第6話 幽霊彼女と一緒のベッド
「では、今日からよろしくお願いしますね!」
「ああ、うん……」
押されるがままなし崩しに、学園一の美少女(幽霊)と青春を謳歌することになってしまった僕。
霊と一緒に過ごすなんて初めてだ……。
まさか僕の生気を吸われたり、身体を乗っ取られたりはしないだろうな?
「ふんふふん♪」
目の前でうきうきと何が青春っぽいかなぁ、と考えている逢川さんが、そんなことするわけないか、とすぐに思い直す。
逢川さんは僕の近くにいる限り、普通の人と同じように過ごすことができる。
しかし僕から距離をおけばおくほど、僕の霊的な力が弱まるのか、逢川さんの身体が透けたり物に触れなくなったりするらしい。
確かに僕はよく霊的なものを視るし感じることができるけれど、距離が離れるにつれ、その姿は黒い影のようになって曖昧に視えることが多かった。
逆に近くに寄られると、それがどんな姿をしていようとはっきりと視ることができた。
なるほど、僕の力は僕の近くの範囲内だけが強まっていたのか。
逢川さんという心優しそうな霊と出逢って、僕自身も初めて知ることだった。
「さて!これから一緒に住まわせてもらいますので、ご飯の支度はお任せくださいませっ」
「ん?ちょっと待て。…一緒に住む?」
聞き捨てならない言葉が逢川さんより飛び出し、僕はストップをかけた。
「えっと、今日一泊のはずでは……?」
「あ、えっとぉ……佐久間くんの傍にいれば、私は生きているときと同じように行動できるわけですし、家に帰っても誰とも話せず、ただただ寂しいだけですし……。傍にいさせてもらえたら、とても心強いのですが……迷惑でしょうか……?」
露骨に落ち込んだような表情を見せられて、僕は慌てて頭を振る。
「あ、いや別に迷惑とかじゃない…けど……」
「そうですか!では、できるだけ佐久間くんのお役に立てるように頑張るので、ぜひよろしくお願いします!」
「ああ、うん………」
また逢川さんに押し切られてしまった…。なんだかすっかり逢川さんのペースに乗せられっぱなしである。
思ったよりも押しの強いお嬢様なんだな、逢川さんって。
ていうか…幽霊とはいえ、女子と同居って……許されることなのか?法に触れたりはしないか?
しかも学園一の美少女だぞ?そんな彼女と僕が一緒に生活だなんて、これは現実か?
信じられない話の連続で、自分の脳の処理がバグったのではないかとも思ってしまうが、たしかに幽霊関係でもない限り、逢川さんのような美少女と僕が同居なんてことにはならないだろう。
そうだ冷静になれ、僕は彼女に取り憑かれているだけだ。
「あ、逢川さん、」
呼び掛けると、エプロンを付けた逢川さんがくるりと振り返った。
「あ、その逢川さん、って呼び方なんですけど、これからは麗衣那って呼んでくださいな。佐久間くんとはこれから青春を共にする、友人なんですから!」
ゆ、友人…………?
女子を呼び捨てで呼んだことなんてないんだが……。
「あ、ああ、うん。分かった。だったられ、れ、麗衣那…も、敬語じゃなくていい。普通に楽にしゃべってくれたらそれで…」
「ありがとうございます!敬語が癖になっているだけなのですが、これからはなるべく気楽に話しますね、友人ですものね!」
麗衣那を見ていると、本当に死んだ人間なのか疑わしくなる。
普通死んでこんなに明るいものなのだろうか。
生前がどんな人間だったのか、僕は詳しくは知らないけれど、確かにこの明るさと気さくさならみんな好ましく思うだろうな。
「食材勝手に使っちゃいますね」
そう言いながら麗衣那は冷蔵庫を開ける。
「思ったよりも食材入ってますね、あ、そうだ!ご家族はいつ帰って来られますか?何人家族でしょうか?あ、挨拶もしなくては!って、私のこと視えないかぁ」
はっとしたように身だしなみを整え始める麗衣那に僕は言う。
「必要ないよ」
「え?」
「ここには、僕しか住んでないから」
「え?一人暮らし、なのですか…?」
「そう」
僕の言葉に反論するように、足元で「にゃあ」と小さな声がした。
「ああ、ごめんごめん」
僕は鳴き声の主を抱き上げて、軽く顎を撫でてやる。
「一人じゃなかった、一人と一匹暮らしだ」
僕の腕の中で嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす、小さな白猫。
麗衣那の表情がぱあっと明るく色付いた。
「わあ!ねこちゃんですか!お名前は!?」
「こしあん」
「こしあんちゃん!!」
白地に耳が餡子のような小豆色をしていて、尚且つこしあんと出逢ったその日、ちょうどこしあんの大福を食べていたこともあって、こしあん、と命名した。
こしあんは少し麗衣那を警戒するように見たあと、さっと僕の腕から抜け出してどこかに行ってしまった。
「ああ……こしあんちゃん……」
がっくりと肩を落とす麗衣那がなんだかおかしくて、ふっと笑ってしまった。
「こしあんは人見知りが激しいんだ。僕に懐くのも時間が掛かった。あんまり気を落とさないでくれ」
「そう、なんですね…、またお話できる機会があるといいな」
麗衣那は気を取り直したように料理の準備に戻る。
これからは一人と一匹と、一人の幽霊暮らしになるわけか。
楽しそうに鼻歌を歌いながら料理する麗衣那を見ながら、なんだか不思議なことになってしまったなぁ、と他人事のように思った。
「「いただきます」」
二人小さなダイニングテーブルに向かい合わせで座る。
麗衣那が用意してくれた晩ご飯は、肉じゃがだった。
じゃがいもを一口口に入れると、ほろりと崩れ、しみ込んだ味がこれまた僕好みのしょう油加減で、思わず舌鼓を打った。
「うまっ…」
僕の言葉に麗衣那はほっと胸を撫でおろしたように、柔らかな表情を見せた。
「よかったぁ…、実はあまり料理ってしたことがなくて」
「えっ」
「家庭科の授業くらいでしょうか、まともに作ったの。でもお台所に置いてあった料理の本を見ながら作ったら、それなりにそれっぽい肉じゃがが出来たので、佐久間くんの口に合ってよかったです!」
「まじか……」
目の前でにこにこと笑う麗衣那は、やはり噂にそぐわぬ才女のようだ。
料理本を見ただけこんなに美味いものが作れるなら、僕だってとっくに料理に目覚めている。
「…美味しいです…、ありがとう」
「はい!」
実は僕って今、学校のやつらが羨ましいと思う境遇にあるのではないだろうか。
学園一の美少女と一緒にご飯、しかも彼女の手作りである。
これもちょっと青春っぽいな、と気持ち悪くにやけながら、僕は麗衣那の手料理を有難くいただいた。
夕食を終え、寝る支度を始める僕達。
「佐久間くんと一緒だと、私も生きていたときみたいにご飯が食べられて嬉しかったです!」
「それはよかった」
麗衣那は満足そうに笑う。
「えっと、ところで麗衣那は、どこで寝る?」
さすがにお泊り用の布団は用意がなかった。軽いブランケットならあるが、暖房が入っているとはいえ、この真冬にブランケット一枚は寒いだろう。
どうしたもんか、と思っていると、麗衣那は平然と言う。
「え?佐久間くんと同じベッドで寝てはいけないのですか?」
その言葉に僕は思わずあんぐりと口を開けてしまった。
きょとんと首を可愛らしく傾ける麗衣那に、危さを感じる。
いや普通、男と一緒のベッドでなんて寝たらだめだろ。このお嬢様、のほほんと生きてきたのか、あまりに危機感がなさすぎる…。
まさかぼーっと歩いていて交通事故に遭った、なんて言わないだろうな。
まあ相手は僕だし、触れるからと言って何かをしようと考えているわけではない。
はあ、と大きくため息をついて、僕は渋々頷いた。
「狭くてもいいなら」
「ありがとう!佐久間くん!」
「友人とのお泊り会ってこんな感じなのでしょうか!」とうきうきで寝る支度を始める麗衣那。
彼女はずっと制服のままである。ブレザーは脱いでいるが、ワイシャツカーディガンにスカートだ。
「スカート、皺にならないか?」
僕がそう声を掛けると、麗衣那は一瞬何か考えたようすを見せて。
「あ、そうですね…ジャージに着替えて寝ます」
麗衣那は自分の鞄から学校指定のジャージを取り出す。
そのようすをなんとはなしに見ていると、少し気まずそうに僕を見る麗衣那と目が合った。
「あ、あの…着替えたいのですが……」
「あ、わ、悪い!」
さすがにそこの羞恥はしっかりあるようであった。よかった…。
狭い一人用のベッドに入って、電気を消す。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
二人背中合わせで布団に入ったのだが、狭いせいか、彼女の気配をひしひしと感じる。
しかしやはりというかなんというか、静かに集中して気配を意識してみると、人間の気配とは違う不安定さがあった。ほんのりと暖かみは感じるが、生きている人間でないことを痛感するような、何か不思議な感覚だった。
寒いな……。
ちらりと彼女の方を窺えば、しっかりとそこには姿があった。
霊は、死んだ人間は眠るのだろうか……。
寝つきが悪く、そんなことを考えていると、小さくすすり泣く声が聞こえてきた。
麗衣那……?
寝ているだろう僕に気を使ってか、小さく、何かに耐えるような声だった。
死んでしまったことが、悲しいのだろうか……。
僕はなんて声を掛けるべきか分からず、ただただ麗衣那のすすり泣く声を聞いていた。