23 覚醒 ―青生―
逃げ場のない、巨大な石の檻。
アオイは琥珀を飲み込んだ。
――叫び声が、喉を裂く。
腹に落ちた瞬間、内側から青い業火が爆ぜた。
骨が軋み、肉が裂け、地中奥深くに眠る火が、血となって全身を駆け巡る。
苦しみや痛みなど、そんな言葉では足りなかった。
床を転げ、うずくまり、石の床にしがみついた。
体は引き裂かれそうなのに、それでも火を欲しがっている。
吐く息が熱を帯びる。
吹き出た汗が蒸気へと変わる。
視界が真っ赤に染まる。
……まだだ。耐えられる。……耐えてみせる。
黒い魔力が、蜃気楼のように漂う。青い炎が焼き尽くした。
肌はひび割れ、うろこが浮き出る。
爪が鋭く伸びる。
尾が床を打つ。
背の重みは、やがて体を軽くした。
大空を羽ばたく夢を見た。
君をのせて、どこまで行こうか。
ふと、やわらかな魔力が胸をかすめた。
口元がわずかに緩む。
必ずやり遂げて、君のもとへ帰る。
――待っていて。
ジュジュが石の国へ着くと、洞窟内は熱気に包まれていた。
奥からの熱が届いていた。
どれほどの魔力なのだろう。
近づくことは許されなかった。
壁に手をつき、そっと魔力を流す。
――待っているから。
汗の滲む額を、やわらかな風が撫でた。
そして――。
最奥から、地の底を揺るがす崩落の響きが、洞窟を震わせた。
ソウセキは何も言わず、壁に大きな鍵を突き立てた。
ノリカと顔を見合わせ、扉をくぐる。
部屋は崩れて瓦礫と砂になっていた。
空気はまだ熱い。
進みたいが、水のカーテンに阻まれた。
「アオイに会わせてください」
『服を。それからよ』
ミウの声が笑っている。
服を手に再び戻る。カーテン越しに服を投げ入れた。
「ありがとう。……あれ?」
アオイの戸惑う声がした。
「大丈夫かな」
「どうしたんだろうね」
水のカーテンが消え、アオイが姿を現した。
一瞬、わからなかった。
「アオイだよね」
「そうだよ。体は大きくなったけど、ほかにも変わったかな?」
「見た方が早いよ」
ノリカは手鏡を渡した。
水色の髪。
群青の瞳。
もう少年の面影はない。
アオイが、はっと顔を上げる。
頬に浮いた青い鱗が、すっと消える。
小さく、笑った。
アオイだ。
皆が集まる部屋へ戻った。
「こんなに立派になって……!」
もぐらお母さんは目頭を押さえた。
父は何も言わず、「祝いだ」とだけ告げて、ダイヤモンドを採りに向かった。
アオイはソウセキの前に立ち、頭を垂れた。
「火の精霊王、火竜の子――青生」
「これで、戦えます」
低い声が洞窟に響く。
「待て。今のお前では、周囲もろとも焼き尽くしかねん」
ソウセキは、アオイをじっと見つめた。
――なるほど。青炎か。
別格だな。
ソウセキがちらりとブラックを見る。
ブラックが静かに目を細める。
本が淡く光り、小さなミウが現れた。
「アオイ。最後まで耐え抜きましたね」
ミウの伸ばした手に、アオイがそっと触れる。
ブラックもアオイの足元でひと鳴きした。
「もう少しだけ待っていて。必ず取り戻す」
「そのためには、少し休みなさい」
アオイは、結界の張られた部屋へ連れて行かれた。
「聞かせたくない話でも、あるのですか?」
ノリカが尋ねた。
「さすが、チカゼ様の子ね」
ミウはジュジュとノリカを近くに寄せた。
「今のアオイが全力で立ち向かえば魔女は消え去る」
「それでは二度と真名は取り戻せない」
「それでは……」
「先に取り戻します」
「それはどうやって?」
「ずっとこの機会を待っていた。ふたりにお願いがあるの」
ジュジュは階段へ戻った。
「ブラックもそれでいいの?」
「きゅいん……」
「ミウ様は心配ないと言うけれど……」
階段に座り込んだジュジュとブラックはため息をついた。
ジュジュの手には、ナイフに加工したユニコーンの角が握られていた。
火竜王が終わりにすると。
ミウ様は笑っていた。
うまくいく。そう信じるしかない。
「お父さん……大樹様。火竜王様の眠る部屋の扉を開けてください」
ジュジュは上に続く階段を見つめた。
いよいよだ。ジュジュは小さく身震いした。
「わたしに勇気をください」
花を一輪、髪にさした。
太古の森の外。
魔女は今か今かと待っていた。
森人を次々に操り人形にし、魔樹を切り倒させた。
大樹に悟られないよう、一日に数本ずつ。
場所も変えて。
大樹の中に火竜が眠っていると突き止めた。
異界にも繋がっていた。
尾の先の魔力は感じなくなった。あの蛇は死んだのだろう。
あと数本で結界は消える。
最初に大樹を枯れ木にしてやる。
大樹が大きく揺れた。
滑り落ちそうになる体を、蔓がつかんだ。
ドシンドシンと何かが、根元にぶつかっているようだ。
花は閉じられ、棘の生えた蔓が伸びる。
来る!
ジュジュはブラックと駆け上がった。




