プロローグ
月明かりの差す森の中、その中にある暗く湿った沼に全裸の男が居た。
短い金髪と青い瞳、筋骨隆々のその男、名をアンソニーといった。彼は騎士である。今は王様からの命令を受けて、森の中にある小さな城、その城門を破壊、あるいは開けるように動いている最中だ。
「月光に反射しないように泥を塗りこもう。確かあれだよな? くぼんだ所は薄く塗って、逆に光が当たりやすいところは厚めに塗るんだよな?」
たった1人で潜入しなければならない、だからアンソニーは服を脱ぎ捨て、体の隅々まで泥をぬったくって監視の目を欺こうとした。
「神よ。僕の罪をお許しください」
アンソニーは棍棒と仲間に合図するための角笛を腰に付け、青い双眸で敵の城を睨んだ。
「いざ行かん!」
気合十分、アンソニーは暗い森の中を1人で進んだ。
背中に泥を塗り忘れた状態で、肉付きのいい尻を振りながら。
城壁の上で見張りをしている兵士達は困惑していた。城門の上に10名、下に10名、計20名が奇妙な物体の登場に困惑していた。
「おい、あれなんだ?」
「影なのか?」
彼らの目に映るのは、城壁の下に全裸で泥をぬったくって突っ立っている真っ黒なアンソニーである。片手に棍棒を持って、腰には角笛が見えている。
なぜ全裸なのかはこの際どうでもいい。
アンソニーは何故か動かなかった。兵士達が気付いた時、何故か彼は動きを停止、真っすぐに城壁の上にいる兵士達を見ているのだ。
「おい何なんだよアレ。ただの頭のおかしい奴か?」
「悪魔じゃないか?」
「敵の斥候かも」
城壁の上のかがり火は増えていく。だがその男は動こうとしなかった。
「……まさか、あの泥は偽装のつもりなんじゃないのか?」
「いや、仮にそうだったとして……なんで城門の真っ正面から来る?」
その通りである。この男、アンソニーが居るのは、敵の城の真正面なのだ。
偽装しているし大丈夫であろうと、そう思って真正面から行った。そしてものの見事にバレた。今アンソニーはただ黙って立つことで自分はただの影であると主張しているのだ。
効果は皆無、そう思われたがそうでもなかった。
「おいずっとこっち見てるぞ……」
「悪魔だ! あれは悪魔だ! 笛を吹き夜に現れ兵士を殺す悪魔だ!」
「おお神よ! 御救い下さい!」
アンソニーはただ立っているだけだ。武器も棍棒しかない。他には角笛だけだ。
だが敵は混乱し、中には後ずさり逃げようとしている者までいた。そしてそれを好機と見たアンソニーは……
──事ここに至ったなら、僕はあの城門を破壊して死のう。
アンソニーの腹は決まった。あとは行動に移すのみ。その青い双眸を敵に向け、全身に力を入れ、思いっきり息を吸い……
「ピィギェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
アンソニーの口から出た静かな夜に響き渡る大絶叫。それと共にアンソニーは城門目掛けて走った。
「ヒィッ!? い、射かけろ!!」
城壁の上に居た兵士はいきなり奇声を発したアンソニーに怯え、一瞬だが攻撃を躊躇した。そしてそれが彼らの命取りとなる。
「迎撃しろ!」
「ひぃいいいいッ! こっちに来るなぁッ!!」
敵の視点から見て、アンソニーは恐怖だった。暗闇の中、泥で真っ黒に身体を染め、奇声を発しながら青い瞳を爛々と輝かせ特攻してくる。
城門の近くで槍を構えて防御している兵士達は完全に浮足立った。
「キィエアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「いやだこっちに来るな! うわああああッ!」
兵士が突き出した槍は、アンソニーの脇を抜け外れた。そして一度外した槍は引かない限り再び突くことはできない。
「ギャァッ──」
気合一閃、アンソニーの振るった棍棒は敵兵士の脳天を叩き割り、冷たい地面に脳みそをぶちまけた。
「キェエッ! ピギェアアアアッ!」
叫び、殴り、怒り、ひたすら暴れた。そして5人程度を倒した後、城門の警備が手薄になった。
「オラァッ! ラァッ! ヒギィエエアアアアッ!」
城壁の上の兵士はしばし捨て置き、アンソニーは城門をひたすら破壊し始めた。分厚い樫の木と鉄で補強した城門だったが、アンソニーの棍棒が当たるたびに砕け、ひしゃげ、穴が開いていく。
「この化け物が! おい早く穴を塞げ!」
「無理だ! 壊す方が早い!」
アンソニーの棍棒はいつの間にか中頃でへし折れていたが、今度は素手で城門を破壊しにかかる。
突き出た木片をへし折り、穴を塞ごうとした兵士はアンソニーに掴まれて肩や胴を穴の淵で削り取られながら引きずり出されていった。
「もう駄目だ!!」
慌てた兵士が後ろに飛びのくと同時、アンソニーが城門を突き破り城の中へと侵入する。
「ピギェアアアアアアアアアアッ!!」
奇声を発しながら、アンソニーは腰の角笛に手をかける。
体制を整えようと退いていく兵士達が見たのは狂ったように角笛を吹き鳴らす全裸の男と、その後ろから現れる無数の篝火。まるで黒い波涛の如く城内に雪崩れ込んでくる兵士達の姿だった。




