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精霊の娘ジュジュと火竜の王子 ー森からはじまるふたりの旅ー  作者: ななこ


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5 名を呼んで

 ジュジュは鼻歌を口ずさんでいた。

 セイレーンの旋律にどこか似ている。


 ブラックもそれが気に入ったらしく、足元でぴょん、と跳ねた。


 坊やはどこかへ逃げ延びたはずだ。


「もう、わたしとあまり年も変わらないはずよね」


 いつまでも「坊や」では可哀想だ。


「呼び名をつけてあげたいな」


 不思議なことに、あの部屋を出ると、姿形が曖昧になる。


 淡い色の髪だった気がする。


 けれど、瞳だけは、思い出せない。


「長く一緒にいたはずなのに、忘れちゃうなんて」


「きゅきゅきゅ」


「ブラックも考えてくれるの?」


 そんなことを話しているうちに、五階に着いた。


 本から声が響く。


『どんな名がいいだろうね』


「あなたも知らないの?」


 応えは返らない。


 扉が開く。



『大きな体。やさしいお兄様。僕も、お兄様のように、誰かを守れるようになりたい――』


「……大きい……巨人の国だ」


 視界いっぱいに広がる森。


 その向こう、木々よりもさらに高い場所に、頭が見えた。


「近くまで行ってみよう」


 ブラックが走り出した。


 森を抜けると花畑が広がっていた。


 巨人が気持ちよさそうに座っていた。


 少し背を丸めて、窮屈そうな服を着て。

 ふわふわの髪に鳥が巣を作っていた。


 肌はやわらかな苔におおわれ、まるで森の一部のようだ。


 坊やは、巨人の肩に腰掛け、何か楽しそうに話している。


「届かないよ」


 近づけば踏まれそうだし、声を張っても届かない。


 ブラックが勢いよく、巨人の体をするすると駆け上がっていった。


「ブラック! 落ちないでね!」


 ブラックは坊やのところへ辿り着き、下を見て、尾を振る。


「お兄様、僕を下ろしてくださいな」


「リスやウサギがいないか見ておくれ」


 坊やが耳たぶにつかまり、下をのぞく。


「いないみたい」


 巨人はゆっくりとした動作で、坊やを掌に乗せ、花畑へ下ろした。


 坊やはきょろきょろと辺りを見回す。


「黒いトカゲが、いいものがあるって教えてくれたのに」


「坊やには、ブラックが見えるの?」


 その瞬間、坊やの視線がジュジュの方を捉えた。


「……誰かが、いつも側にいる気がしてたんだ」


 ぼんやりと、人の形が浮かぶ。


「わたしの声、聞こえるのね」


「聞こえるよ! 君をなんと呼べばいい?」


「わたしはジュジュ。森の子、ジュジュよ」


 名前を呼んだ瞬間、輪郭がはっきりと浮かび上がる。


「不思議だ……」


「名を呼んだからだよ」


 頭上から、巨人が穏やかに告げた。


「僕にも名がある? ジュジュ、お願い。僕を呼んで」


 ジュジュの胸に、ひとつの名が浮かぶ。


 次の瞬間、その名が口から紡がれた。


「アオイ」


 名は――青生。


 少年が、そこに立っていた。


 淡い水色の髪。

 紺碧の瞳。


 さっきまで曖昧だった姿が、名とともに世界に刻まれた。


 本が、淡く光る。


「やっと会えた。ずっと話したかったの」


 ジュジュはアオイの手を掴む。


 初めて触れられた温もりは、アオイの心も温かくした。


「僕、ずっと名がなかった。ジュジュを待っていたのかもしれない」


 ブラックが足元を駆け回る。


 花畑に腰を下ろし、ジュジュはここまでの出来事を語った。


「ドワーフのお父さんとお母さんは、まだ生きているよ。魔力でわかるんだ」


「良かった……」


「でも、黒い魔力が僕を追ってくるのも感じる」


「……魔女は、本当にお母さんなのかな」


「違うって信じてる。僕の中の白い魔力が、黒を少しづつ消し去っているんだ」


 ジュジュに魔力はわからない。


 けれど、アオイが特別な子だということだけは、はっきりした。


「そろそろ日が暮れる。おいで」


 巨人の大きな掌に乗る。


「空が近い!」


 鳥たちが横を飛び交う。耳たぶにつかまりながら、揺れにも慣れてきた。


 巨人の家は、大樹によく似る、巨木の洞だった。


「さぁ、お食べ」


 巨人は体の苔をむしり、差し出した。


「アオイは変ったものばかり食べるね」


「魔力のこもったものを食べると、その力が使えるみたいなんだ」


 ドワーフからは力。セイレーンからは声。


 巨人には、傷ついたものを本来の姿へと還す力があるという。



 柔らかな苔を敷いた寝床に、ふたりが横になると、ブラックが間に潜り込む。


「ジュジュ、もう一度、僕の名を呼んで」


「アオイ。……話せて嬉しい」


「僕もだよ」


 アオイが子守歌を歌う。


 いつも独りで過ごす巨人にとって、今夜はめずらしく、胸の奥があたたかい。


 小さな訪問者がいて、歌があって、それだけで十分だった。


 巨人はゆっくりと瞬きをし、「いい夜だな」と、眠たげにあくびをした。


 やさしい旋律は、まどろみを誘った。


 やがて、ジュジュも静かに眠りに落ちた。

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