第13話 幽霊彼女と幼馴染み
翌週月曜日の朝。
いつものように麗衣那と昇降口で別れて、僕達は自分達の教室へと向かう。
そういえばカラオケでクラスメイトぽいやつに会ったんだよなぁ、変な風に噂されていないといいけど…、と少し憂鬱な気持ちで教室に入るもそれは杞憂だと知る。
僕が登校したところで、誰も気に留めるやつはいなかった。いつも通りの教室内である。
ほっと胸を撫で下ろし、ついで肩の鞄も机に下ろしていると、そいつはやってきた。
「佐久間」
その声に、僕は機械のようにギギギギとゆっくり顔を向ける。
声の主は僕をじっと見下ろしている。
カラオケで声を掛けてきた、あの茶髪ピアスの男子生徒だった。
げ…やっぱり同じクラスだったか……。
僕の名前を知っているのだから、同じクラスだろうとは思っていたけれど、わざわざ声を掛けてくるなんて……。何か用でもあるのだろうか………。
「あ、やあ、おはよう…」
僕は引きつった笑顔で挨拶する。
「ああ、おはよう」
そう返してきた男子生徒は、まったく自席に戻るようすを見せない。
「……えっと、僕になにか用か?」
仕方なくそう尋ねると、彼は僕を射抜くような瞳でこう言った。
「話がある」
そう言って連れて来られたのは、屋上だった。
こんな真冬に屋上に来るような生徒はいないので、今は僕と彼のふたりきりである。
普通に寒いんだが…。教室じゃだめだったのか?せめて廊下とか…。
コートを着てくればよかったと後悔していると、彼は辺りに誰もいないことを確認した。
おいおい、僕は何をされてしまうんだ…。まさかカツアゲとかいじめとかそんなんじゃないよな?
彼のようすをおっかなびっくり待っていると、ようやく口を開いた。
「…お前、麗衣那のなに?」
「え………?」
予期せぬ名前が出てきて、僕は目をぱちくりとさせる。
「えっと…?」
「お前と麗衣那、どんな関係があったんだ?」
彼は立て続けに僕に詰め寄って来る。
「ええっと、君は…?」
こいつこそ、麗衣那のなんなのだろうか。そう思っていると、彼はこう名乗った。
「俺は伊勢崎 雄馬。逢川 麗衣那の、幼馴染みだ」
「幼馴染み……?」
伊勢崎は僕を睨らみつけるように見ている。
麗衣那に幼馴染みがいた、という話は初めて聞く。といっても麗衣那はあまり自分のことや家族のことを話さない。死んでしまって、家族に想いを馳せるのは辛いからだと勝手に思っていたので、わざわざその話に触れることもなかった。
「で?」
「え?」
「結局お前は、麗衣那のなんなんだよ?まさか彼氏だったとか言わないよな?」
伊勢崎の言葉に、僕はぶんぶんと首を振る。
「まさか、そんなわけない」
「だよな、麗衣那が生きているとき、お前みたいな地味なやつと一緒にいるところなんて見たことがなかった」
それはそうだ。僕と麗衣那が知り合ったのは、麗衣那が死んでからなのだから。
「でも、お前は麗衣那を知っている」
「え、そ、それはそうじゃないか?ほら、あれだけ美人で成績優秀な先輩だし、後輩の僕達の耳にも届くというか…」
これは嘘ではない。僕は顔は知らないまでも、噂で名前だけは知っていた。
「嘘をつくな」
「え…」
伊勢崎は更に僕に詰め寄る。近い近い………!
「お前は嘘をついている」
さすがの僕も伊勢崎の高圧的な態度にむっとしてきた。
「なんでそう決めつけるんだ。何か証拠でもあるのか?」
僕の言葉に、伊勢崎は少し自信なさげに頭を振った。
「証拠はない。ただ、ここのところのお前のようすを観察させてもらっていた」
げ。と思うも、その感情を顔に出さぬよう必死に無表情を装う。
「佐久間、お前、時々ぶつぶつと一人で話しているだろう?その小言の中に、麗衣那、と名前が出てきた」
聞いてたのかよ……。
僕のことなんて気に掛ける人間はいないだろうと思っていたが、そうか、あのとき教室で僕を見ていたのは伊勢崎だったのか。
「そしてこの前のテスト最終日だ。お前は一人で雪だるまを作っていたよな、まるで誰かと話しているみたいに」
それも見ていたのか…。
「極めつけはカラオケだ。お前はあの時、友人と一緒にカラオケに来ていると言っていた。それなのに部屋にはお前一人だった。カラオケの音楽だけが流れる中、お前が楽しそうにマラカスを振る不気味な空間があるだけだった」
不気味って…。多分麗衣那が歌っているときなのだろうが、たしかに麗衣那が視えない他人から見れば、僕が音楽に合わせて楽しそうに一人でマラカスを振っているだけのように見えるだろう。うん、たしかに不気味だ。
だが、伊勢崎もなかなかだと思うぞ。僕のこと見すぎだろ。
伊勢崎は僕の肩をがしっと掴む。
「佐久間、もしかして麗衣那が傍にいるのか?」
「え…っ」
「佐久間には視えているんじゃないのか?なんでもいいんだ!!麗衣那ともう一度話せるなら、もう一度会えるなら………どうしても伝えたいことがあるんだ…!!」
伊勢崎はそう真剣に僕に訴える。
僕はなんと返答していいのか分からなかった。
麗衣那が視えるよ、話せるよ、そう言ったらどうなるのだろうか。
キーンコーンカーンコーン……。
朝のホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。
伊勢崎ははっとしたように、僕から離れた。
「悪い、そんなわけないよな…。俺、なに言ってるんだろうな…。死んだ麗衣那が視えるか、なんて…。でも、佐久間がそこに誰かがいるように話しているように見えたんだ。…悪い、忘れてくれ。…教室に戻ろう」
伊勢崎は申し訳なさそうに眉を下げて、さっさと屋上を出て行く。
僕もそのあとにゆっくりと続く。
僕は、なんて答えるのが正解だったのだろうか……?
生者と死者は交わってはいけない。
住む世界が違うものだ。
僕だってそう思って生きてきた。
けれど、麗衣那と出逢って、麗衣那と過ごす日々が楽しくて、すっかり忘れそうになっていた。
麗衣那は死んでいるのだ。
きっといずれ、僕の傍からいなくなってしまうのだ。
『どうしても伝えたいことがあるんだ…!!』
そう真剣な瞳で言った伊勢崎は、麗衣那に何を伝えたかったんだろう……。
僕はその日一日中、そんなことばかりを考えていた。




