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精霊の娘ジュジュと火竜の王子 ー森からはじまるふたりの旅ー  作者: ななこ


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17 異界の始まり

 壁画の人物は、どこにでもいそうな男だった。


 すべての始まりは、ほんの些細な嫉妬。


 汗水たらして働く自分より、楽をしているように見える者がいる。


 それが、たまらなく妬ましかった。


 人が魔力でできることなど、ささやかなものだ。


 小さな種火を起こす。洗濯物が少し早く乾く風を送る。重い荷物を運ぶ。


 ――それだけだった。


 それなのに、豊かに見える者は、自分の知らない魔力の使い方を知っているのではないか。


 欲しい。


 その一念が、境目を越えさせた。


 言葉巧みに、相手に魔力を注がせる。


 気づかぬうちに奪い取る。


 壁画の人物の影が、少しずつ歪んでいく。


 だが、どれだけ魔力を得ても、人の寿命は短い。


 自然の摂理には抗えない。


 ――ならば。


 人でなければよいのではないか。


 精霊に、なり替わればいい。


 疫病、飢饉……すべて精霊の仕業だと。


 ソウセキの声が、わずかに低くなった。


 分からない恐怖が、人の心を蝕んだ。


 やがて人々は、精霊を信じることをやめ、魔物を信じた。


 壁画の群衆は、祈るように手を伸ばしている。魔力を差し出す者まで現れた。


 だが。


 精霊と人は、存在の在り方そのものが違う。


 人が過度な魔力を抱えれば――


 それは祝福ではなく、歪みとなる。


 異形になるだけだった。


 壁画の人の背に、黒い影が絡みつく。


 精霊王たちは決断した。


 これ以上、魔物を増やさないために。


 すべての人が、魔力を使えないようにすることを。


 そして、魔物を世界から切り離すことを。


 ソウセキは、壁に触れた。


「どうやって使えないようにしたの?」


 ノリカの声が小さく響く。


「人は、水や植物から魔力を得ていた。だから精霊は、人の入れる場所から去った」


 地中深くへと魔力を沈める絵が続く。


「無理に引きはがせば、人は死ぬ。ゆっくりと使えなくした」


「それでも、最後まで精霊を信じた人は?」


「森に住み、声を聞こうとした者たち。森人と呼ばれるようになった」


 ジュジュの胸が、静かに熱くなる。


「魔物を、どうやって離したのですか?」


 ソウセキは、長い横壁画を指す。


 赤黒い実に群がる魔物。


 地面ごと、持ち上げられていく光景。


 風が押し上げ、石が塞ぎ、火が焼く。


 空は赤黒く淀み、草木は育たぬ。


 ――それが、異界の始まり。


「代償は大きかった」


 ソウセキの声が、わずかに遠くなる。


 精霊王たちは永い眠りにつき、ひとつだった大地は階層に分かれた。


「大樹を上った先は、異界なの?」


 本を握るジュジュの手が震えた。


「淀んだ魔力が、時折、穴を開ける。その時、魔物が落ちてくる」


 見えぬ守りが、この世界には残っている。


 魔物は災厄になる前に消える。


 人は再び精霊を感じた。


 火の精霊王は、人の国の王として迎えられた。


「人は面白い」


 ソウセキは、ふっと笑う。


「魔力がなくとも道具を作り、短い生を懸命に生きる。我らとは違う。羨ましいと思うこともある」


 長く続く壁画を振り返る。


「この先に、お前さんたちが描かれるかもしれん」


 その声は、からかいではなかった。


「期待しているぞ」


 〈記憶の間〉は、静かに閉じられた。

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