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第26話 幽霊彼女とバレンタインデー➁



「ただいま」

「おかえりなさい!」


 家に帰ってくると、エプロンを付けた麗衣那が玄関へとやってくる。

 なんかこの感じ…結婚してるみたいだな……。

 仕事から帰ってきた僕に、可愛いお嫁さんがご飯を作って待っていてくれている、みたいな。


「佐久間くん?どうかしましたか?」

「ああ、いや、なんでもない」

 妄想していたせいで、まじまじと麗衣那のエプロン姿を見つめてしまっていた。


「今日は随分と遅かったですね?」

「え?そうかな……」

 麗衣那は僕にぐいっと近付いてくると、何故か僕の顔をじとっと凝視している。

「え、っと……なに?」

「佐久間くん、なにか隠していませんか?」

「えっ…」

「その動揺の仕方は怪しいですね…、私に隠し事ですか?」

 いつものほほんとしているはずの麗衣那が、今日は何故かやたらと鋭い。

 どうする、もう言ってしまうか…、いやこんな玄関で渡すのも嫌だな。

 僕はひとまず、話を逸らすことにした。


「あ、そうだ、伊勢崎から渡すように言われたんだ」

「え?伊勢崎くんから?」

 麗衣那は僕から少し離れて、僕の手元を見つめる。鞄の中から長方形の箱を取り出して、それを麗衣那に渡した。

「これは……?」

「チョコレートだって。今日バレンタインデーだろ?伊勢崎が麗衣那にって」

「伊勢崎くん、相変わらずですね。ありがとうございます、大切に食べますって伝えてください」

「分かった」

 会話も一段落して、制服を脱いでいると、麗衣那はまだずっとそこにいて、僕を見ている。


「えっと、麗衣那、なにか用か?」

「……佐久間くんは、チョコ、貰わなかったんですか?」

「え…」

「今日、学校でもみんなバレンタインデーで盛り上がっていたのでは?佐久間くんは誰からも貰わなかったのでしょうか?」


 麗衣那がどういう意味で聞いているのか分からないが、僕は正直に言うことにした。

「友チョコだけ貰ったよ。伊勢崎とクラスの女子から」

 クラスの女子に至っては、友チョコ、と呼べるかも怪しい。

 友達、と呼べるほど親しくもないし、クラスみんなに配っているのだから、配布チョコ?配慮チョコ?か?チョコを貰えない男子への悲しき配慮…みたいな……。

 「ふーん……」と言った麗衣那は、「よかったですねえ~」と言いながらキッチンへと戻って行く。


「麗衣那、どうした?」

 僕はそのあとをついて行きながら、一緒にキッチンへとやって来る。

「バレンタインチョコ、貰ったのならこれはいらなかったですかね?」

 そう言って麗衣那に見せられたのは、小さめのチョコレートのホールケーキだった。

「もしかして、作ったのか?」

「はい」

「すごいな……」

 買ってきた、と言っても、うんそうだろうな、と頷けるほどお店のものと遜色ないくらいの綺麗な見た目である。

 しかしうちにはオーブンなんて立派なものは存在しない。どうやって作ったのだろうか?

「今は、オーブンがなくても、電子レンジや炊飯器なんかでケーキが作れるんです」

 僕の心を読んだかのように麗衣那はそう笑った。

 「すごいですよねぇ~」と他人事のように言っているが、レシピ本を見ただけで簡単に作れる麗衣那がすごい…。しかもすごい美味しそうだ。

「でも佐久間くんは、他の女の子からチョコ貰ってますし、いらないですよね?」

 麗衣那は何故か少し拗ねたように僕をちらりと見る。

 可愛いな、可愛すぎる…。

 嫉妬する彼女かなにかか?と微笑ましく思ってしまう。


「いる!麗衣那が僕のために作ってくれたケーキだ、なにがあって絶対に食べる」


 僕の言葉に「なにがあっても、って…。佐久間くんたら、そんなに甘党でしたっけ?」ふふふと嬉しそうに笑う麗衣那があまりに可愛らしくて、つい手が出てしまった。


「え……?」

「あ、」


 僕の手は自然と麗衣那の頭を撫でていた。

「さ、佐久間くん……?」

 麗衣那がぐっすり眠っているとき、何度か頭を撫でたことがあったが、起きているときに麗衣那の頭を撫でるのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 照れくさそうにしていた麗衣那だったが、僕が頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めた。

 その姿があまりにこしあんに似ていて、僕はつい麗衣那の顎を触ってしまった。


「ひゃあうっ…!?」


 驚いたような声を上げた麗衣那に、僕もはっとする。

「あ、悪い……ついこしあんと同じように撫でてしまった…」

 麗衣那は顔を真っ赤にしながら「もうっ!私は一応人間です!幽霊ですけどっ!」とまた可愛らしく頬を膨らませるものだから、また撫でたくなったのだが、そこはさすがに我慢した。




 晩ご飯のあと、麗衣那が作ってくれたチョコレートケーキを一緒に食べた。

 コーヒーによく合う甘さで、いくらでも食べられるような気がした。

 今日はこれを作るためにわざわざ学校を休んだのだな、と思うと、喜びもひとしおである。


「ああ、美味しかった……」


 僕は椅子に背中を預けて、お腹を擦る。

 晩ご飯も相変わらず美味しかったけれど、チョコレートケーキは絶品だった。手作りとは思えない。

「作ってくれてありがとう」

「いえ、私もバレンタインデーになにかチョコを作ってみたかったんです!好きなひとに手作りチョコを渡すって、とても青春ぽいと思いませんか?」

「す、好きなひと………?」

「あ……、友人として!!好きな人!!ですっ!!」

「あ、ああ、友人としてね、友人として好きな人、ね」

 麗衣那は顔を真っ赤にして否定する。


 なんだかついこの前も似たような会話をして赤面していたように思うが、麗衣那はどんな表情をしていても可愛いな、となんだか脳がおかしくなってきた気がする。いや可愛いんだよ、実際。

 友人としてでもなんでも、好きな人、だと言ってもらえるのは嬉しい。

 僕だって麗衣那が好きだ。

 麗衣那とのこんな日々が、ずっと続けばいいと思う。



「そうだ…!」


 麗衣那の大変美味しいチョコレートケーキにすっかり心奪われていたが、僕からも麗衣那に渡すものがあったのだ。

 僕がいきなり立ち上がるものだから、麗衣那は驚いたように目をぱちくりとさせていた。

「佐久間くん?」

「麗衣那、これ……」

 僕は部屋に隠していた小さな正方形の箱を麗衣那に手渡す。

 麗衣那は頭にはてなを浮かべながら、その箱を受け取った。

 なんだか、恥ずかしいな…、そう思いながらも、僕はこう言った。


「……ハッピー、バレンタイン…」

「え?」


 麗衣那はその可愛らしい大きな瞳を、更に大きく見開いて自分の手の中の箱を見つめる。

「私に、ですか……?」

 僕はそっぽを向いて、こくりと頷く。

 麗衣那はリボンを取り、丁寧に包みを開けていく。

 箱の中身が見えてくるにつれて、麗衣那の目が輝いていく。

「可愛い……!!」

 僕が選んだ麗衣那へのバレンタインチョコは、正方形の箱に六個入りのチョコと、その数は少ないが、仕切られた半分にはしろねこのマスコットが入っているものだった。

 麗衣那はそのしろねこのマスコットを取り出して、ふわふわとした毛並みを優しく撫でる。

「可愛いです…どことなく、こしあんちゃんに似ています…!」

 実は僕もそう思って買ったのだ。


 チョコはもしかしたら麗衣那が用意してくれているんじゃないかな、と思い、チョコよりも麗衣那が喜んでくれるものをあげたかった。

 ネックレスやブレスレットなどのアクセサリーと悩んだりもしたが、そういうものにはある程度渡すのに意味合いが含まれているらしく、なかなか簡単に贈るのは憚られた。

 そこで見つけたのが、このこしあん似のマスコットだった。

 耳が餡子のような色をした真っ白なねこのマスコットで、実にこしあんにそっくりである。


 麗衣那はこしあんマスコットを愛おしそうに撫でて、今にも泣き出しそうな笑顔を僕に向ける。

「佐久間くん、ありがとうございます。…こんなに嬉しいプレゼントは初めてです」

 そう言って眉を下げて笑う麗衣那。

「死んでからプレゼントを貰うのも、初めてですね。絶対、大事にします…」

 喜んでもらえて良かった半面、こんなにプレゼントで喜んでもらえるのなら、もっと何か麗衣那にプレゼントすればよかった、と僕は少し後悔した。

 あと何度こういう機会があるか分からないが、また何か見つけたら、そのときは麗衣那に贈ろうと思った。



 その日、麗衣那は枕元にこしあんマスコットを連れて来て、一緒に眠っていた。

 自分にそっくりなマスコットを不審そうに見たこしあんは、僕の足元で眠っている。


 温かいな……。

 と、漠然と思った。



 これが僕の幸せのかたちなのだと、ようやく気が付いた。





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