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皇龍后龍  作者: 紅猫
第二章 ~銀竜都・龍殿~
12/14

誇りは、命に刻まれて

「竜の背に乗るなんて、貴女、一体何考えてるの!?」

 庭から続く一階の医務室に、その声は轟いた。

 マリアの頬に薬を塗る医師さえも萎縮させる女の声は、キィキィと喚き立て責め立てる。

 吹き荒んだ風が巻き込んだ植物の葉が擦れてかぶれてしまった頬に薬を塗られながら。

 今にも飛び掛りそうな剣幕の女からマリアを庇うように立ち塞がっているウルスラの背中越しに、マリアは女を見上げた。

 肩に触れない長さで切り揃えられたくすんだ銀色の癖の無い髪が目を惹く。

 目覚めたあの時に薬湯を運んできた女性だ。

「守護竜代理のウルスラ様に乗ったなど恐れ多いっ……無知にも程があります!!」

 甲高い、頭に響く女の声が、荒くなる。

 さらに、女は眉尻を跳ね上げて、ウルスラへ矛先を変えた。

「ウルスラ様もウルスラ様です!

正式な巫女でもない娘を背に乗せられるなど!」

「……君には関係無いよね?

誰を背に乗せるかは、俺の意思だ」

 噛みつきそうな勢いで言い募る女に、ウルスラが返す言葉は酷く静かで。

 対する女は反論されたことに勢いを増して顔を上気させる。

「外聞と言うものがありますでしょう!

守護竜代理であられると同時に騎士団長代理でもあられるのです!!

この娘が身の程を知らぬまま付け上がったらどうなさるのですか!」

 深い溜め息を吐き出して、ウルスラは頭を掻きむしった。

 マリアが女から視線をずらして見れば、ゆるい癖のある青銀色の髪が変わらずふわふわと揺れている。

 落ちるときに鬣を掴んでいれば、まず無事ではなかっただろう。

 掴まずに良かった、マリアは心の中で盛大に安堵の溜め息を吐き出した。

「君ね……竜に“外聞”を説いても無駄だ、って言ったよね。

ついでに、理解出来ないからもう言わないで、とも言ったよね。

それに、“付け上がる”って言うのも理解に苦しむ……皇龍様に乗った、とか言うならそれは流石に凄いと思うけど、俺は正統な守護竜でもない、ただ代理をしてるだけの眷族竜だし、それに、俺たち風竜……特に俺は“基本的”に乗せる人間を選り好みしない。

守護竜だった“団長”も、騎士はもちろん老人や子供も乗せていたよ」

 背中をむけたままのウルスラの顔はマリアからは見えない。

 しかし、その声は不思議と寂しげで、懐かしい思い出を語るような、穏やかな音を含む。

「二十五年も行方をくらませているお方が何です?

二十五年も職務放棄しているのですよ!」

「……見てきたように言うね」

「何か間違いでもございましたか?

大体、守護竜は亡くなられているのではと、噂さえ立っているではありませんか……騎士団長としても国の象徴たる守護竜としても、恥さらしも良いところですわ」

 ふと、風が吹いた。

 ウルスラの騎士服の裾がはためき、マリアのスカートが揺れる。

 何処から吹いてくるのだろうと、マリアは視線を巡らせた。

 庭から入ってきた扉も、廊下へ続いているだろう扉もきちんと閉まっている。

 大きな硝子窓も、きっちりと閉められていて、風が流れ込みそうな隙間は見当たらない。

 それなのに、風が吹いている、と言うよりも空気が動いている。

 ウルスラと女は対峙したまま動いていないし、医師は薬を片付けにいつの間にか席を立っていてここにはいない。

 マリアも診察用の椅子に座ったままで一歩たりとも動いていない。

 だと言うのに、空気が動いて風を起こしている。

「たかが二十年程しか生きておらぬ人の子が……我ら竜の本質を何も知らぬ小娘が、我が主を語るなど、厚顔無恥も甚だしい」

 空気を震わす声。

 酷く低いそれは、震えていた。

 含まれるのは、憤りと、怒りと、蔑み。

 よく見れば、風はウルスラを中心に渦巻いているようだった。

 微かな塵が風に舞い煌めいていて、それがウルスラの周りを回っている。

「……わ、私はっ!」

「キイキイと、耳障りな声だ……」

 息を飲み後退る女は、顔を恐怖で歪ませながらもさらに何か言い募ろうとするが直ぐに口をつぐんでしまう。

 深い溜め息がウルスラの口から溢れて、その手が動く。

 指差すのは廊下へ続く扉。

 空中で、手が取っ手を回すような動きをすると、離れた扉の取っ手が動いて開け放たれる。

「我らの前から、失せろ」

 厭う物を退けるように、ウルスラの手が払われて、それはそれの意思に反して動き出した。

「な、ぜ……っか、体が…っ!」

 ウルスラの周りを巻いていた風が、ウルスラが払った手によって誘われるように女へ動き、その体を押し動かし扉の外へ押しやっていく。

「さぁ、行くが良い……」

「や……ちょ、っ何で!?」

 さらに重なるウルスラの言葉に、風は強さを増して女を押し動かしていく。

「まだお話しは、終わっては」

「お前の声は耳障りだと言ったはずだ……失せろ、小娘…」

 ぴしゃりと女の言葉を遮るように放たれたウルスラの声は冷たく、同時に風は女を医務室の外へ押し出し、さらに扉が閉められる。

「――――、……――――!」

 締め出された女が何かを喚き扉を叩くが、何を言っているのか全くわからない。

「あー、もう……何なの、あの声」

 言うなり、ウルスラは頭を抱えてその場に蹲った。

 頻り米神を押さえて揉み解すように指を動かしている。

「あたま、いたい?」

 椅子から立ち上がり、ウルスラの隣に屈み込むと、再び頭を撫でる。

 ぽかんと口を開けて驚くウルスラの顔は記憶に新しいがそんなことはそっちのけで、マリアは頭を撫で続けた。

「……怖くないの?」

「なにが?」

 首を傾げるウルスラに、マリアも首を傾げ返す。

 何が、怖いと言うのだろうか。

「ウルスラは……わたしに、いかったんじゃ、ないでしょ?

それに、いかりで、たいどがかわるのは、あたりまえだわ」

 マリアは、真の喜怒哀楽は理性を越えるものだと考えていた。

 怒りに見えない怒りは、深層心理で納得され理性で抑え込まれ隠される程度のものだったか、もしくは怒りを向けられた相手が怒りと気付かぬ程の鈍感か。

 そのどちらかでしかあり得ないとも思っている。

 露にされた真の怒りには、どんなものにしろ、その片鱗が見える。

 例えば。

 言葉が丁寧になったり荒くなったり。

 口調がゆっくりになったり早くなったり。

 声が小さくなったり大きくなったり。

 顔が赤らんだり。

 鳥肌が立ったり。

 力が入って体が震えたり。

 人によって千差万別ではあるが、怒りが露になった際に平時と同じである人など、いない。

「しゅごりゅうを、けなされたの、イヤだった?」

「……うん」

 頭を撫でるマリアの手になされるがまま、ウルスラは俯いて頷いた。

「威厳とか、見栄とか、そう言うのは、あんまり理解できないんだけど……誇りはあるんだ」

 小さく呟いたウルスラは、弱く笑った。

 怒って疲れ果てた子供のように力無く、ポスリとマリアの肩に顔を埋める。

 ふわふわの青銀色の髪が揺れて、マリアの頬を擽る。

「竜は全て、自らを統べる主を誇る。

例えば、俺は眷族竜だから、主である守護竜を誇るし、さらに間接的に、守護竜の主である皇龍様を誇る。

そう言う風に、命に刻み込まれているんだ。

だから……貶されてしまうと、命ごと、怒りに狂う。

貶された時点で命を抉られているから心がとても痛いし、狂うと攻撃的になって無駄に精霊に訴えてしまうせいで体力消費も半端無いし……ついでに、あの子の声は頭に響くし……もう、やだ」

 大きな溜め息を吐き出しながら、マリアに擦り寄るウルスラは、まるでむずがる子供のようで。

 外見年齢と実年齢が違う意味で噛み合わないはずの竜であるはずなのだが、その事実を吹き飛ばしてしまう程に、その仕草はあまりにも幼い。

「まぁ……ひていは、しないわ。

すごいこえだったものね……」

 ふと、マリアは村にいたずんぐりむっくりした農耕馬を思い出した。

 大きな音に驚いていたような気がしなくも無い。

 ウルスラの憔悴様は、慰めずにはいられない程だ。

 事実、マリアにとっても頭に響く耳障りな声だったために苦笑いを禁じえない。

 いつの間にか静かになっていた扉を見遣りながら、ウルスラの背中を擦り、頭を撫でる。

「マリアちゃん、優しいね」

「ふつうでしょ」

「それに、懐かしい匂いがする……この辺から」

 マリアの胸の中心を指して、ウルスラが呟く。

 そんなウルスラに、それまで浮かべていた苦笑いを引っ込め、表情を冷たく凍らせると、マリアは深いため息を吐き出して。

 心配して損した、と内心で毒吐くのだった。

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