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皇龍后龍  作者: 紅猫
第二章 ~銀竜都・龍殿~
10/14

純銀の花、準銀の騎士

 七日間。

 言い渡された、受け入れがたい現実に、マリアは熱を出して寝込み続けた。

 その間、激しい雷雨は続き、久し振りの快晴と共に、ようやく部屋から出歩く許しをもらったのである。

 部屋から出歩くマリアが今身に付けているのは、かの女性が着ていたものに似た白い服だ。

 詰め襟、袖口に向かって広がる袖、胸下で結ぶ銀の組み紐。

 しかし、マリアの着るそれは上着で、両脇に切れ込みが入り、前後共に膝辺りまでの垂れが出来るような形になっている。

 その下には踝丈の細かく波打つスカートを穿いているのだが生地が大きく使われているせいか、走れば足に絡んで転びそうだ。

 村から着てきていた服は谷津波に巻き込まれた為に、繕ったとしてももう一度着られるような状態ではなかった。

 貸してくれた服に文句は言えず、慣れない服装で、マリアは建物の廊下を歩く。

 建物は全て白い石造りで、廊下は長い上に幅も広く、その床には柔らかな絨毯が敷かれて靴音を吸収する。

 建物の内部側の壁にはところどころに扉があって、全ての柱には同じ花飾り。

 外部側の壁には、等間隔で大きな硝子の窓があり、外には広い庭と、白い壁と、対岸が霞むほど遠くにある水辺。

 庭には様々な植物が植えられている。

 青々とした葉を繁らせる迷路のような生垣があれば、低い花木が白い石造りの東屋を囲っていたり、中央には池があって、水草だろう植物が花を咲かせている。

 その植物のどれもが、白星の昼の光を浴びて、何処かしら煌めいている。

 国色を持つ植物が、集められた庭園なのだ。

 その庭園を守るように高い白壁が一枚聳え立っている。

 壁の向こうの水辺は広く、対岸は霞むほど遠くにある。

 しばらく廊下を歩き続けると、ようやく階段が現れた。

 やはり絨毯が敷かれ、手摺には彫刻が施されていて触るのも躊躇われてしまう。

 そして、やはり、幅広い。

 不浄以外、ほぼ寝た切りで七日間過ごしていたせいか、階段を降りると言う行為を想像するだけで、体が疲労感を訴える。

 そして。

「…む、…り」

 マリアの喉は炎症を引き摺ったままだった。

 痰が強く絡まる喉は全く治る気配を見せず、声を出そうにも不快な雑音混じりでどうにもならない。

 階段に座り込むと膝を抱えて蹲る。

 服が汚れるとか髪の毛が床につくとか、そう言うことを気にかける余裕は、今のマリアには無かった。

「ほん、と……なに、ここ…」

「銀の国で、皇龍様の島に一番近い場所さ」

 独り言として呟いたマリアの声に、答えが返る。

 驚いてマリアが顔を上げると、下の階とマリアがいる階の中間にある踊り場。

 いつの間に来たのか、男がひとり立っている。

 マリアを見据え階段を昇ってくる。

「初めまして、純銀ちゃん」

 最上段に座るマリアと、視線が同じ高さになるまで近付いて。

 男は笑った。

 灰色に近い銀色の上着は腿までの丈で詰め襟のしっかりした造り。

 両肩には肩章、右の肩章から左の肩章にかけて銀の組み紐が胸元を通るようにして垂れ、さらに左の肩章から脇下を通り後ろへ回っている。

 下は上着と同じ色の生地で出来た折り目正しいパンツを、膝までの高さの濃灰色の編み上げブーツに入れている。

 髪は薄く青みがかった銀色で、前髪は左右非対称で右目側を長くして耳へかけ、後ろはふわふわと空気を含むような癖がある。

 目は、髪と同じ、薄く青みがかった銀色だ。

 見知らぬ男の言葉に、マリアは首を傾げるしかない。

 純銀とは何か。

 マリアを見て言っているのだから、マリアを指しているのだろうが、マリアはマリアであって、純銀などと言う名前ではない。

「じゅん、ぎ……?」

「君の髪の毛、純銀だよね」

 男が指差す先は、やはりマリアの銀の髪。

「かみ、ぎん」

 背を流れ床に広がる髪の一房を掴んで見る。

 いつもと変わらない、銀色の、見事過ぎる癖っ毛。

「……まさか、純銀を知らない?」

 この男は何が言いたいのか。

 見れば驚きからだろう目を見開いてマリアを見つめている。

 知らないものは知らない。

 ならば、聞けばいい。

「ぎん、と…じゅん、ぎん……ちが…う?」

 問いで返せば、男は自らの顔を片手で覆うようにすると、大きな大きな溜め息を吐き出した。

 ついで、マリアの一つ下の段に腰掛ける。

「国色には純色(じゅんしょく)準色(じゅんしょく)がある。

純色の銀と言う意味で純銀……この純は純然、純正、純粋、純潔を指す。

対して、準色の銀と言う意味で準銀……この準は、純に準ずる、と言うこと指す」

「どっちが、おおい?」

「そりゃ準銀に決まってる。

俺の髪も目も準銀色だし、この服も準銀色で……この紐が一番純銀色に近いけど、それでも準銀だ」

 小さい溜め息を混ぜながら答える男は、胸元に垂れる紐を持ち上げて見せる。

 それは、言われて見れば男の服装の中で一番煌めいていて、マリアの髪の色に似ていると言われれば似ているかもしれない。

「因みに、純銀は本当に珍しい。

君が来るまで、この龍殿にあった純銀は、銀風花(ぎんふうか)だけだった」

「……はな?」

「それも知らない、か」

 深い溜め息が男の口から溢れた。

 同時に男は立ち上がり歩き出す。

 数歩歩いたところで壁の前に着き、マリアを振り向いて手招きする。

 何だ、とマリアも立ち上がり歩み寄れば、男は柱の前に立っていた。

「これが銀風花」

 そう言って男が指差したのは全ての柱に飾られていた花飾りだった。

 けれど。

「ぎん、じゃ……ない」

 そう、その花飾りの花は銀ではなかった。

 特に気にも止めていなかった花飾り。

 それは、全てが全て蕾で、固く閉じていたからだった。

 それでも花飾りだとわかったのは、その蕾が薄桃色や薄空色のように淡色をしていたからで。

 現に、目の前にある花飾りも例に漏れず、その蕾を固く閉じている。

「そりゃ、蕾だから……ちょっと待ってて」

 男は、今度は窓辺に向かって歩き出し、一つの窓を開け放つと、直ぐに戻ってくる。

「それじゃあ、ちゃんと花を見ていてね。

俺の言葉では、そんなに長い時間言うことを聞いてもらえないから」

「……?」

「ほら、ちゃんと見てて」

「……うん」

 男の言葉はマリアの疑問を誘うが、花を見ろと言われてしまえば視線を花飾りへ戻すしかなく。

 隣に立つ男はマリアよりも顔半分くらい背が高い。

 視線を花へ戻す途中に、男の右肩袖に縫い付けられた軍章が視界を掠めた。

 銀色で四足の有翼獣、銀竜だ。

 と言うことは、この男は、銀竜騎士団の騎士なのだろう。

 男の身柄がわかったところで、花飾りを正視する。

 その男の頭より少し高い位置にある花飾りは、変わらず蕾を閉じている。

 何があると言うのだろう。

「Al widy

Ow wis

Tech,col frow」

 まただ。

 また母の歌と同じ言葉。

 今すぐ男を問い詰めたい衝動に駆られるが、今はまずは花だ。

 堪えるようにスカートを握り締めて花を見据える。

 変わりはない。

 が、ふと、窓の方から風が吹き込んで来た。

 男の髪を、男の銀の紐を、マリアの髪を、マリアの巫女服を、そして、壁の花飾りを揺らす。

「!」

 途端に変化は訪れた。

 蕾が、おもむろに開き始めたのだ。

「風が触れることで咲く花を総称して風花(ふうか)と言うんだけど……これは、銀色の風花だから特別に銀風花(ぎんふうか)って呼ぶんだ」

 男が言葉を連ねる内にその花は開ききった。

 花弁は八枚。

 花芯は黒色で丸く、その周りをまず四枚の花びらが守るようにくるむようにあって、さらにもう四枚が内の四枚に重ならないように外側で開いている。

 花弁の内側は、マリアの髪と全く同じ銀色だった。

 しかしそれよりも、驚くべきは。

「くろ……」

「純銀はこの花しか持っていないかったからね……例え黒色を内包していても、純粋な国色には変えられないさ」

 吹いていた風はいつの間にか止み、銀の花はゆっくりとその花弁を閉じていく。

「他の風花は大体が花木なんだけど、この銀風花だけは全て花だけの存在でね。

根が無いから土要らずの水要らず、葉が無いから光要らず……それなのに、枯れることが無い」

 閉じてしまった蕾に伸ばしていた手を、マリアは止めた。

 植物にも色々ある。

 しかし、どの植物も動物と同じく糧を必要とする。

 得る方法は多種多様だが、糧を必要としない植物など、有り得ない。

 マリアの知らないもの。

 そんなもの五万とあるだろう。

 実際、風花という花をマリアは知らなかった。

 けれど、男が言うには基本は花木らしいから木につく花が花粉等を運んで貰うべく風に反応して咲くのだろう。

 しかし、これは。

「……ほんとに、しょくぶつ?」

 この銀風花は、常識はずれもいいところだ。

「そう思うよね」

 男は苦笑しながら窓に向かう。

 窓を閉めずにその場で振り向いた男の顔は窓から射し込む光で逆光になり、薄く青みがかった銀色の髪と、銀の服が相俟って、非常に眩い。

「俺も気になるんだけど、何せ創った御方が長いこと行方知れずでね。

俺の上司なんだけど……かれこれ、二十五年くらいになるかな」

 逆光で男の表情は見えない。

 しかし、男の口から飛び出た言葉は、有り得ないものばかりで。

「あなた……いくつなの?

……それよりも、はな、つくった……って、どういうこと?」

 目の前の男は、どう見てもマリアに歳近い、青年だ。

 さらに、この銀風花を創った者を知っているような、そんな口振りだった。

「ん?」

「あなたの、ことば……いろいろ、おかしい」

「そう?」

 首を傾げるばかりで、男は笑う。

 痺れを切らして、マリアは男に詰め寄った。

 近付き男の影に入ることでその表情もよく見える。

 変わらず、男は笑い続けていて、困ったように頬を掻く姿は、本当にただの青年だ。

 しかし、マリアの内で、何かが訴えてくる。

「……ひと、じゃ…ない?」

 その問いは無意識の内に飛び出ていた。

 男の言葉の端々に浮かぶ異質なもの。

 目の前の男の容姿はどう見ても人と変わらないのに。

「あなた……なん、なの?」

 マリアの言葉が早いか否か。

 男は楽しげに笑みを深めると、開け放たれたままの窓へ背中から落ちて行った。

「っ!」

 目の前で投身に思考が凍りつく。

 と同時に男を追いかけるように窓辺に駆け寄り、男の安否を確認するために身を乗り出そうと動いた。

 が、マリアの動きは強く吹き込む風によって押し止められた。

 その風は自由にさせたままのマリアの銀色の長髪を踊らせ、同時に廊下に飾られた銀風花の花飾りを近いものから順に咲かせていく。

 しかしマリアがそれを見ることはない。

 マリアの視線はその風を起こす存在に捕えられていた。

 それがマリアのいる窓にふわりと近寄る。

 毛並みは総じて薄く青みを帯びた銀色。

 細く長い四本の足、体はその足に似つかわしくない程の肉つきで。

 太く長めの首、脊椎に沿ってはえる鬣は少し短いが緩やかに波打ち風を孕んで揺れる。

 面長の顔に毛並みと同色の瞳で、その目を縁取る長い睫毛が目を惹く。

 馬だ。

 しかし、その背にある羽毛で覆われた一対の大きな翼がそれを否定する。

 それは、銀の国の守護竜である銀竜が従える、眷属竜。

 風竜だった。

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