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第25話 幽霊彼女とバレンタインデー




 冬が少しずつ終わりに向かうにつれ、僕は霊が、麗衣那が視えなくなっていた。



 今まで視えていたはずのその辺の浮遊霊やら地縛霊は、もう僕の目には映らなかった。

 毎日一緒にいるはずの麗衣那さえ、視えないときがあったり、その姿が薄っすらとしか認識できないことが多くなっていた。

 僕のこの目は、春まで持つのだろうか……。

 そう不安に思う日が増えてきた日のことだ。


 その日はやってきた。


「これ」

「え?」


 いつものように登校するなり、伊勢崎が席にやってきて、小さな長方形の箱を寄越してきた。

 僕はそれがなにか分からなくて、伊勢崎の顔を凝視する。

 しかし伊勢崎の方も、何故受け取らないんだ?とでも言うように不思議な顔をしている。

 こいつはなんていうか、麗衣那にはあんなにも言葉を尽すのに、僕やそれ以外には言葉足らずなのだ。


「この箱、なんだ?」

 僕は渋々尋ねる。

 伊勢崎はやれやれこれだから凡人は、とでも言いたそうな顔で首を横に振った。

「今日が何の日か知らないのか?」

「今日?なんかの日か?」

 黒板の日付を確認して、あ、もしかしてと思う。


「今日はバレンタインデーだろう」


 そう、今日は二月十四日、バレンタインデー♡と黒板に書いてあった。

 そうか、バレンタインか。

 相変わらず行事に疎い僕は、その存在をすっかり忘れていた。

 そしてまた視線を黒板から伊勢崎に移す。

 差し出される長方形の箱、これはもしかして……。

「チョコレートか?」

 僕の言葉に、伊勢崎は「そうだ」と頷く。

「え、僕に?」

 しかし続く僕の言葉には、伊勢崎は心底不快そうな表情を浮かべる。

「そんなわけないだろう、これは麗衣那へのチョコレートだ」

「ああ、なんだ」

「なんだとはなんだ。まだ麗衣那はいるんだろう?俺からだと言って渡してくれ」

「ああ、うん、分かった」

「本当は自分で渡したかったんだが、俺には麗衣那が視えないし、お前に頼るしかない。必ず渡してくれよ」

「はいはい、分かったって」

 僕のこの目も、いつまで麗衣那が視えるのか分からないけどね…。

「それと、」と言って伊勢崎は、なにやらポケットから小さなものを取り出す。それを僕の机の上に置いた。

「これは、佐久間に。まぁ、なんだかんだ世話になってるからな」

 そう言って置かれたのは、チョロルチョコだった。

 僕はそれを見て目をぱちくりとさせる。

「さっきの麗衣那へのチョコもそうだが、伊勢崎は男子なのに、チョコを渡す方なんだな」

「何を言っているんだ?そもそもバレンタインデーは男性から女性に贈り物をする日だろう。日本だけだぞ、男子が受け身でチョコを待っているのは」


 たしかにその通りだ。

 日本のバレンタインデーは企業のPRかなんかで、すっかり今の、女子から男子にチョコを贈る日、となってしまったが、本来はそうではない。

 愛する人や大切な人に感謝の気持ちを伝える日だと聞いたことがあった。

 さすが伊勢崎。いいとこの育ちというだけある。グローバルなんだな。

 なんだかんだ言いながら僕にまでくれるのだから、本当に憎めないやつだ。


「麗衣那にちゃんと渡すよ。それと、僕にまでチョコありがとう。ホワイトデーにしっかりお返しする」

 伊勢崎はふっと笑うと、「ああ、そうしてくれ」と表情を緩めた。



 そうか、今日はバレンタインデーか…。

 麗衣那は知っているだろうか。うん、多分知っているはずだ。

 今日、麗衣那は学校に来ていなかった。

 麗衣那が学校を休むなんて、珍しいことだ。

 と言っても、幽霊で誰からも視えていないのに、律儀に通っている方がおかしいとも言える。

 どうしてもやりたいことがある、と言っていたので、まあたまには好きなことをしたらいいと思って、僕は何も言わなかった。

 もしかして麗衣那は、今日のバレンタインデーになにか用意してくれているのかもしれない。

 僕が近くにいなくてももう普通に物は触れるようだしな。


 これも不思議な話だ。


 僕の霊的な力は日に日に弱くなっているのに、麗衣那はむしろ出逢った頃よりも強くなっている気がする。


 まさかとは思うが、麗衣那に取り憑かれて、僕から力が吸い取られているんじゃあ……。

 そんなわけないか。

 こういう力は成長するにつれ、なくなっていくと聞く。

 もしかしたら僕も、そういうタイミングなのかもしれない。



 なんだか一日中そわそわとする教室内にいたせいか、今日はどっと疲れた。

 男子はチョコが貰えるかそわそわしていて、女子も意中の男子に渡す機会を窺っているのか、なんだかみんながみんな授業に集中できておらずそわそわしていた気がする。

 うん……青春、だなぁ……。

 まあ、僕は当然一個も貰えず、今まさに校舎を出るところなんだけれど…。あ、伊勢崎からは貰ったか。

 と思っていると、誰かがこちらに走ってくる気配があって、一瞬、麗衣那か?とも思ったけれど、今日は登校していないんだった。

 そのまま僕がスルーして歩みを進めていると、その足音は僕の前へと回ってきた。


「佐久間くん…っ!」

「え……」


 僕の前へと立ちふさがったのは、多分クラスメイトの女子。見たことあるから多分そうだと思う。

 僕の目の前へとやってくると、「はいこれ」と言って、掌サイズくらいの小さな紙袋を渡される。

 きょとんとしながら受け取ると、中にはこれまた小さなチョコがいくつか入っていた。

「クラスみんなに配ってるから。佐久間くんだけ渡せてなかったから。それじゃ!」

 僕は彼女の走り去って行く後ろ姿を見つめる。

 小さな紙袋の中にはやっぱりチョコレートが入っていて、ふむ、これが義理チョコ、というやつか、とひとり静かに頷く。

 彼女の名前ははっきりと憶えていないが、ホワイトデーには伊勢崎と一緒にお返しをしなくては、と脳内にメモ書きをしておいた。


 さて、僕は僕でこの後しなくてはならないことがある。

 今日がバレンタインデーだから、間に合うかどうか……。

 僕は普段はあまり行かない駅の反対口へと急いだ。





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