第1話 僕の視ている世界
ふと、背中に冷たい視線を感じたような気がした。
けれど僕は、それに気が付かなかったふりをして、無視してそのまま歩み続ける。
しかしその視線はますます僕の背中を射抜く。
『こっちに気が付いているんだろう?何故振り返らない?』
そう言われているような気がした。
だからこそ、僕はその視線を無視し続ける。
何故かって、それは反応してはいけないものだからだ。
学校に近付くにつれ、同じ高校に通う生徒達が多くなってきた。
そうして初めて、僕はなんでもないことのように後ろを振り返った。
すると遠くに、何か黒くて得体の知れない影のようなものが蠢いた。
僕はそれを確認して、ああ、もうあの道は通れないな、と帰宅ルートに思考をシフトさせる。
僕には、この世ならざるモノが視える。
それは世間では、幽霊やら妖怪やらと呼ばれる、大抵の人間は視えないモノ達だ。
僕だって生まれつきこんな体質だったわけじゃない。
十歳の頃、ある日突然視えるようになったのだ。
原因として思い当たることは少しあるけれど、それが確実にそうなったこととは、僕には判断がつかない。
何故僕なんかにこんな力が宿ってしまったのか。
それはまさに神のみぞ知る、というやつだ。
初めは当然戸惑った。
驚いたことに、やつらは人間と区別のつかないモノが多かったからだ。
周りの大人や学校の友人に相談したこともあった。
けれど当然、みんながみんな信じてくれず、訳の分からないことを言って気を引こうとしている可哀想な子供扱いを受けた。まぁ、よくある話だ。
人は大抵、自分が経験したもの、見たものしか信じない。
ましてや幽霊や妖怪なんて非科学的なもの、積極的に信じてくれるはずもなかった。
僕自身が信用を勝ち取れるほどの人間ではなかったというのも、一つの原因なのだけれどね。
ああ僕が何かを言ったところで、誰も信じてくれないんだな。
そう理解してから、僕はこの話を誰にもしていない。
ただ独りで、この不思議な世界をやり過ごしている。
学校の校門までやってくると、また困ったことに遭遇した。
門の前で、小学生くらいの男の子が丸まって泣いているのだ。
高校の前で小さな子供が泣いているというのもおかしいのだが、何がおかしいって、それをみんな、いないもののように見向きもせず素通りして、誰も声を掛けようとしないのだ。
「はぁ……、またか…」
これはきっと幽霊の類なのだろう。僕以外にはきっと視えていない。
だから誰も声を掛けないのだ。
普通、これだけ人が通っていて、尚且つ小さな子が泣いていたのなら、誰かしら声を掛けそうなものだ。
でもそれがされていないということは、きっと誰にも視えていないのだろう。
僕もみんなと同じように子供の横を素通りする。
ちらっと見た感じ、この時代の生きている子供となんら変わらない風貌だ。これは僕一人だったら、人間と間違えて声を掛けていたかもしれないな……。
昇降口を入ってからも、その子供に声を掛けるやつはいなかった。僕の見立ては間違っていなかったわけだ。
「………………」
もうすぐ予鈴が鳴る。
登校してくる生徒も減ってきて、僕は渋々泣いている子供の前へと戻ることにした。
「ここにはきみの力になれる人はいないよ。他のところに行きな」
泣いていた子供は、驚いたように顔を上げる。
しかし何かを言うことなく、その姿が薄くなって消えていった。
「いったのかな…」
キーンコーンカーンコーン…と、本令が鳴ってしまう。
「やばっ」
僕は慌てて校舎に引き返す。
また変に関わってしまった…。放っておけばいいものを、自分でもお人好しだと思うが、泣いている子供には特に弱い。
「いつかやばいやつに取り憑かれても、文句は言えないな……」
この世界に生きる僕達が関わっていい世界じゃない。
僕はそう思っている。
やつらは視える者にちょっかいをかけたがる。
僕はそれになるべく関わらないようにしながら、視えることを秘密にしながら、普通の人と同じように過ごしている。
まぁ、今朝の子供は例外だ。今日だけ、たまたまの気まぐれってことにしておいてほしい。
きっと次は、声を掛けないだろうから。