第1話 次の目的
地平線から朝日が姿を見せだした頃、アンソニーはオーク樽の上に座っていた。攻め落とした城の倉庫にあった葡萄酒を飲んでいたのだ。
素焼きの甕に直接口をつけて飲み、口の端から溢れた葡萄酒がアンソニーの身体に付いた血や泥を洗い流していく。もはや作法も糞もあった物ではないが戦地で気を使う方がおかしいだろうと自分を納得させた。
「げふっ……美味い」
「アンソニー。よくやってくれたな」
「ジョン王! これは失礼を」
飲み終わりげっぷをしているとアンソニーの下へと王様が現れた。青銅の鎧に身を包み、革のマントをなびかせる。アンソニーはその姿を確認すると甕を投げ捨て跪いた。
「まさか本当にやってのけるとは思わなかった。『剛腕』『鉄の腕』と謳われしアンソニー卿の力、存分に見せてもらった。これは褒美だ。少ないが今は許せ」
「有難く頂戴します」
ジョン王から紐に繋がれた捕虜を受け取るとアンソニーは嬉しそう口角を上げた。
「……ところで一つ聞きたいのだが」
「はい、何なりと」
「なぜ裸なのだ?」
跪いたアンソニーの股からぶら下がる大きな逸物を見て、ジョン王は不快そうに白い眉をひそめた。
「アンソニーに着替えと剣を渡してきました。もっともアレの腕に剣が耐えられるとは思えませんが」
「構わん。それよりも次だ次」
城の中にあった執務室に、ジョン王とその配下の騎士達が集まり、作戦会議を始めていた。アンソニーは居ないが。
「ベネディクト卿。地図を出せ」
「はっ」
ジョン王の前に羊皮紙に描かれた地図が広げられた。
「スライ大公国の軍勢は今や西を完全に占領しつつあります。
「一番近い敵の拠点はどこだ?」
「ここから北西にある湖ですな。スライ軍はそこに陣をはっているとか」
ベネディクトは湖にコインを置いた、周囲には森が広がっていて、大きな道は一本も無い場所だ。
「よし次はここに向かうぞ。先陣はアンソニーにやらせよ」
「……アンソニーに、ですか?」
鎧を着こんだベネディクトは眉間に皺をよせあからさまに不満そうな表情を浮かべる。
「不満か? 今回の戦闘から逃げ延びた敵もここに合流しているだろう。あれに先陣をきらせれば、敵も混乱して、ひょっとすれば簡単に攻め落とせるかもしれんぞ」
皺まみれの顔で笑顔を作るジョン。それに対しベネディクトはやや呆れながら答えた。
「王よ。そのためにはアンソニーにまたあの格好をして貰わねばなりませんぞ。敵が見たのは昨夜のあの格好なのですから」
「全裸に泥を塗った男か。まぁ確かに珍妙な恰好ではあるが、それもまぁ個性だろう」
「個性……」
そんな個性があってたまるか、そうベネディクトは考えたが口をつぐむ。
「夜に仕掛けるぞ。ベネディクト卿、あれに昨晩と同じ格好をさせよ」
「……はい」
ここはジョン王が治める王国、ルミナ王国。
巨大な樹海を越えた先にある隣国、スライ大公国から侵略され、防衛戦争をしていた。戦況はやや劣勢。王国の西側は殆どが占領され、西に僅かに残った兵力は孤立していた。