天まで届け、俺らの放物線! ~君と一緒だったから~
隙間を埋め尽くすように詰め込まれた、火薬の塊。ネジで締められ、漏れ出ないよう細心の注意が払われている。あとは、導火線に火を灯すだけ。
高志は、日の落ちた公園にいた。住宅街のこじんまりとした老人の憩い場ではなく、視界よりも広々とした大型自然公園である。
障害となるちびっこは、ただの一人もいない。照明こそ消灯されていないが、利用時間外なのは明らかである。巻き込まずに済むので、好都合だ。
木々に覆われた脇道から、悪ガキ繋がりの麻衣が飛び出してきた。太ももに擦り傷らしき痕が散見されるが、手錠をかけられてはいなかった。
「……あいつ、本当にしつこい……。半世紀も怠けてきたとは思えないし……」
彼女の呼吸は、速いテンポを刻んでいる。運動部と言えども、成人の男の持久力には音を上げていた。
ここの管理人は、泣く子も黙る小太りおじさん。その癖、耐久力に関しては天下一品なのだからタチが悪い。舐め腐った不良がスクラップにされる所を何度も目撃してきた。
……まさか、対峙することになるなんてな……。
逆らうな、とあらゆる神経が危機を伝えているが、好奇心には敵わない。このロケットを宙にかっ飛ばすまでは、引っ込んでいてほしい。
呼吸を整えた麻衣が、慣れた手つきで足元の導火線を手繰り寄せる。家で何回もシミュレーションをした成果だ。
「……きちんと、支えられてる? 変な方向に吹き飛んだら、笑えないよ?」
「誰が手順を間違えるかよ、この俺が」
金属製の支柱で、手作りロケットの胴体を持ち上げている。地面深くに突き刺さったそれは、ロケットを開花させるのに十分な能力を有しているはずだ。
麻衣の口から覗く歯が、薄明りに照らされてにやりと光る。ロケットに憑りつかれた瞳は、自分たちの集大成を見守る優しいものだった。
辺りは、腰が引けるまでに静まり返っている。管理人に現場を差し押さえられなければ、こちらの勝ちだ。
「いくよ……」
麻衣の目が、鋭利な刃になった。獲物を慎重に解体する手さばきで、導火線の先端を探り出す。
手にしていたライターのちっぽけな火が、二人分の想いを込めた道の出発点に達した。火球が、本体へと乗り移った。
もう、巻き戻しは効かない。動画と違って、人生の一コマを一時停止する術は存在しない。
「……これ、さ。上手くいかなかったら、私たち二人ともお陀仏だね……」
今にも飛び跳ねそうな、紅潮した顔から出るセリフではない。
シミュレーションと言っても、机上の計算。地面が貧弱であれば、支えごと高志たち目掛けて突進してくるかもしれない。実験に絶対は保障できないのだ。
発射のカウントダウンが、冷えた空間に浮かび上がる。ロケットの尻尾の長さが、そのタイムリミットだ。
「……何だか、それでもいいと思えてくるんだよな……」
失敗する気がしない。演算をやり直しても、このロケットは天高く舞い上がる。自信という自信が、奥底から膨れ上がっている。
麻衣と一緒なら。盛り上がりの最中も凹んだ時も、心のすべてを共有してきた彼女となら、なんだって成功させられる。根拠など、何処にもなくていい。
瞬間、一閃。爆音とともに、高志と麻衣の努力の結晶が飛び出していった。一筋の軌跡が、様々に彩られている。
寸分の狂いもない、放物線。頂点に達した希望ロケットは、子種を空一杯にばらまいた。
光り輝く花が、一面に咲き誇った。地域の夏祭りでも、この世界をこれほどまでに明るくは照らせなかっただろう。
……本格的な花火と比べたら、ほんの小さなものだけど。
夜空のなすがままにされている、焦点の合わない麻衣の眼。紙上の色鉛筆ではお目に書かれない色塗りがされていた。頬は緩み切って、空気の拍動をありのままに受け入れている。
「……高志、これだよ、これ……」
「……そうだな……」
高志に、言葉を返す力は残っていなかった。見る限り目に焼き付く流れ星に、魂が体の殻から抜け出そうとしていたのだ。
……麻衣……。
横目で、彼女を盗み見る。現実と未来に心躍る少女とは、どうして離れてほしくなくなるのだろう。永遠の謎が、高志の胸にのしかかった。
「……麻衣、あのさ、……」
いっそこの機会に、一切合切気持ちを吐き出してしまおう……。
「……お前らぁ……!」
高志が行動する間もなく、背後でけたたましい地鳴りがした。人々に訴えかける絶景も、管理人には通用しなかったようだ。
合図を送るが早いか、高志と麻衣は二手に分かれた。麻衣がいち早くだだっ広い広場を縦断し、茂みへと身を投げるのが見えた。
引きつけのおとり役は、高志の番だ。逃亡者の地が騒ぐ。
……丁度良いところで、邪魔しやがって……。
麻衣との事は、後のお楽しみだ。
浮き上がりそうになる心を押さえつけ、高志は照明の待ち受ける直線通路へと駆けていった。




