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第31話 幽霊彼女と桜



 3月27日、さくらの日。


 週末、僕達は約束通り近所の公園へとお花見にやってきた。

 桜の開花状況はいまいちかと思われたが、開花宣言からここ四、五日。晴天続きで、桜はあっという間に花開いていた。

 満開とはいかないが、大体八分咲きくらいだろうか?十分に咲いていて、文句ないお花見日和であった。

 公園一面の薄ピンク色の世界を見て、麗衣那は目を輝かせた。


「わあ!桜、すっごく綺麗に咲いてますよ!」

「だな」


 麗衣那は桜の木に手を伸ばし、落ちてくる花びらを掴もうとする。

 懐かしいな…僕も小学生の頃によくやったよ、それ。

 桜の木から落ちてくる花びらを、地面に落ちる前にキャッチする。

 ひらひらと不規則に舞いながら落ちてくる桜の花びらをつかまえるのは、存外難しく、夢中になって花びらを追いかけた。

 麗衣那が「よっ、ほっ」と小さく声を漏らしながら桜の花びらを追いかけるさまがあまりに可愛らしくて、僕は笑ってしまった。


「むむ、佐久間くん、なにを笑っているのですか!」

「ああ、いやごめん。だってあまりに下手なもんだから」

 麗衣那は少しむっとしたように言い返してくる。

「じゃあ佐久間くんも花びらつかまえてくださいよっ」

「わかった、はい」

 僕は麗衣那の髪に付いていた桜の花びらを取って、それを麗衣那に見せる。

「はい、取れた」

 そういうと麗衣那は可愛らしく頬を膨らませる。

「佐久間くん、ずるいです!反則です!」

「地面に落ちてない花びらならいいんだよ。だから僕の勝ちだ」

 勝ちも負けもないと思うのだが、麗衣那がむきになるので、つい僕までむきになってしまった。


 すると麗衣那が僕に飛びついてくる。

「佐久間くんのパーカーのフードにも入っているかもしれませんっ。私もつかまえますっ」

「ちょっ、麗衣那っ!?!?」

 麗衣那は僕の周りをちょろちょろと動き回って、僕に桜の花びらがついていないか確認する。

 なんだかその動きがこしあんみたいで、僕はまた笑ってしまった。

 ふと右手を前に出すと、そこにちょうどひらひらと桜の花びらが落ちてくる。

 それを見ていた麗衣那は目を丸くして、ようやく観念したようだった。

「佐久間くんには勝てません…。やはり佐久間くんは桜の申し子なのですね……」

「まあ、名前に桜入ってるからね」

 そんなしょうもない会話に、ふたりして笑った。




 僕達は公園内にある大きな桜の木の下に腰を下ろすことにした。

 この公園にはソメイヨシノの他にも、まだ河津桜も咲いていて、ソメイヨシノの淡いピンク色に混ざって、明るいピンク色がよく映えていた。

 そんな河津桜を横目に見ながら、僕達はソメイヨシノの木の傍に、レジャーシートを広げた。

 まだ満開というほどではないので、お花見に来る人も少なく、公園内は比較的静かだった。


 桜、綺麗だなぁ……。


 晴天の青に桜の薄ピンクがあまりに美しく、いつまでも見ていられそうだった。気温も心地いい。まさにお花見日和。

 僕がぼーっと桜を見ている間にも、麗衣那は作ってきてくれたお弁当を広げてくれていた。

 美味しそうな揚げ物の香りがして、僕は麗衣那の方を振り返った。


「いい匂いだ」

「唐揚げ、美味しくできたと思います!さ、食べましょう!」

 麗衣那は甲斐甲斐しく僕にお箸と、水筒に入れてきてくれたお茶を渡してくれる。

「ありがとう」

 僕はそれを受け取って、さっそく麗衣那が作ってくれたお弁当に箸をつける。

「いただきます」

 「いただきます」と麗衣那も丁寧に手を合わせて食べ始める。

 お弁当の中身は、THE定番といったラインナップだった。

 鮭や梅、ツナマヨといった安定に美味しい具材のおにぎりに、卵焼きに唐揚げ、たこさんウインナーにアスパラのベーコン巻き、そしてミニトマトとブロッコリーも入っていて、定番で実に彩り豊かなお弁当であった。あ、ミートボールも入ってるな。

 麗衣那は朝からうきうきとお弁当を作っていた。

 今日のお花見を、すごく楽しみにしていてくれたのだろう。


「美味しい…」

 僕の呟きに、麗衣那が嬉しそうな声を出す。

「よかったです!」

 麗衣那のご飯は本当に美味しい。

 ひとつひとつの工程が丁寧で、頑張って美味しく作るぞって、麗衣那の気持ちが伝わってくるみたいだ。

「麗衣那もちゃんと食べてる?」

「はい、もちろん食べてますよ」

 そういうわりには、僕ばかりがばくばくと食べていて、麗衣那の箸は進んでいないように感じた。


「………佐久間くんは、もうほとんど私が視えないんですよね…?」


 麗衣那の言葉に、僕は顔を上げて、麗衣那の顔があるであろう場所に視線を向ける。

 僕にはもう、麗衣那の姿はほとんど視えない。

 そこにいるのだろう輪郭がぼんやり視えるくらいだ。

「うん……、ごめん………」

「佐久間くんが謝ることではないですよ!もともと普通に生きている佐久間くんが、私達霊を視ていたのがおかしいんです」

 そうかもしれない。

 けれど、あまりに勝手だ。

 勝手に視えていたのに、今度は勝手に視えなくなるんて。

 僕達はしばらくどちらも言葉を発さず、風に揺れる桜の花びらを見ていた。

 さあっと暖かな風が吹く度、桜の枝がそよそよと揺れる。

 世界はこんなにも穏やかだ。


「麗衣那、」

 僕が口を開くと、麗衣那が顔を上げてこちらを向いた気配がした。



「僕はきっと今日、麗衣那のことがまったく視えなくなると思う」



 何故かはっきりと、そう確信していた。

 今日なのだ。

 麗衣那との別れは、絶対に今日なのだ。



 麗衣那がはっと息を呑んだのが分かる。

 麗衣那は今どんな表情をしているのだろうか?

 驚いて目を丸くしている?それとも寂しいと思ってくれていて、泣き出しそうな顔をしてくれている?

 それすらも、今の僕にはもう分からないことだった。


「今日のこのお花見が、麗衣那との最後の青春の一ページだ」


 僕が憧れていた青春を、麗衣那が叶えてくれた。

 こんなにも楽しい毎日を送れるなんて、麗衣那と出逢った当初は想像もしていなかった。

 ただ変な幽霊に取り憑かれてしまったと。

 なにかしてくるようだったら追い出してやろうと。

 そんな風に思っていたはずなのに。


 そうか。


 僕は今更になって気が付く。



 僕はとっくに、麗衣那のことが好きだったんだ……。



 麗衣那を可愛いと思う気持ち。麗衣那を愛おしいと思う気持ち。一緒にいて楽しくて、ずっと麗衣那と一緒にいたいと思う気持ち。

 これが、誰かに恋をするという感情だったのだ。


 僕は、麗衣那のことが好きだ。


 今更気が付いても、きっとこの気持ちは、一生伝えることはない。

 麗衣那が静かに口を開いた。



「いいえ、佐久間くん。最後の青春の一ページに相応しいことがあります」



 麗衣那はそういうと桜の木の横に立った。




「佐久間くん、好きです」




 そう麗衣那の声がして、僕は目を見開いて彼女を見た。





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