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パラレルシネマパラダイス  作者: 厚切りトマト
一章
13/18

13.広域諮問官




 会場は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。手始めにと、ヴァイオレットさんが紙束を壇上に置いて、ここにロックタートルの変換式を用意したので、どうぞ、と壇上を去った後、競って手に入れようと人々が殺到したのだ。学会はその後の発表を中止し、研究者達は立証の為、早々に帰宅していった。僕らはというと……


「先輩助かりました。ラングルドン教授もありがとうございます」

「いいのよ。あなた拉致されそうな勢いだったしね」

「無事でなにより。それにしても、神をも恐れぬ君の胆力には驚くばかりだよ」

「褒めても何も出ませんよ」


 場所は貴族街の外れにあるバー。その奥に10人程が入れる個室がある。ラングルドン教授の行きつけで、カリーナさんがヴァイオレットさんを連れて、急遽ここに避難して来た。僕とエリクも何故か一緒に。


「引き受けてくれたマグには感謝しなければね」

「はい。誤解される事も多いですが、とても面倒見が良い人で、私とても信頼しています」

「昔から彼はそうなんだよ。体も鍛えろと散々言っているのだけどね」


 ラングルドン教授はそう言って苦笑している。マグとはマスタング所長の事らしい。ラングルドン教授とマスタング所長は旧知の仲なのだそうだ。その関係でヴァイオレットさんをマスタング所長に紹介したのも、ラングルドン教授であり、ヴァイオレットさんとも知らない仲では無いのだとか。マスタング所長は1人会場に残り、研究者達の問い合わせに答えている。


「それにしても、よくこれだけの内容を一度に発表したわね。小出しにしても良かったではないかしら?」

「それでも良かったんですが、この先の研究は一個人や一機関で行うのは限界があると判断しました」

「なるほど、だからこその公開か」

「はい。変換式は恐らく、魔物の数だけ存在します。それこそ世界中に頒布する魔物を網羅する為に人の力が必要です。それに、公開したからと言って、国家間の競争が無くなる訳では無いと思っています」

「それは、各国が魔物の変換式を秘匿する可能性が高いからですか?」


 僕は思わず聞いていた。


「はい。アルフレッドさん。今後ハンターは重要な職となるでしょう。国軍で魔物を狩る事もあるかもしれません。魔物の被害は減り、人工は増える。それを補うエネルギーもある。しかし、魔物を絶滅させる事は無いはずです」

「固有の魔物が資源となるから」


 これはエリクだ。


「その通りです。えっとあなたは?」

「これは失礼淑女(レディ)。アルフレッドの親友、エリフォート=キュービーです」


 エリクは貴族の礼をする。気障な仕草でヴァイオレットさんの手を取ろうとしたので、僕が止めた。ちなみにカリーナさんもエリクの肩を掴んでいる。


「ちょっと、カリ痛い痛い。ほんの冗談だって」

「誰にでもキスしようとするのやめなさい」

「わかったわかった」

「仲が良いんですね先輩」

「付き合ってるからね」


 ん?今何て言った?


「ほう。それはおめでとうカリーナ君。遂に君にも春が来たのだね」

「わあ、おめでとうございます先輩」

「なんだよ、隠してたのに」

「いいじゃない。何時までも隠すのは無理よ。それにアルフは薄々気付いていたでしょう?」

「え、あ、まぁね。そうか、そうなんだね。エリク、カリーナさんおめでとう」

「ありがとよ」

「アルフ、こいつが浮気したら、すぐ教えてね。膾斬りにするから」


 怖い事を言うカリーナさんに、エリクは股間を押さえて一歩引いた。それにしても2人が恋人……まぁ4歳差だけど、お似合い、なのかな?


「それで、話を戻すけど、そこまでの見立てがあるなら、変換式の盗み合いが起こる事も予想が付くのではないかしら?」

「そうですね。恐らく密漁が横行するでしょう。それを専門とするハンターも出てくるかもしれません。しかし、それを考慮に入れたとしても、魔物による被害は極限まで減るはずです」

「なるほどな。ヴァイオレットさんだっけ、あんた策士だな」

「繰り返しますが、褒めても何も出ませんよ」

「問題は、その先、かな」


 ラングルドン教授が口を開いた。


「流石教授ですね。仰る通り、満ち足りて時間が余ると、人は争いに身を投じます。土地の奪い合いが起こるでしょう。しかも兵器のエネルギーは無限です」

「後には何も残らないだろうね」

「ええ、不毛な戦いが起こるでしょう。今後の私の目標はその争いを緩和する事となります。研究や、開発によってその一助になれれば、とは思いますが……」


 強い意志を感じた。この人は本当に全てを分かった上で、情報を公開したのだ。


「通信網だな。それと交通網」


 エリクがぼそっと呟いた。


「今、何と?」

「平和の大原則ですよ。素早い連絡、即座の対応。そして国家間の交通手段」

「それは、具体的にどういった……」


 ヴァイオレットさんが真剣な表情でエリクに尋ねた。ラングルドン教授も興味深そうに耳を傾けている。


「戦争の理由は様々ありますが、まず食料です。それと金。そして宗教、民族。重要なのは、情報の共有です。お互いの状況が分かり、理解する事で、争いは減らせます。例えば、飢餓に見舞われた国があるとします。隣国の食糧には限界がありますが、そのまた隣国には余剰があるかもしれない。それを知る事が即座に出来るとしたら?例えば、宗教の対立が起こったとして、国同士の争いとなった時、国家代表同士が素早く話し合いの場に現れる事が出来たとしたら?素早い情報の交換、国家間の迅速な移動手段は和睦への早道なんです」


 僕は感心して聞いていた。普段、映画の事しか話さない映画バカだけど、こんな事を考えていたのか。


「面白い。キュービー君だったかな。君の発想は一考の価値がある。それはそうと、折角、私の隠れ家に来たんだ。どうだろう、君達も一杯」


 ラングルドン教授の提案で、乾杯をする事になった。僕らも酒精の弱いワインを頼む。あまり飲んだ事は無いが、ゲンナーや姉さんはお酒好きだ。付き合いで飲む事もある。


「では、前途有る若者たちに出会えた喜びに、乾杯」

「「「乾杯」」」


 ラングルドン教授は饒舌だった。大戦での話や、現在開発している魔法の事を教えてくれた。この人、国の最高戦力だと思うんだけど、大丈夫なのだろうか。エリクとヴァイオレットさんは先程の話の続きをしていた。ヴァイオレットさんはしきりにメモを取っていて、もしかしたら、エリクの与太話が現実になる日が来るのはすぐかもしれない。カリーナさんはというと……


「だからね!エリクったら、私を放っておいて、編集編集編集って!酷いと思わない!?」

「は、はい。そうですね……」

「ねぇ!そう思うでしょ!?」


 酒乱だった。僕は思いっきり絡まれていた。


「カリ。それ何杯目だよ。飲み過ぎだ」

「エリクだ!エリク!エリクエリクエリク」


 エリクが止めに来てくれたが、カリーナさんの目に入った瞬間、抱き締められていた。最近になってエリクの背がカリーナさんを越したので、何とか倒れずに踏ん張っている。


「やめろって。ほら水飲め」

「口移しで飲ませて?」

「するか!」


 僕はこんな2人を初めて見た。普段は我慢してたんだろうか?さては、これがバカップルと言うやつだな。


「先輩、エリク君に気を許してるんですね」

「ヴァイオレットさん」


 スミレの花の香りが漂う、これは彼女の香水の匂いなんだろうか。大役をこなした彼女だが、その様子は凛としていて、余裕を感じさせる。


「先輩って、人前でお酒はあんまり飲まないんですけど、彼がいるからですかね」

「僕もこんな2人は初めて見ました。でも親友として応援するつもりです」

「そうですね。そういえば、先輩から聞いたんですが、映画、をお作りになっているとか」

「そうなんですよ。撮影も終わって、後は編集と呼ばれる作業の真っ最中なんですが、問題が起こりまして」

「問題、ですか?」

「実は今日、学会に伺ったのも、その解決策を探す為なんです」

「それはどのような」

「それがですね……」


 これまでの経緯を話す。相槌を打ちながら聞いていたヴァイオレットさんは、徐ろに懐からメモとペンを取り出すと書き留めて僕に渡した。


「推薦文です。研究所にいらして頂ければ、あのタブレットをお譲りしますよ。いくつか作った物があるので」

「本当ですか!助かります」

「それと……これをどうぞ」


 追加で魔法式の書かれたメモを渡される。


「ロックタートルの変換式とワードの魔法です。ワードと言うのは、私が会場で使っていた魔法です」

「そんな、こんな事まで……」

「受け取って下さい。貴方方の映画、とっても楽しみにしていますから」


 ヴァイオレットさんは微笑みながら頷くと、そう言ってくれた。これは何としても完成させなければならない。僕は強く決意したのだった。

 カリーナさんが酔い潰れてしまいそうになったので、会はお開きとなった。カリーナさんはエリクが背負って行くとの事。ヴァイオレットさんはラングルドン教授が送って行ってくれる。僕がと言いたいところだったけれど、ほろ酔いの老紳士は上機嫌でこう言っていた。


「若者よ。事を焦るべからず。まず研鑽し、精進せよ。しからば高嶺の花もやがてその胸元を飾るであろう」


 ラングルドン教授はお茶目にウインクすると、ヴァイオレットさんをエスコートしながら、去って行った。

 僕は帰り際、その言葉を反芻して、胸に刻む。等間隔に並ぶ魔道灯の光に1人分の影法師が伸びていた。




 翌日、学院から帰宅した僕を姉さんが待ち構えていた。そういえば、昨日途中から姿を見なかったな。


「アルフ、話がある」

「何かな」

「ヴァイオレットさんと昨日一緒にいたでしょ」

「まぁ、いたかもね」

「仲良くなった?」

「はい?いや、まぁ……なかよく、はなった、かな?」

「よし、流石私の弟として産まれただけはある」

「何なんだよ姉さん」

「紹介して」


 姉さんのお願いはこうだった。時の人、ヴァイオレット=リドリ嬢の技術は時計屋としても非常に興味深く、是非とも、技術提供、とか、共同製作、とか、あわよくば、ブランドに出来たり。と夢見ていたら、弟が近い所にいるではないか。これはチャンス。弟をダシにして知り合いになるべし。との事だ。


「だから、紹介して」

「時計の小型化は成功したんでしょ?」

「これは振り子式時計。サイズは極端に小さくなったし、魔石の消費は最小限だけど、誤差が出るのが問題。毎日10分程度の調整をしなくちゃいけない」

「なるほどね。時計塔みたいに調整が必要になるのか」

「目指すは誤差0.1秒以内」

「うーん。この後訪ねる予定だけど、ついてくる?」

「持つべき者は優秀な弟」


 現金な姉さんだが、このアグレッシブな姿勢には見習う所がある。ちなみに姉さんの後ろでゲンナーが手を合わせて謝っていた。相談されたけど、最終的に押し切られた訳ね。




 ルガス連邦魔術学会本部は貴族街の端にある。元は大貴族の邸宅だったが、維持できなくなり、国が買い上げたのだ。広大な敷地の各所には魔術学会の各研究所や実験場があり、魔法使いはここで働く事が出来れば一生安泰と言われている。


「ジーター時計店?」

「はい。推薦もあります」


 門衛に訪問の目的と訪問先を伝える。ヴァイオレットさんの紹介である事を示す推薦文を渡すと、門衛はやっと納得したのか、僕らを通してくれた。ちなみに、僕と姉さん、ゲンナーの3人で来た。ゲンナーは姉さんが暴走しないようにお目付け役だ。


「魔石研究所は奥みたいだね」

「なんか端の方にある」

「これを言うのは失礼だけど……期待されて無かったのかもね」

「確かに聞いた事無い部署だね。俺はサシャの話で初めて知ったよ」

「今や、最先端となったんだから、分からないものだよね」


 魔石研究所のロビーは混雑していた。各所で意見が交わされ、各方面の人々が集まっているようだ。


「人が一杯だ」

「本当に会えるの?」

「もうちょっと時間を置くべきだったんじゃないかな、アルフ」

「聞いてみようか」


 近くの職員と思われる人に声を掛ける。


「すいません」

「何でしょうか」

「ヴァイオレット=リドリさんに会いに来たんですが」

「はぁ、あなた方もですか。ヴァイオレット主任は各所からの問い合わせに答えてらっしゃいます。2階に上がってもらって、右側3番目の扉が彼女の研究室です。現在最も忙しい時分ですから、かなりの時間お待ち頂く事になると思いますよ」

「ありがとう御座います」


 手短に質問に答えてくれる。ありがたいことだ。2階に上がると、廊下は人で溢れていた。人が多すぎて前に進めない。


「これは……」

「どうする?出直すかい?」

「待てばいいだけ」

「それは、そうだけど……」


 その時、階段の下から喧騒が聞こえてきた。


「お待ち下さい。お部屋をご用意しますから」

「結構。彼女に時間を与えるつもりは無いのでね。私が直接伺わせて頂く」

「ちょっと待って下さい!あぁ、もう!誰か!所長呼んできて!」


 階下から男性が上がってきた。後ろから遅れてもう1人、さらに左右に憲兵を2人伴っている。男性2人は明らかに聖職者と分かる出で立ちだった。肩から金糸の飾りが垂れ、首元には戒めの首輪を着けている。ルガス連邦の国教であるフォーム教の信徒の証だ。


「失礼!広域諮問官シダイの名の下にこれより信仰諮問を執り行う。道を開けられたし!」


 諮問官と聞いた人々は波のように左右に別れ、彼に道を譲った。信仰諮問会は言うなれば、宗教審問だ。フォーム教の信徒だけで無く、一般人にも実施される事もあり、恐れられているが、一方で公序良俗に違反する者を捕まえる風紀取締りの役目もある。諮問官は国から一定の権利を与えられている公共の機関なのだ。


「シダイ様お待ち下さい。ここはあちらの言う通り、マスタング所長も同伴の上、場を整えるのがよろしいかと」

「何故か、ラーク諮問官」

「我々宗教者にも格と言うものが御座います。しかるべき時、しかるべき場所で執り行うのが妥当かと愚行致します」


 もう1人も諮問官らしい。シダイと呼ばれた彼は首を横に振った。


「否。諮問はいつ如何なる時も実行され、格、なるものに縛られてはならぬのだ」

「ですが、シダイ様」

「くどい!ラーク諮問官。私を誰だと思っている」

「諮問官筆頭、広域諮問官シダイ様で御座います」

「その通り、私は大司教様と国家元首閣下からの連名での指名を受け、ここにある。何人たりともその諮問を遮る事は罷りならんぞ」

「ははっ」


 どうやら、シダイ諮問官はかなりの堅物らしい。お連れのラーク諮問官は諦めたのか、一歩下がり、顔を下げた。そんな問答がされているうちに、マスタング所長が場に現れた。彼は道を塞ぐように、前に出てくる。


「これはこれは、諮問官殿。所長のマスタングです。本日はようこそおいで下さいました」


 所長が礼をする。この時、フォーム教の信徒ならば、首を触り、信仰を示すのだが、彼は違うようだ。


「広域諮問官シダイです。本日はヴァイオレット=リドリ嬢の信仰諮問に伺いました」

「はて?信仰諮問とは、穏やかでない。彼女が何を諮問されると仰るのか」

「所長殿、諮問内容はお教え出来ません。道を譲るか、でなければ、速やかにヴァイオレット嬢の研究室に私共を連れて行って頂きたい」

「とは申されますが、自分もこの研究所の責任者として、研究内容に言及されるような事があれば、回答の是非を選ぶ必要がありますからな」

「であるならば、立ち会う事は許可致しましょう。しかしあくまで彼女自身の諮問を我々は行うのですから、貴方には弁えていただく」

「……分かりました。ではこちらへ」


 そのやり取りを聞きながら、僕はある魔法を準備していた。簡単な魔法の割に、紛らわしい言い回しの詠唱を終えると、発動する。


 ウォールフォン


 これは壁1枚隔てた裏に可聴域を設けると言う限定的すぎる魔法だ。この盗聴魔法とでも言うべき魔法はマトリッツォさんに教えて貰った。彼は趣味で魔法を集めており、こう言った変な魔法を数多く習得しているのだ。僕は聞こえて来る音に集中した。


「ヴァイオレット。失礼するよ」

「所長、お疲れ様です」

「ああ、こちらは諮問官のシダイさん」

「どうも、【広域】諮問官のシダイです。こちらはラーク諮問官。本日は故あって貴女に信仰諮問をさせて頂く」

「初めてまして。ヴァイオレット=リドリです」

「ラークです。貴女は信徒のようですな」

「はい。掟の首輪を受け取りこそしておりませんが、信仰を持つ一信徒で御座います。ですから、信仰諮問と聞いて大変驚いております」

「安心なさって下さい。今回の諮問はあくまで念の為ですから」

「ラーク諮問官。確認の為の諮問などありません。私が信仰に反すると判断すれば、それは神の罰の対象です」

「失礼しました。シダイ様お許し下さい」

「分かれば結構。では早速始めたいと思います」

「はい」

「先日、魔術学会の総会において、貴女は魔石研究の成果を発表なされた。そうですね?」

「はい、間違いありません」

「よろしい。その際、魔力分子外殻(ヴェセルデバイス)を発見したとの報告をされました」

「はい。そうです」

「この物質は魔石と呼ばれる物に存在するだけで無く。我々人間の血にさえ、流れている。そうですね?」

「はい。実証も済んでいます」

「なるほど。ではお聞きします。この万能の物質は神の被造物である、貴女はそう思っていますか?」

「……分かりません」

「分からないとは?」

「そのままの意味です。現状ではそれが自然発生した物なのか、はたまた、神の温情によりこの世に残された物なのか、私達には判断出来るだけの材料が乏しいのです」

「ふむ。私の求める見解に近い答えですね。正直な所をお話すると教会はある事を危惧しています」

「何でしょうか」

「神は人を創り、世界を開いた。貴女も信徒であるならば、この創生の神話はご存じですね?」

「はい。勿論存じております」

「最近は国主も変わり、考え方も多様化しました。ルガス連邦内にもフォームの教えを蔑ろにする方々も多々見受けられるようになり、教会本陣は布教の術が細くなった事を嘆いております」

「はい」

「そこへ、今回の発表です。まるで神の創り出したとしか思えない物質の発見。我々はこれこそ神の思し召しだとそう思っております」

「それは……」

「ですから。この真理が神の元に無いと判明する事は許されません。もし、そうなれば、フォームの教えそれ自体の瓦解を意味します」

「……シダイ様」

「はい」

「私見を言わせて頂くならば、信仰がある限り、神を否定する事にはなり得ない。そう愚行致します」

「ふむ。貴女の考えを聞きましょうか」

「例えの話をします。生物が進化を経て全く別の生物になることは最近になって知られました」

「私はその説に懐疑的ですが……続けて下さい」

「はい。それは生物が細胞に持つとある物質の働きだと言われています。しかしです、この事実が判明したからと言って、神を否定する事は出来ないのです」

「と言うと?」

「遺伝物質と言われていますが、それが存在しようがしまいが、生物の進化の過程に神が手を加えていないといった反証は存在しないのです。シダイ様がここへ今日いらっしゃった事でさえ、神の意志が介在していないと言う証はありません。違いますか?」

「なるほど、だから信仰がある限り、と仰られたのですね」

「そうです。信仰の有無こそが、信徒の真理であり。事実と信仰には一切の因果関係が御座いません」

「面白い。いえ、諮問に私情を挟むことはあってはならない事ですが、貴女の考え方は非常に興味深い」

「ですから、もしデバイスの由来が判明したとしてもそれは信仰や真理には関係しないとそう断言出来ます」

「……ふむ。ここからは禅問答になってしまいますね。いいでしょう。今回は貴女の考え方が分かったのでよしと致します。ですが、神の意図に反すると判断された発表をなされた場合は容赦無く罰が下ることをお忘れなきよう」

「心得ております」

「ラーク諮問官行きますよ。お二人とも失礼致しました」


 そこで僕は魔法を切った。研究室の扉から男性が4人出て来る。どうやら、諮問は問題無く終わったようだ。


「あれ、何かすぐ出て来たね。大丈夫だったのかな」

「問題があれば、連合して行くはず」

「2人とも大丈夫だよ。上手く乗り切ったみたい」


 2人にはウォールフォンの音は聞こえないので、僕だけが内容を知っている。


「あら、アルフレッドさん。いらしていたんですね」


 続いて出て来たヴァイオレットさんが僕に気付いた。周りに人だかりがあるのに真っ先に僕に気付いてくれたのはかなり嬉しいな。


「はい。先日ぶりですヴァイオレットさん。約束の物を頂きに参りました」

「お待ちしておりましたよ」


 そう言うと、周りの人山を見て、声を張り上げる。


「皆さん!申し訳ありませんが、先約がいらっしゃったので、今日はここまででお願いします!」


 周りの人々はそれを聞いて残念そうに散っていく。何か悪い事をしたみたいで気が引けるな。


「ではヴァイオレット。私はこれで」

「すみませんでした所長」

「いや、君の機転には驚いたよ。私も今度使ってみようかな」


 マスタング所長は早々と手を上げながら去っていった。なんか良い上司の見本みたいな人だなあの人。


「物は室内にあるので、どうぞ」


 姉さんとゲンナーを軽く紹介すると、ヴァイオレットさんは研究室へと僕らを招き入れてくれた。室内は暖色を基調とする小物が置かれ、研究室というよりは、事務所と言った方が似合うような様相だった。そして仄かに香るスミレの花の匂い。


「素敵な研究室ですね」

「ありがとう御座います。こちらにどうぞ」


 部屋の隅にある長椅子に僕ら3人で腰掛ける。この椅子も3人で座っても余裕があるくらい幅広で、益々事務所のようなイメージを与えるものだ。


「これが、例のタブレットです。カメレオンリザードの変換式を用いた技術を使っています」

「ありがたく頂戴します。何もお返し出来なくてすみません。完成したら、一番にお見せする事を約束致します」

「ええ、その権利、慎んで預からせて頂きます」


 予備も合わせて2つ譲り受ける。本当に申し訳無いが、今は恥を忍んで、甘えさせてもらう。


「それで、何かお話があるのではありませんか?」


 姉さんとゲンナーを伺いながら、ヴァイオレットさんが切り出した。


「はい、じつは……」


 

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