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旅に夢みて

作者: 有未

 本当は「これが私の心臓です」と取り出して誰かに見せたいのかもしれない。一方で「私のことは誰にも分かりません」とひとりきりになりたいのかもしれない。イチかゼロしかないのだろうか。


 私は夢か幻にしか生きられないと思う一方で、私こそこの乾いた現代に生きる野生の人間であろうという誇りのようなものもある。自己矛盾を抱えているのかもしれない。


 誰しもに言えることかもしれないし、違うかもしれないが、家庭環境というものはその人に大きく影響を与えるように思う。胎内から生まれて、呼吸をして、産声を上げる。生じる環境の中で、子供は育って行く。やがて、親元を離れるまで。そこに至るまでにおこなわれる自己の形成を含む全てのことが、当人に大きく影響を与えると私は考えている。


 私は去年、親戚から渡された一冊のアルバムから、少なくとも私が子供の頃は両親に愛されていたと知った。そこに写っていた父と母の笑顔は何物にも代えられない、太陽のような月のような温かさを抱いていた。


 人は、変化して行く。生き物は全てがそうかもしれない。私と母と、その他の身内の関係が変化したのも必然だったのかもしれない。もしかしたら、そこには愛があって、それゆえに変化してしまったのかもしれない。


 私は、私を誰かに知って貰いたい・認めて貰いたいという思いが強くある一方で、ずっと自分一人だけで人間生活をおこなって行きたいという思いもある。目に見えない心のぶつかり合いには、もう疲れてしまっている。それでも、と望みを捨て切れないのは私が根っからのピュアなロマンチストだからなのかもしれない。推測に過ぎない思いだ。ただ、私は本当は人間を信じていたいのだ。全ての人間は善の生き物であると思っていた頃もある。私の母にも、その他の身内にも、もう二度と関わりたくないと思う一方で、まだ私は夢をみているのかもしれない。愛されるかもしれないという夢を。温かかった頃の家に戻れる日が、いつか来るのかもしれないと。


 けれど、それは本当に叶わない夢だ。私が帰りたいのは、父が生きていて、母もその他の身内も温かくて、貧しいながらにも楽しかった頃の思い出の中の家だからだ。それは、もうこの世のどこにも存在しない。新しく築くことも不可能に近いだろう。私は家を出る時に、もう二度と会えないかもしれないと思いながら、車の助手席に座って窓越しに母へ頭を下げた。まるで今生の別れのようだった。母の表情からは何も読み取れなかった。少なくとも悲しみではなかった。


 人は皆、夢をみている。むかしに、いまに、明日に。過去に、現在に、未来に。人は夢をみることで生きて行ける生き物だ。叶わない願い、叶えたい願い。近くて遠い誰かの中に自分を見ることもあるだろう。私が小説家になるという夢をずっと抱え、執筆活動を続けていることも、私が夢をみて――夢をみることで――生きているからだ。夢を見失ったこともある。遮光カーテンを閉めて、照明を消して、小さなソファでうずくまっていた頃。まるで自分だけを守るようにして眠っていた、あの頃。やがて夢を思い出してパソコンに向かうことが出来て、私はいま、とても自分自身を取り戻した心持ちでいる。


「もしも」に意味などないのかもしれない。それでも、私は折々に触れて夢をみる。もしも、家族がいまも温かい存在だったら。父が生きていたら。私はいまとは違った私だったのだろうかと。私の好きな紅茶を一緒に飲むことが出来たのかもしれないと。私が書いた小説やエッセイを、家族にも読んで貰いたいと思ったのかもしれないと。詮ないことだ。夢をみることは自由だけれど、かけらさえ掴めないままの現実が見えて来るだけに過ぎない。それでも。


 本当の自分というものはどこにいるのだろう。どこかにあるのだろうか。等身大の私が、この先の未来で待っていてくれているのかもしれない。あるいは、いまここにいる私こそが、そうなのかもしれない。私は私として私を未来に運んで行くのだろう。その長い旅が、私はきっと好きなのだろう。たとえ、悲しみが多くある時でも。晴れ間をずっとずっと、私は探し続ける。


 終わりのない旅。探し物を続ける日々。等身大の私を運んで行く未来。私はこれらを本当は愛している。ずっとずっと遠くまで私は歩いて行きたい。振り返った時に、ああ、私はこの小さな部屋で暮らし、生きて、小説やエッセイを書いていたのだと切ないくらいに思えるように。その日々を愛しいと思えるように。夢を叶える為に。


 いつかに見失ってしまった青い花が、少し先で私を待ってくれている。そんな気がしながら、私は今日も明日も夢をみる。

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