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精霊の娘ジュジュと火竜の王子 ー森からはじまるふたりの旅ー  作者: ななこ


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1 一段、上ってごらん

 ジュジュは森の子。

 魔樹になりたい女の子。


 大樹様に仕える魔樹になることは、森人にとってこの上ない名誉だった。


 毎朝、誰よりも早く起きる。まだ冷たい森を歩き、葉先に宿った朝露を、瓶いっぱいに集めるのが日課だ。


 朝日を受けた朝露は、宝石のようにきらめく。それを見るのが楽しみだった。


 集めた朝露は、大樹様に差し上げる。


 森の中央にそびえ立つ、真っ黒な巨大樹。


 幹は雲の上まで伸び、てっぺんは見えない。


「羽があったら、上まで行けるかな」


 ジュジュは森の外へ出たことがなかった。



 大樹の根元にある扉を開ける。


 中は不思議な空間だった。


 天井から柔らかな光が差し、広い床にはいくつもの大きな樽が並んでいる。


 ジュジュは自分の樽の前に立ち、瓶の朝露をそっと流し入れた。


 朝露は大樹が吸い上げる。

 それはやがて、大樹の魔力へと変わる。全部ではなく、少し残してくれた。


 樽にいっぱいに溜まれば、十五歳の誕生日に、魔樹の見習いになれる。


「あと一日しかないのに」


 ……足りない。


 胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。涙がこぼれた。


 ずっと頑張ってきたのに。


 見習いにすらなれない。


「おはよう、ジュジュ。今朝も早いのね」


 若木の世話から戻った魔樹の一人が声をかけてきたが、ジュジュは顔を上げられなかった。


「大樹様……ごめんなさい」


 泣き疲れ、いつの間にかその場で眠ってしまった。


 水面が揺れる音で、ふと目が覚めた。


「綺麗な朝露ね」

「少しくらい、いいでしょう」

「すぐにまた溜まるわ」


 気配がなくなり、ホールに静寂が戻った。


 ジュジュはそっと起き上がった。


 朝露は、半分に減っていた。


「……そうだったんだ」


 大樹様の朝露が減ったわけではない。それなら、いい。


 そのとき、ちょろちょろと、何かが走ったのが目に入った。


「迷子のリスかな」


 誰もいないホールを探し回る。樽の間をのぞき込んでも、見つからない。


 また、ちょろりと影が走った。


「そこはだめだよ」


 ホールの端には、大きな階段がある。


『絶対に、上ってはいけないよ』


 誓わなければ、この中に入ることも許されない場所。


 これまで一度も近づいたことのない階段の下で、黒い小さな生き物がちょこんと座っていた。


「あら、リスじゃないのね。トカゲの子かしら」


 近づくと、するりと逃げる。振り返って、また少し先へ行く。


「見つかったら、みんなに大騒ぎされるわよ」


 トカゲが、首をふって、ひょいとジュジュの膝に乗ってきた。


「わたし、明日でここに来られなくなるの。寂しいな」


 今度はスカートの裾をくわえて引っ張る。


「なに? あれ、こんなものあったかしら」


 階段の脇に、黒い本が置かれていた。


 手に取ると、声が響く。


『一段。上ってごらん』


「だめ。約束したもの」


『いちばん上には、いいものがあるよ』


「なにがあるの?」


『教えてあげない。でも、もうここには来られない。誰も見ていないし、誰も気づかない』


 どうして、上ってはいけないのだろう。


『勇気あるお嬢さん、おいで』


 その声を聞いたとき、守ると決めた約束が、ふっと胸から抜け落ちた。


 代わりに、ずっと胸にあった願いが、そっと顔を出す。


 一度だけでいい。外を見てみたい。


 ジュジュは、ゆっくりと階段に足をかけた。


 振り返ると、ホールは消えていた。


 後戻りはできない。


「一緒に行ってくれるの?」


 トカゲはじっとジュジュを見つめていた。


「呼び名がいるわね。ブラックはどう?」


「きゅいん」


「本に出てくる竜の名前よ。どの本も名前だけ黒く塗りつぶされていて、みんなブラックと読んでいたの」


 トカゲは、ぴょんと跳び跳ねた。


「ブラック、行こう」


 ジュジュは階段を上り始めた。


 その一歩が、世界を越える旅へと続いていく。

終話まで毎日21時更新予定です。

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