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第22話 幽霊彼女と異変



「佐久間くん、起きてください。遅刻しちゃいますよ」

「うう……無理だ……起きられない……」


 朝に弱い僕は、相変わらず麗衣那に起こしてもらう毎日だ。


「朝ごはん食べる時間がなくなっちゃいますよ!」

「うう……」


 僕は渋々目を開ける。

 きっと目の前には少し頬を膨らませて僕を必死に起こそうとしている麗衣那がいるに違いない。

 そう思ったのだが。


「ん…ん?麗衣那……?」


 今さっき僕に声を掛けていたはずなのに、そこに麗衣那の姿はなかった。

 あれ、もうキッチンに戻ったのか…?

 僕は重い身体を仕方なく起き上がらせようとして……。


 ぽにゅんっ。


 何かに顔が埋まった。

 柔らかくて温かい、いい香りのするふにふにとした…。

 心地よくてまた眠りに落ちそうになっていると、そのふにふにとしたものが小刻みに震え出す。


「な、な、何するんですかっ!佐久間くんっ!!?」


 その声に一気に覚醒した僕は、すぐに現状を把握する。

 麗衣那が僕の上に跨っていて、それに気が付かず起き上がった僕は、麗衣那のその大きく柔らかな胸に顔を突っ込んでいて……って!


「うわああああっ!!ごめんっ!!!」


 僕は勢いよく下がり過ぎて、そのまま壁に激突した。


「いてっ…!?」


 先程までいなかったはずの麗衣那が、僕の上に乗っていた。

 こんなに近くにいたというのに、どうして気が付かなかったのだろうか。


「ご、ごめん、麗衣那…。まさかそこにいるとは思わなくて…」

「あ、いえ…私こそ起こすのに必死で……。佐久間くんからは見えない位置だったのかもしれません…っ」


 見えない位置……。そうだろうか?

 いかに冬でもこもこと布団がかさばっていたとしても、自分の身体の上に誰かがいれば、さすがに視界に入る。

 しかしさっきはどうだっただろうか。

 寝ぼけていたとはいえ、麗衣那の姿がまったく目に入らなかった。

 そんなことあるのだろうか。

 もしかして……、と僕は急に不安に駆られる。




 もしかして、僕に麗衣那が視えなかった(・・・・・・)のか……?




「えっと……、佐久間、くん…?」

 麗衣那は少し恥ずかしそうに胸を隠しながら、僕のようすを窺っている。

 大丈夫だ、この目でしっかり麗衣那の姿が視えている。

「ああ、ごめん…、ご飯にしようか」

「はい…」

 麗衣那は先程のことを引きずっているようだったが、僕は急ぎ確認したいことがあって、気が気ではなかった。




 いつものように学校への道のりを歩く。

 しかし今日はいつもの通学ルートではなく、以前通学に使っていたルートでの登校だ。


「今日はこっちの道を使うんですか?」

 麗衣那が不思議そうに僕の後を付いて来る。

「ああ、うん、ちょっと確認したいことがあって…」

 僕は霊とか妖怪といった存在が好きではない。

 絡まれれば厄介だし、何をされるか分からない。

 けれど、今日ほど、そこにいてほしいと思ったことはないだろう。

 僕は以前嫌な気配と、真っ黒な影のような姿を視てから避けていた、作業の途中で捨てられたような工事現場の跡へとやってくる。

 嫌だな、という気持ちとは裏腹に、そこに嫌な気配は感じない。


「いない…か……」


 少し前にここで視た霊は、今日はいないようだった。

 どこかに移動したのか、ちゃんと成仏したのか。

 僕が周辺でうろうろしていると、麗衣那が後ろから僕の制服を引っ張ってきた。


「さ、佐久間くん……」

「麗衣那……?」

 麗衣那の顔色はすこぶる悪く、真っ青に見えた。

「ごめんなさい、ここはちょっと……」

 そう言うと麗衣那はふらりと僕に寄りかかる。

「麗衣那!?」


 僕は麗衣那に肩を貸しながら、少し離れた公園のベンチへとやってくるとそこにゆっくりと腰を下ろした。

「大丈夫か?」

 自販機で買った水を麗衣那に手渡しながら彼女の顔を覗き込むと、先程よりは顔色がましになっていた。

「す、すみません…。死んでるのに、具合って悪くなるんでしょうか…?なんだか気分が悪くなってしまって……」

 そう申し訳なさそうにする麗衣那に、僕は優しく背中をさすってやる。


 もしかして、霊の悪い気に当てられたのだろうか……?

 しかし僕にはもう、あそこになにかいる気配は感じなかったし、そもそも何も視えなかった。


「麗衣那、あの場所に、……なにかいたか?」


 同じ霊である麗衣那なら、なにか分かることもあるかもしれないと、僕は麗衣那に尋ねる。

 すると彼女は、驚いたように目を丸くした。


「なにかいたかって……、佐久間くん、視えなかったんですか……?」

「え……?」

「なんだかよく分からないのですが、黒くてもやもやした嫌な感じのものが、いたじゃないですか」


 一瞬、世界の時が止まったような気がした。

 音もなく、そこには僕と麗衣那しか存在しないかのような静寂。

「嘘……だろ………」

 薄々思っていたことではあった。

 最近、以前ほど霊を見掛けないな、と。

 ここにいた霊も、学校の校庭の体育倉庫にいた霊も、いなくなってなんかなかったのだ。

 霊は変わらずそこにいた。




 ただ僕が、それらを視えなくなっていただけだ。




 そう気が付いたとき、僕は真っ先に麗衣那の顔を見た。

 いつものように美しく、凛としていて、けれどどこか幼さを残すような、見慣れてきた麗衣那の可愛らしい顔。

 僕を心配そうに見ている。

 艶やかで綺麗な長い髪が、風に揺れる。


 今朝、寝ぼけていて麗衣那が視えなかったのではない。




 僕はきっと、少しずつ、…………麗衣那が視えなくなっている。





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