1-1 <腐りゆく実>
レジナルドは、友からの手紙に言葉を失う。
レゴリスは同盟国バルマの防衛の為遠征に出て三ヶ月、闘いは決着を見せたようで、一部部隊を残し帰国の途についていた。明後日には、王都アルバードで一緒に酒が飲めるなと思っていたところに、早馬でとんでもない手紙が友から届く。
『ロンサリア地方にて異変あり、マギラ軍の侵攻を受けている模様。国境にて軍を再編し六千の兵率いて現地に向かう。詳細分かり次第連絡する』
王国アデレードが十七年ぶりに、他国による軍事侵攻を受けるという最悪な事態が起こったのだ。
レジナルドはその報告書を読み、ただちに旅団を王都からも向かわせ、部下にさらなる情報の収集を指示してから、王にその事を報告し元老院のメンバーを招集するために王宮へと急ぐ。
元老院本部は慌ただしく異様な緊張感に満ちていた。レジナルドの顔をみた元老院の議員が、慌てて駆け寄ってくる。
「今、お呼びに行く所でした! どうか元帥と共に会議室へいらして下さい!」
その様子に、すでにマギラ侵攻の情報が伝わっていることを理解する。
「ロンサリア地方の件だな。まもなく元帥もコチラにこられる」
レジナルドがすでに情報を掴んでいることに、驚いた顔をしたが、それどころじゃないようで足早に離れていった。
会議室に入ると、すでに詰めていた元老院のメンバーがすがるように、レジナルドのほうを見る。
いつもなら、思い通りに動かないやっかいな存在として、煙たがっているというのにこういう時だけ頼る、何とも身勝手な我が儘な奴等なのである。
今回の件は、戦い自体はさほど長引くことなく収束するであろうと踏んでいた。
ロンサリア地方への直接侵攻となると、細い鳥道を使うしかない。マギラが利用した鳥道は細く大部隊を動かすのに向いていない、その為多くても一旅団を動かすのがせいぜい。
おまけにレゴリスの反応が早かった。紫龍師団長である彼が率いる部隊をもってしたら撃退もたやすいだろう。
問題は、今回の侵攻がアデレードに与える影響である。
レゴナ川の恵みにより生まれ、発展していった王国アデレード。
ファーディナンド大陸の南西に位置し、農作物の育成にも適している。またその国土は豊富な地下資源をもつ。大陸で最も恵まれた環境の国といえる。
山に囲まれた土地は防衛にも適していた。強力な軍隊と豊富な農作物や資源の存在、それこそが外交の武器となることがアデレードを比較的政治の安定した平和な国へとしていた。
しかし、皮肉な事にその慢心と、平和で穏やかな年月が、静かにゆっくりと政治を腐らせていくことになる。
素晴らしい芳香を放っていた実が、やがて腐の香りを漂わせていくように、アデレードも腐り始めていた。
おそらくこのままだとアデレードという実は、自らの形を保つことも叶わなくなり、大地に落ちてしまうのも時間の問題だっただろう。
そんな空気が澱み濃厚な腐の香り漂うアデレードに新鮮な風を吹き込んだのは、外敵の脅威だった。
大陸の東にあるアラゴール皇国とマギラ皇国が、目覚ましい勢いで侵攻を始め勢力を伸ばし始めてきたのだ。アデレード内において軍というものの存在意義が高まらざるを得なくなる。
政治を司る元老院と、王弟子レジナルド率いる王国軍の力関係に、微妙な変化をもたらす結果となった。
王と王子を駒として手中に収めていた元老院としては、面白くない状況。しかし今の世界情勢下だと、王国軍を頼わざるを得ない、なんとも悩ましい事だろう。
レジナルドとしても、邪魔である自分を、隙あらば排除しようとしてきた敵を背後に、アラゴール皇国とマギラ皇国の連合軍相手に戦わねばならない。コチラの方が腹立たしい状況である。元老院の気持ちなんて知ったことかというのが正直な気持ちなようだ。
かといってこの状況下内紛を起こすわけもいかない。隙をみせようならアラゴール皇国とマギラ皇国連合軍どころか、同盟国もどういった行動をおこしてくるか分からない。今は耐えるしかないことが、もどかしい。
元老員と王国軍、アデレードと近隣諸国同盟軍、アラゴールとマギラ連合軍、あらゆるものが危ういバランスで成り立っていた。
そんな状況で起こったのが今回の事件なのである。