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第2話 運命の出逢い



佐久間(さくま)!おーい、佐久間 桜士郎(さくま おうしろう)!」

「え……?」

「ほら体育館に移動しろ。今朝は朝礼があるって今言ったばかりだろう」

「あ、はい…」

 急に担任に名前を呼ばれ、意識を窓の外から教室へと戻すと、大半の生徒がおらず、どうやら既に体育館へと移動を開始したようだった。

 窓の外の黒い人影をもう一度ちらりと確認して、僕も慌てて体育館へと移動する。

 ……校庭の体育倉庫も近付かないようにしなくては。


 学校というところは、大勢の思念が集まるせいかこの世ならざるモノも集まりやすい。

 一度忘れ物を取りに夜の学校に忍び込んだことがあるけれど、その時は大変だった。

 昼間の明るい雰囲気の学校と違って、妙にどんよりとしていて暗い校舎。

誰もいないはずなのに、たくさんの人がいるかのような気配。

 夜の学校には、もう金輪際近付かないと決意した。


 なんだかそう考えると、日に日に僕の活動範囲が絞られ、狭くなっていくな…。

 行けない、行きたくない場所が増えていく。

 僕としては普通の高校生活が送りたいだけだ。

 普通に友人と馬鹿騒ぎして、普通に彼女を作って、普通の青春を謳歌したい。

 そう意気込んでいるうちに、月日は流れ、高校一年生の冬を迎えてしまったわけだけれど……。


 体育館で先生方の長いお話を有難く拝聴しながらも、クラスメイトは近付く冬休みに胸を躍らせているようだ。

 スマホで何かのサイトを見ては、こそこそと楽しそうにお喋りしている。

 きっと冬休みにどこどこに出掛けよう、などと計画を立てているのだろう。

 いいね、楽しそうだね、と微笑ましく思いながらも、羨ましくないと言ったら嘘になる。

 僕だって友人や恋人と遊びたい。青春したいのだ。

 せっかくの高校生活。僕はこのまま、ずっと一人なのだろうか……。


 わざわざ体育館に集めてまでなんの話をしていたのかは分からないけれど、気付けば先生方のお話は終わっていて、みなばらばらと教室に戻り始めていた。

 こうして僕がぼーっとしている間に、青春も終わってしまうのかもしれない。


 帰り道は、今朝とは違うルートを使った。

「こっちの道から家に帰るとなると、ええっと、ここは通りたくないから…」

 スマホで地図を確認していると、ぽつりと画面に雫が落ちた。

 その雫は急に次々と落ちてきて、地面を染めていく。

「今日雨が降るなんて聞いてないんだが…」

 僕は慌ててシャッターの降りている何かの店先の軒下に入る。

 ほんの数秒だったにも関わらず、肩のブレザーは濡れていた。

 もうすぐ本格的な冬がやってくる。

 暖かいのも今週までだと、今朝の天気予報でも言っていた。

 その天気予報は傘をお持ちくださいとは、言ってくれなかったけれど。

「はあ……」

 どうしたもんかと途方に暮れる。

 急に降り出した雨は、あれよあれよという間に土砂降りになっていた。

「困ったな…」

 家までそこまで距離があるというわけではないのだが、この降りようで傘なしではかなりびしょ濡れになってしまうだろう。

 流れの早い灰色の雲を眺めながら、一人ため息をついていると。


「入っていきますか?」


穏やかな女性の声に、僕は思わずそちらを向いてしまった。

「え……?」

 いつからそこにいたのだろうか、小さな折り畳み傘を差した女の子が、僕の真横に立っていた。

 僕が急に振り向いたせいなのか、何故か驚いたように目を丸くする彼女と目が合った。

 ぱっと見は普通の人間だ。

 僕と同じ高校の制服を着ていて、真っ白なマフラーを巻いて、足元は真っ黒なタイツで覆われていた。

 どこも変なところはない。ということは。

「…よかった、ただの人間か……」


 急に掛けられる声に反応してはいけない。

 霊や妖怪の類は、反応されることを待っている。そこでまず人間を試すのだ。

 反応があれば自分と波長の合う人間か、視える人間だ。

 悪い霊や妖怪はそういった人間に必要以上に絡んでくる。決して関わってはいけないのだ。


 反射的に反応してしまった自分に反省しつつも、どうやら普通の人間らしいことにほっとする。

 目の前の女子生徒は、可愛らしく小首を傾げる。

「ええっと…私の声、聞こえているんですかね……?」

「あ、はい、すみません、聞こえてます。えっと、こっちの話です…」

「そうですか…よかった!」

 ほっとしたように表情を緩める女子生徒は、やはりどこからどう見ても人間のようだった。

 しかし見れば見るほど、その人間離れした容姿に驚かされる。

こんなにも綺麗な人が、うちの高校にいただろうか…?

 透き通るような艶やかなロングの髪に、真っ白な肌。手足はほどよく肉が付いていて、ボリュームのある胸元に視線が吸い寄せられる。清楚可憐で、どこかのお嬢様みたいな………。

 とそこまで考えて、もしかしてと思い当る。

「えっと、逢川さん…ですか?」

 ただひとり、この条件に合う学園の美少女。

 逢川 麗衣那(あいかわ れいな)

 品行方正、文武両道。実家は有名な企業のご令嬢、とかなんとかだったような…。

 そんな人がこの学校にいるという噂を、僕も耳にしたことがあった。

「あ、はい。えっと、私のこと知ってるんですか?」

 知っている、というほどでは全くない。薄っすらそんな噂を聞いたに過ぎない。

「同じ学年なのかな…」と小さく呟く逢川さんは、改めて僕に提案した。

「傘、なくて困っているのかなって。良かったら、入っていきますか?」

「え……」

 確かに傘がなくて困っている。

 しかし、学園一の美少女と相合い傘だなんて、誰かに見られでもしたら大問題だ。

 ……でも待てよ、その話題を皮切りに友人ができたりしないだろうか。

 おい、お前昨日逢川さんと一緒に帰ってただろ?えー、見られてたのかよ。ちょっと逢川さんとどういう関係?教えろよー!

 ……ふむ、悪くないぞ。

 それにこんな美人の横を歩ける機会なんて、そうそうないかもしれない。

 逢川さんは彼女でもなんでもないけれど、彼女と相合い傘で帰る、というのも僕の高校生になったらしたいことリストの上位でもある。

 ……神様が僕に与え給うた奇跡かもしれない…。

 いつもなんやかんや霊に悩まされているのだ。今日くらいはこのラッキーに身を任せてもいいんじゃないだろうか。

 僕は一人でうんと頷くと、彼女に向き直った。

「あの、お言葉に甘えてもいいですか?…僕の家、すぐそこなんで、そこまでお願いできたら助かります」

 そう返答すると、逢川さんは嬉しそうににこりと微笑んだ。

「お任せください」


 逢川さんの小さな傘の中に、二人肩を寄せ合い入った。傘は僕が持つことにする。

 いやどう考えてもやはり一人用の折り畳み傘だ。逢川さんを濡らさないようにと気を付けると、僕の右肩はびしょ濡れである。

 まぁ、半分は濡れずに済んでいるのだから、文句は言えない。

 それにこんなに美人な女の子と肩を並べられているだけでも奇跡に近いのだ。

 なんだかいい香りがする。シャンプーの匂いなのだろうか。女の子って本当にいい匂いがする生き物なんだな……。

 僕はちらりと、隣を歩く美少女に目を向ける。

 善意の塊みたいな人だ。

 見ず知らずの僕なんかをわざわざ傘に入れてくれるなんて、どういう育ち方をしたらそんな考えが浮かんでくるのだろうか。

「あ、…逢川さんは、遠回りにならないですか?僕の家に寄っても」

 雨の中わざわざ遠回りで帰らせるのは、さすがに申し訳ない。そんなことに今更気が付く。

 せっかく声を掛けてくれたからとすっかり甘えてしまったが、先に訊いておくべきだった。

 しかし逢川さんはふるふると首を横に振る。

「…大丈夫です。私の家の、通り道だから…」

 何故か寂しそうに眉を下げてそう話す逢川さんに少しの違和感を覚えながらも、僕達はぽつぽつと話しながら歩みを進めた。

「お名前、訊いてもいいですか?」

「え?ああ、佐久間です。佐久間 桜士郎」

「佐久間くん。学校は、…楽しいですか?」

「え…?あ、はい…いや、まあまあ?」

 楽しいも何も友人の一人もまだいないのだが、とりあえず差し障りのないような回答にしておく。

 なんでそんなことを訊くんだろう…?親戚のおばさんじゃあるまいし。

 ……逢川さんは、学校が楽しくないのだろうか……?

 こんなになんでも持っているような人でも、何か悩んでいることがあるのだろうか。

 僕は不思議に思いながらも、逢川さんに尋ねる。

「逢川さんは、彼氏とかいないんですか?」

 逢川さんは何が楽しいのか、くすくすと笑う。

「いませんよ、いるわけないです」

 いるわけないことはないと思ったから訊いたのだが。

 こんなに美人なのだから多くの人に告白されているだろうし。

「…私を愛してくれる人なんて、きっともう誰一人いないです」

 どうしてそんなことを言うのかは分からないが、逢川さんはからからと笑った。


 そうこうしているうちに、うちの前へとやってくる。

 小さなアパートではあるが、内装は思ったよりも綺麗で気に入っている僕の家だ。

 階段を上がって右手奥の、205号室。

 そこが僕が一人で住む家だ。

「あの、傘ありがとうございました。僕の家、ここです」

 本当は僕が逢川さんを家まで送り届けるべきなのだろうが、傘を借りている以上、本末転倒だ。大変情けなく思うが、ここで失礼した方が余計な手間が増えないというものだ。

「いえ、私も、久しぶりにおしゃべりできて、嬉しかったです」

 久しぶり……?

 今日は月曜日で、普通に学校があった。

 逢川さんも制服を着ているし、今日学校に行った帰りなのだと思っていたのだが、行っていなかったのだろうか?何かの用事で外にいたのか?

 仲の良くない僕なんかが出しゃばって訊くようなことでもない。

 少し疑問に思いながらも、僕は逢川さんの言葉をスルーした。

「えっと、気を付けて帰ってください…」

 僕は逢川さんにぺこりとお辞儀をして、玄関の鍵を開けた。

 すると。

「え……?」

 逢川さんが僕と一緒にするりと玄関に入り込んできた。

 逢川さんは何か切羽詰まったように、僕に向かってこう言った。


「……泊めてくれませんか………!!」





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