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精霊の娘ジュジュと火竜の王子 ー森からはじまるふたりの旅ー  作者: ななこ


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26 異界へ

 ジュジュは階段に腰を下ろしていた。


 森へ戻れば、無事を確かめられる。


 でも今、温もりに触れたら、きっと戻れなくなる。


 握りしめた手は震えていた。


 もし森の父に何かあったら、魔物を許せるだろうか。


 浄化された魔物を見て喜べるだろうか。


「いいもの……異界……いいもの……」


 繰り返し言葉にした。


 それでも、恐れは消えない。


「ジュジュ」


 アオイが隣に座る。


 ジュジュの手を、そっと包み込む。


「怖い?」


 ジュジュは、かすかにうなずいた。


「僕はずっと魔物を憎んでいた。全部焼き尽くせばいいって思っていた」


 ジュジュはアオイの顔を見る。


 なぜか表情は明るかった。


 迷いは、もうなかった。


「でも、それを繰り返せば……僕も同じだ」


 炎で閉じ込め、また蘇れば、また焼く。


 終わらない。


「だから……終わらせたい」


 すべて。


 その言葉が、胸の奥に落ちた。


 魔女を許すことは出来ない。


 だが、恨みながら生きるのはもっと、嫌だ。


 その時、風が吹いた。


 ノリカが降り立つ。


「森人はみんな、無事だったよ」


 その言葉を待っていた。やっと息がつけた。


 ノリカもジュジュの隣に座った。


 その羽は、震えていなかった。


「……ノリカは怖くないの?」


「すごく怖いよ。でも、ひとりじゃないでしょ。それに世界がひとつになったら、いつでも友達に会いに行ける。そのためなら頑張れる」


「そうだよ。大樹様のお役目がなくなれば……」


「精霊の両親に会える」


 それはもう夢じゃなくなる。


「ブラック、一緒に行こう」


「きゅいん!」


 小竜が高らかに鳴いた。


 そのとき、どこからともなく、澄んだ旋律が降りてきた。


 波間を渡るような、やわらかな歌。


「わたしもいるわ」


 見上げると、階段の上に、ひとり立っていた。


 セイレーン、ウタネだった。


 恐れは去った。



 大樹が、わずかに枝を揺らした。


 その瞬間。


 そこに、なかったはずの階段が現れていた。


 一段上がるごとに、空気が重くなる。


 あるのは足元を照らす、淡い光だけ。



 固く閉じられた扉の前に立つ。


 ジュジュは身震いした。


 両手を強く握られた。


 ――大丈夫。


 深く息を吸いこんだ。


 四人が同時に扉を押した。


 軋む音とともに、ゆっくりと開いていく。


 石は氷へ、氷は灼けた鉄へと変わる。


 次の瞬間、すべてが別の姿になった。


 絡み合った棘が、トンネルのように道を塞いでいる。


 ジュジュが触れると、棘は音もなくほどけ、道をあけた。



 ――異界。


 ついに足を踏み入れた。


 暗く淀んだ空。鼻をつく異臭。光はないのに、すべてが見えている。


 背筋が、ぞくりと震えた。


 ここには、命の匂いがしない。


 はるか遠くまで同じ風景。


「……水はないと聞いたのに」


「ないよ」


 ウタネの視線の先。


 魔物が、水を求め、走り出し――止まる。


 咆哮。


 歓びの先に、絶望があった。


 それが、この場所だった。


「僕の背へ」


 アオイが翼を広げた。


 ブラックはその傍らに、寄り添うように浮かぶ。


 すぐに飢えた魔物に見つかった。


 青い炎が噴かれた。


 焼かれ、地上に落ち、黒い塊となった。


 そしてまた、うごめきだした。


 ウタネが歌う。


 それをノリカが風に乗せる。


 塊は動かなくなり、やがて、消えた。


 誰も、息をとめたままだった。


 そこかしこで、魔物同士が喰らい合う。

 形を失い、黒く溶け、やがてまた、這い出してくる。


 おぞましい光景に、ジュジュの心は張り裂けそうだった。


 それでも、目を逸らさなかった。


「このままじゃ、終わらないよ」


 無数の魔物をたった四人で……。


「少し考えよう」


 アオイは翼を強く打ち、魔物の届かぬ高さへと間合いを取った。


「わたしの魔力を、アオイに流し込むのはどうかな」


 せめて最後だけは苦しまずに。


「浄化の炎……」


「私は歌うだけだ」


 ノリカが、くるりと一度、空で旋回した。


「風はね、運ぶだけじゃないよ」


 笑っているのに、目は真剣だった。


「炎も、歌も、逃げる魔物も――全部、わたしが囲う。ちゃんと、帰れるように」


 火竜は地を滑るように飛んだ。


 ジュジュが、ミウの切り落とした髪を地へ落とした。


 髪は淡く光り、地を這い、細い流れとなった。


 水が満ち、一本の川が生まれる。


 ミノリの実を投げ入れると、甘い匂いが、静かに広がった。


 引き寄せられた魔物が、水に縋りついた。


 喉を鳴らし、音もなく飲み続ける。


 いくら飲んでも、水は涸れない。


 魔物たちは水辺から離れようとしない。


「樹樹、魔力を」


「青生、お願い」


 ジュジュの魔力が、青に溶け込む。


 ――青い炎が、静かに広がった。


 それは奪う火ではなく、浄める火だった。


 魔物は、炎の前で一瞬だけ身を引いた。


 だが、やがて自ら歩み出た。


 炎の中で、黒い影がかすかに揺らぐ。


 ああ……。


 膝をつき、天を仰ぐ影。


 両手を合わせる影。


 地に伏し、静かに頭を垂れる影。


 魔物は、抵抗しなかった。


 青い炎を、受け入れていた。


 ウタネが歌う。


「みな、安らかにお休み」


 旋律が、最後の形をほどいていく。


 影が、かすかに揺れた。


 ……ありがとう。


 確かに、そう聞こえた。


 場所を変え、幾度も、それは繰り返された。


 誰も言葉を発さず、見送り続けた。



 ジュジュの指先が、わずかに震えた。


 炎の色が、ほんの少し淡くなる。


 歌声も、風も、細くなる。


「もう実も、蜜もないよ」


「見て。あそこに……」


 ノリカが枯れ木を見つけた。


 アオイが降り立つ。


 鳥の巣のように枝が絡みあっていた。


 隙間をかき分け、中へ踏み入れた。


「キュ……ッ」


 ブラックが、低く鳴いた。


 ノリカが風となって、抜けようとした。


 だが、枝は生き物のように絡み合い、隙間を閉じた。



『逃げる必要はない』


 振り向いたとき、そこに、白いひげの老人が座っていた。


 いつからいたのかは、わからない。


 声は穏やかだが、目は射貫くようにジュジュたちを眺めていた。

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