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パラレルシネマパラダイス  作者: 厚切りトマト
一章
2/18

2.編集の力



「なるほど、メモリーを教えて欲しいときたか」


 謝り倒して、何とかマトリッツォさんを連れてくることに成功。あまり気にしない性格なのか、一度の謝罪で許してくれた。


「飯の種なのは分かっています。迷惑なのも重々承知ですが、どうかお願いします!」


 あのエリクが、必死に頭を下げている。教師に怒られても全て受け流していたエリクが!


「僕からもお願いします、その魔法には無限の可能性があるんです」


 二人して頭を下げると、マトリッツォさんが慌てて、制止してきた。


「まてまて、教えないとは言ってない。俺が開発した魔法でもないしな。ただなぁ……」

「そこをどうにか!」

「あー、いやー、うーん……まぁいいか」


 彼は短く詠唱すると魔法陣を見せてきた。


「これがメモリーインだ」


 うん?さっきより単純に見える。


「これを使った瞬間に魔石を左手に持てば、記憶されるようにできてる、そしてこれが……」


 再度の詠唱、これは講習室で見たやつだ。


「メモリーアウトだ」


 彼から見た僕らなんだろう。魔石に記憶された絵が映し出される。


「なるほど、2つの魔法なんですね」

「正確には3つだな。メモリーアウトには多重起動陣が入れてあって、ライトの魔法が重なってる」

「ん?どういうこと?」


 エリクは首を傾げている。こういった細かい魔法は彼の苦手とするところなのだ。

 逆に僕の専門分野でもある。


「つまりね、絵を記録する魔法、絵を記録から呼び出す魔法、壁へ投影する魔法の3つが使えて始めて意味があるわけさ」


 僕は3本の指を立ててエリクの前に出した。


「そう、だからお前らが覚えようと思ったら結構大変だぞて話だ。俺もギルマスから依頼としてお願いされなきゃ、覚えようとはしなかった」

「マジかぁ……俺苦手なんだよなぁ、細かい魔法とか、そういうの」


 知ってるよ。だから、任せて欲しい。


「エリク。安心して」


 俯いた彼に声をかける。


「僕が覚える」

「出来るのか?アルフ」

「やってみせるよ」


 自信満々に頷いた手前、もう後戻りはできない。


 その後、マトリッツォさんに軽くレクチャーして貰い、魔法陣の構成を確認する。意外と構成自体は単純だ。これなら自主練で反復練習すれば、誰でもすぐ使えるようになるはず。エリクも必死に聞いていたが、首を傾げている。どうやら、ダメそうだ。


「教えてやる代わりに、お願いがあるんだけどよ」


 途中でマトリッツォさんがそう言った。


「俺はパーティの記録役でもあって、この魔法を習得した訳だが。一つだけ不満があってな」

「不満?」

「さっき見た絵、どう思った?」


 さっきと言うと、怪鳥との戦いの絵だろうか?


「とっても迫力があって、5人とも勇敢だな、と思いました」

「俺も、ハンターという職業を見直したよ」


 エリクも同意するように、首肯する。


「だよなー、5人だよなー」


 ん?あぁ、そういうことか。


「マトリッツォさん、もしかして6人パーティですか?」

「おう、よく気づいたな、そうなんだよ。俺たちは6人パーティ。白鷺の翼てのなんだが、毎回5人パーティだと思われちまうのが納得いかないわけよ」


 なるほど、マトリッツォさんも人並みにカッコいいとこ見せたい、と。


「分かったよ。アルフがこの魔法覚えたら、撮影しに来いてことね」


 エリクが言うと、マトリッツォさんが頷いた。


「撮影?てのはよく分からんが、是非お願いしたいね」

「よし!引き受けた。アルフ次第でいつになるか分からないけれども」

「気にすんな、期待しないで待ってるよ」


 そう言うと、彼は去っていった。サバサバしてるけど、優しい人だったな。


「……さて……アルフどうだ?」


 しばらくして、エリクはこちらの顔色を伺うように、聞いてきた。


「マトリッツォさんには悪いけど」


 そう前置きすると、懐から小さい魔石を取り出す。魔石は触媒として優秀な為、こうして持ち歩いているんだ。魔法陣を展開し、メモリーインを行使する。


「もう覚えた」

「おー流石、学科首席」

「メモリーアウト」


 周りに見えないように、机に投影する。


「完璧だな、魔力消費は?」

「火球の10分の1ぐらい。生活魔法レベルだね」

「最高じゃんか。となれば、差し当たっての問題は2つ」


 二本の指を掲げる。


「連続で使用できるように解析、改良することと、魔石の確保だ」

「あー、魔石か。そっちは考えてなかったよ」


 そうだ。確かに秒間24個の魔石を使っていたんじゃ、膨大な数が必要になる。


「ちょっと相場聞いてみるか」


 二人して、カウンターに向かう。ハンターギルドは個人向けには魔石の販売はしていない可能性もある。必要とするのは、小売店とか卸業者あたりがメインのはず。


「販売価格ですか?サイズによりますが、現在は平均300uほどですね」


 あっさり教えてくれた。300uか、カフェでコーヒー1杯くらいの値段だ。つまり、かなり高い。

 受付さんにお礼を言って、ハンターギルドを出ることにする。


「かなり高いね」

「そうだな。うーん。何か代用品無いかな」

「ぱっとは思いつかないけど……」


 エリクはブツブツと何か呟いている。

 銀板とか、フィルムとか聞こえるが、何のことだろうか。しかし……代用品か。


「ねぇエリク」

「ん?」

「この後、家に来ない?」

「アルフの家?」

「うん。もしかしたら、ヒントがあるかもしれない」




 

 ジーター時計店。

 そう書かれた大きな看板を見上げるエリクがこちらに目を向けた。


「え、これアルフの家?」

「そうだよ。家族でやってるんだ」

「はー、時計店てのはこんなデカい工房がいるのか」


 並の大棚も比べものにならないくらい我が家は大きい。時計というのは、大規模な仕掛けが必要になるし、部品を作る工房は巨大だ。必然的に店全体が大きくなる。


「この国のあらゆる時計をここで作ってるんだよ」

「へー」

 

 店前の申し訳程度に設けられたカウンターには誰もいない。皆工房かな?


「エリク、ついてきて」


 店を出て、裏手の工房入口に向かう。


「ただいまー」


 工房の入口で、声をかけると中からゲンナーが出てきた。


「おかえり。もう講習とやらは終わったのかい」


 ゲンナーは父さんの弟子で、僕の兄のような存在だ。出来れば本当の兄になって欲しいと常々思っている。


「元々、昼前に終わる予定だったみたい。父さんか姉さんいる?」


 言いながら、中を伺うと、言い争う声が聞こえてくる。


「だから言ってるでしょ、もっと小さくする為に設計から見直さなきゃ。鋳型の開発だって必要」

「そうは言うがな、木工職人の連中に鍛冶をやれと言う気か?」


 またやってる。


「そんな極端な話じゃなくて、新しい挑戦の為には、設備投資が必要て言ってるだけ」

「うちにはそんな余裕は無い」


 ゲンナーを見れば、肩をすくめていた。


「さっきからやってるよ。自分としてはどっちの意見も分かるから、平行線」


 争ってるのは、父さんと姉さんだ。父さんは堅実派、姉さんは実利主義で、よくこうやって言い争う。


「金をかけたいなら、パトロンを探してきなさい。店の金庫から金は出さない」

「……はぁ。分かった……」


 どうやら今日の話はここまでらしい。


「二人ともただいま」


 少し大きめの声で注意を引く。


「おかえり。早かったな。おや、そちらは友達か?」


 普段の父さんは穏やかな人だ。職人というより役所勤めが似合うタイプ。


「エリフォート=キュービーです。アルフレッド君とは懇意にさせて貰ってます」


 エリクは突然前に出ると優雅に一礼した。

 驚いた。こういった礼節は無いタイプだと思ってた。


「これはこれはご丁寧に。マークです。こっちが娘の、サシャ」

「サリッシャです」


 姉さんは短く頭を下げた。


「にしても驚いた。息子に貴族様の知り合いがいたとは」

「いえいえ、領地も持たない木っ端の男爵家ですから、畏まらないで下さい」

「そうかいそうかい、まぁ、汗臭いところですまないがゆっくりしていって」


 話を切り出すなら今かな。


「父さん、それと姉さんも、ちょっと時間あるかな?」

「ん?私も?」

「そう二人に」

「いいぞ、今は急ぎの仕事も無い」


 二人に了承を取ると奥の休憩スペースに皆で移動する。さて、どう説明するか……


「それで?話というのは?」


 何も言わずに先ほどの魔石を取り出すとメモリーアウトを行使する。


「この魔法の最小魔石量を知りたいんだ」

「ほう、これは面白い魔法だな」


 父さんは興味深そうに、こちらを眺めている。


「また変な魔法覚えてきた。もっと儲け話になりそうなの覚えてきてよ」


 姉さんは既に興味を失ったようで、エリクをジロジロと見ている。


「将来的には稼ぎになる予定だよ。ねぇ?エリク」

「そうだな。アルフ君の言う通り、新しい産業になるかもしれません」


 エリクは自信満々だ。それだけ勝算があるのだろう。


「産業ときたか……ふむ、話してみなさい」


 僕らは、動く絵、映像について父さんに説明する。

 

「なるほどな。絵を連続して繋げるのか、発想は面白いが……」


 父さんは魔石を手に取る。


「分からないのは、コマという考え方だな。どうして動く絵ではダメなんだ?」


 当然の疑問だった。僕も聞きたいことでもある。


「そうですね。そう思われるのは至極当然です。ご説明します」


 そう言うと、例のノートを取り出すエリク。


「まず、コマ割りの最大の利点は視点の変更です」


 二匹の犬が向かい合う図を描く。その後二匹を囲むように長方形の枠を描いた。


「この視点は二匹の犬を横から見ている映像です。そして……」

 

 その下にもう一つ枠を描くと、正面からこちらを睨む犬を描く。


「これが右の犬から見た映像です。この二つの絵を連続した映像の中に描写することに意味があります」

「なるほど、確かに横並びの絵よりも、犬の感情が分かりやすい」


 父さんの言う通り、横並びだけの視点よりも、対決している、という構図に説得力が出る。


「これが視点変更やカットバックと言われる手法です。物語の場面変更等にも使える上、見る者を飽きさせないというメリットがあります」

「むぅ。そこまではちょっと想像が難しいが……」

「何となく分かったかも」


 僕には、エリクが言わんとすることが朧げながら理解出来た。そしてこれは……


「これは……革命的じゃないか」

「分かるか?アルフ」

「凄いよ!話を聞くまではピンと来なかったけど……父さん、例えばの話をするけど」


 そう前置きをして、端材をいくつか拾って来る。


「これを演劇の観客だと思って」


 まず、小さな石を一つ置く。


「これが舞台」


 端材を組み合わせて、四角い枠を作る。


「まず、このお客さんは、舞台をこの方向からしか見ることはできない」


 石を右端に置く。


「そうなると、主役の顔が一定方向からしか見れないのは分かるね?」

「それは分かる」


 もう一つ、今度は石を左端に置く。


「逆にここに座るお客さんはヒロインの顔が見えない」

「ふむ」

「そこで、エリクの言う視点変更を使う。すると……」


 右端にあった石を左に移動する。


「なるほど、確かに視点が自由に移動して、演じる側が見せたい物を見せることが出来るわけか」

「さらに言えば……」


 エリクは石を摘むと、四角い枠の反対側に持っていく。


「存在しない場所に視点を持っていくことも出来る」


 何ということだろう。僕は感動していた。


「エリク!すごい!すごい!」

「な、なんだよ。アルフお前興奮しすぎだ」

「これが感動せずにいられるか!」

「おおう、口調まで変わってるぞ」

 

 僕は魔石を掲げて仰ぎ見た。


「これって、革命だよ!」

「アルフがこんなに大きな声を出すの、始めて見た」


 姉さんや周りは引き気味だが、そんなことはどうでも良かった。

 僕は天啓を得たんだ。


「今まではプリマが舞台の主役だったんだよ、姉さん!」

「知ってる。年一回の無料公演は必ず見に行くぐらいには好き、私」


 分かってない。この映像の重要性に。


「そうだね。でもこれからは違う」


 エリクを見ると、大きく頷いて魔石を僕から受け取る。


「そうだアルフ。この作業を演出という」


 演出。何だろうこの感情は。

 胸がドキドキする。


「これからは、演出する人間が主役になる。そうだね?」

「そうだ。そしてこれが、コマ割りの最大の利点になる」


 魔石を置くと、ニヤッと笑って言った。

 


 「 編集 の力だ」


 


 


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