第17話 幽霊彼女と何気ない一日➁
スーパーでの買い物を終えた僕達は、のんびりと歩きながら住宅街にあるパン屋さんに立ち寄った。
「ここ、いつもいい香りが漂っていて、一度寄ってみたいと思っていたんです!」
麗衣那は嬉々として、店内のパンを見渡している。
「帰って食べるのにちょうど良さそうだね。いくつか買って行こうか」
「はい!」
僕達はお昼ご飯用にパンを選ぶことにした。
ちょうど休日の昼間とあって次々にパンを焼いているようで、パンの香ばしい香りに僕のお腹がぐ~っと鳴った。
さあて、どれを買おうかな…。
サクサクのクロワッサンに、もちもちの米粉パン。焼きそばパンやコロッケパンなんかのお惣菜パンも充実している。クルミパンやレーズンパンも美味しそうだ。
「アップルパイまであるのか」
アップルパイの他にも、ブルーベリーパイや、ドーナツなどの菓子パンもあって、小さな住宅街のパン屋さんにしてはなかなかの品数である。
それらの中から僕達は食べたいパンを三つ、四つ選んで購入した。
せっかくパン屋さんの焼きたてのパンを食べるのだ。
これに合うコーヒーなんかがあったら最高ではなかろうか。
「麗衣那、もう一軒いいか?」
「はい、もちろんです。どちらに行かれるのでしょうか?」
「次はあっちだ」
僕はパン屋さんの並びにある、これまた小さな個人経営のコーヒーショップに入る。
店内に入ると、コーヒーの豊かな香りが僕達を包む。
「わあ、いい香りですね~」
壁一面に並べられたコーヒー豆を見ながら、麗衣那はうっとりとした声を漏らす。
「いらっしゃい」と、初老の男性が僕達の前にやってきた。
コーヒー豆はチェーン店でしか買ったことのなかった僕は、店員さんに、苦過ぎずすっきりと飲める豆はないか、と訊いてみた。
すると嬉しそうに「こちらの豆はどうかな?」と進めてくれる店員さん。
コーヒー豆に詳しくない僕は、そのおすすめを購入することにした。
これで最高の休日の準備はばっちりである。
帰宅して、野菜を冷蔵庫に入れた僕達は、そそくさとお昼の準備に取り掛かる。
早速買ったばかりのコーヒー豆をコーヒーミルに入れて、挽くことにする。
いつもはインスタントばかりだから、豆で挽いて淹れるのは、随分と久しぶりのことだった。フィルターも以前使っていたものが残っているし、あとは丁寧にお湯を注いでいくだけだ。
先程買ったパンたちをトースターで軽く温めて、お皿に乗せる。
コーヒーとパンをダイニングテーブルに並べた僕達は、向かい合って座って手を合わせた。
「「いただきます」」
少し朝食っぽさがあるような気もするが、パン屋さんの美味しいパンに地元のコーヒー店の香り高いコーヒー。
こういう時間って、本当に大切だよな…、とコーヒーを飲みながらしみじみ思う。
「美味しいです」と麗衣那も幸せそうに顔を綻ばせる。
こしあんがお昼寝から起きてきて、ぴょんっとダイニングテーブルに上がってきた。
「わっ、こしあんちゃん…!」
麗衣那が驚いたような声を上げる。
「こしあん、だめだぞ」
こしあんは小さな鼻を動かしながら、パンとコーヒーをくんくんと嗅いで、興味を失ったのか、またぴょんとテーブルから降りた。そうして先程と同じ場所に戻ると、お昼寝を再開した。相変わらず自由な猫様である。
こしあんの一挙手一投足を見守っていた麗衣那は、にこにことそのようすを見ていた。
「可愛いですねぇ、こしあんちゃん」
「まったく自由なやつだよ」
普段は素っ気ないこしあんだが、ときたま無性に甘えてくることがある。それが堪らなく可愛いのだ。
「いいですね、こういう時間…」
麗衣那もしみじみと呟く。
そうして僕の目をしっかりと見つめて言った。
「佐久間くん、ありがとうございます」
「なんだよ急に」
「時々考えるんです。私、佐久間くんに出逢えていなかったら、今頃どうしていたのかなって」
コーヒーを一口口に含んだ麗衣那は、日差しの差し込む床に目を向ける。
「あの時、佐久間くんに出逢えていなかったら。もし佐久間くんが幽霊の視える体質ではなかったら。きっと私は今頃一人で、どうしていいかも分からずに途方に暮れて、きっと死んだことよりも辛い思いをしていたと思います」
誰に声を掛けても反応はなく、なにも触ることができない。
自分がどう死んだかも分からず、ただただ悲しむ家族や友人を見続けなくてはならない。
確かにそれは、死ぬことよりもしんどいことかもしれない。
いつ終わるかも分からない永遠の悪夢だ。
「だから今こうして、佐久間くんと一緒にいられることに心から感謝しています!」
麗衣那の清々しくも美しい笑顔に、どきっと心臓が跳ねた。
「…それはよかったよ」
誰にも理解されることのなかった僕のこの霊を視ることのできる力が、まさか役に立つ日が来るとは思わなかった。
けれどこうして二人で穏やかな日々が送れているのは、麗衣那のおかげでもある。
きっと麗衣那でなかったら僕はとっくに追い出していただろうし、家に置いてやろうなんて思わなかっただろう。
麗衣那が幽霊なのに明るく、心根の優しい子だったからだ。
そんな麗衣那だから、僕は一緒にいてもいいかな、と思ったのだ。
「…僕の方こそ、感謝してるよ。僕と友人になってくれてありがとう」
麗衣那は一瞬目を丸くして、それからまた幸せそうに笑みを形作った。
「こちらこそです!まだまだ一緒に青春の一ページを埋めていきましょうっ!私が成仏する、その日まで」
「そうだね」
いつ訪れるかも分からないその日まで、僕と麗衣那はきっとこれからも楽しい毎日を送っていくのだろう。




