表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/36

第12話 幽霊彼女とカラオケ



 期末テスト最終日。

 麗衣那のおかげで今回の定期テストは、ゆうに家族からの合格ラインに達しそうだった。

 正確なところはテストが返ってきてからでないと分からないが、これほどまでにテストの問題が解けたのは、高校に入学してから初めてのことだった。

 秀才の麗衣那に教わっていたのだ、これで点数が取れなかったら、あまりに申し訳ない。

 麗衣那の教え方は上手だったし、二人でわいわい勉強したおかげか、なんだかテスト勉強が楽しくもあった。

 僕は最後の教科である地理のテストも時間に余裕をもって終わらせることができた。見直しもしたし、まず赤点はないだろう。

 そうして残りのテスト時間をぼーっと外を眺めながら過ごしていると、制服姿のような生徒のような人物が校庭にやってきた。

 僕は不思議に思い、首を傾げる。

 今はどの学年もテスト中のはずであり、みな机に向かっているはずである。

 それなのにその人物は校庭に積もった雪で、なにやら雪だるまを作り始めた。

 おいおい教師に怒られるぞ~、と冷や冷やして見守るも、いつまで経っても誰も注意しに来ない。

 教師達もテスト監督として教室にいるからだろうか、と思っていると、ちょうどうちのクラスに来ていた監督の先生が窓際にやって来る。

 そうして何気なく雪の積もった校庭を眺める。

 しかし、気が付かなかったのか、教師はまた何事もなかったかのように教室内をうろうろと歩きまわり始めた。

 僕はそこでまさか、と思い至る。

 この距離でははっきりとは分からないが、もしかしたら……。


 キーンコーンカーンコーン……。

 期末テスト最後の教科の終了を告げるチャイムが鳴った。

 教室には一気に緊張が緩んだような、ほっとしたような、解放感溢れる空気が流れていた。

 終わったーっ!!と、今年最後の定期テストからの解放に、教室中が一気に賑やかになる。

 冬休みどこ行く!?やら、今日から部活だー!やら、みな一様に期末テストの終了を喜んでいる中、僕は慌ててコートを羽織り、マフラーを付けて、教室を飛び出した。

 雪の積もる校庭へとやってくると、そこには一人の女子生徒がせっせと雪だるまを作っていた。

「おい、麗衣那。なにしてる」

「わっ!佐久間くんっ!?びっくりしたっ!」

 雪だるま作りに集中していた麗衣那は、僕の気配に気が付かなかったようで、びくりと飛び上がった。

「テスト、お疲れ様です!」

「ああ、お疲れ」

 麗衣那は普段の授業と違って、受けられないテストは暇だったのだろう。

 それにこれだけ雪が積もっていれば、まぁ、少し雪遊びをしたくなる気持ちも分からないでもないが。

「えへへ、みんながテストを受けているのに、一人だけ雪だるま作りなんて、ちょっといけないことをした気分です」

 麗衣那はえへへ、と少し後ろめたそうに眉を下げる。

 麗衣那は死んでいて誰にも視えないのだから、好きに過ごしていいはずなのに、どこまでいっても真面目というか、優等生が抜けていないというか。

「あともう少しで完成なのですが、どうにも頭が重くて持ち上がらなくて…」

 僕はやれやれと思いながら、大きな丸い玉を一つ、もう一つの丸い玉に乗せる。

 おも、重い……っ、本気で…っ重かった……っ。

 麗衣那にひ弱だと悟られないよう、僕は文句一つ言わず、雪玉を重ねた。あとで筋肉痛になるかもしれないな…。

「わーっ!雪だるま、完成ですねっ!」

 麗衣那はぱちぱちと拍手する。

「あ、木の棒はありましたが、木の実はさすがにこの時期はないですねえ…」

 僕と麗衣那が校庭で雪だるまを作っている間に、帰宅する生徒や、部活動に向かう生徒がちらほらと通りはじめる。

これってもしかしてはたから見ると、僕がテスト明けに浮かれて、一人で雪だるまを作ったように見えるんじゃ……。

 もしかしなくてもそうにしか見えない。

「れ、麗衣那、そろそろ帰ろうか…」

「あ、はい!そうですね。そうだ!テスト明けですし、どこかに寄っていきますか?」

「うん、そうしようか…」

 僕は何事もなかったかのようにそそくさと校庭をあとにすることにした。

 薄々気が付いてはいたが、僕と麗衣那が友人になってから、ますます教室で変な目で見られているような気がしないでもない。

 僕の(生きている人間の)友人作りは困難を極めていた。


「で、今日はどこへ寄り道しますか?」

 麗衣那はいつものように目をきらきらと輝かせて、僕に尋ねる。

 なんだかお嬢様に悪い遊びを教えているようで、少し後ろめたい。やっていることはもちろんとっても健全ではあるのだが。

「カラオケとかどうかな、この前行けなかったし」

「カラオケ…!」

「テスト明けだし、打ち上げっぽいかなと」

「ですねですねっ!体育祭や文化祭の打ち上げも、よくカラオケでした!」

「あ、じゃあ麗衣那はカラオケ行ったことあるのか」

「はい、打ち上げのときだけですが」

 そうか。僕は打ち上げのカラオケすら行ったことがない。

 中学の時も、高校に入ってからも打ち上げがカラオケの時は絶対に参加していなかった。

 なぜなら、一般人が聞くような音楽を知らないからだ。

 今どんなアーティストやアイドルが人気で、どんな曲が流行っているのかまったく分からない。

 一時期はK‐POPやらが流行っていたようだけれど、僕は向こうの方の言葉も分からないし、いまいち乗り切れなかった。

 知っている曲と言えば、小さい頃によく見ていたアニメの主題歌くらいである。

 ……なんで僕、カラオケなんて提案しちゃったんだろうか……。

 今更ながらに後悔がやってくる。

 だって学校帰りのカラオケって青春ぽくないか?

 何故だか勝手にそんなイメージを持っていて、僕はそう提案してしまったのだ。

 この提案は取り消そうかな、と麗衣那のようすを窺うと麗衣那はもうすっかり歌う気満々で、「んんっ、あーあー」とか言いながら喉の調子を整え始めてしまった。これはもう後戻りはできない。

「れ、麗衣那が楽しめそうなら、行こうか……」

「はいっ!」

 麗衣那は本当にどんなことでも楽しそうだ。


 駅前の大きなカラオケ店にやってきた僕と麗衣那は、「カラオケと言えばフリータイムですよねっ!喉が枯れるまで歌いましょうっ」との麗衣那の提案で、ひとまずフリータイムで部屋を取った。もちろんドリンクバー付きである。

 店員さんには当然麗衣那の姿は視えていないので、おひとり様料金だ。

 この店は大勢よりおひとり様のが安い、おひとり様ご贔屓なお店のようだ。僕のようなぼっちの人間にも大変優しい仕様である。

 ひとまず部屋に鞄を置いて、僕達はドリンクバーを取りに行く。

「外寒かったし、ココアとかにしておくか…」

「佐久間くんって、意外に甘党ですか?家にもココア常備してありますよね?」

「別に甘党ってわけじゃないと思うけど…。喉には温かいものの方がいいって聞いたことがある気がする」

「そうなんですか!では私もココアにします!」

 ドリンクバーなのだから、これからがぶがぶ飲み放題である。

 僕と麗衣那は一杯目をココアにして、部屋へと戻った。

 麗衣那は自分の前と僕の前にマイクと、曲を選ぶタッチパネルの機械、デンモクとか言ったか?とを丁寧に用意してくれる。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

 そうしてうきうきと曲目選びに入る。

「私、放課後に友人とカラオケ、って憧れてたんです!今日は佐久間くんと私の二人だけですし、たくさん歌えますね」

 「何を歌おうかなぁ~」とうきうきとタッチパネルを操作する麗衣那に、なんだか胸がほっこりする。

 可愛いな……。

 そう自然と思ってしまって、僕は自分自身に驚く。

 可愛い?いやまあ確かに麗衣那は可愛い。しかし可愛いという言葉よりも、綺麗、の方がしっくりくるような容姿だ。僕はなんで可愛いなどと思ってしまったのだろうか。

 僕が自問自答している間にも、麗衣那は「あ、これ歌いたいです!先にいいですか?」とこれまたいつものように目をきらきらと輝かせるものだから、やっぱり可愛いな、と思いながら、「どんどん歌いな」と返答した。

 麗衣那は嬉しそうに頷いて、一曲目を入れた。

 麗衣那が入れた曲は、CMで聞いたことのあるようなどこかのアイドルの曲だった。

 しっとりとしたメロディーラインが印象的で、どこか切なさを感じさせる。

 カラオケといえばみな盛り上がる曲を入れたがるようなイメージであったが、麗衣那が一曲目に選んだ曲は、どちらかというと中盤で歌われそうな落ち着いた曲だった。

 しかしその曲調が麗衣那にはぴったりだった。

 品があり、それでいてどこか情熱的な恋の気持ちを歌っている、そんな歌だった。

 少し照れくさそうに麗衣那がマイクを置くと、僕は思わず拍手をしていた。

 ぱちぱちと小さな拍手が室内に響く。

 麗衣那は驚いたように僕を見た。

「あ、ありがとうございます…えへへ、人前で歌うのって、やっぱり少し照れくさいですね…」

「上手だったよ、すごく」

 麗衣那の歌はすごく綺麗だった。声の綺麗さもあるのかもしれないが、言葉ひとつひとつを丁寧に奏でていて、歌を大事にしているのが伝わる。

 僕の言葉に、麗衣那の表情が明るくなる。

「本当ですか?ではもう一曲!歌わせてくださいっ」

「どうぞどうぞ」

 なんなら僕は歌わなくても大丈夫だ。麗衣那が楽しく歌っている姿で十分満足だ。

 次に麗衣那が歌ったのは、まさにカラオケで盛り上がりそうなアップテンポな元気チューンだった。楽しそうに歌う麗衣那に、邪魔にならない程度に部屋にあったマラカスを振ってやると、麗衣那はすごく嬉しそうだった。


「はぁ…たくさん歌ました…」

 それからしばらく麗衣那のターンが続いて、大盛り上がりしたところで、ついに麗衣那がこう言った。

「佐久間くん、本当に歌わなくていいんですか?せっかく二人で来たのに…」

 先程から選曲してはいるのだが、なかなか歌う勇気が出なかった。

「と、とりあえず、ドリンクおかわりでもしてこようかな…」

 僕はそう話を濁して、席を立つ。

 濁したところで、部屋に戻ったら同じ会話に戻るだけである。しかしここは一人で覚悟を決める時間がほしい。

「どうしたもんかな…」

 僕がため息をつきながらドリンクを選んでいると、近くの部屋のドアが開いて、一瞬わあっとものすごく賑やかな声が廊下に漏れる。もしかしたらどこかの学生も、テスト明けの打ち上げとかで来ているのかもしれない。

 誰かがドリンクバーにやって来る足音がして、僕は顔も上げずにそそくさと立ち去ろうとした。

 もし同じクラスのやつにでも遭遇しようものなら、ぼっちでカラオケに来ていることがバレ、からかわれる恐れがあるからな…。

 しかし、どうやら時すでに遅しであった。

「佐久間?」

 そう男子の声が背中からして、僕は振り返らざるを得なかった。

 後ろを振り返ると、僕と同じ制服を着た背の高い男子生徒。髪は明るい茶髪で、片耳にピアスをしている。

 誰だろう…と思いつつも、僕の名前を知っているのだ。おそらくクラスメイトだろう。

「えっと、やあ…」

 僕は無難に挨拶を返す。

 すると男子生徒は、僕を睨むように目を細めた。

「一人で来てるのか?」

「え?えーっと、友人と一緒だが……?」

 と言いつつ、目線は明後日の方である。

 嘘ではない。みんなには視えないと思うが、麗衣那という友人と来ているのだ。

「ふーん、そ」

 簡素で投げやりな返答の男子生徒は、それでも何故かその場を立ち去ろうとしない。

 耐えられなくなって逃げ出したのは僕の方だった。

「ごめん、友人を待たせてるから、また…」

「……ああ、呼び止めて悪かった」

 僕は慌てて踵を返す。

 なんだ?なんだったんだ??まさかあいつも幽霊、じゃないよな?

 人が多くいる建物内では、いまいち気配で判断できないが、多分普通の人間だったと思う。そうであってほしい。

 そこでふと思う。

 そういえば最近、変な霊を見掛けないな、と。

 一時期はあれほど僕の近くをうろうろとしていたのに、ここのところはとんと数が減った。まぁ、僕にとっては有難い限りだけれど。

 麗衣那がなにか関係しているのだろうか……?

 そんな考えが浮かんで、僕はふっと笑ってしまった。

 そんなわけないな、麗衣那はただの女子高生だ。何か大きな力を持っているわけがない。

 そこでもう一つ思い出したことがあった。

 麗衣那、さっき雪に触れてたな。僕が近くにいないと、物に触れないって、言っていたような気がするけど。

 雪が物か、と言われればそれは疑問が残るが、誰の物でもない自然物なら、麗衣那は触れることができるのだろうか?

 ガチャっと部屋を開けると、笑顔の麗衣那に迎えられる。

「佐久間くん、おかえりなさい!」

「…ただいま」

 まぁ、そんなに気にすることでもないだろうと、僕はその考えを打ち切った。

 それからは僕も少しだけ歌ったり、学校の音楽の授業で習った合唱曲を麗衣那と一緒に歌ったりと、時間いっぱいまでカラオケを楽しんだ。


 僕と麗衣那の青春の一ページが、また一つ埋まったのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ