーローってのは何すりゃいいんだ?」

 とりあえず、今日は暇だし、ヒーローにも興味があったので一日くらいはつきあってもいいかと思い、街を歩きながら、隣を歩く天使に尋ねてみた。

 その天使は、「まぁ、基本的にはヒーローと同じだな」と新しいアメを咥えながら答えた。

「でも、漫画やアニメに出てくるようなヒーローとは違うんだろ?」

「そりゃそうだ」

「じゃあどうすんだよ」

「さっき言っただろ」聞いてなかったのか、とダメな生徒に対して呆れを見せるかのように天使は「どこか影のある、普通には人助けをしない、だけど結果から見たら人助けをしている、みんなに好かれる、ダークヒーローだ」と説明してきた。

「だから、それがよく分かんないんだよ」

 天使のくせに、こいつは人の気持ちも分からないのか。

「俺が聞きたいのは、具体的な方法だ」

「なんだよ、それならそうハッキリ訊けよ。まったく」

 そんなことを言いながら、俺を非難してくる。こっちがまったくだよ。

「具体的な方法か。それは、知らないな」はぁあ?何言ってんだ、こいつ!

 天使は悪びれるわけでもなく、はっきりとそう言ってから、「高橋さんもそこまでは言ってなかったんだよ。俺も、さっきお前に説明した事しか聞いてないんだ。もしかしたら、あの人も適当に言っただけで、何も考えてないのかもな。ハハッ」と、まるで自分じゃなく、上司にこそ非があるかのように言った。笑うな。

「じゃあ、どうすればいいか、なんも分かんないのか?」

 少しでもこいつに付き合おうとしたことを後悔し始めた。

「そうだな、俺は天使だから、包み隠さず、真実を言うと、お前の言うとおりだな。何にも分からない。ハハハッ」知らないことの恥は隠さず、いきなり天使らしいプライドをのぞかせながら開き直りやがった。笑うな。

「じゃあどうするんだよ?これから」

 俺は、今からでもこいつから離れるのは遅くないんじゃないかと思い始めていた。

 どのくらい先の未来なのかは知らないが、もし、こいつが言ってたように、天使か悪魔が来ても、それはその時考えようとすら思っていた。天使も、こいつみたいなのが来るかもしれない。そしたら羽を引き千切って逃げよう。悪魔だったら、……何とかしよう。

 そうだ、そうしよう。こいつの妄言に付き合うのはもういいだろう。喉も乾いてきたし、さっさとこの茶番を切り上げて、どっかに行こう。ダークヒーローってなんだよ。こいつの羽を引き千切って、どっか行こう。

 その決意を実行に移そうとした時、天使が提案してきた。

「とりあえず、どっか喫茶店でも言って作戦会議するか。はじめまして、ということで奢ってやるよ」

「…しょうがねぇな。行くか」

 こいつもいいことを言う。



 俺たちは、作戦会議のために、喫茶店に来た。奢ってもらうなら高いものを、と思ったが、店に入ってすぐに「コーヒー二つ」と天使に注文された。一番安いコーヒー二つ。

 この店には、何度か一人で来たことがあった。おしゃれとは言い難いが、別に汚いわけでもなく、なかなかいい雰囲気の店だ。できれば、いつか彼女でも連れて来たいと思っていたが、まさか男同士で、しかも天使と来る日が先とは思ってもいなかった。

 せめてコーヒーが来るまでは、このうるさい天使と話をすることもなく、穏やかに、店内に流れる音楽でも聞きながらただ座っていたかった。しかし、この天使は席に着いてすぐ口を開いた。黙っていられないのか。

「では、作戦会議を始める」そう言った天使は、声も少し低く、妙に演技がかっていた。肘をついて手を組み、その手で口元を隠し、少し俯きながら切り出してきた。

「何だよ、そのキャラ?」

 無視するべきか考えたが、人間は好奇心が豊富らしいから、尋ねてしまった。

「何って、作戦会議といったらこんな感じだろ」

 大した理由も期待していなかったが、いざ理由を聞くとがっかりした。そして、尋ねたことを後悔し、ついでに今日、ろくな活躍も見せない自分の好奇心を恨んだ。

「雰囲気ってのは大事だろ」だそうだ。

「それはわかるが、ふざけてないで、まじめに考える気はあるんだろうな」

「考えるよ。俺は今考えることしか考えていない」何だ、それは。

 それではもう一回、と言って咳払いを一つして「ゴホンッ。ではこれより、椿をダークヒーローにしよう作戦会議を始める」と言った。なんだ、その作戦会議名は。

 コーヒーもテーブルに運ばれてきて、いよいよ作戦会議を始めるかという時、俺はひらめいた。

「なぁ、お前の上司の高橋さんに聞いてみようぜ」

「まだ分かんないか、お前じゃなくて楸さんだってば」アメを咥えながらコーヒーを飲み、言ってきた。そんな天使のクレームは無視した。つーか、コーヒー飲むときはアメ置けよ。

 よく考えてみれば、いや、よく考えなくとも、こいつとここで顔突き合わせて、何かを考えてみるという行為は無駄に思えた。なぜなら、この天使はバカだからだ。短い時間で人、もとい天使がどういう奴かを判断してはいけないが、直感で分かる。こいつはバカだ。

 それなら、このバカと無駄に時間を浪費するよりは、こいつにあれこれ指示を出しているらしい、高橋さんなる天使に訊いた方が幾分ましに思えたのだ。こいつは、高橋さんも何も考えていないと言っていたが、それでも一度聞いてみる価値はあるように思えた。先読みもできるらしい高橋さんなら何か分かるかもしれない。少なくとも、目の前にいる天使より、会ったこともない高橋さんなる天使の方を俺は信頼していた。というか、俺はこいつを信頼していない。

「いや。高橋さんに訊くのはよそう」

 俺の信頼度ゼロの天使は、あっさりと俺の提案を断った。

「なんでだよ、一度訊いてみるくらいいいだろ?」

 俺は、自分のこれ以上ないくらいの名案を一蹴されるわけにはいかないと思い、食い下がってみた。

「だってよ、何でもかんでも高橋さんじゃつまらないだろ。少しは自分で考えることも大事だぞ、椿」

 まるで、自分は、ちゃんと自分の頭で考えて行動していると言わんばかりに、上から注意された。ずっと、少なくとも俺と出会ってからは、高橋さんの頭に頼りっぱなしの所しか見せていない、この天使に。つーか、俺の案を却下した理由、つまらないからかよ。

「それに、高橋さんがいないんじゃ何もできないと思われたくないしな」だったら、もう手遅れだ。

 こいつにこれ以上食いついて、あれこれ言うと、また話が逸れてしまう気がしたので引き下がることにしたのだが、人の気持ちを察することができないこの天使は「だいたいな」と話し始めた。

「だいたいな、自分で考えることってのは大事なんだよ。お前が思っているよりも大事だ。すぐ人に頼る前に、一度自分の頭で考えないとな。頭まっさらな状態で他人の話を聞くと、ただそいつに洗脳されることになるんだ。洗脳だよ。怖いだろ。それにな、インターネットが普及してからかなり経つが、あれの普及でどうなったか知っているか?」

 話が逸れたことを注意したかったが、不意に質問されたので考えてみる。

「たぶん…」と言いかけたところで、「それはな」と遮られた。俺に発言権はなしか。ならなぜ訊いた?

「それはな、分からないことがあった時、考えるよりもすぐネットで検索するようになったんだよ。思索はゼロで検索だ。ほとんどのヤツがケータイを持っているから、どこでもすぐ検索できる。どこでも考えない。そして考える力を失っていく。すると、知識はあっても、その知識を有効に使えなくなる。怖いだろ、椿」

 発言権を認められたようなので、「怖いですね」とだけ投げやりに言ったら、天使は満足したようだ。そして、「あれはもう、ケータイを携帯してるというよりも、ケータイに支配されてるよな。主従関係の逆転だ」とか言い始め、笑っていた。全然面白くない。

 天使が笑っているのを見ながら、本日、全くと言ってもいいほど活躍していない俺の好奇心が、また湧き上がってきた。どうせロクなことはない、やめておけ、という制止を振り切って、「いや、俺いけます」と好奇心はまた出動する。

「なぁ、天使ってのは、みんな、お前みたいにおしゃべりなのか?」

「楸さん、な」

 なかば恒例となってきたやり取りは無視した。つーか、こいつもこだわるな。

「天使はみんなおしゃべりかって?そんなこともないぞ。無口のヤツもいるし、愛想のないヤツもいる。まあ十人十色って感じかな」

「じゃあ、お前みたいなおしゃべりばかりじゃないんだな」

「楸さんだよ。覚えてね」いやだ。「俺だって、別におしゃべりじゃねーよ」

「嘘つけよ。俺と会ってから、いらんことばっかペラペラしゃべってんじゃねぇか」

「それは、あれだよ。お前より長く生きてる俺が、これからの人生に役立つだろうことを教えてやってんだよ。まぁ、はじめましてということで、サービスだな」そんなサービス要らん。「本当の俺は、無口でクールな男なんだ」天使が嘘ついてるよ。

 今回も微妙な結果だったが、負けるなよ、俺の好奇心。



 コーヒーもすっかり飲み終わり、時間もかなり経った。だが、作戦会議は全く進展を見せていない。というか、始まっているのかも分からない状態だった。

 確かにこいつは、「作戦会議を始める」とは言ったが、俺たちは無駄話しかしていない。

 こいつの「俺は無口でクール男」発言が出てからは、天使はいかに自分が無口でクールかを、長々と熱く語ってくれた。

 本来の目的である作戦会議も忘れたのか、しまいには、「疲れたし、今日はお開きにするか」とか言い始めた。ふざけるな。

 高橋さんに意見を伺うことを却下して、自分で考えるとか言ったくせに、無駄話しかしていない。こいつは自分の仕事をする気はあるのか。

「んっ?」

 何かが引っかかった。

 何かはまだ分からないが、自分の考えの中に、限りなく答えに近いヒントが転がっていたような気がしたのだ。

「どうした椿。何か訊きたいのか?」黙ってろ。

―――ああ。

 そこで、やっとわかった。分かってしまうと、いかに自分たちが無駄な時間を過ごしていたのかという呆れと後悔もやってきた。

「なぁ、お前言ってたよな」 

「俺の名前か?しゅうっていうんだ。楸さんでいいぞ」ほんとにこだわるな。

「違う」

「違くねぇよ。俺は楸っていうんだ」うるさいな。

「あのさ、俺たちはダークヒーローになる、っていうことにこだわって忘れていたんだよ」

「俺たちじゃなく、ダークヒーローになるのはお前な。俺は天使だから」いちいちうるさいな。

「だから、よく考えてみろよ」

「考えてるって。俺は考えることしか考えていない。」それ、考えてないってことじゃね?

「なんで、俺はダークヒーローになるんだ?」

「お前が『中二』だから」

 天使が俺を指さしてきゃはきゃは笑う。ほんとムカつくな、こいつ。

「俺は『中二』じゃねぇ」

「わかってるって。あれだろ、天使か悪魔かに殺されるっていうユニークな未来を変えるためだろ」人が殺されるかも、ってのにユニークって言いやがった。やっぱりお前天使じゃないだろ。

「そうだよ」

 余計な話に逸れる時間はもういらないので、ユニークと言われた未来を認める。

「それで、お前はダークヒーローになるんだ。だから、どうすればなれるか、わざわざ考えてるんだろ」 やっぱこいつバカだ。

「そこじゃない。お前言ってただろ。みんながハッピーになるって。じゃあダークヒーローになって俺以外のヤツ、というかお前は何でハッピーになるんだ?」

「…あっ」

 気づいたようだ。それに、二回も「お前」って言ったのに、何も言ってこない。

「天使の仕事ってなんだよ?」



 こいつは確かに言っていた。「お前がその力を使って、俺の仕事を手伝うんだよ」と。

 そして、その結果として、俺はダークヒーローになるのだ。

 だから、作戦会議なんてしなくても俺のすることは決まっていたのだ。すること。それは、こんなところで天使相手に無駄話することなんかでは決してない。

 天使の仕事を手伝うこと。これだ。

 ダークヒーローになる作戦会議ってなんだよ?

 そういえば、こいつの言った提案は、高橋さんが考えたものだったな。高橋さんはちゃんと分かってたし、答えも言ってくれてたんじゃねぇかよ。

 よく考えてみれば分かることだった。天使の仕事を俺のやり方で手伝う。俺のやりたいようにやった結果が、ダークヒーローになる。ダークヒーローになるのはあくまでも結果。それでいいはずなんだ。

 俺もバカだな。

 いや違う。天使のバカがうつったんだ。こいつは「具体的な方法は知らん」とか言って、高橋さんが言ったことを忘れていただけじゃないか。

 天使に訊くこと自体が間違いだったのだ。めんどくさがって自分で考えずに、最初からこいつに答えを貰おうとしたからこうなったのだ。

 認めたくはないが、さっきこいつが言ってた、自分の頭で考えないと相手に洗脳される、という話は本当のようだ。危うく俺はこいつに洗脳されるところだった。このアホ天使に。

「なぁ。自分で考えないで洗脳されそうになるってのは確かに怖いな」

「ん?何の話だ。洗脳?」自分で言ったこと覚えてないのかよ。



「それで、天使の仕事ってのはなんなんだよ?」

 俺は、また新しいアメを咥えた天使に訊いてみた。おい、灰皿はアメの棒を置く場所じゃないぞ。

「なぁ、椿。その前に言っておきたい」

 天使がそわそわしながら、若干トーンを落として言ってきた。

「なんだよ」

「その、あれだ…。俺は気づいてなかったわけじゃないぞ…。お前は、天使の仕事を手伝うんだよ。それにお前が自分で気付くことを、サポート役の俺としては期待していたんだ」嘘つけ。「時間かかり過ぎだぞ、椿!」と天使は、俺を怒った。

「サイテーだな、お前」

「楸さんだ」サイテーより、そこ否定かよ。

「それで、天使の仕事ってのはなんなんだ?」

 俺は、そんなに難しい質問をしたつもりもなかった。それなのに今、目の前で現職の天使は悩んでいる。

「なんだ、人に教えるのは禁止なのか?」

「いや、天使の仕事ってなんだっけと思って」やっぱり、こいつに訊いてもロクなことない。つーか問題発言じゃないのか、今の?

 俺の薄れかけていた、こいつ天使じゃない疑惑がまた濃厚に。

「なんでだよ。お前天使なんだろ?現役の」

「そうなんだけど。ほら、俺いつもさぼってたじゃんか」しらねぇよ、初対面の天使の勤務態度なんて。

「ノルマがどうとか言ってただろ?」

「あぁ。俺、夏休みの宿題とかやらずに取っておいて、まずは遊んでから、最後の方にまとめてやるタイプなんだ。だから、ノルマも、高橋さんに尻蹴られるまでやらないし、あの人が言ったことを渋々やるって感じだから」

 高橋さんの苦労がしのばれる。つーか、天使にも夏休みなんてあんのか?

「じゃあ、その高橋さんに言われてやったことでいいから言えよ」

「それを今思い出してんだよ」ほんと駄目だな。こいつのライセンス剥奪しちゃいましょうよ、高橋さん。

 それから、天使はマジで考えた。高橋さんと言うブレーンがいたおかげで、ほとんど永眠しかけているだろう脳細胞をフル回転させているようだ。

 そして、思い出せたことを教えてくれた。「恋人がうまくいくように…なんかした」「困っている人がいたから、その…なんかした」「自殺しそうな人がいたから、励ますために、なんかしたっけ?」「小学生のいじめっ子を懲らしめるために、椅子にぶーぶークッションをしかけた」「悪ガキの歩く先にバナナの皮をしかけて、転ばせた」などなど。一部ホントに天使のやることなのかという疑わしい部分もあったが、こいつは存在そのものが疑わしいので無視して聞いた。

 話し終わると、さっきまでの無駄話のときには見せなかった疲労感を見せ、天使はテーブルに突っ伏した。

 ごくろう、アメをなめて糖分とりな。

 さて、ぼやっとしたところが多く分かりにくいが、こいつの言うことから判明した天使の仕事とは、大きく分けて二つあるようだ。

 一つ。天使らしく、困っている人や悩める人の手助けをする。つまり、人助けをする。その際に、役立つのが資格と言うことらしい。例えば、こいつも持っていると言っていたテレパシーなんかは、対象となる人間に、その人間自身の声であるかのように語りかけることもできるらしい。よく聞く、自分の中で天使と悪魔が闘っているというのは、実際に天使と悪魔が対象となる人間にテレパシーで語りかけているのだそうだ。こいつが天使側だったら敗北必至だな。むしろ悪魔が二匹いるように感じるんじゃないか? ま、とにかく、資格を駆使したりしながら、人間を助けることが目的の仕事らしい。ちなみに、ライセンスさえあれば、あとは何をどうやってもいいようだ。

 二つ。有害と判断される人間に罰を与えること。たぶん、悪者退治に近いのだろう。こっちはなぜか、天使の記憶がはっきりしていたのですぐに分かった。こっちも資格を駆使することがあるようだが、こいつがやるように直接的なものもあるらしい。こちらに必要なのもライセンスで、これのランクによって任されるケースや与えることができる罰が違うらしい。

 だいたいこんな感じだろう。ライセンスはそいつが天使である証と、その天使のランクを示すものと言ったところかな。ノルマについてはよく分からなかった。おそらく、こいつ自身、高橋さんに言われてやっているだけだから分かっていないのだろう。

 頼りにしているわけではないが、一応、念のため、天使に「こんなところか?」と確認してみた。

 天使の回答「そんな感じ。」ホントだろうな。

 天使の仕事自体がヒーローみたいだ。だから、俺が仕事を手伝えばダークヒーローってことなのか。

 天使は、テーブルに突っ伏したままで、「わかったか、椿。俺の苦労が」とか、言ってきた。本当にごくろうさまです、高橋さん。

 だが、これで自分のやるべきことが見えた。

 大枠が見えてきたので、具体的にこの後どうするかを検討することにした。しかし、アメをなめて復活したのか、天使が邪魔してきた。

「天使にもいろんな奴がいるんだが、基本的にみんな、人助けの方の仕事しかやりたがらないんだよ。まぁ天使らしい仕事っつったらこっちだしな。お前の処分が後回しにされてる理由もこの辺にあるんだろうな。よかったな」よく分かってなかったくせに、よく言えるな。

 しかし、確かにそうなるのかもしれない。けど、俺はこいつの言い方に腹が立ったので、「じゃあ、なんでお前の記憶には、人を裁く、というか人に嫌がらせをしている仕事の方が、多くて正確なんだろうな?」と皮肉を言ってやった。

「楸さんは、他の天使がしない仕事を敢えてやってるんだよ。他の奴らと違って、人間の悪い部分にも目をつぶらずに、厳しさと優しさで仕事に臨んでいるんだ」

「嘘つけよ。高橋さんに、やれって言われてるだけだろ」

「違うよ。俺はあの人の部下だけど、奴隷じゃないんだ。俺は稀にみる、優秀な天使なんだよ」稀にみる、おしゃべりでダメな天使の間違いだろ。

「優秀な天使の与える罰が、なんであんなに陰湿なんだよ」

 俺はこう問いかけてみたものの、実は答えが分かっている。それは、こいつが自分で言っていた。こいつはテレパシー三級しか持っていない。それ故に、できることに制限があるのだ。

 しかし、俺の皮肉にも天使は屈することはなかった。

「分かってないな。いいか。確かにいろんな資格を持っていれば、仕事に有利だ。多分お前の世界でもそうだろ。でもな、それはある意味、怠慢なんだよ。例えば、俺たちの資格の中には『天使の矢』っていう資格もあるんだが、これなんか最悪だぞ。罰を与える対象に矢を指して、そいつを怪我や病気にするんだ。一級なんてのは、ほぼ即死の効果がつくんだ。そんな強い効果があるのに、ただ矢を指して終わりなんだ。それって怠慢じゃないか?それに比べて俺は、自分の頭で考えて、知恵を絞って、人間に罰を与えているんだ。仕事熱心なんだよ」と屁理屈を並べてきた。「俺は、強すぎる武器は持ちたくないんだ」と嘆いてもいた。

 イイことを言っているようにも感じるが、そう錯覚させるには、こいつは俺にダメなところを見せすぎた。きっと、資格をとるにはある程度の苦労が必要で、こいつはその苦労から逃げているんだ。『天使の矢』を持っているヤツだって、そう何発も連射していないだろう。こいつみたいな天使じゃなければだが。つーか、もしかして、俺ってその『天使の矢』のターゲットだったりするのか。だとしたら、その天使に言ってやる。その矢を使うのは怠慢です。

「じゃあ、なんでテレパシーは三級持ってるんだ?」

 仕事熱心なこの天使は、資格をとるのをめんどくさがっているんじゃないか、と感じていたので訊いてみた。武器じゃないからか。

「それは、あれだ。便利だから」

「…それだけか?」

「いや、それだけって、便利だぞテレパシー。遠くのヤツに頼みごとを簡単に頼めるし、気になる子にこっそり連絡取れる」不純だ。そもそも、こいつに頼みごとされて聞くヤツも、こいつの好意を受け止めるヤツもいるのか。

 こんなヤツが天使だなんて信じられない、と今更嘆くこともなかった。

 それでも、気になることはまだある。

「なぁ。仕事熱心なのはわかったよ」

 俺は天使の前で嘘をついた。

「偉い。よくわかった」お褒めの言葉ありがとう。

「ところで、仕事って言うからには報酬も出てるのか?」

 割と重要な質問を忘れていた。

 俺は今から天使の仕事を手伝う。それは、俺の「死」という未来を避けて、ダークヒーローになるため、または今だけの気の迷いだったり、とまあ理由はどうあれ、仕事をするんだ。無報酬の労働は仕事じゃない、ボランティアだ。

「出るに決まってるだろ。無報酬の労働は仕事じゃない、ボランティアだ」

 報酬が出ることの喜びよりも、こいつと同じ考えだったことのショックが大きかったが、「じゃあ、俺も貰えるのか?」と何とか訊けた。

「お前には出ないよ」

「はぁ?なんでだよ」更なるショックにも俺は負けない。

「まぁ、お前は俺の仕事の手伝いってこともあるが、なによりシステムの話になるな」

 また、めんどくさいことになってきた。俺はもう、報酬を貰えないことよりも、こいつの話を聞くことのほうが嫌だったのだが、時すでに遅し。天使の口は止まらない。

「俺たちの報酬ってのはな、ライセンスのランクで変わってくるんだ。当然、ランクが高いほど、報酬も高い。仕事によっては手当ても付くが、基本的には月一で、ランクに合った報酬が出される。ちなみに、お前の好奇心に先回りして教えてやるが、手当てってのは、このコーヒー代みたいなものだ。まぁ、仕事のときにかかる費用全般かな。ただ、この手当てを請求する時は上司を介して、会計課に請求するんだが、高橋さんがめんどくさがってなかなか手当てを認めてくれないんだよ。…今回のコーヒー代は大丈夫かな?ああそれで、報酬の話だが、これはポイント制なんだ。報酬はポイントで出て、それを会計課に持っていけばいろんな国の通貨に換えてくれるし、ポイントを使ってそれで買い物もできる。だから、天使じゃないお前にポイントが出ても意味ないだろ」

 わざわざ俺の活発な好奇心の心配までして、長々と説明してくれてありがとうございます、クソ天使。

 こいつは、高橋さんが手当てを認めないのは、高橋さんがめんどくさがっているからと言ったが、たぶん違うだろう。なんでも認めると、こいつが調子に乗って手当てでいろいろ買い物したりするから、それで敢えて厳しくしているんだと思う。親心ですよね、高橋さん。

 それにしても、無駄とは分かっているが、一応言ってみるか。

「そのシステムでも、お前に出たポイントで、俺に金を払えばいいだろ」

「バカ言え!出る報酬は俺一人分だ。なんでお前に分けなきゃいけないんだよ」やっぱな。

「その代わり、お前が俺を『楸さん』と呼んだら、報酬代わりに、俺の持ってる資格を少し使わせてやるよ」

「結構」

 お前の持っている資格なんてテレパシー三級だけだし、お前を名前で呼ぶ気はない。なんとなくだが。

 そんな資格なんかより、手当てとやらを利用してこいつにたかった方がマシに思えた。手当てで下りるとか言って、下りずに自腹を切らせればいいんだ。無理かな。こいつ、ケチそうだ。



 コーヒー一杯で粘るには、だいぶ時間がたった。日も暮れてきた。こいつは持参しているアメを既に二,三本食べていたが、俺は何もない。そういえば、こいつは浴衣のどこにアメを入れているんだ?

 何かを追加で頼もうとしたが、こいつはさっき自分で言って不安になったのか、「自腹なら頼んでいいぞ」と言い始めた。「はじめまして、ということで奢ってくれるんじゃないのか」と訊いたら、「コーヒー飲まなかったのか?」と言われた。やっぱり、こいつはケチだ。つーか、もうコーヒーねぇし。

 それどころか、「おっ、このチョコレートパフェうまそうだぞ。頼まないのか?」と訊いてきた。俺にたかる気か。

 仕方ないので、作戦会議はひとまずここまで、ということにして店を出ることにした。

 つーか、作戦会議で得られたことは何かあっただろうか。得られたものは、コーヒー一杯と、作戦会議をする前から本当は分かっていた、これからすることについての大枠、俺が報酬を得ることができないという事実、こいつとの会話によって生じた疲労感、それくらいだろう。コーヒー以外いらなかった。

 偉いもので、喫茶店の店員は、コーヒー一杯で粘っていた、もしかしたら天使の一人語りで店の雰囲気を壊していたかもしれない、そんな客に対しても嫌悪感を見せることなく、笑顔で見送ってくれた。

 奥でマスター(たぶん)が睨んでいた気もするが、あれはあの人なりの笑顔なのだろう。



 そういう訳で、俺たちは喫茶店の方々に笑顔で見送られて、再び街中をふらついた。

 具体的にすることは決まらなかったが、人助けか、悪者退治をするのなら、喫茶店にいるよりは街中にいた方がいいだろう。あの店では何も起きない。あの店は、マスターが自分で守っていそうだし。

 きっとこいつにとって、何もせずにふらつくのはいつものことなのだろう。

 店を出るときに、しぶしぶコーヒー代を払ってから、手当てがつくかどうかを心配したままで、仕事する気力を見せていない。

 実際に今も、歩くのが疲れたとか言って、寝そべったまま宙に浮いて移動している。

「おい、お前そんなことできたのかよ?」

「そうだよ。楸さんは空を飛べるんだよ」

「羽はどうしたんだよ?」

 実際、こいつは羽を浴衣から出さずに飛んでいる、というか浮いていた。

「羽はいいんだよ。あれはほとんど飾りみたいなもんだし」

「なんだよ、それ」

 俺は別に、飛べることについて驚いていたわけではない。天使なんだし、飛べても不思議はない。胡散臭いことに変わりはないのだが、こいつが天使であるということは少なからず認めようと思っていた。

 それよりも、こいつの弱点である羽を引っ張れないことが残念だった。いずれ飛ぶこともあるだろうから、その時こそ、こいつの羽を引っ張るチャンスだと思っていただけに、羽も出さずに飛べるという事実は、俺をかなり落胆させた。

「それに、羽を出して飛ぶと、どっかのドSバカが引っ張ってきそうで怖いし」

 ちっ、ばれてた。

「残念だったなぁ、椿」

 と、天使はニヤッと笑った。地面に引きずり下ろすぞ。それにしても――――。

「おい」

「ん、何だよ?」

「お前が羽も出さずに空を飛べるのはいいが、目立つから降りてこいよ」

「なんでだよ?」なんでだよって。

「みんな注目するだろ。もし羽を生やした男が飛んでいたら、天使か、何かの撮影と思うかもしれない。だけど、お前は羽も出さずに飛んでいるんだ。浴衣の男が宙に寝そべっているのは目立つんだよ」

「普通の人は、羽が生えてる人を見かけても天使とは思わないだろうけどな」わかってるよ。冗談だろ。

「いいから、降りてこいよ」

「安心しろよ、椿。楸さんの姿はお前以外には見えちゃいない」

「は?」何だって。

「俺だって、空を飛ぶときくらい姿を消すさ。でも、お前にまで俺の姿が見えなかったら不便だろ。天使はな、意識して、姿を消すことも見せることも自在なんだ。声だって消せる。ちなみに、この能力は資格も要らない、天使の基本能力だ。いいだろ」

「別によくない」それに、それよりも良くないことに気づいた。

「だから、俺が飛んでいても、姿を隠しているから、お前に迷惑はかからない。感謝しろよ」

「いや、お前は消えていて周りには見えていなくても、俺の姿も声も、周りにはバッチリ見えているんだろ」

「そりゃそうだ。楸さんは天使だが、椿は天使じゃない」

「てことはだ。俺は今、何もない斜め上を向いて一人で喋っている、痛い奴ってことにならないか?」

「確かにそうだな、ハハッ」天使が俺を指さして笑ってくる。

「笑うな!つーかそういうことは早く言え」今更周りを気にしても遅いと思ったので、他の方には見えない空間に向かって、俺はキレた。

「だってぇ訊かれなかったしぃ」

「訊かれなくても言えよ、そういうことは」

「なぁ、椿」

 天使は笑うのを止め、声のトーンを落として言った。謝罪、もしくは何か真面目なことを言うのかと思ったら「お前は今、『中二』じゃなくて『電波さん』だ」と言ってまた笑い始めた。

「うるせぇよ!」

 空中で笑い転げる天使に俺は腹が立ったので、天使を殴るため、斜め上に向けてパンチした。

 しかし、天使には届かない。

 周りから見たら、ホントに狂人だろうな、俺。



 消えている天使と話すときは周りに注意を払う必要があることを学んだ。

 一つ賢くなった俺と、おそらく賢くなることは永遠にない天使は、天使の仕事をするために、まだ街を歩いていた。

「なぁ、天使っていつもこんなに地道に仕事してるのか?」

「まぁ人それぞれだな。歩いて地道に仕事を探す、俺みたいなまじめな天使もいれば、千里眼、あぁこれは遠くを見れる資格な、これを使って仕事を探す怠慢な天使もいるぞ」それは怠慢じゃないだろ。

「じゃあ千里眼の資格とれよ」

「いやぁ、あれ結構難しいんだよな」頑張れよ。

 仕事を探すためにこいつと一緒に行動することが、高橋さんが俺に与えた罰なんじゃないかと思い始めた時、それは違うと分かった。疑ってすみません、高橋さん。

 建物の間の路地を横目に通り過ぎようとしたら、大学生くらいと思われる男女がもめている場面に遭遇したのだ。

 仕事だ!たぶん。

 男女は「だから、違うっつてんだろ」だとか、「いや、やめてよ」とか言いあっている。

 隣にいる天使を見ると、「やっと仕事が見つかった」と安心して、笑っていた。天使が人間のトラブル見て笑うなよ。

「なぁ、椿。あれ、どう思う?」

 やっと仕事をする気になったのか、天使が顔を引き締めて訊いてきた。

「どうって言われても…。男の方が浮気でもして、別れ話にでもなってるんじゃねぇの?なんか『違う』とか言ってるし」

「甘いな。このアメより甘い」仕事する時くらい、アメ食うのやめろよ。

「じゃあなんだよ」

 フフン、と笑ってから、これが正解だとでもいうように天使は言う。

「たぶん、男の方が、女をナンパしたんだよ。それで、イケると思って少し強引な手段に出たんだが、女のガードは思っていたよりも高かった。それで急に取り繕う必要が生じて、『違う』とか言い始めた。なおも引き下がらない、しつこい男に対して女は『いや、やめてよ』と言った。これが正解だよ」

 本当に「これが正解だ」と言ったなと呆れたが、確かに、俺の考えよりは筋が通っている気がした。

「チャンスだぞ、椿」

「何がだよ?」

「あの女は今、困っている。ピンチだ。それをダークヒーローのお前が助けてやれば、あの女はお前にイチコロだ」

「そううまくはいかないだろ」

「いや、うまくいく。よかったな、これで『彼女いない歴=年齢』を卒業できるぞ」

「なっ、なんでそのことを知ってるんだよ?」

 がんばれの意味なのか、親指を立てて言う天使を問い詰める。

「いや、高橋さんに貰った、お前の情報が書いた紙に書いてあったんだよ」うそだろ…だって、

「だって、それ失くしたんだろ?」

「失くしたよ。でも、失くす前に一回、全部目は通してあったんだ。それで、偶然、憶えていた」

 ニヤニヤしながら天使は言った。たぶん、こいつは俺の情報で、俺の弱みになりそうな部分だけは読んできたのだろう。

「ふざけんなよ!そんなことも書いてある紙失くしたのかよ!」

「だから、最初に謝っただろ。アメやるから許せよ」

「いらねぇよ!」

 最悪だ。もしかしたら、俺が思っていた以上に、その俺の情報が書いてある紙には俺のことが書いてあるようだ。勘弁してくださいよ、高橋さん。

 これはもう、さっさと仕事を切り上げて、この天使がなんと言おうと、その紙を探させる必要がありそうだ。

 紙のことは一旦忘れて今はさっさと仕事をしよう、そう思い、揉めていた男女の方に再び意識を向けると、「なんだよ。」とか「バカなこと言わないで。」とか、更に白熱したバトルになっていた。

 さて、どうしたものか。

 ここで普通に、「まぁまぁ、落ち着いて。いったいどうしたんだね」「この人がナンパしてくるんです」「こら、よしなさい」「ごめんなさい」とか言って、仲裁するのはダークヒーローじゃないだろう。つーか、これだとヒーローでもない、ただのおせっかいなおっさんだ。

 自分で考えていてもいいアイデアが思い浮かばなかったので、現役で、少なくとも俺よりは経験のある天使に訊いてみようかと思った。いや、こいつのことだから、めんどくさがって、「はじめましてってことで、一回自分だけの力でやってみな。」とか言うかもしれない。

 まぁ無駄かもしれないが、天使に訊いてみると、「はじめましてってことで、一回自分だけの力でやってみな。」と言われた。大正解。

 さて、自分で考えていても仕方ない、天使はダメ、時間もない、めんどくさい。

 ということで、ヒーローなら多少の暴力も悪に向けるなら許容範囲だろう、ダークヒーローなら尚更だ、という判断に至り男を殴ることにした。

 天使の代わりに人助けをして、悪に罰も与えるのだ。

 俺の存在にまだ気づいていないようなので、パッと行って、ガツッと殴って、女の子がキャッという作戦に出た。シンプル・イズ・ベスト。

 決断しイメージしたら、則実行。

 パッと行って、ガツッと殴ったら女の子がバンッ。

 …あれ?



 女はピストルを持っていた。

 俺が殴った男は、予定通り壁に寄り掛かるようにしてのびていた。

「彼に何するのよ!」

 彼?俺が殴った彼が彼?彼ってあの彼の彼?

 ちっとも俺の予定通りに行かず、いきなり自分の彼氏を殴った野蛮人に対して威嚇するようにピストルをかまえて女は立っていた。つーか、さっき威嚇射撃で一発撃っていた。

 こんなつもりじゃなかったが、臨機応変てことで、気を取り直す。

「お嬢さん、なんでそんな物騒なモノ持ってるの?」

 俺は、一般人であろうこの女がピストルを手に入れた経路を聞いたつもりだったが、「彼が、別れ話をしそうな気がして。だから、彼と別れるくらいなら、もう他のことはどうでもいい。彼を殺して、私も死ぬことにしたの」と、涙目に冷たい笑いを浮かべて言われた。あっそう。

 いつの間にか天使は俺の隣に立っていた。

「なぁ、椿。何とかしてあの女を助けて、惚れられたとしても、あれはやめた方がいいと思うぞ」

「奇遇だな。俺もそう思う」

「しかし、女の嫉妬ってのは怖いな」

「あれは嫉妬なのか?執着って言うんじゃないか」

「似たようなもんだろ。それにしても、あのピストル本物だぞ。弾が出た」

「見てたら止めろよ」

「いや、モデルガンかと思ったんだ。天使はピストルに詳しくなくてな」

「やっぱり弓矢派なのか?」

「よくわかったな」

「なに、ごちゃごちゃ言ってんのよ!撃つわよ」

 さすがにしびれを切らしたのか、女が割って入ってきた。

 しかし、女の興奮を無視して天使はニヤけ顔で俺に話しかける。

「撃つってよ。どうする椿?」

「どうする椿って、お前もそこにいたら危ないだろ」

「なんだ、心配してくれるのか?」

「まさか」

「大丈夫だよ。天使にピストルは当たらない」

「そうなのか?」

「たぶんな」

「たぶんかよ」

「だって、当たったことないし。もし余裕こいて当たって死にました、なんていったら笑い者だろ」

「高橋さんなんか、爆笑するんじゃないか?」

「するな。あの人は」

「いい加減にしなさいよ!」

 女の我慢も限界らしい。やっと女の興奮状態に気づいた天使は、女の方を見て驚いている。

「どうやら、あの女はご立腹らしい」

「気づいてなかったのかよ」

「さっさと片付けよう。いいか、椿。はじめましてってことで、一つヒントをやるよ」

「長くなるか?」

「まさか。いいか、お前の〝力″についてだ。お前らの持つその力は『中二病』からきているらしいな。その力ってのは言ってしまえば〝願いを叶えやすくする力″だ。強い願いが強い力になる。ピストルを躱す速さがほしけりゃ願え。お前のその『中二』みたいな発想力で、この仕事を片付けて見せろ」

「まだマシだが、やっぱり長いな」

「…死になさい……」

 話の長い天使に嫌気がさしたのか、それとも天使は見えておらず、一人で喋る狂人が怖くなったのか、女は俺に向けてピストルを撃った。

 まぁ、当たらないけど。

「お前の言った俺の〝力″のことくらい知ってんだよ。俺は修業を積んできているんだ」

「楸さんな」こんな場面でもそれか。

「それに、俺は『中二』じゃねぇ。この世界の〝主人公″だ!」

「「はぁ?」」

 天使なのか、女なのか、それとも両方か、そんな間抜けな声が聞こえた気がした。

 そんな声を無視して、俺は地面をけった。

 女は自分に迫ってくる主人公の存在に今更恐怖したのか、銃を連射してきた。

 まぁ、当たらないけど。

 この女は知らないかもしれないが、本当の「主人公」ってのは、走るだけでピストルくらい避けれるんだよ。むしろ、弾の方が俺を逸れていくくらいだ。つーか、こんな女が撃つピストルに当たってたら主人公じゃないだろ。

 さて、どうやってしめよう。

 やっぱり、ヒーローのとどめといったらパンチだよな。

 でも、女を殴っていいのか?

 まぁいっか。

 俺は、ダークヒーローになるんだし。



「うわぁ~。女殴ったよ、こいつ」

 非難する言葉とは裏腹に、ニヤニヤしながら天使は近づいてきた。

「うるせぇよ。ピストルと拳だったら、拳の方が弱いだろ。俺は、強すぎる武器は持ちたくないんだ」

「なんだそれ?」お前のセリフだよ。やっぱりこいつ、考えて喋ってないんじゃないか。「あぁそれと、この世界の〝主人公″だ、ってなんだよ、椿?」と、苦いものでもかんだように言ってきた。

「なんだよって、言葉どおりの意味だよ」

「お前、マジで言ってるの?」

「なんで?」

「いや、ホントかよと思って。お前すごいな」何をいまさら。

「あっ、そういえば、お前の予想外れてたじゃねぇか。何が、男がナンパしてて女がピンチだ。むしろ、あのままだったら彼がピンチだったよ」

「細かいこと言うなよ。それに、お前じゃなくて楸さんで、さらにお前の予想も当たってないじゃないか」何言ってんだ。

「多少の齟齬はあったが、カップルの別れ話っていうのは正解だろ」

 その時、俺の視界の隅で、何かが動いた。忘れていたが、俺が殴ってしまった、彼だ。どうやら意識を取り戻したらしい。

 ここで天使と言い合いしてる場合じゃなかった。勘違いで天使の仕事の犠牲になった、この無実の彼が、意識を取り戻して俺たちに怒鳴りかかってくるかもしれなかったのだ。

 天使もそのことに気づいたらしく、目配せをして逃げようといってきた。

 しかし、逃げること叶わず。彼に背を向けて走り出そうとした時、彼に腕を掴まれた。

 どうする?

 悪者退治の犠牲になったついでに、もう一度殴って寝てもらい、ヒーローが逃げる犠牲にもなってもらおうか。一度も二度もあまり差はないだろう。重要なのは一か零かだ。

 しかし、殴ることも叶わず。彼を殴ろうとしたら、彼に抱きつかれた。思わず足、というか膝が出るところだった。

 俺の膝から運よく逃げた彼は、涙目でニヤついた顔で言った。

「いやぁ~助かったよ。実は彼女、僕と付き合ってると勘違いしてたみたいだったから、それとなく訊いてみたら怒り出してさ」

「はぁ?」

「だから、付き合っていない、違う、君の勘違いだ、って言ったんだけど、彼女なかなか認めてくれなくてさ」

「なるほど。それで、『違う』とか、『いや』とか言ってたのか」

 天使が横から口をはさむ。

「そうなんだよ。それから、何を言っても納得してくれなかったから、言いたくなかったけど思い切って、僕がゲイであることを伝えたんだよ」

「あぁ~。『僕はゲイ、なんだよ』に対しての『バカなこと言わないで』だったのか。ていうかキミ、ゲイなの?」

「うん。それで、どうしようかと思っていたら、君に殴られたんだ」と、そこで彼は俺を見た。

 ちょっと待て。まずい。

「びっくりしたけど、気絶する前に殴った君の顔が見えたんだ」

 ヤバい。

「それで、僕ってすこしМだろ」知らねぇよ。

 天使はこの先を察したのか、笑いをこらえてピクピクしていた。

「もしよかったら」そこで一度話を止めると、彼は、持っていたカバンから紙とペンをとりだして、何かを書き始めた。「はい、これ。僕のメアド。よかったらメールしてね。ヤバッ、もうこんな時間だ。僕バイトに行かなきゃ」

 じゃあね、と言って彼は走って行った。

 天使は我慢していたものを一気に吐き出すように、げらげらと笑い始めた。

 俺は、今の一瞬にあったことを受け止めきれずに、放心したまま立っていた。こんな紙より、俺の個人情報を書いた紙を彼が偶然くれたら、抱きしめてあげることくらいはしたかもしれないのに。

「よかったな、椿。ピンチの彼を救ったら、どうやら彼はお前にイチコロになったようだぞ」笑いながら俺をバシバシ叩いて言った。うるせぇし、痛ぇよ。

「それで、どうするんだ?この後」

「どうするって、俺の個人情報書いてある紙を探すんだよ」

「いや、そっちじゃなくて。彼にメールするのか?」

「しねぇよ」

 するわけないだろ、と天使を蹴った。ホントは羽を引き千切ってやりたかったが、ケツキックで我慢した。そういえば、キックは当たるんだな。ピストルがこいつに当たればよかったのに。

「まぁまぁ。取り敢えず、これが天使の仕事だ」と天使は言う。「予定とは違ったようだが、お前はピンチにあった男性を救い、男性と心中しようとしていた女性を殴って罰を与え、結果としてはその命を救ったといっていいだろう」

「この女はどうするんだ?」

「とりあえず、俺の持つライセンスでは、このぐらいで充分だろ。ピストルは危ないから俺が貰っていく」と天使は、地面に転がったピストルを手にした。

「天使は弓矢派じゃないのか?」

「弓矢派だよ」そういう割には、ピストルを構えてはしゃいでるように見えるが。

 一通り楽しんだ後、天使はまた話し始めた。

「どうだった。天使の仕事は?」

「微妙」正直、微妙だった。

「だが、普通とは言い難い状況で、結果人助けをし、みんなとはいかなかったが、彼に好かれたんだぞ。ダークヒーローじゃないか」

「あんなのが、ダークヒーローなのか?」

 あれがダークヒーローだったら、俺はゲイにばかり好かれることになる。そして、さらに「彼女いない歴=年齢」の記録を伸ばしてしまう。まぁ、確かに人助けすることはできたようだが。

「なんだよ、不満なのか?」

「いや、不満じゃないけど…」

「じゃあ、あれでよかったか、高橋さんに聞いといてやるよ。どうせ仕事の報告に行かないといけないし」

「…頼むわ。」

 そういうことで、今日のところは、俺と天使はここで別れることにした。

 羽も出さずに飛んでいく、浴衣の天使を見送りながら思った。

 あっ、俺の個人情報書いてある紙、どうしよう。

 なんかダルいな。

 せめて、だれも見ることなく消滅しますように。祈ってどうにかならないかな? 


読んでいただき、ありがとうございます。


主人公含め、若干(かなりかな?)変わり者な人たちが出てきます。

不快に感じるかもしれませんが、寛大な御心で見ていただければと思います。


ここで書くことではないかもしれませんが、大体十話で一つの話とするつもりです。もちろん、一話毎に独立させたものにはしますが。なので、長い目で見ていただければと思います。

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