第20話 幽霊彼女とクリスマス
イルミネーションの点灯時間まで、僕達はとあるスペースへと立ち寄った。
「こちら無料でココアをお配りしておりまーす」
とある企業が開催しているイベントのようで、ココアを一杯無料で配っており、狭くはあるが店内での休憩や、撮影スポットなんかもあって、多少なりとも賑わっていた。
少しの間ココアを飲みながら、ここで暖まっていくことにする。
「麗衣那、大丈夫か?」
「はい」
「寒かったりとか」
「大丈夫です。…ふふ、今日はどうしたんですか?」
僕の質問攻めに、麗衣那は笑う。
「ああ、いや、思ったよりこの時間冷えるなって。麗衣那が風邪引いたら大変だろ」
「ふふ、幽霊は風邪引きませんよ」
「そうなのか?」
「はい」
幽霊なのだから、それもそうかと思いつつ、なんとなくいつも通りではない自分に不快感を覚える。
僕って、なんかこんなだったか?
そそっかしいっていうか、うまくエスコート出来なさすぎというか。
まあそれはそうだろう。
恋人どころか、友人の一人もいなかったようなやつが、急に女の子をエスコートできるはずがない。
周りがカップルだらけのせいか、変に意識してしまっているのかもしれない。
「ココア、美味しいですね」
「だな。あったまる」
「初めて佐久間くんのお家でいただいたココアを思い出します」
うちではよくココアを飲んでいて、そういえば麗衣那と出逢ったあの雨の日。麗衣那と初めて飲んだのはココアだった。
「帰ったらがぶがぶ飲めるからな」
「はい」
僕のしょうもない言葉にも、麗衣那は一つ一つ丁寧に返事をしてくれる。
学校でみんなから好かれていたのも頷ける。育ちの良さだけじゃなくて、本当に心が優しい子なんだ。
こんな優しい子が、青春を楽しめずに死んでしまったなんて、世界はあまりに理不尽だ。
ココアをゆっくり一杯飲んでいるうちに、イルミネーションの点灯が開始された。
少しずつ人波が動き出して、僕達も店を出る。
「行こう」
そう手を差し出すと、麗衣那は先程と同じように、少しはにかんで僕の手を握った。
「はいっ」
並木道のイルミネーションを見ながら、広場へと向かう。この先に大きなクリスマスツリーがあるらしい。
僕達は手を繋ぎながら、ゆっくりと歩く。
麗衣那はきらきらと輝く街路樹を、同じようにきらきらとした目で見ていた。
そうして大きなクリスマスツリーのある広場へとやってくる。
「わあ……っ!」
「おお……」
目の前にそびえるクリスマスツリーに、僕も思わず感嘆の声を上げる。
パッションカラーの電飾が光るクリスマスツリーは広場全体を照らし、眩いほどに輝いている。
ネットで見た写真もなかなかに綺麗だったが、やはり実物はもっと綺麗だ。
「綺麗……」
小さく呟く麗衣那の横顔は、クリスマスツリーに心奪われているようなうっとりとした表情だった。
クリスマスツリーに照らされる麗衣那の横顔も、見惚れるほどに美しかった。
クリスマスツリーの前で写真を撮るカップル達を見て、僕も提案する。
「僕達も、ツリーの前で写真撮るか?」
「えっ、でも……」
「嫌だった?」
「あ、いえ、そうではなくて…。私、写真に写るでしょうか…」
「大丈夫だと思うよ」
僕は麗衣那を強引にツリーの前へと連れて来る。
「さ、佐久間くんっ」
自撮りなんてまったくしたことのない僕が、初めてスマホのインカメラを使った瞬間だった。
「上手くツリーが入らないな」
「もっとこうでしょうか…?」
二人して慣れない自撮りに四苦八苦しながら、ようやく自分達とクリスマスツリーが綺麗に入る角度に辿りつく。
「よし、ここだな。撮るぞ」
「はいっ」
麗衣那が僕に身体をぎゅっと寄せる。
そんな些細なことで僕の胸は高鳴って、麗衣那に聞こえてしまうのではないかと少し焦った。
何枚か撮って、写真を見ていくと……。
「ぷはっ!!なんですかこの佐久間くんの顔っ……っ!おかしいですっ」
「おい、人の顔をおかしいとか言うな」
僕の写りがあまりに下手で、半目になっていたりカメラを見失っていたりと、おかしな表情ばかりになっていた。
それを見た麗衣那は楽しそうに笑う。
そんな麗衣那はどの写真もとても綺麗に写っていた。
実際にそこに彼女がいるかのように、綺麗に、くっきりと。
麗衣那は幽霊だ。ということはこれは、心霊写真になるのだろうか。
なんてしょうもないことを考える。
心霊写真にしては、あまりに麗衣那が美しすぎて、むしろ僕の方が幽霊だと勘違いされそうだ。
「はーっ、おかしいっ」とツボに入っていた麗衣那は、ようやく落ち着いたようで、また改めて僕とのツーショット写真を見ていく。
「こうして友人と一緒に写真を撮るのも、初めてです」
「僕もだ」
「ありがとう、佐久間くん」
「こちらこそ」
ちらちらと周りが僕に視線を向けて来るので、少し離れた場所からツリーを見ることにした。
随分長い時間一人でクリスマスツリーの前を陣取っていたので、変な人に思われたのかもしれない。
実際は一人ではないのだが、他人に麗衣那は視えないのだから仕方がない。
けれど今は、それでよかったと思ってしまう。
きっと麗衣那が普通に生きていて、こんなふうに一緒にイルミネーションを見に来ていたら、注目の的だっただろう。
派手なクリスマスツリーでさえ霞むほどに、麗衣那は綺麗だ。
「メリークリスマス、麗衣那」
「メリークリスマス、佐久間くん」
来年もこうして麗衣那と一緒にクリスマスツリーが見られたらいい。
そんな場違いなことを、僕は願ってしまった。
僕と麗衣那は本来、交わってはいけない世界の人間同士だというのに。




