11 三つの記憶
三人が降り立ったのは、風精霊の国だった。
妖精の村よりもさらに高い、雲にも届きそうな山頂にあった。
それでも風は穏やかで、吹き飛ばされることはない。
空に浮かぶ色とりどりの玉が、ときおり風に流され、触れ合い、向きを変える。風精霊の家だ。
見ている分には楽しいけれど、住むとなると落ち着きがなさそう。
「お帰り、ノリカ」「あとで寄れよー」
ここではミドリとは呼ばれていなかった。
案内されたのは、ひときわ大きな虹色の玉。中は意外にも平らで、椅子も机もある。
「ようこそ、風精霊の国へ」
女王チカゼが微笑んだ。空と同じ澄んだ青い瞳。薄い羽が光りを受け、床に七色の模様を落とす。
「話は聞いています。火竜王の子よ、生き延びていて良かった。今、異界の魔物を焼き払えるのは、あなただけ」
多くの火竜が、魔女に名を奪われたか、呑み込まれたという。
アオイが首をふる。
まだ火は操れない。
「太古の森へ自分の琥珀を探しに行きたいのです。でも辿り着けなくて」
チカゼが苦笑する。
「この世界は無数の階層で出来ている。近づいたり、離れたり、時間の流れさえ違う。簡単には行けない」
各階層を行き来できるのは、大樹の階段と、風精霊など限られた種族だけ。
「ミウが森へ行けたのは、樹妃ミノリが名を呼んだから」
ジュジュは本を取り出した。
チカゼの目が、鋭くなる。
「……魔物とミウの魔力が混じっている。火竜王の気配まで」
表紙を撫で、魔力を流し入れた。
「これは火竜の鱗で作られているわね」
ジュジュは驚いた。大樹の樹皮だと思っていた。
「何が起きたか、聞いてみましょう」
チカゼはさらに本へ魔力を流し込む。
白い光が四人を包んだ。
視界が開けると、太古の森に立っていた。
火竜王ハクトは眠りにつく前、己の尾の先をわずかに切り離し、妻に渡した。
「遊び相手くらいにはなれるだろう」
妻は、白い鱗を一枚欲しがった。
それを薄く削り、幾枚もの頁のように重ねる。
「これに魔力を込めて、声を届けましょう」
ふたりはそっと手のひらを重ねた。
「青生――アオイと名付けよう」
友の名の一字を託して。
琥珀が、淡く光る。
「火の精霊王――白翔――」
大樹に、扉が現れる。
その瞬間。
地中から、ぎょろりと赤い目が覗いた。
かつて焼き尽くされた異界の魔物が、最後に産み落とした卵。そこから孵った存在だった。
「油断したな。真名は貰った」
大樹の枝が襲う。だが、躱される。
ミウは激流となり、大蛇を押し流す。
水壁が、大樹を守る。
その隙にハクトは大樹へ飛び込んだ。
ミウは琥珀を地中深くに埋め、遠くへ逃そうとする。
「無駄だ」
大蛇が炎を吐く。
黒かった炎が、白へと染まる。
ミウは豪雨となって受け止める。
だが、白い炎は消えなかった。
大蛇の目が、琥珀を捉えた。
水となったミウが、琥珀を包み込んだ。
「火竜王の子――青生」
その瞬間、琥珀は呑み込まれた。
そして――
大蛇は姿を変えた。
そこには、ミウが立っていた。
白い光が消えた。
ブラックが、小さく鳴く。
チカゼは本から手を離した。
アオイは、しばらく動かなかった。
喉の奥が焼けるように痛い。
「……あれが」
声が掠れる。
「奪われた瞬間か」
拳を握る。
指先が白くなる。
「この本は、父と母と、僕の記憶だ」
顔をあげて、ジュジュを見る。
揺れているが、逸らさない目。
「僕が、取り戻す」
静かな誓いだった。
本の奥で、淡い光がひとつ揺れた。
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