表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/36

第18話 幽霊彼女の気持ち



 苦しい…苦しい…っ。


 どうしてそんなふうに思うのか、自分でも分からなかった。


 うちはとても裕福な家庭だ。

 父は日本でも有数の大きな企業の社長さんで、母も名家のご令嬢だったと聞く。

 私は小さい頃からたくさんの習い事をさせてもらっていたし、勉強もとても優秀な先生がついてくれていた。

 お小遣いも多すぎるほどにもらっていたし、家政婦さんの作るご飯は毎日とっても美味しかった。

 何不自由ない毎日を送っていたと思う。


 それなのにいつからだったのだろう?

 こんなに苦しいと感じるようになったのは。


 中学、高校に上がるにつれ、周りは私をもてはやすようになった。

 大きな企業の娘だから、とか。少し容姿が整っているから、とか。

 父を褒めてもらえるのも、頑張っておぼえたメイクを褒めてもらえるのも、それはとても嬉しいことだったけれど、同時に少し息苦しくもあった。

 お嬢様だから所作も美しく、綺麗であるに違いない。

 日本を担う大企業の娘なのだから、勉強も常にトップであるに違いない。

 スタイルもいいのだから、きっと運動も得意に違いない。


 そんな周りのイメージや家のイメージを壊さないよう、私は努力せざるを得なかった。

 ナチュラルメイクももちろんいいけれど、本当はもう少し派手なメイクもしてみたかった。

 勉強は嫌いではないけれど、同じくらい本を読むことも好きで、本当はもっと読書の時間を取りたかった。

 運動は本当は苦手だった。だから必死に走る練習をしたし、庭で球技の練習もした。


 家のイメージを壊さないように。

 私のイメージを壊さないように。

 いつしかそんなことばかりを考えるようになっていた。




 放課後は、寄り道をせずに一目散に帰宅する。

 厳格な母が、それを許してくれなかったから。

 せっかく貯めていたお小遣いも、使い道はまったくなかった。

 帰宅してピアノの練習をして勉強して、スイミングに行って勉強して、書道を習って勉強して、そんなことの繰り返しだった。

 土日は家庭教師の先生が来るから、一日ずっと勉強で、友人と遊ぶ機会はまったくない。

 興味があることはたくさんあった。

 メイクももっと練習したいし、みんなが好きだって言ってるアイドルのことだって知りたい。クラスではやっている動画アプリとか、回し読みしてる漫画とか、私にも教えてほしかった。

 けれど、クラスメイトに声を掛ける自信もなかった。


 一度私に漫画を貸してくれようとした子がいたけれど、「逢川さんはこういうの興味ないよね!ごめん!」と気を使わせてしまった。

 本当は読んでみたかったよ。

 私もみんなみたいに、普通の女子高生らしいことがしたかったよ。

 放課後コヒバでお喋りして、カラオケ行って、テスト前は一緒にテスト勉強して。

 彼氏だって、欲しかった…。

 親が勝手に決めた婚約者である伊勢崎くんはいたけれど、付き合っていたわけではなかった。

 伊勢崎くんは優しいけれど、やっぱりどこか私に気を使っていて、彼も私と同じように息苦しそうだった。


 こんなに恵まれた環境にいるのに、なんだか息苦しいなぁ、って思うのは贅沢なことなのかなぁ。

 私はもっと、みんなみたいに普通に過ごしたいんだ。

 せっかく可愛い制服を着ていても、楽しいことはなんにもなかった。

 もっと女子高生らしいことがしたかった。

 ただただ穏やかで、友人達とくだらないお喋りがしたかっただけなんだ。




 そんなときだった。

 私が事故に遭ったのは。



 その日もいつもみたいに朝伊勢崎くんが迎えに来てくれた。

「おはよう、麗衣那」

「おはよう」

 伊勢崎くんはいつも、俺が麗衣那を守る、とか将来の夫だからもっと頑張らなくてはとか、そう言ったことを言っていて、それを聞かされるのがちょっとしんどいときもあった。

 ~しなければならない、~でなくてはならない。

 ああ、この人も私と同じなんだな、そう思った。



 人生ってこんなに厳しいものなのかな?

 もっと、少しだけでも、ゆっくりしちゃいけないのかな?



 そうして私は気が付けば死んでいた。

 自分で自分の遺体を見たのだから間違いない。



「死んだんだ…私……本当に……っ!!」



 当然誰にも聞こえていなかったけれど、私は病室内で泣き叫んだ。

 こんなにも大きな声を出しているのに、お父様もお母様も、お医者様も私を視てくれなかった。

 家や学校に行っても、誰も私を視てくれなかった。



「本当に幽霊になっちゃったんだな、私……」




 そんな時に出逢ったのが、佐久間くんだった。




 佐久間くんは驚いたようにこちらを視た。

 その目はしっかりと私の目を視ていた。


 ようやく、ようやくだ…。

 私を視てくれる人に、ようやく出逢えた……。



 佐久間くんはきっと、このときの私がどれほど嬉しかったかなんて、想像できないだろうな。

 このままずっと彷徨っていたら、もしかしたら私は悪霊とかになっていたかもしれない。

 そうならず、私が健全な幽霊として過ごせているのは、佐久間くんのおかげなのだ。





 隣で眠る佐久間くんへ、少しずつ距離を詰める。

 佐久間くんの腕に触れると、温かくてとても穏やかな気持ちになる。


「おやすみ、佐久間くん」


 私は佐久間くんの腕を抱きしめて眠る。





 朝起きて、右腕になにかが乗っているような重さを感じた。

 若干腕も痺れていて、またこしあんか、と思ってどいてもらおうと寝返りを打つと、間近に綺麗な顔があって息を呑んだ。

 僕の右腕は彼女の胸の間にあった。

 二つの柔らかなものに挟まれ、痺れながらも幸せそうな腕。

 ごくりと自分の喉が鳴ったのが分かる。

 いかんいかんと思いつつも、やましい気持ちで見るなという方が無理だ。


「麗衣那、起きてくれ」


 そう小声で声を掛けるも、麗衣那は目を開けなかった。

 幽霊も眠るんだなぁ…、と現実逃避しようにも、腕に当たる柔らかなものに意識が向いてしまう。

「麗衣那、れ…」

 そこで僕は気が付く。

 麗衣那の目元に、薄っすらと泣いたような跡があることに。

 ここに来たばかりの頃、夜にこっそり泣いていたが、まだ毎日、泣いているのだろうか……。


 僕には麗衣那の気持ちなんて到底分かるはずもない。

 死んでしまった人が、どんな気持ちで今を過ごしているのか、僕には分からない。

 けれど。

 目の前で眠る麗衣那の頭を優しく撫でてやる。

 死んでしまっている彼女に対して、こんなことを思うのは変かもしれないが。

 幸せになってほしい。

 そう思ってしまう。

 麗衣那にとって、何が幸せに値するのか分からない。

 この世に未練なく成仏することなのか、はたまた別のことなのか。


 生きていたときにはできなかった楽しいことを、これからも麗衣那にたくさん教えてやりたい。



 僕は時折右腕に意識を支配されながらも、今度は二人でどんな青春の一ページを送ろうかと、想いを馳せることにした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ