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精霊の娘ジュジュと火竜の王子 ー森からはじまるふたりの旅ー  作者: ななこ


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16/32

16 記憶の間

 ジュジュは花の蜜を集め、扉の前に立った。


 本には毎日欠かさず蜜をあげている。

 みんなにも、会えたらすぐに蜜を飲ませてあげたい。


「準備よし。行くよ」


 蜜をたっぷり吸ったブラックは眠たそうだったが、扉の前に立つと、ぴょんと跳ねた。


 火竜王は明るくて楽しい方なのかもしれない。


 本から声が響く。


『……石の精霊王を訪ねて』


 ミウ様が回復しているのだ。


 母の蜜は本当にすごい。


「アオイたちと探してみます」


 返事はない。けれど、淡く光った気がした。


「青生! 緑夏! 開けてー!」


 扉が開く。


 そこは、果ての見えない峡谷だった。


 青みを帯びた緑の川が、轟音を立てて流れている。落ちればひとたまりもない急流だ。両岸には垂直に近い岩壁がそびえ立つ。


 はるか下の谷底に、アオイたちが豆粒みたいに小さく見えた。


 腕を大きく振ると、風が迎えに来てくれた。


 ジュジュは水音に負けないよう声を張る。


「ここは、どこぉーー?」


「星の谷!」


「どうやって来たの!」


「もぐら父さんが連れてきてくれた!」


「夜になったら、岸壁の上まで連れていってあげる! 星がすごく綺麗だよ!」


「見たい! でも先に石の精霊王様を探さなきゃ」


「ジュジュを待ってた!」


 アオイが地面を叩くと、土が盛り上がり、もぐら母さんがひょこりと顔を出した。


「うわっ!」


 もぐらにされてしまったが、地中を移動できるのは便利そうだ。


「もぐら父さんは?」


「あの人なら先に行ってるさ」


 母はポケットから小さな鍵を取り出し、岩壁に突き立てた。


 鍵穴などないはずの壁に、見たこともない複雑な文様が浮かび上がる。


 次の瞬間、人ひとりがやっと通れるほどの幅の石壁が、音もなく消えた。


「ここが、石の精霊王の洞窟の入口さ」


「壁が……消えた?」


「精霊王が許した者しか入れない。でも、この鍵は、うちの人が作ったからね」


「すごい……」


 中に入るとすぐに壁は元に戻り、水音も消えた。さっきまでの轟音が嘘のように、静かだ。


 曲がりくねり、いくつもの枝道も、もぐら母さんは迷いなく進む。


 壁には光る石が埋め込まれ、暗さはない。だが、どこも同じに見え、目印はない。


 はぐれないよう、アオイがジュジュの手を引いた。


 ノリカは、羽が触れそうなほどの天井近くを器用に飛び回っている。


 どれほど歩いただろう。


 開けた場所に出た。大きな石のテーブルと椅子。


 そこに座るふたりは、真っ赤な顔で酒を飲んでいた。


「あんたたち、ずっと飲んでたのかい!」


 もぐら母さんが酒瓶を取り上げる。


研石(ケンセキ)小石(コイシ)ちゃんが、もぐらになっていたのには驚いたぞ」


「こら! 気易く真名を呼ぶな!」


 どうやら古くからの友人らしい。


「ソウセキ。紹介するよ。この子があたしらの息子、アオイだ」


「ほう。来い、坊主」


 石の精霊王ソウセキが拳を突き出す。


 重たいひと突きに、部屋の空気が震えた。


 アオイは、ぐっと腹に力を込め、両腕で受け止めたが、数歩押し下げられた。


「避けないか。力もある」


「わしの掘ったダイヤモンドを食って育ったからな」


 もぐら父さんは嬉しそうだ。


「火は使えるか?」


「まだです。でも必ず」


「よし。――後ろの娘たちは?」


「風精霊チカゼの子、ノリカです」


「女王の子か。生まれた時に、ハヤテがすっ飛んでここにも知らせに来たぞ」


「父さんたら。恥ずかしいよ!」


 笑いが起きる。


「木の精霊の子、ジュジュです」


 森の子ではなく、木の精霊の子。


 口にすると、誇らしかった。


「その魔力……イブキとミノリの子か?」


「はい。でも本当の両親を知ったのは最近です」


 森人に育てられたと話した。


「魔界が不安定になると、古い大樹では支えきれん。代替わりが早まったのだろう」


「支える?」


 三人が顔を見合わせる。


「何も知らんのか。……ついて来い」


 ソウセキが手を触れると、石壁は音もなく消えた。


 その先は、終わりの見えない廊下だった。


 最初の壁画には、ふたつの巨大な光がぶつかる瞬間が描かれていた。


 砕けた欠片が闇に散り、いくつもの小さな島が、宙に浮かんでいる。


「星の谷は、その最初の欠片だ」


 次の絵には、水が溢れ、その上に一本の芽が伸びている。


 やがて石が隆起し、風が巡り、火が灯る。


 光をまとった存在たちが、それぞれの島に立っていた。


「強い者は王となった」


 さらに進む。


 ばらばらだった島々が、ゆっくりと引き寄せられ、ひとつの大地に重なっていく。


 絵の中の人は、手のひらに小さな光を灯している。


「これは魔力?」


「人も使えたの?」


 三人が顔を見合わせた。


「急ぐでない」


 ソウセキは低く続けた。


 次の壁には、光を奪う手が描かれていた。


 ――そこから、長い戦いが始まった。

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