第4話 学園一の美少女は死んでいた
「私、死んじゃいました」
逢川さんは明るくそう言うと、何故か照れたように頬を赤くした。
いや、そこ全然照れるところじゃなんですけど…………?
「えっと……何かの冗談ですよね?逢川さんが亡くなっているなんて…」
そんな冗談を言うような人にはまったく見えなかったのだが、彼女は思ったよりも奔放な方のようだし、もしかしたら何かのジョークなのかもしれない。僕の知らないところで「私死んでるんです」ジョークとか流行っているのかもしれない。いや、全然笑えないんだけどね。
逢川さんは穏やかに口を開く。
「いえいえ!私は死んでいるのです。逢川 麗衣那、享年17歳、です!」
僕は逢川さんをじとっと見つめる。
「普通死んだ人はそんなに明るくないと思うんだけど…。本当に死んでいるんですか?」
逢川さんは何故か誇らしそうに胸を張る。
「もちろん!死んでいますとも!本当はココアも飲めるはずがなかったんです。それを証明しようと飲んだのですが、何故か生きていたときみたいに、すんなり飲めてしまいました…。本来なら、身体が透けているのか、そのままソファに零れるはずだったんですけど……」
「あ、すみません!ソファを汚してしまうかもしれないのにチャレンジしてしまって…!」と律儀に謝る逢川さんを、僕はまだ疑っていた。
「それと佐久間くんに渡されたタオル。それも受け取ることができずに透けて、手から落ちてしまうはずなのです。私が触れるものは、自分が生前使っていた物くらいで、他の物に触れても何も掴めずに通り過ぎるだけでした…。そもそも私が視えるのも、佐久間くんが初めてです!」
僕はますます疑いの眼差しを深める。
現に今、ココアも飲めているし、タオルも触っている逢川さんをはっきりこの目で見てしまっているので、正直言って彼女の言葉はまったく信じられなかった。
そもそもそんな話、さっき初めて会ったばかりの僕に信じろと言う方が難しいだろう。
僕達はそこまで信頼関係を築けていない。
とそこでふと思う。
僕に霊が視えるということを、他人に信じてもらえなかったのは、信頼関係が築けていなかったからなのではないか、と。
親しい友人がもしできたら、僕の話をまともに取り合ってくれるのだろうか……。
そしてもう一つ思ったのは、僕には霊がはっきりと視えるのだ。
それが生きていてもいなくても、僕には判断が付かないほどにはっきりと。違いは多少気配が変、ということくらいだろうか。
逢川さんが仮に霊だったとしても、きっと僕には普通の人間のように視えているから、彼女が生きているのか死んでいるのかは判断できない。気配も、今はそんなに変な感じはしないけどな…。
しかし目の前で困ったように首を傾ける逢川さんが、そんな質の悪い冗談を言うだろうか。それは彼女にとってなんのメリットがあるというのだろう?
しばし考え込んでいた逢川さんが、「そうだ!」と何かを閃いたようにこちらを見た。
「私の身体を触ってみてください!」
「えっ…」
「さすがに身体は触れないと思います!だって、さっきも街中の人は私をすり抜けていました!」
「これで私が幽霊だと信じてもらえるはずです!」と自信満々の逢川さんは、「さあどうぞ触ってくださいませ!」と両腕を広げる。
僕は少し呆れつつも、彼女が満足するならいいか、と触ってみることにした。逢川さんがOKしたのだから、文句を言われることもないだろう。
「じゃあ、…」
手を伸ばす僕と同時に、何故か逢川さんが一歩こちらに座り直した。そのせいで肩に触れるはずが、何か柔らかいものに触れていた。
「あ」
「あ」
それは逢川さんの豊かな胸であった。
ふわっとした触り心地はクッションみたいなもちもち感。それでいてなんとなくしっとりというか手に吸い付くような感覚があって…。何かに例えるのが難しい、そんな触ったことのない柔らかさだった。
「ご、ごごごめん!!!触るつもりはなかったんだ!逢川さんが急に動くから!!!」
「う、うん…ごめんなさい…………」
逢川さんは真っ赤になって俯いてしまう。
ていうかやっぱり触れるじゃないか!触れないってなんだ!すり抜けるとは!?!?!?
自分で幽霊とか言うから、少し信じそうになってしまった僕が馬鹿みたいだ。
「本当にごめん…」
そう死ぬほど反省していると、逢川さんが真っ赤になって言う。
「…わ、私…他人に身体触られるのって初めてで……だからその、私……っ!」
そうごにょごにょと何か呟いていた逢川さんは、僕が瞬きする間に、
消えていた。
「え…………?」
目を思い切りごしごしと擦ってみる。
今の今まで目の前にいたというのに、その姿は忽然と消えていた。
「嘘、だろ…………?」
狐に化かされたような気分とは、まさにこのことである。
だって絶対に今、彼女と会話していたのだ。
空になったココアの入っていたマグカップも、タオルもそのまま机に置かれている。
逢川 麗衣那は確実にこの場にいたのだ。
それなのに、その姿だけが忽然と姿を消していた。
「まさか…本当に、……幽霊だったのか………?」
思わずごくりと唾を呑みこむ。
逢川 麗衣那は、死んでいるのか……?
「あ、逢川…さん……」
「は、はい……」
「うわあああああああっっっ!?!??」
逢川さんの名前を呼ぶと、ひょっこり台所から顔を出す逢川さん。
驚き過ぎて危くソファから転げ落ちそうになる僕の様子をこっそり窺っている。
「な、なんでそんなところに…っ!ていうかいつの間に!?」
逢川さんは申し訳なさそうにこちらへと戻って来る。
「驚かせてしまってすみません…。あの、身体を触られてびっくりして隠れちゃいました…」
いや、隠れるって、僕が一瞬瞬きをしただけの間で、どうしてそんなに移動できるんだ?
未だに驚きで忙しない心臓をばくばく言わせながら、隣に座り直す逢川さんを見つめる。
「私、分かったことがあります」
「え?」
急に真剣な表情になって話し始める逢川さんに、僕もなんとかそっちに意識を向ける。
「私が触れたり、飲んだりできるのは、きっと佐久間くんの傍だけです」
「……は?」
「見ていてください」
逢川さんはまた僕に何かを見せたいらしく、手招きする。
「佐久間くんはそこに立っていてください。瞬きは、絶対にしないで」
そう逢川さんは言うと、僕から一歩ずつ台所の方へと下がっていく。
「え……」
逢川さんはそのまま後ろに下がり続け、キッチンの入口にぶつかると思われた。しかし、その異変は起きた。
「身体が、透けてる…………?」
逢川さんの身体が半透明になり、そのままキッチンの壁に透けていき、次第に消えていった。
「消え、た……?逢川さん……?」
「ここです!」
またすうっと普通の人間のように見え始める逢川さん。
そして逢川さんは薄くなるギリギリのところで、台所の入口に掛けてあるエプロンを触った。
しかし実際には触れておらず、逢川さんの手は透けて通過していた。
「まじ、か…………」
こんなこと、人間ではできるはずもない。
逢川さんは本当に………。
「幽霊、なのか………」
僕の呟きに逢川さんは少し寂しそうに笑って見せた。