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第14話 死んでしまったあなたに、伝えたいこと



 二学期の期末テストも終わり、冬休みまで残り僅か。

 授業は午前中で終わり、そのほとんどはテスト返却である。

 今回は麗衣那に勉強を見てもらったおかげで、目標点数をゆうに超えることができた。麗衣那様ありがたや。


「佐久間くんっ!お疲れ様ですっ!」


 今日もいつものように麗衣那が僕の教室にやって来る。

 いつもなら「ああ、お疲れ。帰ろうか」なんて二言三言会話するのだが、今朝の伊勢崎とのこともあって、僕は麗衣那と目を合わせると、無言で教室を出る準備を始める。


「あれ?佐久間くん、どうかしたんですか?」


 不思議そうに首を傾げる麗衣那をちらっと見て、黙ってそのまま廊下に出る。

 するとちょうど伊勢崎に遭遇してしまった。

 伊勢崎は少し困ったような表情を見せて手を挙げる。


「佐久間、今朝は悪かったな…。…また、明日」

「ああ、うん、また…」

 軽い挨拶を交わして、僕達は別れた。

 そのようすを目を丸くして見つめる麗衣那。

 伊勢崎、君の会いたがっている麗衣那は、今君の目の前にいるよ。

 そう言ってやる勇気が僕にはなかった。




 麗衣那はしばらく、「佐久間くん?どうかしたんですか?」「おーい佐久間くーんっ!」「佐久間くんの好みの女の子のタイプ発表しちゃいますよー!私知ってるんですよっ!佐久間くんが本棚にー!」とか好き勝手喋っていたが、僕がそれにまったく応じなかったので、麗衣那は少し拗ねたように口を閉じた。

 ていうか勝手に人の本棚を漁るな。別にえっちな本ではない。ただちょっとセクシーというか大胆なイラストが表紙のラノベがあるだけだ。



 僕達はしばらく無言のまま歩いた。

 そうして家の近くの公園までやってきて、ようやく口を開く。


「麗衣那、悪かった。無視していたわけじゃないんだ」


 そう僕が麗衣那に話し掛けると、麗衣那はぷくっと頬を膨らませる。

「もうっ!酷いじゃないですか!寂しかったんですからねっ!」

「悪かったって」

 もうっと、言いながらも、聡明な麗衣那のことだ、薄々は勘付いているのだろう。

「佐久間くん。伊勢崎くんと、何かありましたか?」

 麗衣那はそう困ったような笑みを浮かべた。



 僕と麗衣那は公園に寄り道することにした。

 放課後、公園に寄り道、というのも、青春の一ページという感じがしないでもない。

 しかし今日は遊具で遊ぶために立ち寄ったのではなく、麗衣那と伊勢崎の件を話すためである。

 真冬のお昼頃とあって、公園には人気がなかった。

 小中学生もこの時期は午前中の授業で終わりのはずなので、もしかしたらこのあとお昼ご飯を食べてから公園にくり出すのかもしれない。


「ブランコに乗るのなんて、何年ぶりでしょうか~」


 麗衣那は相変わらず楽しそうにブランコを漕いでいる。

 僕はその隣のブランコに座り、どう話すべきか考える。

 しかし先に口を開いたのは、麗衣那の方だった。


「伊勢崎くんとは、小さい頃からの幼馴染みなんです。一個下で、家が近所だったものですから、よく一緒に登校していました」

「そうなんだ…」

「伊勢崎くんからは、何か聞きましたか?」

「あ、いや特には…。麗衣那と幼馴染みだってことくらいで…」

「そうですか」

 麗衣那は困ったように眉を下げると、更に続ける。


「実は伊勢崎くんは、私の婚約者でもあったんです」


「えっ!!」

 僕の驚きように、麗衣那はくすくすと笑う。

「普通驚きますよね、今時婚約者って。親が勝手に決めただけのものです。うちは割と大きな会社を経営していて、伊勢崎くんのおうちもそうです。親同士が仲が良かったということもあって、小さい時からそう言われて育ちました」

 高校生で婚約者がいる、だなんて、お話の中だけのことだと思っていた。

 どうやらそうではないらしい。お金持ち界隈ではよくある話なのだろうか。

「伊勢崎くんは真面目な方で、それを忠実に守っていてくれました。本人もさぞおモテになったと思うのですが、私とのことがあるせいか、彼女を作ったことはなかったようです」


 モテるのか、伊勢崎…。確かに容姿は悪くないが、明るい茶髪にピアスで、目つきも良くない。僕としては少し怖い雰囲気を感じたんだが…。やはり女子はちょい悪っぽい男が好きなんだろうか…。

 などと場違いなことを考えていると、麗衣那は僕に顔を向ける。


「伊勢崎くん、怒っていましたか?」

「え?怒るって?」

「私が、死んでしまったこと」

 伊勢崎は怒ってなんていない。

 きっと伊勢崎も他の人と同じように、麗衣那が死んで悲しんでいたはずだ。

「…怒ってなかったよ」

 僕がそういうと麗衣那はほっとしたように息を吐き出した。白い息が宙に舞う。

「良かった」

「ただ、」


 僕は麗衣那に伝えることにした。

 これが二人にとっていいことなのかどうかは分からない。

 それでも、言わずには言われなかった。


「伊勢崎は、麗衣那に伝えたいことがある、って言ってた」


 僕は今朝、伊勢崎に呼び出されたことを話した。

 僕が麗衣那と話しているのではないか、麗衣那が視えているのではないかと言われたこと。

 伊勢崎は必死だった。

 普通霊なんて視える人間がいるはずない。ましてや会話できる人間がいるなんて、そんなこと信じるような人がどれだけいるのだろうか。


 僕は誰にもそれを信じてもらえずに生きてきた。

 家族でさえも、信じてくれなかったのだ。

 だから家を出た。

 いきぐるしかった。

 本当の親子でも、どうしてもうまくいかない家族だっている。

 母も父もきっと優しかったけれど、僕を信じてはくれなかった。

 それなのに伊勢崎は、霊が視えるかどうかも分からない、友達ですらもない僕なんかに、きっと一縷の望みをかけて打ち明けてくれたのだ。


 それは、麗衣那にどうしても伝えたいことがあったから。


 僕はあのことがあるまで、考えたこともなかった。

 大事な家族や、友人、好きな人が、ある日突然いなくなるかもしれないってこと。

 この当たり前の日々は、当たり前ではないということ。

 生きている人でも、死んでいる人でも、伊勢崎にも、麗衣那にも。

きっと僕は、笑顔でいてほしいんだな…。

 友人なら、なおさらだ。


「…麗衣那、伊勢崎と、話してみないか?……麗衣那が嫌でなければ、だけど…」


 麗衣那が生きていたときに仲良くしていた人たちと関係を持つことで、嫌な気持ちや寂しい気持ちになるなら、僕は友人としてそれはしてはいけないことだと思う。

 だから、麗衣那がどう思うか……。

 麗衣那は目をぱちくりさせると、僕の瞳を見つめる。


「伊勢崎くんと、またお話できるんですか?」

「麗衣那が望むなら、僕が力を貸すよ」


 麗衣那は嬉しそうに微笑んだ。


「私、伊勢崎くんにちゃんとお別れを言いたいです」





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