8 芽吹いた琥珀
ジュジュは階段を駆け上がった。
七階。扉は開かない。
本も沈黙したままだ。
八階、九階、十階――
いくつ上ったのか、もうわからない。
どの扉も、固く閉ざされていた。
叩いても、呼びかけても、応えはなかった。
胸の奥に、石のようなものが沈んでいた。
壁に寄りかかり、うずくまった。
「もう、会えないのかな」
涙がとめどもなく、零れた。
そして、いつの間にか眠ってしまった。
ふわりと舞い落ちた花びらが一枚、抱き寄せるように肩にとまった。
かすかな気配に、意識が引き上げられる。
目を開けると、白い光に包まれていた。
光はゆっくりと薄れ、森が現れる。
「ここは……」
見覚えのない大樹が立っていた。
幹はねじれ、朽ちかけていた。
ジュジュは老木のひび割れた樹皮に、そっと触れた。
「長い間、森を守ってくれたのね」
大樹の向こう側から話し声がした。
近づくと、男女が寄り添い、淡く光る何かを手のひらに包んでいた。
ジュジュの姿は、やはり見えていない。
「なんと美しい琥珀でしょう。ふたつも」
髪に花を挿した女性が、黒髪の長身の男性に微笑んだ。
女性の声はどこか懐かしい気がした。
理由もわからないまま、ジュジュの胸はいっぱいになる。
「ふたつ……」
男性は何も言わず、ふたつの琥珀を見つめていた。
女性はひとつの琥珀を胸に抱いた。
「育てることはできないけれど、見守ることはできるわ」
ふたりの魔力が、琥珀に込められた。
その奥で、トクンと、小さな鼓動が生まれた。
「あの森人の若い夫婦に託そう」
「太古の森を守る者なら、きっと」
女性は、琥珀にそっと口づけた。
夫婦は友の名を呼んだ。
火竜王とその妃だった。
「これをおふたりに」
差出された琥珀に、妃は目を輝かせた。
「樹王、樹妃ありがとう」
火竜王は歓喜し、竜の姿に変わって空へ舞い上がった。
樹王夫婦は、琥珀に魔力を注いだ。
温かく、優しい光が琥珀を包む。
「最後に名をつけよう」
「樹樹……ジュジュはどうかしら」
「愛らしい名だ」
琥珀は、森人の家の庭に埋められた。
妻はいつまでも手をかざし、魔力を送り続ける。
夫に促され、何度も振り返りながら去っていった。
琥珀は木となり、蔦をまとい、蜜色の花を咲かせた。
やがて、花からこぼれた一粒の種が芽吹き、赤子が生まれた。
庭の方から、かすかな泣き声が聞こえた。
森人の妻が顔を上げる。
「……いま……」
夫婦は顔を見合わせ、急いで扉を開けた。
木の根元に、小さな赤子がいた。
夫は息をのみ、そっと、その子を抱き上げた。
まだ涙の跡を残し、息を小さく震わせている。
「……わたしにも、抱かせて」
赤子の小さな手が、妻の指をきゅっと握る。
妻の目から、静かに涙がこぼれた。
「いい名が浮かんだわ。ジュジュよ」
――あの琥珀から始まった命は、わたしだ。
本当の父と母。
会いたい。
ここにいると伝えたい。
ジュジュは、本当の名の意味を胸に抱いた。
その温もりは、消えない。




