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第5話 幽霊彼女の事情



 逢川さんから聞いた話を要約すると、こういうことらしい。


 逢川さんは今朝、登校中に車に跳ねられ、そのまま意識を失った。

 ふと目が覚めると病室で、家族が泣いていた。

 そしてその家族が囲んでいたのは、眠っているかのように固く目を瞑った逢川さんだった。

「私、ここにいますよー!」

 逢川さんは家族へと呼び掛けるが、誰一人として反応なし。

 家族は泣いているし、医師も沈痛な面持ちで俯いているしで、逢川さんはようやく悟った。

「あれ…?私、死んじゃったんだ……?」

 家族に触れようとしても当然すり抜けて触ることもできず、病室に置かれているものを動かしてみようにも同じように触ることができなかった。

 泣き喚く家族を見ていられなくて、逢川さんは病室を出た。もちろんドアもすり抜けが可能らしい。

 そうして一度自宅に戻り、何か家族にメッセージを残せないかと四苦八苦していたところ、自室の自分の物は触ることができ、家族の物は触れないことを知ったらしい。


「メッセージ、なんて書いたの?」

「今までありがとうって」

「いやそれ自殺だと勘違いされないか!?」

「って書こうとして、結局書かなかったんです」


 というわけで彼女はメッセージを結局残さず、触れるものや食べられるものはないかなど、試したりしてから家を出た。

 それから学校に行って、普通に授業を受けたらしい。

「学校に行くとね、やっぱり実感しました。私のこと、誰も視えていなくて、ああ、本当に死んじゃってるんだなって」

 学校でのことを思い出すように、逢川さんは少し寂しそうに虚空を見つめた。

「授業も終わって、みんなが下校して、行くところもなくて結局家に帰ろうとしたんです。そうしたら雨が降って来て、」

 折り畳み傘を常備していた逢川さんは、鞄から傘を取り出そうとした。

 けれどそこで、鞄を持っていないことに気が付く。

「多分、事故のときに落としてきちゃったんです。でもふと気が付くと、私、鞄を背負っていました。鞄の中身は昨日の夜に見たもので、折り畳み傘もしっかり入っていました」

 「幽霊って便利なんですねぇ」とのほほんと感想を述べる逢川さん。

 霊体なので雨に濡れるかは分からなかったが、生きているときと同じように傘を差すことにした逢川さんは、そこで僕の姿を見付けたんだそうだ。

「急に降り出してきましたものね。きっと傘がなくて困っているんだろうなって、佐久間くんを見てすぐに分かりました」

 そこで逢川さんは、傘をなんとか渡せないかと考えた。

「きっとこの子も私の言葉は聞こえないだろうなぁ、と思いつつ、駄目もとで声を掛けてみたんです。そうしたら……」


「入っていきますか?」

 

「そう声を掛けると、佐久間くんはぱっと私の方を振り返ったんです。今まで誰に話し掛けても、授業中に鼻歌を歌ってみても、誰からも反応がなかったのに、死んでから初めて、気付いてもらえたんです」

 逢川さんは嬉しそうに僕の顔を見る。

「そして次に驚いたのは、佐久間くんの傍にいると、私は『生きていた頃と同じように過ごせる』、ということです」

 生きていた頃と同じよう、とは、普通に飲み物を飲んだり、普通に物に触れたりできるということだ。

 逢川さんはどうやら、僕の傍にいると生きているのと同じように快適に過ごせるらしい。

 そして逢川さんは、僕にだけ触ることができる。

 いや、僕だけが逢川さんに触ることができる、かな。



「だから僕の家までついてきたのか」

「はい…どうしても確認したくて……。ところで佐久間くんは、何者なんでしょうか?」

 目を輝かせて訊いてくる逢川さんに、僕はため息混じりに回答する。

「僕は普通の人だよ。ただその辺の人よりも霊感が強いだけ。霊が視えるんだ」

「霊が視える…体質、なのでしょうか…?すごい、そんな人が身近にいたなんて……!」

 何がすごいのかよく分からないが、逢川さんはなんだか楽しそうだ。そうして嬉々としながらこちらに身体を向ける。

「佐久間くん!折り入ってお願いがあるのですが……!!」

「え………」

 なんとなく嫌な予感がしつつも、ひとまず聞くだけ聞いてみる。

「えっと…なに?」

 逢川さんは死んでいる人間とは思えないほどに明るくきらきらと言った。


「佐久間くんに、取り憑かせてくださいっ!!」


「断る!!!」

 予想の範疇のお願いに、僕は食い気味に返事をした。

 逢川さんはこんなにもすぐに断られると思っていなかったのか、わたわたと補足する。

「あ、あ、いえ!あの!取り憑く、というのは、霊的に使ってみたかっただけでして!幽霊ジョークでして!その、しばらく一緒に過ごさせてもらえないでしょうか…!!」

「……なんで」

「なんで…えっと、それは……」

 逢川さんは少し目を伏せる。長い睫毛が目元に暗い影を落とす。その顔はやはり、少し寂しそうに見えた。

「……私、今まで女子高生らしいことって、したことがないんです」

「女子高生らしいこと?」

「はい。いつも勉強や習い事を優先して、放課後に友人とカラオケに行ったり、カフェでおしゃべりしたり、ゲーセン?に行ったり。親や先生の期待に答えたくて、私はそればかり頑張ってきました。本当は友人とたくさん遊びたかったし、彼氏だって作ってみたかったんです」

「……………」

「でも、もうそれはできなくなってしまいました…。けれど、佐久間くんだけが唯一私を見てくれたんです!だから、どうか佐久間くんの力をお借りして、私の未練を晴らしていただけないでしょうか……!何卒この私めに、少しでも青春を味わわせてもらえないでしょうか……!」

「未練って…」

「私このままじゃ成仏できませんっ!もしかしたら地縛霊になってしまうかもしれませんよっ!可哀想ではありませんか!!」

 それ自分で言うか普通…。

 逢川さんは思ったよりも押しが強い。ぐいぐいとこちらにその綺麗な顔を寄せて来る。

「ときに佐久間くんは、そのようないわゆる青春を!送ったことがあるのでしょうか!?」

「うぐっ…」

 痛いところを突かれて言葉に詰まる。

 僕には友人と呼べる人間はいない。故に、逢川さんが上げたあれやこれは僕にとっても未経験であった。

 返す言葉のない僕に、逢川さんは狙い目だとでも言うかのように言葉を付け足す。

「高校生たるもの、青春らしい青春を送りたいと思いませんか!?ぜひこの、幽霊ではありますが…、私と、青春を謳歌しようじゃありませんか!」

「う、うぐぐぐ……」

 逢川さんの魅力的なプレゼンに、瀕死の僕。

 僕だって青春がしたい。

 変なものが視えるせいでそういうものとは無縁で生きてきた。

 相手は幽霊ではあるが、あの学園一の美少女、逢川さんだ……。しかし……。

「ねっ!佐久間くん?」

 可愛らしくお願いしてくる逢川さんに、僕はついに降参した。どうやらやっぱり僕は押しに弱いらしい。

「分かったよ…、逢川さんが成仏できるまで、僕が協力する」

「やったーーーっ!!!」

 逢川さんは子供のように飛び跳ねて喜んだ。

 才色兼備なお嬢様も、僕達となんら変わらない、ただの高校生だったようだ。



 霊とは関わらないと決めていたはずなのに、十六年間生きてきてついに初めて、僕は霊に取り憑かれることになった。


 しかも、学園一の超美少女幽霊に。




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