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第10話 幽霊彼女と雪



「佐久間くーんっ!」

 放課後、1Cの教室に元気よく飛び込んできた麗衣那は、早速窓際の僕の席までやって来た。

「授業、お疲れ様です!」

「ああ、お疲れ」

 麗衣那は死んでからも毎日、生きているときと同じように学校に通っている。

 体育館で麗衣那の訃報が知らされたあの日だけは僕の教室にいたけれど、次の日からは普通に自分のクラスで授業を受けているようだ。

「麗衣那、真面目すぎない?」

「はい?」

「僕だったら、死んでまで学校に来て授業受けようなんて思わないよ」

 来たくて来ているわけでもないし、勉強が好きなわけでもない。僕が死んだら、きっと学校には寄り付かないと思う。

「そうなんですかね?幽霊の知り合いがいないもので、どう過ごしているのか分からないのですが、どうにもすることがなくて……」

 あ、と僕はまた自分の失言に眉根を寄せる。

 確かに、死んでからすることってなんなんだろうか。

 あてもなくふらふらとすること以外、僕も思いつかない。

 この学校にも、麗衣那のような幽霊はいると思う。

 時折そんな人ではない何かの気配を感じることがある。

 しかしどうやら麗衣那はまだその霊と会ったことはないようだ。

 会わないにこしたことはない。

 その霊が麗衣那のように心優しい霊とは限らない。

 何か恨みを持って学校に住みついている可能性もある。

 麗衣那と過ごすようになってから、僕も少し油断している節がある。

 僕が幽霊である麗衣那と仲良くしていることが分かれば、他の悪い霊が僕になにをしてくるか分からない。取り憑かれでもしたら厄介だ。少し気を引き締めねば。

 ……まぁ、もう取り憑かれてるんだけどね、目の前の美少女幽霊に。

 僕と目の合った麗衣那はその可愛らしい顔でこてんと首を傾げ、それから少し微笑んでくれた。

「ごめん、今の話は忘れてくれ」

 僕は麗衣那が心地よく成仏することに力を貸すと決めた。

 僕が麗衣那を悲しい気持ちにしてはいけない。

「ところで今日の放課後はカラオケにでも行こうと思ったんだけど、」

 高校生、放課後、遊ぶ、と言ったら、カラオケかな?というまたも僕の独断と偏見なわけだが、急遽この案は延期せざるを得なくなった。

 カラオケという単語を聞いて、「カラオケ…!」と目を輝かせていた麗衣那には悪いが、僕はこう続ける。

「ごめん、明後日から期末テストがあるの忘れてて、勉強しなくちゃいけないんだ」

 本当なら勉強なんてしたくはない。

 けれど家族との約束で、僕は定期テストである程度の成績を収めなくてはならない。

 それが僕が一人暮らしをする条件だった。

「そっか!もうそんな時期ですよね!死んでしまってから、あまり日にちを意識していなくて、すっかり忘れていました!では、今日から一緒に勉強しましょう!」

「え?」

「これでも私、成績に自信があるんです!」

 とん、っと自分の大きな胸を叩く麗衣那。

「あ、うん、知ってるけど」

「今回は私はテストを受けられないので、佐久間くんの勉強を見てあげようかと!」

「いいのか?」

「もちろんです!」

 麗衣那の申し出は大変有難い。僕は特別勉強が得意というわけではないし、そもそも机に向かう集中力すらあまりないので、誰かと一緒に勉強できる環境は有難いものだ。

 麗衣那は成績優秀だと噂でも聞いていたし、死んでからも真面目に授業を受けるような子だ。

 僕はそのお言葉に甘えさせてもらうことにする。

「じゃあ、お願いするよ」

「はいっ!任せてくださいっ」

 テスト勉強のため、渋々教科書やワークを鞄に詰める。

 ダッフルコートを着て、マフラーを巻いて、さて麗衣那と教室を出よう、と思っていると、どこかから視線を感じた。

 体質柄視線や気配には敏感なのだが、これはどうやらただの人からの視線だ。

 ぼっちな僕を哀れに思うクラスメイトからの視線かもしれない。

 もし麗衣那が生きていて、今と同じように僕と一緒に過ごしているのなら、かなり目立っていただろうし、注目の的だったとは思うが、大抵の人には麗衣那の姿は視えていないはずだ。

 ならばこの視線も特に気にする必要はないだろう。

「麗衣那、お待たせ。帰ろう」

「はい」

 僕は視線の主がいる方に意識を向ける。

 教卓前に集まって何かお喋りをしている男子の誰かが、僕を見ているらしかった。

 誰だろう、と思いつつも、僕は麗衣那と一緒に教室を出た。


「はぁ~」

 校舎を出ると、真っ白な雪がちょうど降り始めたところだった。

 麗衣那は自分の息が真っ白に染まっているのを見て、綺麗な指を寒そうに合わせた。

「道理で寒いわけですね、佐久間くん見てください!雪ですよ、雪!」

「見れば分かるよ」

 傘を差すほどではないにしろ、ふわふわの雪が次第に大きくなっていく。

 僕はそこではたと気が付く。

「麗衣那、寒いのか?」

「え?佐久間くんは寒くないんですか?」

「あ、いやそうじゃなくて。麗衣那は幽霊だろ?寒さを感じるのかって」

 きょとんとしていた麗衣那は、「たしかにそうですね!」と今更ながらに驚いたようだった。

「寒いです。生きていた頃と同じように、私、寒さを感じています」

「そうなのか」

「佐久間くんの傍にいるからでしょうか?佐久間くんの傍にいると、うっかり自分が生きているのかもって錯覚しちゃいます」

 「教室にいるとき、こんなに寒かったかなぁ」と呟く麗衣那。

 麗衣那が言うには、僕の周りだけ僕の霊的な力が強まるようだが、それが影響しているのだろうか。

「なら、早く帰らなくちゃな」

「え?」

「女の子は身体冷やしちゃだめだろ?早く帰って温まろう」

 特に何も変なことを言ったつもりはなかったのだが、麗衣那は目を丸くしていた。

「麗衣那…?」

「あ!いえ!なんでも!そうですね、佐久間くんも風邪を引いたら大変です!早くお家に帰りましょう!」

「……うん?」

 麗衣那の謎の間が気になりつつも、僕達は急ぎ足で帰宅した。


「大分降ってきたな」

「そうですね」

 僕と麗衣那が家に着く頃には、視界はすっかり真っ白になり、薄っすらと雪が積もり始めていた。

 僕達は玄関口で肩に積もった雪を適当に払い落とし、コートをハンガーに掛けた。

「あー、寒かった」

「ですね、ココアでも入れましょうか?」

「そうだね、お願いするよ」

 その間に僕は準備しておくことがある。

 麗衣那から離れすぎないように、僕は着々ととある準備を進める。

「お待たせしました!」

 麗衣那がキッチンからココアの入ったマグカップを二つ持って来ると、その目が驚きに見開かれた。

 いつもリビングに置かれているローテーブルではなく、布団の掛かった真四角のテーブルがそこにある。そう、真冬の必需品。その名も。

「こ、こたつじゃないですかっ!」

 麗衣那は目を輝かせながらこたつを見つめる。

「佐久間くんのお家にまさかこたつがあるなんて…!!」

「一人暮らしを始める時に、実家のお古を持ってきてたんだ。すっかり忘れてたけど、もらっておいて良かったよ」

 麗衣那はこたつが初めてなのか、「わ、わ、」とマグカップを持ちながら右往左往している。

 僕はそんな麗衣那のようすを見てしたり顔である。

「麗衣那、こたつは初めて?」

「はい!うちにはなかったです!」

「さ、早く入ろう」

「はい!」

 こたつの机にマグカップをゆっくり置いた麗衣那は、慎重にこたつに入った。

 すると麗衣那の表情がふわっと緩む。

「はぁ~~~暖かいです……」

「だろ?」

 ぽかぽかと気持ち良さそうに緩んだ表情の麗衣那を見ながら、僕はちょっと自慢げである。

 麗衣那はいいところの育ちではあるが、この素朴なまったり感は味わったことがないはずだ。

 これもまた麗衣那の成仏に一役買えたのではないかと思う。いいぞ、こたつ。

 いつもは麗衣那に寄り付かないというのに、どこからかこしあんが颯爽とやってきてこたつに入っていった。

 僕も麗衣那の向かいに座って、こたつに潜り込む。

「最高の暖かさだ……」

 僕がそのまま横になり寝ようとしていると、「佐久間くん!」と麗衣那が僕に声を掛ける。

「勉強!ですよっ!」

「ああ、うん……」

 そうでした。試験勉強しなくちゃいけないんでした。

 さすが真面目なお嬢様。こたつなんかでは騙されてくれなかった……。




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