19 ふたつの芽吹き
「魔女を倒したいんだ」
アオイは、つい父の前で口を滑らせた。
「もう! 止められたらどうするの」とノリカが慌てる。
「さすが火竜王の子だ。だが、そのド根性は、わし譲りに違いない」
赤ら顔のもぐら父さんが愉快そうに笑う。が、母さんには内緒だと、固く約束させられた。
こうなれば、父と――ソウセキお爺ちゃん(そう呼べとしつこい!)に相談するしかない。
「なんだ、坊やは口から火を噴きたいのか? なら、あそこがいい」
「よし、わしが鍵を貸してやろう」
アオイの目が輝く。
「すぐ戻ってこい。土産話を待っておるぞ」
ソウセキに子はいない。
石は他と違った。強い魔力を宿した石が生まれれば、それが次代となる。
ドワーフ夫婦が羨ましく、アオイやノリカが可愛くて仕方がない。ジュジュにも、早く戻るよう声をかけろとまで言われた。
お爺ちゃんの気の変わらぬうちにと、アオイは壁に鍵を押し当てた。
抜けた先は、湯気に満ちた世界だった。
「ここ、どこ?」
「アオイ……ここ、すごく危険かも――!」
「うわっ!」
その瞬間、ノリカがぐいっとアオイを宙へ引き上げた。
直後、轟音とともに熱湯の柱が噴き上がる。
しばらくして静まったが、アオイは口を開けたまま動けない。
「助かった……! 何が起きたの?」
「間欠泉だよ。地面の下に、とんでもなく熱いドロドロがあるの」
アオイは、足の裏にじん、とした熱を感じた。
その瞬間、ドクン、と心臓が脈打つ。
――下に、火がある。
「あっちにも!」
見渡せば、あちこちから噴き上がっている。
「あの熱、取り込めたら……力になるかもしれない」
「さすがにそれは無理だよ」
ノリカは足元のごつごつした黒い石をひとつ拾い上げる。
ピーと口笛をふくと、近くの風妖精がふわりと集まってきた。
「これ。何か知ってる?」
「精霊様。それはね、熱いドロドロが冷えて固まったものだよ」
「ありがとう。これはお礼よ」
ノリカは、ジュジュからもらった花びら包みの蜜を差し出した。
妖精たちはそれを抱え、嬉しそうに飛び去っていく。
「これなら、力になる」
アオイは石を口に入れ、ぼりぼりと噛み砕いた。
ほんのわずかに魔力を込め、ふっと息を吐く。
小さな火が、ぼっと灯って消えた。
「やった!」
「あとはゆっくり食べよう」
ふたりは石を袋いっぱいに詰め、洞窟へと戻った。
一方ジュジュは、扉の前でふたりの名を呼んでいた。
返事はない。
ブラックが扉を爪で引っ掻いている。入りたいのだろうか。
「ふたりで行ってみよう」
扉の向こうは、白い森だった。
淡い黄緑の花をつけた木々が整然と並ぶ。樹皮は白、緑、褐色が混じり合い、どこか神秘的だ。
人の気配はない。
「夢じゃないよね。少し歩いてみよう」
「きゅいん」
しばらく行くと、ふいにブラックが立ち止まる。
この先は、ひとりで。
そう言っているようだった。
森を抜けると、湖がひらけた。
水面のほとりに、白馬が立っている。
水を弾き、淡く光をまとっていた。
吸い寄せられるように、ジュジュは近づいた。
「馬……違う……」
額に、一本の角。
ユニコーンだった。
知らない気配に気づいたのか、ゆっくりと振り向く。
ユニコーンはわずかに身を強張らせた。
「驚かせてごめんなさい。わたしは木の精霊ジュジュ」
『木の精霊が、なぜここへ』
声が、頭の奥に直接響いた。
ジュジュは思わず肩を震わせる。
『不快に思ったのなら謝ろう』
「……びっくりしただけ。大丈夫」
一歩近づき、角を見つめる。
「それより……角、痛くないの?」
角は途中で折れ、切り口が黒く変色していた。
ジュジュが触れた瞬間、ユニコーンは大きく後ずさる。
「ごめんなさい!」
『……もう一度』
ユニコーンは頭を低く垂れ、折れた角を差し出した。
そっと触れる。
黒ずんだ色が、わずかに薄れる。
もっと、と願い魔力を込めると、角は白く輝いた。
手鏡を向けると、ユニコーンは歓喜した。
『ありがとう、ジュジュは恩人だ。浄化の魔力を使ったのかい?』
「浄化? 自分でも何ができるのか知らないの」
ジュジュはこれまでのことを話した。
ユニコーンはしばらく黙っていた。
『……淀みを祓える者は、もういないと思っていた』
静かに目を伏せた。
長い睫毛が、影を落とす。
『この角は、魔物に折られた』
鳥型の魔物が森を荒らし、湖を汚し、群れを襲った。母が庇ってくれたが、その母は喰われた。
そして仲間は去って行った。
「それから、ずっとひとりなの?」
『慣れたさ』
「また会いに来てもいい?」
『歓迎する。友になってくれるか』
「もちろん。次はノリカも連れてくるね」
『ジュジュの友なら構わない』
別れ際。
『これを持ってお行き』
それは、折れた角の欠片だった。
まだ輝きを失わない角には、毒を消し去るユニコーンの魔力が宿る。
『魔女が本体を現したら、使うといい』
「ありがとう」
『僕はトオマ。永馬だよ。さあ森の出口まで送ろう。背にお乗り』
出口に近づくと、ふいにトオマが立ち止まった。
『……火竜の匂いがする』
わずかに耳を伏せる。
ここまでだ、と森の奥へ姿を消した。
「ありがとう! トオマ、またね」
姿が見えなくなっても、ジュジュは手を振り続けた。




