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忽雨  作者: ゆきのひ
三章 変化
19/26

19話 独占

朝、雀の声で目が覚めた。

築古のアパートでも、雨上がりの朝は悪くなかった。


晶が目を覚ますと、晴はすでに起きていた。

制服に着替えて、鏡の前でネクタイを直している。

「おはよう」

「おはよう...どこ、いくの...」不安そうに晶が聞く。


手を止めて晴が答える「学校」

「えっ.....」晶の目から涙がこぼれた。

慌てて駆け寄り、抱き寄せる

「ごめんなさい、急に。夕方には帰るから」

「な、んで....なんで、やっぱり、嫌だったの」


しゃがんで晶と目線を合わせた

「嫌じゃない。けど、やっぱりちゃんと卒業したい」

「卒業...なんて、しなくても...お金なら、何とかする、から....戻らないでっ」

晶がそう言って号泣する。

涙を指で拭った。

「戻るよ。ここに」

晴の声は揺るがなかった。


「卒業したら、もう誰の言うことも聞かなくていい。僕が選んでいい人生だから」

そう言って立ち上がる「待ってて。」

今までの晴らしくない、芯のある声で言った。


「ぁ.....ひとりに..しないでっ!!....俺もいく!!!」


晶の必死な声に振り返る。目が合う。

「うん。一緒に行こう」

「....うん」

晴の目に迷いは無く、晶は頷いた。


「絶対、あの家には帰さないから。」強い口調で晶が言う。

少し笑って「帰らない。あそこはもう、僕のうちじゃない」

「...うん!!」晶はやっと笑顔になった。


二人は同じ家を出て、学校へ向かった。暫くバスに揺られて、並んで歩く通学路。朝日が濡れたアスファルトを光らせていた。


「...晴は、本当に強いね...いつか、離れていってしまいそう」(傍で一緒に壊れたいのに)

寂しそうな横顔を見る

「強くないよ。晶が繋ぎ止めてくれただけ。ありがとう」

晶が照れくさそうに微笑むと、晴も安心したように一緒に笑った。


校門が見えてきた。生徒たちの喧騒が遠くから聞こえる。

晴が足を止めて口を開く。

「離れない」

「うれしい」(なのに、壊したい、壊されたい。この衝動がいつか爆発しそうで怖い。)


晴の靴箱には画鋲が詰め込まれていた。

二人が教室に入った瞬間、空気が変わる。いつもの視線。嘲笑。机の落書き、ごみ。

晴は一つ一つ確認して、ゴミ箱に捨てた。表情は変えない。


「っ.....あ...あれ、おれっ、おかしい、なんでっ、ここ、こわい...はる...」


虐められているのは晴なのに、昨日からの泣癖が取れずにいるのかもしれない。幼児退行と言うやつだろうか。

席に着く前に晶のところへ来た。

いつもと逆だった。守られる側が、守りに来ている。


ポケットからハンカチを出した

「大丈夫。僕がいる」

「ううぅうっ」と縋り泣く。

クラス中がざわついた。あの晶が泣いている──人気者の、いつも笑顔の、あの晶が。


いじめの主犯格がにやりと笑う。

「おい二色ぃ、お前何したんだよーw」

晶が睨みつける、いつもなら笑って交わすはずなのに。


教室が静まった。きらきら笑顔の仮面が剥がれた晶の目は、誰も見たことのない色をしていた。

相手は一瞬たじろいだが、すぐに取り巻きと笑い出す

「なんだよ、怖い顔すんなって。お前らしくないじゃん」


晶の前に立った、小さい背中で。

「席、座ろう」と晴が言う。

「...うん」


チャイムが鳴った。担任が入ってくるまでの数分間、主犯格の男子がスマホをいじっていた。何かを打っている。


担任が言う「出席を取るぞぉお!!」

「次....二色ぃ!」

「はい」いつもより芯のある声で返事した。

担任は、特に何も言わなかった。


───


国語の授業中、主犯格が消しゴムのカスを晴の机に飛ばした。いつもの遊び。

だが、晶は睨んだ。

ひゅう、と口笛を吹く「なに、ヒーローごっこ?」

「....消えろよ」

晶の冷たい声に、教室の温度が下がった。

相手の笑みが消えた「は?今なんつった」


周囲の生徒が息を呑む。晶は笑っていなかった。目が据わっている。

「消えてくれって、言った」

椅子を蹴って立ち上がった

「調子乗んなよ。お前、前からずっと思ってたんだけどさあ、偉そうに──」

「おい、授業中だぞ〜」

注意はそれだけだった。止めもしない。


───


昼休み。主犯格が仲間を三人連れて晶のところに来た

「さっきは随分と偉そうだったなあ晶くん」

取り囲むように立っている。逃げ道を塞ぐ配置、慣れていた。


その時、晶の脳裏に、大人数にまわされる光景が蘇る

(なんで、今までこんなこと無かったのに)

「...あ....や、めて...やだ」

晶の顔から血の気が引いた。この状況が、体を売ってきた記憶を最悪の形で想起させている。囲まれる恐怖。逆らえない構図。


「なんだよ、急にビビってんじゃん。」

「なんか、かわいいねぇ晶くんw」と、一人が晶の肩を掴む。


晴が、その腕を掴み返した。

「やめてください」


「...やめて、触らないでっ、俺以外に...お願い…」


主犯は、そう言って泣く晶に一瞬驚いて、鼻で笑った。

「お前以外にって何?きっしょ」


だが、晴の手は離れなかった。

細いくせに、異様な力で握り締めている。


声は静かだった。けれど目が違う。ハイライトのない虚ろな瞳が、真正面から射抜いている。

「四人がかりで一人を囲むの、恥ずかしくないんですか」


「......あ?」

空気が張り詰めた。普段の晴なら絶対に言わない台詞だった。操り人形が糸を食いちぎった音がした。


主犯が顔を赤くして言う「何様だよお前。テストの点数だけのくせに」

もう一人が晴を突き飛ばした。軽い体がよろけて机にぶつかる。


「...は?だからお前らは取れんのかよ...こんな風に必死に努力できんのかって聞いてんだよあぁ??」晶が髪を引っ張り、耳元で訴えた。

「いっ──離せよ!!」


教師たちは見ていない。いや、最初から見る気がなかった。


「おい、やべえって」

髪を引かれた主犯が晶に掴みかかろうとした。

三人目が加勢に入る。


「....ゴミみてえな口付けた低脳が...晴に話しかけんな、見んな、触れるな、視界に入るな、失せろ。」

声のトーンが違った。叫びでも怒りでもない、もっと底の方から出ている音。教室中が凍りついた。

美人が本気で怒ると、本当に恐ろしいなと晴は思った。


主犯が手首を押さえて後ずさる

「な、なんだよお前.....おかしいだろ......」

取り巻き三人が顔を見合わせて、主犯を見捨てるように離れた。

「覚えてろよ!」と言って、三人の後を追って教室を出た。


───


机を起こしながら「……晶」

「覚えてろって、言うやついるんだな」

と、ぼろぼろ泣きながら晶が嘲笑する。


歩み寄って、袖で晶の頬を拭う「かっこよかった」


「晴の方が、かっこよかった...助けてくれて、傍に居てくれて、ありがとう。....でも、他のやつに触らないで」


目を瞬いた「.....独占欲?」

「...そう...みたい」


ふ、と笑う。

「僕もだよ」

ぱあっと、笑顔になる「うれし♩」


午後の授業が始まったが、二人とも上の空だった。机を並べたまま、時々指先が触れる。

教師も周囲の生徒も不審がったが、気にしなかった。

読んで頂きありがとうございます。

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