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パラレルシネマパラダイス  作者: 厚切りトマト
一章
9/18

9.幸福の守人



 撮影所の建設が始まった。と言っても、この場所自体は国有地で、借用届けを出して借りているだけだから、撮影が終わったら建物は撤去しなきゃいけない。それも踏まえて、簡易な造りになっている。


「はい、もっと勢いよく混ぜて!」


 号令を出しているのは姉さんだ。我が家では建築物は姉さんが設計から建設まで担当している。何と専門の学校まで出ているエリートなのだ。必然的に現場監督を任せた結果、こき使われている。設計図はあっという間に修正が加えられた。


「はい、エリク君さぼらない!」

「い、いえっさー」

「ゲンナーは整地!」

「はいはい」


 エリクと僕は煉瓦の繋ぎ、セメントの作成だ。石灰に水とスライムの体液を混ぜ合わせれば完成なのだが、これが重労働で、2人でひぃひぃ言いながら交代で掻き混ぜている。


「よし、それぐらいで。じゃあ基礎造るよ」


 こんな感じで、姉さんの手となり、足となり、作業を進めていく。


「おーい、持って来たわよー」


 カリーナさんの声に振り向くと、ふよふよと浮かぶ数本の材木を引き連れて、彼女が帰って来るところだった。


「わ、凄い。カリちゃんが台車いらないって言った時はそんなわけと思ったけど、本当に一流の魔法使いなんだ」

「そんなに褒めても何も出ないですよ。それで、サシャさんこれどこに置きます」


 2人は初めましてのはずだが、何故か意気投合したらしく、名前で呼び合っている。カリーナさんには、木材を持ってきて貰った。これは、特殊な乾燥魔法を掛けて生木を即築材として使える状態にしたものらしい。何と便利な魔法なんだ。


「ありがとう。それじゃあ、あそこに置いて。さて、じゃあ、木材をカットしよう」


 そう言うと、姉さんがどこからとも無く糸鋸を取り出し、ゲンナーが慣れた様子で作業台を設置し始める。


「あー、それなんだけど……」

「なに、アルフ、あなたに鋸が引けるわけないでしょ、ほらどきなさい」

「いや、そうじゃなくてね、えっとね」

「なんなの?言いたいことがあるなら、早く言う」


 僕は説明するより早いと思ったので、手でカリーナさんの方を見るように促した。


「スライス」


 次の瞬間、目の前に積まれた木材は角材や板材に音も無く分離する。そう、カリーナさんの代名詞、スライスの魔法だ。事切り分けるという作業に関して、彼女の右に出る者はいないとはエリクの談。


「よっと、これくらいあれば足りますか?」


 カリーナさんの言葉に反応が無い。よく見れば、姉さんもゲンナーも口を開けて唖然としていた。


「言っとけば良かったね。これから切る作業は彼女に頼めば問題無いから」

「……あー、理解した。ほら、作業続けるよ」


 立ち直った姉さんの指示で基礎造りに入る。作業は順調に進んでいた。


「よし、基礎は完成!じゃあお昼にするよ」


 あらかた土台や枠も出来て、次はいよいよ煉瓦積みというところで、昼休憩に入る。ランチはゲンナーお手製のサンドイッチ。何とこの男、料理まで出来るのである。正に理想の嫁、いや婿。

 そうして、食事をしていると、女性が道を来るのが見えた。思わずエリクを叩いて気付かせる。


「あら、こんなところにお家でも建てるのかしら」


 大きな籠を背負い、足を止めて、こちらを眺めているのはミーナさんだ。そう、この撮影所予定地は、街とシマトラさんの家の間に位置する。これこそが、シマトラさん勧誘作戦第3弾。楽しそうな職場を見せびらかす、なのだ。


「あれ、ミーナさんじゃないですか」


 エリクはどうやら、演技が下手らしい。あまりの白々しさに必死に笑いを堪える。


「まぁ、エリフォート君にアルフレッド君じゃない」


 ミーナさんはその演技に気付かないのか、嬉しそうに近寄って来た。


「ミーナさん、お久しぶりです」

「こんにちは」

「ええこんにちは。今日は2人だけじゃないのね」

「はい。是非、紹介させて下さい」


 彼女をランチの片付けをしている皆のところに連れて行く。


「えっと皆さん、ミーナさんです。今度撮る予定の映画の主役の、えーと、奥さんです」

「こんにちはミーナです。お食事中にすみません」

「よろしくお願いしますミーナさん。サリッシャです」

「カリーナです」

「ゲンナーです、よろしく」


 それぞれ自己紹介が済んだところで、この建物について説明する。


「そうなのね。ここで撮るの。いいわね楽しそうで。ねぇ私も見に来たりしていい?」

「ええ、是非見に来て下さい!シマトラさんにはまだOK貰ってないですけど、絶対首を縦に振ってもらいますから!」


 エリクは自信満々に胸を叩いてみせる。


「ふふ、期待して待ってるわ。あの人ったら、また勧誘しに来たってぶつぶつ言ってたけど、あれは満更でも無い様子だったわよ」

「本当ですか!しゃあ!これは行けるぞ!」

「頑張って、誘おうね」


 しばらく雑談して、ミーナさんは街へと歩き去っていった。よしよし、これでこの建物が何かはシマトラさんに伝わるだろう。ふふふ、いくら気にしないようにしたとしても、毎日通る場所にあれば、嫌でも気になろうというもの。


「はいはい、作業再開するよ」

「よーし、やるぞー」


 僕らの士気は上がり、作業は一気に進む。明日からはエリクと2人で作業することになるので、姉さんに必要な事は教わっておくようにする。壁は1枚だと風に弱すぎるという事で、⊿の形に筋交いを入れる事や、舞台下に収納スペースを造り、壁絵を仕舞えるようにしたりとアイデアをいくつか貰った。


「ありがとう、助かったよ姉さん。カリーナさんとゲンナーもありがとう」

「ちゃんとやりなさい。これだけ手伝って、出来ませんでしたじゃ、許さない」

「まぁ、サシャはこう言うけど、期待してるんだよ。このカメラが売れ出したら文句も出ないから」

「ははは、頑張ります」


 どうにかこうにか形になってきた。後はシマトラさんにうんと言わせるだけだ。




 翌日、仕上げの壁積みを2人で進める。昨日混ぜたセメントはもう使えないので、混ぜ直しである。


「これ、壁の内側に壁絵立てれるようにしたはいいけど、塗料が無いな」

「あーそこまで考えてなかったね。どうしようかな」

「こう、絵とか画材に詳しい人に聞いてみるか」

「詳しい人……」

「あ、いるじゃん」

「あーいたねぇ、エリク」


 絵画に詳しくて、親しい人。という訳で、ミーナさんに聞いてみる事にした。


「絵の画材?」

「そうなんです。壁を塗りたくて」


 場所はシマトラさんの家。シマトラさんがいると追い出されるので、留守を狙ってお伺いしている。エリクは撮影所で留守番だ。


「それは、何色か必要なのかしら」

「そうですね。少なくとも、白、黒、茶色ぐらいはあるといいなと」

「そうねぇ……ちょっと待っててね」


 そう言うとミーナさんは床下の倉庫から、壺を取り出してきた。いくつかの種類が有り、中には粉末状の物がいくつか見える。


「これが油絵の顔料よ。基本、鉱物が主かしらね。必要ならいくらか融通するけど、問題は混ぜなきゃいけない油があってね。それがかなり高価なのよ」

「油、ですか」

「そう、そればっかりはごめんなさい。少量しか用意が無いの」

「いやいや、そんなお願いしてるのはこちらですから、それで……油というのは何の油ですか?」

「それが、特殊な油でね。スリンガーフロッグっていう魔物の油なのよ」

「スリンガーフロッグですか!?」

「そう、だからハンターギルドが卸している油を買うのが一番安上がりだと思うわ」


 ミーナさんに御礼を言って、今度顔料を提供して貰う約束も取り付ける。撮影所に戻って、エリクに相談した。


「まさかの、スリンガーフロッグか」

「まとめて仕入れてるかもしれないから、ゲンナーに聞いてみようか。フィルムに使ってるのスリンガーフロッグの卵だったよね」

「一石二鳥といけばいいが……」


「あーあれね。実はグリス代わりに使えるかと思って大量に取ってあるよ」


 僕らはツイてるみたいだ。我が家に戻って聞いてみると、ゲンナーは早速持って来てくれた。封のされた壺が2つ。


「まだこれでも半分だから、これぐらいなら持っていっていいよ」

「ありがとう!助かるよ」

「油搾るの大変だったんだ。大切に使ってね」


 そう念押しされた。言わずもがな失敗は出来ない。撮影所に戻ると、壁の大部分が完成していて既に足場を撤去する段階に入っていた。エリク、こういう作業は得意なんだな。


「貰って来たよ」

「ナイス!こっちも大方完成だ。後は壁絵塗りだな」


 2人で完成間近の撮影所を眺める。かなり立派なものが出来たんじゃないだろうか。屋根も無いし、道の片隅にポツンとあるだけの野良舞台だが、僕らの初めてにしては上々だろう。くの形に舞台が2つ。手前には、移動可能なカメラ台が設置してある。


「シマトラさん興味持ってくれるかな」

「大丈夫さ、さっき街に出て行くの見たけど、ちらちらこっち見ながらだったぜ」

「ミーナさん上手くやってくれてるみたいだね」




 談笑しながら休憩していると、遠くの方から話し声が聞こえてきた。片方は高い声で、相対するのは野太い男性の声だ。


「誰だ?こんなとこに」

「一応この道、峠越えの交通路だから、行商人とか偶に通るみたいだけどね」


 やがて、姿が見える。逆立つ鬣が目立つ獅子頭の男。レオパルドだ。よく見れば、傍らに小さな妖精が飛び回っている。


「本当にこっちなんだろうな、間違ってたら、その羽毟って食っちまうぞ」

「あたしを信じなさいよ!空から見てたんだから!シマトラが入ってくとこ!」

「あーはいはい。まぁ行ってみりゃ分かる。シマトラのおっさんも空から尾行されてるとは気付かなかったてぇ事か?」

「まったく、感謝してよね!帰ったら、御駄賃たんと貰うんだから!」


 あれは確か、妖精のリーンライラ。一座の見世物で見せた態度と違い、キィキィ言いながら飛び回っていた。


「あん、なんだこの舞台みたいなの。これがシマトラの家なのか?」

「違う違う!もっと先よ!ほらゴーゴー!」


 僕たちに気付かず、早足で丘を登って行く。


「まずいな。シマトラさんは留守だぞ」

「行こうエリク。ミーナさんが心配だよ」

「ああ、追うぞ」


 僕らは駆け出した。ミーナさんにもしもの事があったら、シマトラさんに顔向け出来ない。

 丘上の一軒家に着いた頃には、玄関先でレオパルドとミーナさんが激しく口論している所だった。


「間に合ったか?」

「エリク、あれ!」


 言い争う2人の背後、小さな妖精の手元に揺らめく火炎が見える。既に待機状態の火炎魔法だ。


「シマトラの野郎はラットマンを裏切った。その代償は償って貰わなきゃならねぇ」

「何を勝手な。あの人がどう不義理を働いたと言うのですか!何年も必死に勤め上げて、最後に残った余生に幸せを求めて、何が悪いというの!?」

「御託は聞いてないんだよ。シマトラがどう思ってようとも関係ねぇ。ようは裏切りの結果が分かりゃいいんだ。リーン!」

「はいよ!」


 リーンライラは飛翔すると、手の中の炎を家に向かって構えた。僕はミーナさんの元へ全力疾走する。


「やめて!」

「悪いな。あんたの命までは取らねぇよ。だが、この家には灰になってもらう」

「やめてよ!大事な家なの!私とあの人の居場所なの!」

「やれ」


 フェアリートーチ!


 間に合うか!?僕は咄嗟に放たれた魔法の射線に割り込み。障壁を張る。


 マジックシールド!


 火炎魔法にはそれほどの魔力が込めらていた訳では無いようで、無事弾き返す事に成功した。妖精の炎は明後日の方向に飛んでいき、空中で爆散する。


「なんだぁ?お前ら」

「あーん。あたしの炎がぁ」

「アルフレッド君!?」

「はぁはぁ間に合った……」

「何だよアルフ。俺は助けてくれなかったのに」

「今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」


 僕とエリクはミーナさんを庇って、前に出る。レオパルドとリーンライラに相対する形だ。


「ガキどもが、しゃしゃり出てきやがって」

「あんたたち、何?シマトラの知り合い?」

「俺らか?んーそうだな。シマトラのおっさんのビジネスパートナー、かな?」

「はぁ?なにそれ。さっさとどきなさいよ」


 苛立った様子で、キィキィと喚き散らすリーンライラにどこ吹く風といった程のエリク。


「嫌だね。俺らはお前らが立ち去るまで、ここから動かねぇぞ。そっちこそさっさと帰れ」

「キィー!何こいつ!」

「どぅどぅ。お前らが誰だろうとどうでもいいが、立ち塞がるならガキだろうと容赦はしねぇぞ。足の2、3本覚悟しとけよ」


 暴れ回るリーンライラを制して、レオパルドが腕を鳴らしながら前に出てくる。気配が変わった。獅子頭の鬣が逆立ち、四肢に力が入っていく。


「それはこっちの台詞だ」


 エリクも臨戦態勢に入った。


 暁を待ちて


 琴久しく


 岩戸の陰に戯れる


 例の詠唱だ。前回とは違う内容だが、練り込まれる魔力は物凄い量になっていた。そんなエリクの様子にたじろぐレオパルド。


 増速参階 雅流の調(がりゅうのしらべ)


 エリクが魔力を纏っていた。その紅色の魔力はどこか懐かしさを感じるものだ。たじろいでいたレオパルドは吹っ切るように頭を振ると、前傾姿勢になる。


「そんな虚仮威し!」


 先に動いたのはレオパルド。エリクの右から回り込むと1回転して踵落としを仕掛けてくる。エリクは最小の動きで躱すと、回し蹴りを放つ。到底人の出せる速さを越えたその蹴りを、しかしレオパルドは股を開いて重力落下で避けた。空を蹴るエリクの足。そこからレオパルドは両手を軸に両足を駒のように回転させて、エリクの残った軸足を狙う。だが、読んでいたのか既に彼は跳躍し距離を取っていた。


「危ない」

「おめぇただのガキじゃねぇな」

「そっちこそ、飾りの獅子頭じゃないみたいだな」

「はっ生意気なこって、デカい態度は伊達じゃねぇってか。しょうがねぇ、リーン、あれやるぞ!」

「えー、疲れるのにー」

「つべこべ言うな。しっかり制御しろや!」

「はぁい」


 レオパルドが両手を地面に置いて、四つん這いになり、その体勢で咆哮した。


 ガアァァァアァ


 みるみるうちに体表に毛が生え始める。前肢が伸び、四つん這いが安定し、薄く魔力のラインがリーンライラから伸びてくる。あれは、制御魔法?


「こいつ先祖還りだ。魔力開放で暴走するタイプだな」

「冷静に言ってるけど、この圧はまずいよ!」

「承知の上さ。取り敢えず、アルフはミーナさん守っててくれ、気にしてちゃ戦えないからな」

「……分かった。こっちは任せて、エリク」


 レオパルドの目が大きく見開かれた瞬間、突撃してくる。エリクは横に避けるが、前肢を地面に叩きつけて直角に曲がると、そのエネルギーそのままに背面から体当たりをする。エリクは受けざる得ない。


「なんて、出鱈目な!」


 言いながらも、両手を体に置き、側転で飛び越える。空中に浮くエリク。錐揉みのような状態になり、体勢を崩される。レオパルドはその隙を逃さず、先に着地すると、両手を結んで横に振り抜いた。


「ぐっ」


 エリクが横に吹き飛んでいく。


「エリク!」

「……っ、大丈夫だ!」


 彼はよろめきながらも立ち上がった。思ったよりもダメージは少ないようで、すぐ体勢を立て直す。


「胴体じゃなかったら、骨の数本はイッてたな」


 埃をを払い、構える。それを見て、レオパルドは仕掛けるのを躊躇していた。ノーダメージを警戒したのだろうか。いや恐らく、精神をリーンライラと共有しているのだろう、彼女の動揺により、動きに影響を受けているのかもしれない。


「リーン!躊躇うな!」

「わ、わかってる!」


 再びレオパルドの仕掛け、今度は爪を振るい、連続で攻撃をする。エリクは小刻みにステップをしながら避けてはいるが、服が裂け、防御する腕に傷がついていく。防戦一方だ。レオパルドはその膂力と伸びた四肢により、素早い攻撃でエリクを追い詰めていた。


「はん、やはり見掛け倒し。俺様の前に敵は無し!」


 レオパルドが一歩下がり、両腕を構えた。上下に合わさった掌に魔力が集中する。


「ちっ、まずい!」


 エリクは咄嗟に横っ跳びになると、地面を転がった。


「吹っ飛べ!」


 カイザーレオ!


 放たれた魔力が大気を圧縮し、前方を穿つ。先ほどまでエリクのいた地面が爆散し、大きく抉れた。


「なんつー威力だ。まるで大砲だな」

「ハッハー!まだまだいくぞ!第弐撃!」


 再度掌をエリクに向ける。あんなものが直撃したら、ひとたまりも無いだろう。しかし、間合いに入るのは至難の業。魔法を詠唱しようものなら、即座に潰される事は必至。この人、強い。


 カイザーレオ!


 先ほどのものより小型で速い。エリクは避けられないと判断し、迎撃の体勢を取る。が、しかし、弾体は手前で爆発した。


「目眩ましだと!」

「もらった!」


 エリクの目の前にレオパルドが迫っていた。咄嗟に両の腕で防御したが、獅子頭はその腕を掴むと、肩口に噛み付きホールドする。


「ぐわぁあ」

「あんあ、かえぇなおあえ」

「噛みつき!?」


 エリクの肩に深く刺さった牙に情け容赦無く力が込められる。


「こんああ、いいちぎう」

「何言ってるか分かんねぇよ!だぁしゃあねぇな!」


 特疾走れ


 増速陸階 



 八咫烏(やたがらす)



 追加詠唱。エリクの口からその言葉が紡がれた瞬間。紅色の魔力が膨れ上がり、レオパルドを押し返した。そしてそれは次第に黒へと変色していく。艶のある黒。それがエリクの周囲を覆い始めた。

 

「俺様の牙を押し返すだと!?何だこの魔力!」

「体が持たねぇから、さっさと決めるぜ、ライオンのおっさん」


 エリクが消えた。そうとしか表現出来ないようなスピードでレオパルドの側面に現れた彼は軸足を残して片足で立っていた。その姿勢は対象を蹴り抜いた残心。

レオパルドは既におらず、一拍遅れて衝撃波が僕らを襲う。


「え、何が」

「終わりだよ。アルフ、後を頼む。多分解除したら、まともに動けなくなるか、ら……」


 よくよく見れば、彼方に倒れた人影が見える。あんな距離まで蹴り飛ばしたのか!精神共有のせいか、リーンライラも気を失って、地面に墜落していた。そして、魔力を解除したエリクも同じように倒れる。黒の魔力が霧散していく。決着はついた。


「エリク!」


 慌てて駆け寄り、治癒魔法を急いでかける。肩口の傷だけでもかなりの重傷だ。僕の練度では止血程度だが、血を失うのを止める事は出来るはずだ。全く無茶をする!


「おい!何だこの有様は!はぁはぁ、何があった!」


 シマトラさんの声だ。遠くから戦闘の音が聞こえたのだろう、息を切らして走ってくる。


「ミーナ!ミーナは無事かよ!」

「大丈夫よあなた。落ち着いて」

「あぁ、良かった、良かった……」


 シマトラさんは他に目もくれず、ミーナさんを見つけると抱きすくめる。


「ねぇ……ねぇ、あなた。聞いて、私が襲われてるのをあの子達が助けてくれたのよ。身を挺してね」


 シマトラさんが落ち着くのを待って、ミーナさんが手を引いて彼を連れてくる。


「それは……彼は大丈夫なのか?」

「一応、治癒魔法を掛けたので、命には関わらないと思います。自分の魔法の負荷で倒れただけですので」

「そうか、その何と言うか、おれっちの大切なものを守ってくれたんだな。本当にすまねぇ」

「あなた。違うでしょう?」

「あぁ、そうだな。そうだ。アルフレッド君、本当にありがとうよ」


 シマトラさんは僕の手を握ると礼を述べる。


「それは起きたら、エリクに言ってやって下さい」

「ああ、勿論だ。なんて礼を言ったらいいか……」

「さぁ、エリフォート君を運ばなきゃ。ベッドに寝かせてあげましょう?」

「おれっちに運ばせてくれ」


 シマトラさんがエリクを家へと担ぎ込んでくれている間に、レオパルドの様子を見に行く。膨らんでいた体はすっかり萎み、腰部が陥没している。死んでないよね……?


「こりゃあレオじゃねぇか」


 戻って来たシマトラさんが獅子頭を見て驚いていた。


「この娘もです」


 そう言って、リーンライラを掬い上げる。


「リーン……こいつらが襲って来たのか?」

「はい。どうやら、空からシマトラさんを尾行して場所を割り出したみたいでした」

「そうか……ラットマンの野郎……」


 レオパルドはまだ辛うじて息があった。あれだけの衝撃を受けてこうなのだ、余程頑丈なのだろう。


「アルフレッド君。頼みてぇ事がある」


 シマトラさんが申し訳無さそうに、頭を下げてきた。


「助けてもらっといてこんなこと言うのも本当に申し訳ねぇが、どうかこいつらも治療してやってくれねぇか」

「それは……」

「頼む!単純なこいつらの事だ、ラットマンの野郎に唆されたんだろう。だがそれは、人を襲っていい理由にはならねぇ。馬鹿なおれっちでもそれは分かる。しかしよ……こんなんでも古い付き合いなんだ。見捨てる事はできねぇ。なぁ頼む、どうかこの通りだ」


 シマトラさんが地に着くほど頭を垂れて懇願して来た。


「いいんですね?また襲いに来るかもしれませんよ?今度は僕らはいないかもしれない」

「よく言い聞かせる。なるべくおれっちもミーナの傍を離れねぇようにする」

「そうですか……分かりました。僕としてもエリクを人殺しにするのは嫌だったので、治療はしようと思ってましたから」

「本当か!?ありがてぇ」


 早速、治癒魔法を掛けると、レオパルドの呼吸が安定してきた。リーンライラは、まぁ、気絶してるだけみたいだから、寝かせとけば大丈夫かな。


「さて、それを踏まえて、ご提案があります」

「提案?」

「はい。こんなタイミングで言うのは、本当に本当に不本意で、ひじょーに卑怯だと思いますが……」

「うん?」

「家から、とーっても近くて、将来的にすっごい稼げそうな仕事がありまして」


 この時の僕は多分、とても悪い顔をしてたと思う。首を横に振ることが出来ない状況からのこの質問。我ながら非常に卑怯である。


「一緒に映画を作りませんか?」

 

 後で起きたエリクにこの話をしたら、三顧の礼だ!て叫んでたけど、あれはどういった意味だったのだろうか。






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