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第8話 幽霊彼女と放課後デート



 当然ながらなんともしんみりした空気の中朝礼は終わり、生徒達はそれぞれの教室に戻って行く。

 麗衣那は僕について一年C組にやってきた。

 もちろん僕以外の誰にも視えていない。麗衣那は僕の席の隣に立っている。

 今朝麗衣那が今日は僕と一緒にいたい、と言ったのは、きっと今朝の朝礼で自分の話題が出るだろうことを予期していたのだろうと思う。

 自分が死んだことを友人達が知って、泣き悲しむ姿。そんなお通夜みたいな教室になんて行きたくないだろう。

 わざわざ自分は死んだのだと、現実を突きつけてくるような場所なんかに。

 麗衣那はあっという間にいつもの麗衣那に戻っていて、いつもの、なんて言ったって僕が彼女のことを知っているのはここ二、三日のことだけれど、「わあ、一年C組から見る窓の景色ってこんな感じなんですね!私一年生のときはA組だったんです!」などと喋っている。

 教室で普通に話すことははばかられるため、独り言を言い続けてる不審者になるからね…、僕は必要そうなときだけ小さく返答した。

「で、佐久間くんはこういう授業前とか、お友達とお喋りしたりしないんですか?」

 麗衣那の何気ない問いかけに、僕の心がぐさりと抉られる。

「…いんだよ…が………」

 僕の声が小さすぎたのか、麗衣那が僕に顔を寄せて来る。

「え?なんて?」

 僕ははっきりとこう口にした。

「いないんだよ!友達が!!」

 然程大きな声を出したつもりはなかったのだが、周囲の席の生徒がちらりとこちらに視線を向けた。

 じろっと麗衣那を睨むと、少し驚いたような顔をしていて、けれどその表情はすぐに柔らかな微笑みへと変わる。

「では、私が友人第一号ですねっ」

 その笑顔と言葉に、今度は僕が目を丸くする番だった。

 ああきっとこの人は、この心優しい言葉と笑顔でみんなから慕われていたんだろうなぁと、漠然と思った。

「あ、佐久間くん!先生来ました!」

 麗衣那はどうせ先生からも生徒からも視えていないというのに、慌てて席につこうとする。

 どこに座ろうか考えた挙句、今日は体調不良でお休みの何とかくんの席に腰を下ろした。

「佐久間くーん!」と離れた席から普通に手を振ってくる麗衣那に困りながら、僕は真面目に授業を受けた。

僕にしか聞こえないからって、授業中に鼻歌を歌うな。


 放課後、麗衣那はうきうきで僕の元へとやってきた。

「一年生の頃、餅月先生から現代文を教わっていなかったので、授業とっても新鮮でした!餅月先生の授業、楽しいですね!」

 現文の授業の何がそんなに楽しかったのか、麗衣那はにこにこしている。どの授業もどの先生であっても一緒だろうと思いながらも、まぁ麗衣那が楽しめたならいいかな、と「それはよかったよ」と返す。

「で、で?」

「え?」

 麗衣那はきらきらとした瞳でこちらを見てくる。

「で、って?」

 僕が首を傾げると、麗衣那はぷくっと頬を膨らませる。

「もうっ!とぼけないでくださいよっ!放課後デート、ですよね!?佐久間くんが言ったんじゃないですか!」

「あ……」

 そうだった。

 朝礼での麗衣那があまりに辛そうで、咄嗟になにか楽しいことはないだろうかと考えた結果、出てきた単語が放課後デートだった。

「放課後デート、というものは、何をするものなのでしょうかっ!」

 目を輝かせながらこちらを見つめてくる麗衣那に気圧されながらも、あれ?放課後デートってなにするんだ?、と僕も思わず首を傾げる。

 スマホを取り出し、検索画面に『放課後デート 高校生 何する』と打ち込むと、ばーっと色んなお出かけプランが出てくる。

『放課後デートのおすすめスポット』『帰り道の寄り道コース』『初デートおすすめ50選』など、やたらといっぱい記事が出てきた。

 ふむ、どうやら僕と同じように検索する人も多いようだ。

 そもそも「放課後デート」なんて単語を使ってしまったが、僕と麗衣那は恋人ではない。

 麗衣那の言葉を借りれば、僕達は友人ということになる。

 友達と帰りに寄る場所…。まずはそうだな…。

 適当に記事を見て、僕は手軽なものを候補に挙げることにした。

「麗衣那は放課後、どこかに寄り道したことってないんだよね?」

「まったくないです!」

「なら、とりあえずここなんかどうかな?」

 そう言って行き先のホームページを見せると、麗衣那は大きな瞳を更にきらきらさせて頷いた。

「行ってみたいです!」


 そうして僕達がやってきたのは、駅前にある『コーヒーバックス』というコーヒーショップのチェーン店だった。

 コーヒーバックスは、普通のコーヒーメニューに加え、スイーツのようなクリームたっぷりのフラッペが人気である。

 女子高生はそのフラッペの見た目が可愛く映えるとかで、SNSによく写真をアップしているようだ。味もすごく美味しいらしい。季節ごとに入れ替わりも激しく、リピーターは多いとか。

 実は僕も店内に入るのは初めてだった。

 毎日この店の前は通るが、何分高校生男子が一人で入るには少しハードルが高い。友人と一緒だったり、待ち合わせに使うにはいいのかもしれないが、あいにく僕にはそんな友人はいないし、勉強に使おうにも家での方が捗る派だ。そういうわけで、僕も初めて入るコーヒーショップだった。

 麗衣那は店の看板を見上げ、「ここがみんながよく行っていた…」と呟く。

 やはり麗衣那の周りの女子もよく通っていたらしい。

「は、入りましょうか…」

 少し緊張した面持ちの麗衣那と、

「あ、ああ、うん…」

 めちゃめちゃ緊張している僕は、重い扉を押して店内へと入っていく。

 カランっと爽やかなドアベルが鳴って、「いらっしゃいませぇ~」とこれまた明るく爽やかな挨拶が店内に響く。

 僕達はゆっくりと注文カウンターへとやって来る。

「こんにちは、店内ご利用ですか?」

 にこやかな女性店員さんが僕に話し掛ける。麗衣那は隣にいるのだが、当然彼女には視えていない。

「あ、はい」

 店員さんに答えつつ、小さく麗衣那に尋ねる。

「注文、決まってるか?」

 麗衣那は力強く頷く。

「私は、トールサイズの抹茶フラペのチョコチップ追加でお願いします」

「お、おお…」

 聞き馴れない単語に驚きながらも、そのまま店員さんに伝える。

「トールサイズの抹茶フラぺのチョコチップ追加、一つですね」

「あ、二つで」

「え?」

 メニューが多くてどれを頼んでいいのか分からなかった僕は、麗衣那と同じものを頼むことにした。

「二つで、お願いします…」

 店員さんは一瞬戸惑いながらも、「二つですね」とレジを打った。

 僕が二つ飲むわけじゃないが、確かにそうか、持ち帰りならまだしも店内で二つ飲むような人は珍しいのかもしれない。

 会計を済ませた僕達は、なるべく人気のなさそうな席へと座る。

 店の奥ではあるが、一応窓際で僕達と同じ制服を着た生徒達が通り過ぎて行くのが見えた。

 そこに僕と麗衣那は向かい合わせで座った。

 麗衣那の目の前に飲み物を置くと、彼女はそれをまじまじと見つめた。

「これが噂の……!」

 色鮮やかな抹茶色のフラッペにこれまた綺麗にクリームが乗っており、そこにはチョコチップがパラパラとまぶされていた。

 僕も実物は初めて見るが、すごく美味しそうだ。

 しかし、こんな真冬に飲むものだっただろうか?

 どうやらこのお店では一年中このような商品を売っているようだが、フラッペってそもそもちょっとしゃりしゃりして夏のイメージがあるような…。

 辺りを見回すと暖かな店内であるせいか、僕達と同じようにフラッペを頼む人は多いようだった。勉強をしている生徒達も、仕事でパソコンをカタカタさせているサラリーマンも、片手にはフラッペがある。

 僕は口を開こうとして、思い留まった。

 麗衣那、寒くない?

 そう訊こうと思ったのだが幽霊である麗衣那は、寒さを感じるのだろうか。

「さあ佐久間くん!いただきましょう!」

 麗衣那はフラッペを手に取ると、僕のフラッペに軽くこつんと当てた。

 どうやら乾杯、ということのようだ。

 麗衣那と同じように、僕もストローに口を付けることにした。

「んんっ…!!」

 一口飲んだ瞬間、麗衣那はその綺麗な瞳をより一層きらきらと輝かせる。

「ん」

 僕も同じように一口口に含んだ途端、ちょっとのしゃりしゃり感とともに、甘めな抹茶の味が口内を満たした。思ったよりも冷たすぎず、のど越しの良さを感じる。

「お、美味しい…」

 これはみんなが通ってしまうのもよく分かる。他の味も飲んでみたいなとか、何かカスタマイズをしてみたいなとか、そんな風に思わせる味だ。

 僕から零れてしまった言葉に、麗衣那はうんうん頷きながら同意する。

「これ、すっごく美味しいです!みんなが新作が出る度に通ってしまうのも頷けます!」

 僕と同じような感想を麗衣那も抱いたようだ。

「こんなにも美味しいなら、生きているうちに飲んでおけばよかったです!佐久間くん、連れて来てくれてありがとうございますっ!佐久間くんのおかげでこうして飲めて嬉しいです!」

「ああ、いや、別に」

 僕が特別何かしたというわけではない。

 麗衣那は必然的に僕の傍にいれば普通に過ごせるようになるというだけだ。

 しかし目の前で減りゆくフラッペは他人からはどう見えているのだろうか。

「なあ、麗衣那」

「はい?」

「麗衣那が飲んだり食べたりしているそれらは、他人からはどう見えているんだ?」

「あら、たしかにそうですね、食べ物だけが減っているのかな?」

 「佐久間くん、今から私はお行儀の悪いことをしますけれど、どうか目を瞑ってくださいね」と麗衣那はフラッペを持って立ち上がった。

 それを飲みながら、店内をうろうろする。

 店員さんの目の前に立って見ても、店員さんが反応することはなかった。

「どうやら私が触れた物は、他人には視えていないようです!霊パワー万々歳ですねっ!」

 麗衣那は着席すると、ぱちんと僕にウインクを決める。

「そういうものか」

「そういうものです!」

 僕にとってこの世界は、他人が見ているよりも不可思議な世界だ。

 何事も基本的に柔軟に受け入れてきたものと思うが、やはり霊の世界のことはまだまだ分からないことばかりのようだ。





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