13 奪う者
魔女は、かつて王子だった“もの”の部屋にいた。
床には人の形をした黒い影。
子が生まれたことはすでに城中に知れ渡っている。偽物を飾りのように置いていたが、もう必要ない。
死んだと言えばいい。
同情し、憐れみ、姿を見せなくても勝手に納得する。
人の相手をするのは、腹の足しにもならず、ただ面倒なだけだった。
偽物が死んだのは、あの子どもに力と声が戻ったからだ。
奪ったはずの名が、なぜ知れた。
まだ体のどこかに、水が潜んでいるのか。
すべて消し去ったはずなのに。
火竜王の真名だけは、自分にも辿れないほど深く封じてある。あれだけは渡せない。
水の精霊は、子に隠れているに違いない。
子ごと、早く消したい。
そのためには、もっと魔力が要る。
この城に、魔力持ちはもういない。名を奪い、喰らい尽くした。
そろそろ、外で補充する頃合いだ。
ふと、森の大樹に魔力の詰まった実がなっていたことを思い出す。
だが森の結界が魔女を通さない。
ならば、人に持ってこさせればいい。
身を潜めて人が通るのを待った。
やがて、大きな荷を抱えた男が二人、森道を歩いてくる。
「――そうか。ジュジュは魔樹見習いになれたのか。それはおめでとう」
「ジュジュは、本当に素直で、我慢強い子だ。願いが叶ってよかったが……家の中が寂しくて仕方ない」
大樹を知っている。
あれにしよう。
「おまち」
振り返った瞬間。
魔女の操り人形となった。
三人は階段を上り続けていた。
どれほど進んだのか、もうわからない。次の階が見えないまま、ただ段だけが続く。
「少し休ませて」
「僕も座りたい……」
ノリカはすぐにへたり込む。扉の中に戻ろうと言っても、「一緒に行きたい」と譲らない。
ジュジュは笑ってしまう。ノリカがいると、つらさが薄れる。
「はい、どうぞ」
ジュジュは花の蜜をノリカに渡す。
「生き返るぅ」
そのとき、ブラックが甲高く鳴きながら駆け回り始めた。
ざわり、と大樹の枝が大きく揺れる。
花や実が一斉に消えた。
「どうしたの……」
「ちょっと見てくる!」
ノリカが慌てて外へ飛び出した。
ジュジュの手が震える。
嫌な想像ばかりが浮かぶ。どうか森に何も起きていませんようにと。
戻ってきたノリカの顔は、青ざめていた。
「大樹様の根元に、男の人がふたりいたの。籠に実を山ほど入れて」
「人なら、前から採っていたよ。手の届くところなら大樹様は分けてくれるの」
「違うの。梯子を使って、手当たり次第。話しかけても返事はなかった。表情もない。まるで人形みたいで……」
ノリカが言い淀む。
「……ひとりは、ジュジュのお父さんだった」
「……うそ」
ジュジュは息が止まった。
手から実が落ちる。
「人を操って採らせてるんだ」
アオイは拳を握り、怒りで魔力が暴れないよう必死に抑えていた。
「上ろう。早く……お父さんを助けたい」
泣いていても、何も変わらない。
踏み出した足で、落とした実を踏みつぶしてしまった。
ブラックが潰れた実を舐め取った。
「ありがとう……無駄にならなかったね」
「行こう。ジュジュが泣かないんだ。僕たちが止まるわけにいかない」
三人と一匹は、再び階段を上り始めた。
しばらくして、ノリカが指さす。
「これ、さっきの跡じゃない?」
踏み潰した実の痕。
「……同じ階を回ってる?」
「やっぱり、上れるのはジュジュだけなのかも」
「次の階に着いたら呼んで」
ふたりは扉の中へ消えた。
ひとりでも心細くない。
父も母もいる。ブラックもいる。
絶対に負けない。
森のお父さんも、必ず取り戻す。
それまで、泣かないと決めた。
ジュジュは、強く一段を踏みしめた。




