表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

静寂の旅人

作者: 夜桜ユウ。
掲載日:2026/04/03

ある一人の旅人が荒野を彷徨っていた。何時間経っただろうか。風は荒れ狂い、空はすっかり闇に沈んでいる。その先に、小さな村が見えた――ミルフォード村だ。


ここはかつて平和な村だった。たとえ貧しくとも食糧を分かち合い、支え合いながら生きていた。しかし、人々はいつしか欲望に支配され、強奪や略奪が横行するようになってしまった。


村の広場では、食糧の袋をめぐる争いが起きていた。怒鳴り声と殴り合う音が響く。子供たちは地面に落ちた麦を必死に拾っていた。


旅人が現れた瞬間、広場は嘘のように静まり返った。旅人は黒衣のフードの付いたマントを羽織って、珍しいネックレスを身に着け、上品な革靴を履いていた。表情からは、何を考えているか分からない。異様な雰囲気を漂わせていた。


旅人の足音だけが静かに響いた。


「またか……」


 旅人が去ってまもなく、村は燃え盛る炎に覆われた。炎は瞬く間に広がり、家々を飲み込んでいく。空は赤く染まり、悲鳴が夜に響いた。

旅人は振り返ることなく再び歩き始めた。


 旅人は村から少し離れたルグラン王国にたどり着いた。人々が道端に横たわっていた。彼らは生気を失った顔をしていた。

 やせこけた少年が旅人に話しかけた。


「たすけ……て……」


「……」


旅人はひときれのパンを差し出した。少年は小さくお辞儀して、震えた手でパンを口に運んだ。


 ルグランの国民は重い税に苦しめられている。それなのに、王族は贅沢な暮らしをしていた。旅人は王のいる城に向かうことにした。

 一方、城の中では王族や貴族たちの宴が開かれていた。酒に酔い、談笑しながら交流を深めていた。そんな中、一人の貴族の女が噂を口にする。


「そういえばこんな話を聞いたことはありますか。黒衣のマントを羽織った男が現れて、村を滅ぼしたって……」


 旅人の噂は人づてに広まり、王の耳にも届いた。王はゆっくりと立ち上がると、宴の場を後にして、兵士たちを緊急招集した。


「私がお前たちを集めた理由は他でもない……我々の前に立ちはだかる脅威を排除するためだ。黒衣のマントを羽織った男を見かけたら直ちに捕らえろ」


 兵士たちは軍隊と門番に分けられ、それぞれ動き始めた。


 旅人は今まさに城の門の前に立っていた。一人の兵士が旅人の存在に気付く。


「あっちだ!森の方に逃げていったぞ!」


 旅人は危険な森に迷い込んだ。安堵したのもつかの間、背後から追っ手が来ている。


 王の命令で追う者、懸賞金目当てで追う者――理由は違うが、共通の目的をもっていた。奥から黒い人影が近づいてくる。旅人が捕まるのを覚悟したその時、


「こっち!早く!」


現れたのは細身の青年だった。彼のおかげでなんとか追っ手から逃れることができた。


「助かった。お前は……」


「私はエリオと言います」


「あなたは?」


「私はただの旅人だ。名乗るほどの者ではない」


「そうですか……とりあえずこの場から離れましょう。森を抜けた先に遺跡があります。案内します」


 森を抜けると彼らの目の前に巨大な遺跡が現れた。


「ここまで来ればもう大丈夫でしょう。……実は私、この遺跡を長い間調べているんです····」


「この加工技術や建築の構造はかなり高度な技術で作られています」


「それなのに……」


エリオは少し間を置いて言った。


「なぜ遺跡の文明レベルが今よりも高いのでしょうか?」


エリオは遺跡の石壁に触れながら言った。


「歴史には空白の時代があります。記録はほとんど残っていない……ですが、遺跡だけは世界中に残っているんです」


旅人は黙ってそれを聞いていた。


「まるで文明そのものが、ある日突然消えてしまったみたいに」


エリオは旅人の方を振り向いた。


「私は知りたいんです。この世界で何が起きたのかを」


しばらく沈黙が続いた。

風が遺跡の間を吹き抜ける。

やがて旅人はゆっくりと口を開いた。


「……お前は、知る覚悟があるのか」


「はい。もちろんです」


エリオは真剣な眼差しを向けた。


「この世界は――」


旅人は静かに言った。


「一度滅んでいる」


「やはり、そうでしたか…」


エリオは小さく呟いた。


その声には驚きよりも、どこか納得したような響きがあった。


彼の脳裏には、これまで読み漁ってきた古い文献や神話の断片が浮かんでいた。歴史の空白、文明の断絶、不自然なほど高度な遺跡。


すべてが、今この瞬間、一つの真実へと繋がっていく。それでも胸の奥には、重たい感情が沈んでいた。


人類が一度滅びた。


その事実は、学者としての好奇心よりも、はるかに深い絶望をエリオに突きつけていた。

旅人は続けて言う。


「この世界は一度戦争によって滅びた。だが、人間は皆愚かで争いは絶えなかった」


エリオは俯いたまま黙り込んでいる。


「でもお前は違った。このような世界でお前はただ真実を追い求めた」


エリオは顔を上げた。


「お前は人類最後の希望だ」


エリオはその場で崩れ落ち、彼の目からは涙が止まらなくなっていた。


「エリオよ。私はお前を死なせる気はない」


「私は救世主でもなければ破壊者でもない。私はただ人間の行く末を見届けるしかないのだ」


「もう時間が無い」


旅人はそう言い放ち、宿命を果たすため、再び歩き出した。これがエリオの見た最期の光景だった。


その頃、世界は静かに終わりへと向かっていた。


都市は炎に焼かれ、建物は跡形もなく崩れた。各地で撒かれた争いの種はやがて世界中に広がり、全人類を巻き込んだ。


黒煙が空へと昇っていく。焼け焦げた遺体があちこちに転がり、瀕死の人間のうめき声が聞こえる。


かつて人々の笑い声で溢れた街は、今や瓦礫に埋め尽くされている。


旅人はゆっくりと立ち止まり、長い旅路を振り返った。


黒衣は淡い光を帯びていた。風に揺れる髪は銀色に輝き、その瞳は金の光を宿している。


「やはり……変わらなかったか」


旅人――いや神――の視線は、地上を滑る。


黒煙はやがて空に消え、草木が静かに風に揺れた。


焼け焦げた大地の隙間から、小さな芽が静かに顔を出していた。


人類は滅びた。


だが、大地は、森は、風は、光は、

ゆっくりと、しかし確かに、本来の姿を取り戻していった。


すべてを見届けた旅人は、静かに歩き去った。


武器の音も、争いの叫びも、もう聞こえない。

ただ、風が静かに大地をなでる。



そして、世界は、永遠の静寂に包まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ