第11話 幽霊彼女と勉強会
「にゃあ…」
気持ち良さそうにこしあんがこたつで眠る中。
僕は渋々こたつ机の上に教科書とノートを広げる。
目の前では麗衣那がうきうきと僕を見つめている。
「えっと…そんなに見られてると、集中できないんだけど」
「あっ!ごめんなさい!つい楽しみで!」
「楽しみ?」
「はい!友人と勉強会、というのもなかなか青春らしいとは思いませんか?」
「…………!!」
たしかに。その通りだ。
テスト前は友人とテスト勉強。これはなかなかに青春の一ページである。
「なら、こんなものも必要かもしれないな…!」
僕はキッチンのとある棚へとやって来ると、そこにしまわれていた数々の袋を持ち出す。
麗衣那は不思議そうに、こちらにとことことついて来て、僕の手元を覗き込んだ。
僕はそれを麗衣那の顔の前に差し出す。
「お菓子だ」
ポテトチップスやチョコレート、グミやドライフルーツまで。
いつか友人が来た時用に貯め込んでいたものだ。
まぁ、そんな予定はなく、大概は僕の胃に収まる予定だったのだが、こちらもマグカップに続いて日の目を見ることになったようだ。
麗衣那はまた嬉しそうに目をきらきらと輝かす。
お嬢様である麗衣那は、庶民的なことはしてこなかったのか、僕の提案することにいちいち大袈裟な反応を示してくれる。大したことはしていないというのに、嬉しい限りだ。
「こいつを摘まみながら勉強しよう」
「はいっ!」
僕達はまたこたつに戻って、勉強を再開する。机の真ん中にお菓子を広げながら。
僕が問題を解いている間、麗衣那は嬉しそうにお菓子を頬張っていた。
「晩ご飯前だというのに、こんなにお菓子を食べてもいいのでしょうか…!」などと言いながらも、ポテトチップスを食べる手が止まらなくなっていた。なんかリスみたいだな。
少しして僕はとある問題で躓く。
数学の確率の問題なのだが、いまいち自分なりに落とし込めない。
とある問題は解けるが、同じ要領でもとある問題は正解できない。
解き方や公式が間違っているわけではないはずなのだが、自分の中でしっくりきていなかった。
「麗衣那、ちょっといいか?」
そう僕が声を掛けると、待ってました!と言わんばかりに麗衣那はわざわざ立ち上がってこちらにやってきた。
「はい!どの問題でしょうか!」
勉強を教えるだけだというのに、どうしてこの子はこんなにも楽しそうなのだろうか。
こんな些細なことすら経験せずに過ごしていたとは、生前はどんな生活を送っていたのだろうか……。
「ふむふむ、この問題ですね」
麗衣那は僕の肩にぴったりと自分の肩をくっつけてくる。
ち、近っ……。
途端、さらっと麗衣那の綺麗な髪が僕の肩に流れる。
なんだかいい香りがして、触れた肩はほんのりと温かかった。
僕はそれに思わずドキッとする。
死んでいると分かっていても、こんなに美人の先輩が僕なんかの傍にいて、無防備にその柔らかいものを押し付けてくるのだ。ドキドキするなという方が難しい。
本人は教えることに集中しているせいか、そんなことは全く気にしていないようだ。
せっかく真剣に教えてくれようとしているのに、あまりに失礼だと分かってはいるのだが……。
幽霊なのに触れるなんて、反則だろ……。
そう痛感する。
こうして過ごしていると、麗衣那が幽霊だということを忘れそうになる。
隣で楽しそうに笑う彼女は、本当に死んでいるのだろうかと疑ってしまう。
「…ってかんじなのですが、どうでしょうか?佐久間くん」
「へっ!?」
急に声を掛けられて、僕は素っ頓狂な声を出してしまう。
麗衣那は可愛らしく頬を膨らませる。
「もうっ!聞いていなかったんですか?」
「ああ、いや、えっと……」
正直言って全く聞いていなかった。
でもそれは麗衣那のせいでもある。
麗衣那が僕みたいな謎の霊媒体質ぼっち男に、無防備に近付くからだ。
麗衣那は「仕方ないですね、もう一度説明します!」と、また何か説明を始める。
そんなことよりも、もう少し離れてくれたら集中できるんだけどなぁ、と思いつつも、僕は麗衣那の説明を無理やり頭に叩き込んだ。
「今日はこんなところにしておくか…」
「そうですね、大分頑張ったと思います!」
麗衣那からもOKのお許しが出る。
あれからも何度か麗衣那に教わりつつ、麗衣那の近さにドキドキしつつ、何とかテスト勉強は進んだ。
なんというか、余計疲れたな……。
ただでさえ勉強するだけで疲れるというのに、麗衣那が無防備に僕に身体を寄せてくるものだから、意識するなという方が難しい。
…お嬢様、頼むからそういうところにももう少し気を使ってくれ。
ここ数日一緒にいて、麗衣那のなかなかな奔放具合が分かってきた。
所作や品の良さはまさにお嬢様なのだが、話してみると意外に子供っぽいというか、年相応の女子高生である。
癒し動物動画を見たり、可愛い物や甘い物に目がなかったり、アイドルの歌番組をチェックしたり。
しかしもしかしたらそれらも、生きているときにはしてこなかったことなのかもしれない。
そう思うとやはり、麗衣那が不憫でならない。
今まで面倒な霊に付け回されたり、驚かされたり、碌なことがなかった。
だから霊相手に同情なんて絶対にしないつもりだったのだが、一緒に過ごしているせいなのか、次第に麗衣那に感情移入してしまっているような気がする。
よくないよな……。
いずれ別れの時が来るのだ。
幽霊に入れ込んではいけない。
……、けれど……。
「佐久間くん!お菓子、最後の一個もらっちゃいますよ~」
隣で笑う麗衣那を、きっと僕は彼女と同じように、友人だと思い始めてしまった。




