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精霊の娘ジュジュと火竜の王子 ー森からはじまるふたりの旅ー  作者: ななこ


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4 船の墓場

 四階まで上ると、やっと張りつめていた胸から力が抜けた。


 長く、息を吐いた。


 階段に腰を下ろし、ジュジュはブラックの前に大樹の実を置いた。


「ルビーにダイヤ……。どんな味がするのかな」


 ジュジュも実をそっとかじる。


 甘い果汁が、からだの奥にしみていく。


「……あれ? あなた、少し大きくなった?」


 最初に出会った時より、ブラックの体がひと回り大きい。


「大樹様の実が美味しいからって、食べ過ぎちゃだめだよ」


 森に住む小鳥や動物、妖精たちも、大樹の実に集まってくる。


 ブラックはきゅいんとひと鳴きして、残りの実をたいらげた。


 ジュジュは本に手を伸ばす。


「おかしいな。三階では勝手に開いたのに」


 樹皮のようにざらついた表紙は、びくともしない。


「ブラック、坊やを探しに行こう」


 踊り場が見えた時、かすかに聞こえた。


「歌? それに、この匂いは……」


 扉の前に立つと、本がひとりでに開いた。


『好奇心旺盛な娘だ。きっと、あなたなら見つけ出してくれるだろう』


 扉が開く。



『僕を助けてくれたお姉様。歌をありがとう。声をくれてありがとう――』


 初めて見る海。

 潮の匂い。


 折れ、沈み、うち捨てられた無数の船。

 空は暗く、海は重くうねっている。


 ブラックが尾を振り、船の舳先へ向かって走り出した。


 船は波に揺れ、立っているだけで精一杯だ。板を橋代わりにして、船から船へと渡っていく。


 ジュジュはようやく、坊やのいる船にたどり着いた。


 丸窓から中をのぞく。


 坊やは、長い髪の女性の隣に座り、歌を聴いている。


「きれいな声……」


 吸い込まれるように、ジュジュは船室へ入った。


「人じゃない……セイレーンだわ」


 上半身は美しい女。下半身は鳥。


 歌で魂を導く、海の精霊。



「坊や、次はどんな唄が食べたい?」


「僕の声が、ふえる唄!」


 初めて聞いた坊やの声……。


 ジュジュの喉が、きゅっと締まった。

 なぜか、泣きそうになった。


 優しく頭をなでるセイレーン。坊やは嬉しそうに足をぶらぶらさせる。


 ジュジュも部屋の隅で、歌に耳を傾けた。


 子守歌。陽気な歌。弔いの歌。


 やがて、時間は流れ――年が過ぎた。



 嵐の夜。


 屋根を突き破り、魔女が現われた。


 豪奢な衣装。真っ赤な唇。


「お前が坊やを狙う魔女か」


 セイレーンは坊やを抱きしめ、歌い出す。


 体が凍る。死にたくなるほどの恐怖。


 ブラックが耳を塞ぎ、ジュジュを守る。


 魔女が指を鳴らすと、ふたりは甲板へ吹き飛ばされた。


 セイレーンは坊やを抱いたまま海へ飛び込む。


 その背にナイフが突き刺さる。


「お姉様!」


 それでも、セイレーンは歌った。


 海中から、無数の半透明の腕が伸びる。


 坊やの体が、ふわりと持ち上がった。


 ひとつの手から、またひとつの手へ。

 その先の手へ。


 波に乗せるように、次々と渡されていく。


 その腕のいくつかが、魔女へも伸びた。

 足首をつかもうと、指先が迫る。


 波までが、魔女を沈めようと高波を起こした。


 次の瞬間、魔女の姿は、霧のように消えた。


 それでも、腕はなお、海面をさまよっていた。


『必ずこの子は送り届けよう』


 セイレーンに導かれた魂たちが、坊やを海の奥へと運んでいった。


「助かるのよね……」


 ジュジュは無事を祈った。


 その時。水面がゆがみ、景色がにじんだ。


 気づけば、ジュジュは小舟の上にいた。


 冷たい水をかき分け、沈んでいくセイレーンの体を抱き上げた。


 セイレーンの視線が、ゆっくりとジュジュをとらえた。


「……知らない魂がいると思ったら、お前だったか」


「魂? 私が?」


 セイレーンはかすかに笑う。


「ここは、生ある者の来る場所ではない」


「私……死んでるの?」


「違う。だがここは海の墓場だ」


「それでも、坊やを助けたいの」


「ああ。お前ならできる。見つけておくれ」


「……何を?」


 応えはなかった。



 ジュジュは再び踊り場に立っていた。


「何を、見つければいいの……」


 見上げれば、階段はまだ続いている。


 ジュジュは階段を上り始めた。

 迷いはなかった。

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