第21話 幽霊彼女とのんびりゲーム
その異変が起きたのは、新年を迎え、学校が始まる日の朝のことだった。
ふと目が覚めると、隣で寝ていたはずの麗衣那の姿がなかった。
「…麗衣那……?」
辺りはまだ薄暗く、朝食の準備には早すぎる時間だった。
部屋を見回しても、足元にはこしあんが丸くなっているだけで、麗衣那の姿はない。
「え……っ」
僕は焦った。
急に麗衣那がいなくなってしまったのではないかと。
昨日まで当たり前のように一緒にいた麗衣那が、いなくなってしまったのではないかと。
「れ、麗衣那……っ!!!」
僕が起き上がると、隣の布団がもぞもぞと動いた。
「んんっ…佐久間くん…?どうかしたんですか……?」
開ききらない目をごしごしと擦る麗衣那は、当然のように僕の隣で寝ていた。
「麗衣那………っっ!!!」
「ひゃあっっ!?!?」
僕は麗衣那を強く抱きしめる。
「ど、ど、どうしたんですか、佐久間くん、怖い夢でも見ましたか!?」
僕の腕の中にいる麗衣那は、いつものように触れて、温かくて、柔らかい。
そのことに酷く安堵する。
僕は麗衣那をゆっくりと離した。
目の前には驚いたような照れたような表情で、小首を傾げる麗衣那の姿があった。
「ご、ごめん…急に…えっと…寝ぼけてたみたい…」
自分のしたことへの羞恥が急に襲ってきて、僕はゆっくりと布団に潜り直す。
恥ずかしい……っ、なにやってんだ…僕…。
しかし麗衣那は意に介さずといった感じで、また一緒に布団に潜り込む。
そうして僕の頭を優しく撫でた。
「ちょ、な、なにするんだよ…」
「あれ?怖い夢を見たのではないのですか?少し落ち着くかな、と思ったのですが…」
「これでも一応、佐久間くんよりもお姉ちゃんですからね」と今更ながらに年上ぶる麗衣那。
高校生にもなって、しかも男がなでなでしてもらうってどうなんだろうか……。
そう思いつつもなんだかあまりに心地よくて、うとうととしてきてしまう。
よかった……、麗衣那はちゃんと傍にいる。
なんで麗衣那がいないなんて、思ったんだろう……?
そうして僕はまた眠りについた。
「おやすみなさい、佐久間くん」
起きている異変に、気が付くこともなく。
変な時間に起きてしまったせいで、始業式から眠くてしんどかった。
「おはよう、佐久間」
「おはよう、伊勢崎……」
死んだような表情の僕に、伊勢崎はばしばしと背中を叩いて来る。
「痛いっ」
「新学期だぞ、シャキッとしろ」
相変わらず変に真面目なやつである。
僕は眠気と闘いながら、窓際の自分の席へと座る。
そうして何気なく外を眺め、ふと目に入った校庭の体育倉庫を見やる。
そういえば、あそこにいた霊、どこに行ったんだろ…?
霊がずっと一所にいるとも限らないが、大抵の霊はその土地や建物に執着している。いなくなることはあまりないのだが、まあいないにこしたことはないか。
変に意識を向けてもよくないな…。
僕はその霊について、これ以上考えることをやめた。
「あー…なんだか疲れたな…」
新学期初日を終え、僕はこたつに潜り込む。
「久しぶりの登校はやっぱり少し疲れますよね。うちのクラスの子達もなんだか終始眠そうでした」
そう話しながら麗衣那もこたつに脚を入れる。
麗衣那は新学期になっても、変わらず自分のクラスに通っているようだ。
新学期が始まったからといって、僕は麗衣那や伊勢崎のように急にシャキッとできるはずもない。
それに休める時にはしっかり休んでおくのも大事!だらけられるときはだらけるに限る!というのが僕のモットーである。
そうだ、ちょうどだらけつつも、青春っぽいことがあるじゃないか。
「なあ、麗衣那」
「はい」
「麗衣那って、ゲームはやったことあるか?」
「ゲーム!ですか!?」
やったことがあるかどうかを訊いただけなのだが、麗衣那は早くも目をきらきらと輝かせる。
「やったことないです!なんのゲームですか?テレビゲーム?それともボードゲームとかでしょうか!?」
前のめりの麗衣那に手ごたえを感じつつ、麗衣那がボードゲームを知っていることに驚いた。
「やけに詳しいね」
「修学旅行で男子達がやっているのをちらっと見たことがあったんです。なんだかやたらと盛り上がっていて、すごく楽しそうでした」
「なるほど。因みにうちにはどっちもある!テレビゲームもあるし、ボードゲームもある」
おおーっ!と手をぱちぱちと叩く麗衣那。
そんな大層なことでもないというのに、いつも嬉しそうに反応してくれる。そんなところもとても可愛い。
放課後に友人とゲーム。これも青春の一ページっぽくはないだろうか?
「じゃあまずは、テレビゲームをしようか」
「はい!」
僕は持っているゲームソフトを、こたつ机の上に広げる。
アニマルの森、モンスター狩り、イカ塗りゲーム、カートレースなど…。
大抵の有名なゲームは持っているつもりだ。
僕がゲームを好きというのもあるが、もし友人が家に来たときのために買っておいたものもある。
麗衣那はそれらのゲームソフトの中から、一本のパッケージを手に取った。
「これなんかどうでしょうか?」
麗衣那が選んだのは、ミニゲームがたくさん入ったパーティーゲームだった。
「いいね、やろう」
僕はゲーム機にソフトを入れ、麗衣那にコントローラーを渡す。
「コントローラー、小さいです…!」
「今時はこんなもんだよ」
麗衣那にボタン操作を教えながら、ミニゲームをプレイしていく。
ただ単にせーのでタイミングを合わせてジャンプするだけのゲームや、すごろく、二人で力を合わせたり、二人で競ったりと、ぽんぽんミニゲームをプレイしていく。
その中でもミニカートレースがあって、麗衣那はそれにはまったようだった。
カートのハンドル操作にジャイロ操作はないのだが、やっぱり身体が傾いてしまっていて、あまりの可愛さに僕は笑ってしまった。
「わっ!もうこんな時間!」
麗衣那は時計を見て目を丸くする。
「え?え?そんなにゲームしてましたか…?」
「それがゲームの怖いところだよ…」
気付けばあっという間に日は沈んでいて、ぶっ続けでゆうに四時間は経過していた。
「ゲームって不思議だよな…授業中の一時間はものすごく長いのに、ゲームの一時間はあっという間だ」
「楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう、ってやつですね」
「だな」
普段一人でゲームをやっていたものだから、誰かと一緒にやるゲームがこんなに楽しいなんて知らなかった。
「楽しかったか?」
「はい!とっても!」
「それはよかった」
今日はひとまずゲームはお開きにして、一緒に晩ご飯の支度をすることにした。
二人で台所に並びながら、「さっきの麗衣那のプレイおかしかったなぁ」とか「佐久間くんだって、初心者にむきになりすぎです」とか、先程のゲームを思い出しながら、晩ご飯を作った。
楽しいな……。
ふとそう思った。
誰かとこんな風にのんびりと過ごすことが、こんなにも幸福感に満ちた時間になるなんて、思いもよらなかった。
最初はただ麗衣那を満足させて、それで心地よく成仏できて、ついでに僕も少しでも青春感を味わえればいいと思っていた。
厄介な霊に取り憑かれたと思っていたはずなんだ。
しかしそれがいつからか、変わっていった。
僕は麗衣那と一緒に何かをすることが、楽しくて仕方なくなってしまった。
そしてあわよくば、こんな時間がずっと続けばいいとさえ思うようになった。
僕は麗衣那にとって、ただ一時の、成仏するまでの、友人でしかないはずなのに。
それ以上を望んではいけないはずなのに。




