30 王子の帰還
アオイとジュジュが最初に訪れたのは火竜の国。
太古の森に最も近い、人の暮らす街。
石造りの建物。並ぶ店。行き交う人々。
「お店って、初めて見る」
森には商店はなかった。必要なものは届けられていた。
「お金、使ってみたいな」
「僕もよく知らない」
菓子を売る屋台を見つけた。
どれも美味しそうだ。
「これとこれをひとつずつ」
「あいよ」
白貨一枚。店主はおまけをひとついれてくれた。
「買えたね」
「うん。買えた」
それだけでも、嬉しい。
城門をくぐると、すぐに人々に囲まれた。
「王子が戻られた!」
死んだのは偽王子。本物の帰還はすでに通達されていた。
玉座の間。
「火竜の子、青生。ただいま戻りました」
父王と母が迎える。
城の最上階。テラスのある王と妃の私室。
「ここから、大樹を見ていたの」
小さな寝台。琥珀が置かれた場所。
火竜の爪痕が、今も扉に残っている。
大蛇が落ちた、あの日の痕跡。
そして、封印されていた王子の部屋。
アオイが入りたいと願った。
扉が開くと、重い空気が流れ出た。
「酷い匂いだ」
ハクトの白炎が、カーテンを焼き払い、窓ガラスを割った。
光が差し込む。
「ハクト様、加減してくださいな」
ミウの私室は、ハクトがすぐさま灰にしてしまった。
「していなければ、城はまるごと消滅している」
アオイは静かに見回した。
床に残る、人型の黒い染み。
ジュジュがそっと、浄化する。
痕は消えた。
「会えなかったけど、もうひとりの僕が、ここにいたんだね」
魔女が作った、アオイの偽物。
アオイが名を知ってから、動けなくなり、消えた。
人の目を欺くために、造られた存在だった。
でも、確かにいた。
着替えさせられ、広間へ。
王子の装いのアオイが玉座の横に立つ。
ハクトの声が響く。
「わが息子、青き火竜アオイ。奪われし名を取り戻し、ここに帰還した」
アオイは、ゆっくりと一礼した。
「次代の火の精霊王となる者だ」
「青の火……」
人々のざわめきは、畏敬へと変わる。
そして、広間は歓声に包まれた。
ミウはジュジュを図書室へ誘う。
壁一面の本棚。
「竜の本はここよ」
火竜の名が戻っていた。
ハクトの真名が奪われたとき、本は全ての名を隠した。
「ブラックも、格好いい名前だよね」
ブラックが嬉しそうに鳴いた。
小竜はジュジュを選んだ。これからも一緒だ。
「本はここに収められるのですか?」
ミウが取り出して見せた。
「わたしが持っているわ」
ミウが表紙をなでる。
これからまた、新しい記憶が紡がれる。
「お母さん、ジュジュには絶対、読ませないで!」
アオイは窓から外へ飛び出してしまった。
ミウが笑う。
「おかしな子ね。ならここを聞かせてあげる」
それは、もぐら母さんが、ジュジュに服を与えた日の記憶。
『ジュジュ、かわいい。褒め言葉がわからない…』
ジュジュの顔が真っ赤になった。
数日、城と町を行き来して過ごした。
パン屋巡りをするジュジュ。
声をかけられるたび、照れながら手を振る王子。
「次はどこに行こうか」
「雲の上まで行ってみたい!」
「しっかり捕まって」
青い火竜が翼を広げ、空へ舞い上がる。
ふたりの旅が、始まる。




